テラがガラ空きになっているって本当か?
今回の舞台はもう一つの星系、ヴァリアント。
1. ヴァリアント星系
ヴァリアント星系、総統府。
「今日も曇り空か。」
総統であるヘルガ・シュヴァルツコップはひとり呟いた。
ヴァリアントは居住可能といえ、
それほど気候に恵まれているわけではない。
そのため、採取可能な食料は限られている。
配給センターの前には、今日も長い列ができていた。
配られるのは、栄養価だけを計算し尽くした固形食と、
わずかな水分補給用のパック飲料だ。
標準食より味気ないが不満を口にする者はほとんどいない。
そもそも、不満を言えるほどの余裕そのものが、
この星系にはないのだ。
総統執務室で、ヘルガは届いたばかりの報告書に目を通していた。
父の急死を受け、形だけの選挙でえらばれて数年。
まだ26歳だが、その表情には、年齢に見合わない硬さが刻まれている。
「配給遅延の件、原因は」
「中継ステーションの統制をつかさどるコンピュータの不調です。
それ以外にもいくつか不調の兆候がありますが、
修理部品の在庫が、慢性的に不足しておりまして」
「またか」
ヘルガは、報告書を机に置いた。
「テラに、部品の輸出を申請したのは、いつだった」
「三ヶ月前です。まだ、返答はありません」
「結構」
ヘルガの声には、感情の抑揚がほとんどなかった。
だが、その静けさの奥に、燃え続ける何かがあることを、
長年仕えてきた側近たちは知っていた。
2. 一族の悲願
ヴァリアントはテラに最も近い居住可能星系として、
最初に開拓された惑星だった。
だが、その近さゆえに、
テラからの管理と統制も最も苛烈に及んだ。
寒冷な環境、乏しい農業適性、限られた資源。
祖父が総統の時代にはテラの関心はすでに、
ヴァリアントから離れ始めていた。
銀河中心方面、アヴァロン星系一帯に、
豊富な鉱物資源と自然資源が眠っていることが分かってきたためだ。
テラにとって資源に乏しいヴァリアントは、
統制さえしていれば十分な優先度の低い星系になっていった。
祖父は、その「関心の薄さ」を見逃さなかった。
テラと反対側に位置する資源のほとんどない星系に、
密かに大型ドックの建設を始めた。
表向きは価値のない誰も見向きもしない星系。
そこで艦隊の設立に向けた準備が、
静かに、しかし着実に進められてきた。
父の代でもその歩みは止まらなかった。
監視の目が薄いことに変わりはなく、
建造は世代を跨いで続けられた。
テラの艦隊は儀礼的になり、戦闘艦の世代交代は行われなかったが、
ヴァリアントのそれは世代交代を行いそのたびに性能が向上していった。
だが、祖父も父も、武力行使には至らなかった。
艦の質も量もまだ足りない、
テラの体制に付け込む隙がないそう判断し続けているうちに、
二人とも、その日を見ることなく世を去った。
ヘルガが総統の座についたのは、つい数年前のことだ。
父の急死という、誰も予期しなかった形での継承だった。
先代、先々代と、常に比較される日々。
彼女は表には出さなかったが、
内心では、常に何かに急き立てられているような感覚を抱えていた。
(祖父も、父も、艦隊を育てながら、機を待ち続けた。
だが、私の代でも、同じままでいいのか)
その焦りにも似た切迫感が、彼女の判断を、
時に大胆な方向へと押し出していた。
3. 諜報網からの報告
「総統。アヴァロンの情勢について、
まとまった報告が上がっております」
情報部門の責任者が、分厚い資料を差し出した。
「読み上げろ」
「はい。まず、アヴァロン星系の代表選出について。
自治拡大派と融和派の議席が拮抗した結果、
無所属の新人議員が、なし崩し的に星系代表に就任しています。
その経緯は偶発的なものだったという見方が大勢です」
「偶発的、ね」
「はい。この人物レイモンド・クラークに対し、
テラはなぜか強く警戒しており、査察団を派遣。
しかし聴取内容より危険な思想の持ち主と判断され、
現在、査察艦隊がアヴァロンに派遣されております。
ただこの派遣がうまくいってないようでして」
ヘルガは無言であごを上げて続きを促した。
「その査察艦隊が、
進軍が大幅に遅延しているとの情報があります」
「遅延、というのは」
「補給手続きが遅れているとか、
救難信号を多数受信したとかなどが理由のようです。
アヴァロンは政府が妨害していることを否定していますが、
どうも誰かが裏で糸を引いていそうです」
ヘルガの眉が、わずかに動いた。
「それだけの妨害を受けて、テラの艦隊は、何をしている」
「威嚇射撃を一度行った以外、
目立った対抗策は取れていません。
艦隊そのものが長期の連続ワープ運用を想定していない
旧式艦で構成されており、燃料と整備の確保に、
想定以上の時間を要しているものと分析されます」
「もう一つ、報告がございます」
情報部門の責任者は、資料をめくった。
「テラ市民の間でも、テラの標準食への批判と、
アヴァロンへの関心が着実に広がっています。
政府の統制する情報網でも、完全には抑えきれていない規模です」
4. 一つの線として繋がる
ヘルガは、しばらく無言のまま、報告を反芻していた。
(テラの目は、元々こちらには向いていなかった。)
査察団、そして査察艦隊。政府への批判の広がり。
それらすべてが、テラの行政と軍の意識を、
これまで以上にアヴァロン方面へと引き寄せていた。
(向こうの目が、これ以上ないくらい、こちらから逸れている)
祖父の代から積み上げてきた秘密ドックの艦隊は、
すでに、決行に十分な規模に育っている。
足りなかったのは、艦隊の数ではない。
踏み切るための、最後の一押しだった。
(この一押しが、今、目の前にある)
彼女の中で、これまで別々に見えていた情報の断片が、
一本の線として繋がっていく。
(がら空きだ)
その言葉が、頭の中に浮かんだ瞬間、
ヘルガの背筋に、これまでにない熱が走った。
祖父が待ち、父が待ち、そして自分もまた、
待たされ続けてきた瞬間。それが、今、目の前にある。
「総統府警備局を招集しろ」
ヘルガは力強く命じた。
5. 警備局招集
「お呼びと伺いました」
警備局の面々が、執務室に集まる。
ヘルガは、彼らを見回した。
「テラの目は、長らくこちらには向いていなかった。
そして今、その力は、アヴァロン方面に、
これまで以上に釘付けになっている。
辺境星系一つへの対応にすら、艦隊が足止めされ、
市民の統制すら緩み始めている」
警備局長が、身を乗り出した。
「クーデターの、ご決断ですか」
「そうだ」
ヘルガの返答に、迷いは一切なかった。
「我らが秘密ドックで艦隊を育てながら、
待ち続けてきた瞬間だ。
この好機、逃す必要はない。
軍事力を持っていることを隠すための
警備局という名も今日で終わりだ。
いま、この場を持って、警備局は軍務局と名称を変更する。」
軍務局の中に、緊張とそれを上回る昂揚が広がっていく。
年配の参謀の一人が、慎重に口を開いた。
「総統、念のため確認させていただきます。
艦隊の準備、万全でしょうか。
中央への進軍となれば、相応の準備が必要かと」
「準備は、これまで我々が三代にわたって積み重ねてきたものだ」
ヘルガは、即座に答えた。
「秘密ドックの艦隊は、いつでも動かせる状態にある。
今、必要なのは、準備ではない。決断だけだ。
なお、警備局司令改めテラ突撃艦隊司令に通達しておけ。
現場の独自判断は避けろと。重大な判断は必ず総統府が行う。」
参謀は、一瞬の沈黙の後、深く頭を下げた。
「承知いたしました。」
それは慎重論ではなく、あくまで実務上の最終確認に過ぎなかった。
この場にいる誰一人として、作戦に異を唱える者はいなかった。
6. 号令
ヘルガは、執務室の窓から、灰色の空を見上げた。
配給の列に並ぶ住民たちの姿が、遠く小さく見える。
飯に文句を言う余裕すらないこの星系の生活。
それを変えるのだと、彼女はずっと信じてきた。
(父上、祖父様。見ていてください)
「ヴァリアント星系総統ヘルガ・シュヴァルツコップとして告げる」
ヘルガの声が、執務室に、
そして通信網を通じてヴァリアント星系に広がっていく。
「我々ヴァリアントは、
テラ中央政府に対し正当なる支配権認めさせるための行動を開始する。」
その一言は、ヴァリアントと正反対の星系で起きていた
配信者一人をめぐる小さな騒動が、
バラフライ効果となって思わぬ形で別の歴史の歯車を回し始めて瞬間であった。
話が大きく動きます。
彼女の今後果たす役割は。
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