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査察がエスカレートするって本当ですか?

テラのうってくる手とは?

1. 報告書

「チェン補佐官、報告書の内容は確認した」

テラ植民統括省で、オードリーの上司である統括省次官が、

書類前に厳しい顔で臨んでいた。


「はい。聴取結果としては、被聴取者本人に、

明確な反中央の発言は確認できませんでした」


次官は画面をスクロールする指を止めた。

「だが、この一文が、少し引っかかるかな。

『均された味だけでは何も残らない』

標準化政策に対する批判的示唆と解釈しうる

との意見が査察団内にあり、と」


「そのように解釈しうることは、理解しております。

ただ、流れ的にはあくまで料理の話をしていた

ともとらえうるのですが。」


「補佐官」

次官は、オードリーの言葉を遮った。

「あなたが、その人物と旧知の仲であることは承知しています。

だからこそ、あなたの評価には、多少の甘いのではないか」


「甘さ、ですか」

オードリーの声が、わずかに硬くなった。

「私は、事実を報告しただけです」


「その事実の中に、彼自身の発言として、

テラへの批判とも取れる一文が含まれている。

それも、査察の場で、聞かれてもいない自分から持ち出した発言だ。

違いますか」


オードリーは、何も言い返せなかった。

事実として、その通りだったからだ。

(……あいつが、

悪意なく勝手に喋っただけだというのは証明できない)


「報告書は、このまま閣議に上げます。

判断は、政治家に委ねましょう」

次官はそう言って、端末を閉じた。


2. 政治家

数日後、テラ総合政府の閣議室で閣僚たちが

アヴァロンの問題について議論していた。

「アヴァロン星系代表レイモンド・クラークについての、

査察報告が上がっています」

資料が配られる。


「本人は政治的意図を否定。

 ただし、聴取の場で、

 標準化政策への批判とも取れる発言が確認されています」


植民省からの報告に対して、

総務大臣が資料を指で叩いた。

「テラ市民の間でも、アヴァロン産食材への関心と、

 中央標準食への批判的な声が広がっている、

 という報告もあったな」


「はい。加えて、当該人物の代表選出そのものが、

 両党の対立を利用した

 なし崩し的なものであるとの分析もあります」


「つまり」

別の大臣が口を開いた。

「本人の自覚の有無にかかわらず、彼の言動が、

 辺境の自治拡大運動、そして中央市民の生活不満の、

 両方に火をつけている、ということですね」


室内に、重い沈黙が落ちた。

「査察だけでは、手ぬるかったのではないか」


誰かが呟いた一言が、その場の空気を決定づけた。

「査察艦隊の派遣を検討しましょう」


それをうけて、テラ大統領が重い一言を発した。

「艦隊、ですか」

「あくまで、査察の延長です。

 攻撃が目的ではない。艦隊による現地監視と、必要に応じた威圧。

 それによって、アヴァロン星系の自治拡大の動きを牽制する」


大統領は言葉を選びながら続けた。

「実力行使は想定しない。あくまで、旗を見せるだけでいい。

 それだけで、向こうは震え上がらせましょう」

そう、その時は威嚇で収まる予定だったのだ。


3. マルコ・ベッリーニ

派遣が決定した艦隊の司令官として、

白羽の矢が立ったのは、マルコ・ベッリーニだった。

四十代半ば、テラ宇宙軍の中でも、

経歴だけは華々しい男である。

士官学校を優秀な成績で卒業し、要人警護や災害派遣、

密輸船の取り締まりといった任務で実績を積んできた。


ただし、実戦経験は皆無。

それもそのはず、人類の他星系進出以来、

大規模な戦争が起きていないのだから。

艦隊そのものが、長らく「見せるための力」でしかなかった。


「私が、査察艦隊の指揮を」

辞令を受け取ったベッリーニは喜びを隠しきれなかった。


「地方の動揺を抑えるだけの任務です。造作もないでしょう」


辞令を受け取り、すぐに艦隊編成に取り掛かった。

それに対して、副官が準備状況を確認する。

「司令官。艦隊の艦はいずれもワープ二回ごとに補給を必要とします。

 今回の航路は星系を複数経由するため、

燃料と整備の手配が、進軍速度に直結します」


「ああ、わかっている。

 民間と違ってワープ機関の更新が遅れているからな。

 まあ、火力には問題ないはずだ」


「はい、火力そのものは十分です。

 しかも、アヴァロンに正規軍や艦隊はありません。」


「ならば、なおのこと問題ない」

ベッリーニは、副官の懸念を軽く受け流した。

「補給は、予定通り中継星系で行えばいい。

 相手は、辺境のグルメ配信者上がりの代表だ。

 旗を見せるだけで十分だろう」


その言葉には、慢心とも呼べる余裕があった。

彼にとってこの任務は、経歴に箔をつけるための、

いわば通過儀礼に過ぎなかった。

この任務を成し遂げての出世だけが彼の現時点での関心事項だった。


4. アヴァロンに届いた報

「代表。テラより、査察艦隊派遣の通達が届いています」

秘書官の報告に、レイモンドは、しばらく言葉の意味を理解できなかった。

「査察……艦隊……?」


「はい。すでに艦隊編成に取り組んでいるとのことです。

 編成が終わり、到着まで、二週間ほどと見積もられています」


「い、いや、待って。

 査察って、この間、俺、ちゃんと受けましたよね?

 配信もしましたよね? 何がまずかったんですか?」


「詳細は不明です。

 ただ、通達の文面には『現地監視及び必要があれば治安維持』とあります」


「ち、治安維持……」

レイモンドの顔から、みるみる血の気が引いていった。


(艦隊って、あれだろ。

 戦艦や巡洋艦が、何隻も、うちの星系に向かってくるってことだろ……

 まともな戦力のないこちらに防ぎようないじゃない)

膝の力が抜けそうになるのを、机に手をついて堪える。

「こ、降伏の準備、しといた方がいいですかね?」


「代表、まだ何も起きていません」


「いや、でも、艦隊が来るってことは、

 いずれ何か起きるってことじゃないですか。

 だったら、先に、降伏の意思を示しておいた方が……」


秘書官は、何とも言えない顔で、レイモンドを見ていた。


5. 決められない議会

臨時の議会が招集されたが、結果は、以前とまるで変わらなかった。


「これは明確な威嚇よ! 屈することは絶対に許されない!」

デュボワが立ち上がって声を張り上げる。


「威嚇に威嚇で応じれば、状況を悪化させるだけです。

 ここは冷静に、対話のルートを探るべきです」

モリタが、静かに、しかし譲らない口調で反論する。


「対話ですって? 艦隊を送りつけるようなテラと、何が対話よ!」


「感情的になっては、向こうの思う壺です」


罵り合いは、これまでと同じように平行線を辿った。

無所属のバローだけが、腕を組んだまま無言でその応酬を眺めていた。


代表であるレイモンドに発言が求められても、彼にできることは何もなかった。

「あ、あの、俺は……

 その、どっちが正しいとか、正直、分かんないです。

 ただ、艦隊が来たら、住民が怖い思いをするのだけは、避けたいなと……」

その曖昧な発言は、どちらの陣営からも「回答になっていない」と一蹴された。


議会は、この日も何も決められないまま散会した。


(結局、俺に何ができるわけでもないんだよな……)

執務室に戻ったレイモンドは、椅子に深く座り込み、天井を見上げた。

(艦隊が来る。それは変えられない。

 でも、それに対して俺たちが何をするかは、誰も決められない。

 このまま、何もしないままってわけにはいかない)

答えの出ない問いだけが、頭の中をぐるぐると回り続けていた。


6. 動き出すシノ

その頃、アヴァロン星系の外れでシノは艦隊派遣のニュースを聞いていた。

「査察艦隊、だと?」

拳を握る手が、震えていた。

「あいつただ飯の話しかしてねえのに。

それだけで艦隊送り込んでくるってのか、テラは」


仲間の一人が恐る恐る声をかける。

「シノさん、どうする?」


「決まってんだろ」

シノは、既に頭の中で算段を組み始めていた。


正面から艦隊とやり合う力なんて、こっちにはない。

こちらの火力はロケットを改造したミサイルが主。

大出力ビームを備えた向こうの正規の艦隊とまともにぶつかれば、

瞬く間に蹴散らされるだろう。


シノは、仲間たちを見回した。

「あたしらの得意技は何だ。航路だろうが。補給だろうが。

 艦隊なんて、デカけりゃデカいほど、燃料も整備も手間がかかる。

 全部あたしらの縄張りを通るときに

 うちらの力を頼ることになるはずなんだよ」


「……つまり」


「いやがらせをしてやろうって話だ。

 派手にやり合う必要はねえ。

 あいつらの足をできる限り遅らせてやりゃあいい」


仲間たちの間に、静かな緊張が走った。


「先生には、まだ内緒だ。

 あの人、こういうこと聞いたら、絶対止めに来る」

シノは、ニヤリと笑った。

「あたしらが動いてるって、

 誰にも気づかれないうちに、けりをつけてやる」


その決意を胸に、シノは仲間たちを引き連れ、ドックを後にした。

レイモンドの知らないところで、

もう一つの動きが、静かに、しかし確実に動き始めていた。

いきなりの艦隊出動でした。

騒動はさらに大きくなります。

この後も楽しんでいただければ幸いです。

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