一つの鍋になるって本当ですか?
1. 根回し
テラでの戦いがひと段落した数日後。アヴァロンの議会では、
レイモンド抜きの、非公式な会合が開かれていた。
「テラとの関係、今後、どう扱うか。
ラングレー殿から、一つ、打診が来ている」
モリタが、資料を配りながら切り出した。
「テラ・アヴァロン連邦ということで、
二つの地域が対等になるように連邦制度にしたいと。
もう一つ、この連邦の元首たる
『テラ・アヴァロン連邦代表』を設けたいと。
象徴的な役職で、権力は伴わない。
両星系の橋渡し役として、
クラーク代表を推したい、とのことでした」
デュボワが、資料に目を通しながら、小さく頷いた。
「悪くない話ね。うちにとっても、
テラとの関係が対等になることが、
はっきりするのは都合がいいわ」
「私も、賛成です」
モリタも頷いた。
「では、アヴァロン星系代表の座はどうする」
その問いに、しばらく沈黙が続いた。
やがて、デュボワが、口を開いた。
「バロー議員は、どうかしら」
「私がか?」
杖に両手を乗せていたバローが僅かに眉を上げた。
「クラークを代表に推したのはあなたでしょう」
モリタも続けてバローへの説得を始めた。
「党派を問わず、これまで、
最も公平にこの星系を見てきた方です。
私からも、お願いしたい」
バローは、しばらく、無言だった。
両党から、揃って推されるそれは、
彼自身が望んで得た地位ではなく、
これまでの三十年に及ぶ議会での立ち回りが、
確かに評価された結果だった。
「ふん」
小さく鼻を鳴らしてから、バローは答えた。
「両党が、珍しく足並みを揃えるとはな。
それだけの理由があるというなら、
断る道理もあるまい」
「お引き受けいただける、
ということですね」
「ああ。ただし」
バローは、杖の先で、床を小さく叩いた。
「若造の背中を見てきた分、
あの男のようなやり方は、
私には向かん。
私は、私のやり方で、
代表を務めさせてもらう」
こうして、レイモンド本人の与り知らないところで、
アヴァロン議会内の合意は着実に固まっていった。
2. 移行交渉
テラ本星、旧行政庁舎。
ラングレーと旧テラの現地行政官・軍関係者との間で
新体制への移行交渉が行われていた。
「条件は、以下の通りとしたい」
ラングレーは、丁寧に、
しかし力強く読み上げていく。
「報復行為の禁止。食料供給の保証。
ヴァリアント兵士の身分保護。
追放されていた旧行政官の速やかな復帰。
テラ議会の再建。
そして、資源星系アンティカの、共同管理」
行政官の一人が、慎重に尋ねた。
「共同管理、というのは」
「テラとアヴァロン、双方にとって重要な拠点だ。
どちらか一方が独占するのではなく共に運用する。
それが、これからの関係の形だと考えている」
行政官たちは、即座にそして静かに頷いた。
ヴァリアントの実効支配から離れ、かといって、
かつてのテラを中心とした体制に戻るのでもない、
新しい枠組みへの移行が、ここに合意された。
3. オードリーの役割
その交渉の席に、オードリーも同席していた。
だが、発言することはほとんどなかった。
「行政記録、及び軍の名簿、こちらに」
「配給システムの運用データも、併せて引き渡します」
オードリーは、ヴァリアントから預かっていた行政資料を、
粛々と新体制側へと引き渡していった。
決定権は、彼女にはない。
ただ、混乱なく引き継ぎが進むよう、
実務者として、淡々と手続きを進めるだけだった。
(これは、降伏でも、勝利でもない。ただの、引き継ぎ作業だ)
そう自分に言い聞かせながらも、
オードリーの中には、拭いきれない感慨があった。
4. パエリアの支度
移行交渉と時を同じくして、旧行政庁舎前の広場では、
レイモンドが、大きな鍋を前に、腕まくりをしていた。
「今日は、ちょっと、気合入れて作りますよ」
集まった人々の前で、レイモンドは、
鍋にオリーブオイルを引いた。
「アヴァロン産の米。それと、ヴォルテックス産の魚介。
あと、こっちは、テラの畜産の方から分けてもらった、肉」
米を軽く炒め、そこへ、魚介と肉を、彩りよく並べていく。
出汁を張り、蓋をせず、じっくりと火を通していく。
米粒の一つ一つに、魚介と肉の旨みが染み込んでいくのを、
レイモンドは、丁寧に見守った。
「これ、パエリアっていう料理なんですけど」
湯気の向こうで、レイモンドは、少し照れくさそうに続けた。
「米も魚も肉もそれぞれ、味、消しちゃわないんですよ。
全部、そのまま、粒立って残ってる。
でも、鍋の中で一緒に火が通ることで、
全体の味は、ちゃんと一つにまとまるんです」
出来上がった鍋を、皆の前に広げる。
米は、出汁を吸って、艶やかな黄金色に染まっていた。
「どっちかが、どっちかを覆っちゃうんじゃなくて。
それぞれのまま、一緒に鍋に入ってる。
俺は、そういうのが、いいなと思うんです」
その様子を、少し離れた場所から、オードリーも見ていた。
(ああいうところ、変わらないな)
料理の湯気越しに、学生時代の記憶が、微かに重なった。
5. 「テラ・アヴァロン連邦代表」の打診
料理を振る舞い終えた後、ラングレーと旧テラの行政官たちが、
レイモンドの元へやってきた。
「クラーク代表。折り入って、お願いがある」
ラングレーが、改まった様子で切り出した。
「テラとアヴァロン、双方の関係を対等として連邦を形成、
さらに対等という関係を象徴する立場が必要だと考えている。
その連邦代表を貴君にお願いしたい。
すでに、アヴァロン議会側とは、話をつけてある。
デュボワ氏、モリタ氏、そしてバロー氏皆、了承済みだ」
「え」
レイモンドの表情が、固まった。
「ちょ、ちょっと待ってください。
俺、それ、初耳なんですけど」
「権力を伴う役職ではない。
だが両者の橋渡しとして貴殿以上の適任者はいないだろう」
行政官の一人もレイモンドの逃げ場をなくした。
「アヴァロン星系代表の座は、
バロー議員が、すでに引き継ぐことで合意している」
「いや、待って、待ってください」
レイモンドは、両手を上げた。
「バローさんまで、もう了承済みって、
それ、俺の知らないところで、
全部、話、進んでませんか……!?」
6. オードリーの一言
その様子を見ていたオードリーが口を開いた。
「クラーク代表」
「あ、チェンさん」
「受けてみたら、どう」
その一言に、レイモンドは、思わず振り返った。
「チェンさんまで、そっち側ですか」
「そっち側、というわけではない」
オードリーは、少し目を伏せた。
「私は、ただ均された味だけの統治が、
何を招くか、この目で見てきた。
それぞれの色を消さずに、
一つの鍋に入れられる人間が、
もし、本当にいるのだとしたら」
一拍置いて、続けた。
「それは、私にはできないことだ。
だから、あんたが、やればいい」
その言葉には、これまでの葛藤の、
静かな結論が滲んでいた。
祝祭の空気に包まれる旧行政庁舎前で、
レイモンドは、なおも、抗議の声を上げ続けていた。
「いや、これ、絶対おかしいですって!
俺、まだ、了承してないですよ!?」
レイモンドの叫びは、祝いの喧騒に、
あっけなく呑み込まれていった。
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SF部門で日間ランクインしました。
今までブックマークくださった方、またご訪問いただいた方ありがとうございます。
明日で完結しますが、ぜひ最後までお楽しみください。
なお、続編も執筆します。




