元首同士の交渉に飯がいるって本当ですか?
1. 対談要求
レイモンドが連邦代表になってから数日後、
アヴァロンに一通の正式な通信が入った。
「ヴァリアント総統府よりテラ・アヴァロン連邦代表と、
総統本人が、直接会談したいとの申し入れです」
窓口となったのは、オードリーだった。
彼女を介して届いたその要求に、
レイモンドの胃は、いつも通り、キリキリと痛み始めた。
「俺、行きます」
「若造、正気か。何が起こるかわからんぞ」
アヴァロンの代表になったバローが、
珍しく、僅かに驚いた顔を見せた。
「正気じゃないですけど」
レイモンドは、力なく笑った。
「でも、これくらいはやらないと。
連邦代表って、引き受けたの、俺ですし。
ここまで来て決断しないのも違う気がして」
バローは、しばらく、レイモンドを見つめていた。
それから満足げに返答した。
「ふん。少しは、代表らしくなってきたか」
2. 中継星系での会談
会談の場は、テラとヴァリアントの中間に浮かぶ
定住人口のない中継星系に設けられた。
実名目は捕虜交換。双方にとって最も角の立たない口実だった。
宙域には、連邦側、ヴァリアント側、
それぞれの連絡艇が並んでいた。
「捕虜、1042名、確認しました」
「こちらも、930名。名簿と相違ありません」
事務的なやり取りが、淡々と交わされていく。
かつて敵として撃ち合った者たちが自陣営へと戻っていく。
その様子をレイモンドはしばらく見つめていた。
捕虜交換が終わると、レイモンドは、
中継ステーションの一室へと案内された。
そこには、すでに、ヘルガが待っていた。
灰色の軍服に身を包んだ、若い総統。
画面越しではなく、直接顔を合わせるのは、これが初めてだった。
「アヴァロン・テラ連邦代表、レイモンド・クラーク殿か」
「あ、はい。えっと、こちらこそ、初めまして……」
「単刀直入に言おう」
ヘルガの声は、これまでと変わらず、平坦だった。
「今後、貴殿らの連邦は、我が国の統治体制に、
干渉するつもりはあるか」
「ないです」
レイモンドは、迷わず答えた。
「そちらの中身に俺たちが口出す筋合い、ないと思ってます。
テラのことも、あくまで、テラとうちの都合で決めただけで。
ヴァリアントのことまで、どうこう言うつもりは一切ないです」
ヘルガは、その即答に、僅かに目を細めた。
3. ヘルガの皮肉と、料理の実演
「随分と、あっさり言い切るものだな。
貴殿の陣営が流した、あの映像。
密輸の告白、それに、食に関するメッセージ。
我が国の統制に、少なからぬ影響が出た」
「それは、何とも言えませんが」
「具体的対応を求めているわけではない」
ヘルガの声には、皮肉が滲んでいた。
「事実として、指摘しているだけだ。
あれ一つで、我が軍の士気は、着実に揺らいだ。
効果としては、見事なものだった」
「それはそうと」
レイモンドは、持ち込んだ食材を、テーブルの上に並べ始めた。
「配信で見せたのと、同じもの、作ってみます。
今日は、直接、目の前で」
根菜を刻み塩漬け肉を丁寧に塩抜きしじっくりと煮込んでいく。
湯気が、緩やかに部屋に広がっていった。
ヘルガは、その様子を、無言で見つめていた。
「同じ食材でも、これだけ変わるという証明、ということか」
「はい。あと、もう一つ」
出来上がった煮込みを、皿に取り分けながら、
レイモンドは、小さな種の袋を、テーブルの上に置いた。
「いわゆる蕎麦と、トマトに非常に似た作物種です。
これらはどちらもヴォルテックスって星系が原産なんですが。
蕎麦は、痩せた土地でも、寒くても、育つんです。
トマトも、意外と、原産は、乾燥した厳しい高地なんですよ。
豊かな土地の作物ってイメージあるかもしれないですけど、
元々は、全然そうじゃなくて」
レイモンドは、少し照れくさそうに続けた。
「ヴァリアントさでもいけるかもしれないな、と思って。
別に、押し付けるつもりはないですけど。
もし、興味あれば、って程度です」
4. ヘルガの述懐
ヘルガは、しばらく、その小さな種の袋を見つめていた。
「貴殿は、これだけ多種多様な人間を、
よく、あそこまで動かせるものだ」
「え?」
「密輸業者、元査察艦隊、亡命政府、そして、寝返った元テラ艦隊。
それぞれ、まるで違う利害と、まるで違う気質を持った者たちが、
なぜか、貴殿の周りでは、一つの方向へと動いていく」
ヘルガの声には少しばかりの嫉妬が滲んでいた。
「我が国では、無理な話だ。環境が厳しい。
だから、統制で、無理やり一本化するしかなかった。
それぞれの個性をそのまま活かす余裕など、どこにもなかった」
一拍置いて、続けた。
「だが、皮肉なものだな」
ヘルガは、窓の外、静かな宙域に目をやった。
「独立と自治の拡大。それが、我が一族の三代にわたる悲願だった。
祖父が望み、父が望み、そして私も、それを追い続けてきた。
その悲願自体は、今、確かに達せられている。
テラの実効支配から解放され、
我々は、誰の指図も受けない星系になった」
ヘルガの声が、僅かに揺れた。
「だが、それで、民の暮らしが、豊かになったわけではない。
艦隊に注ぎ込んできた力を、
今後は民のために使うべきなのかもしれん」
「それは、その、いいと思います。すごく」
レイモンドが、思わず口を挟む。
ヘルガは、テーブルの上の種の袋を、一瞥した。
「もし、これで、少しでも、この星系が豊かになるなら。
いずれは、貴殿のようなやり方も
通用するようになるのかもしれんな」
その言葉は、強がりの中に、ほんの僅かな本音を滲ませていた。
レイモンドは、何と返せばいいか分からず、曖昧に微笑んだ。
(いや、俺、何もしてないんですけどね。
あれ全部、周りが勝手に動いただけで……)
その心の声は、もちろん、ヘルガには届かなかった。
5. 締め
不可侵の確認、捕虜交換の完了、そして、小さな種の袋一つ。
政治的な大枠としては、驚くほど、あっさりとしたものだった。
だが、その静かな一皿と、種の袋には、
これまでの物語のすべてが、確かに詰まっていた。
帰りの連絡艇の中、レイモンドは、
窓の外に広がる宙域を、ぼんやりと眺めていた。
(終わった、のかな、これで)
まだ、実感は湧かなかった。
それでも、静かな安堵だけが、
胸の中に、ゆっくりと広がっていった。
ということで、32話、一か月にわたって進めてきた物語終結です。
たまたまですが終戦記念日(8/15)に戦争が終わる話になりましたね。
世界もこんな風に平和になってくれればいいんですが。
ここまでお読みいただきありがとうございました
なお、明日からシノを主人公にした前日談を書き始めますので、
そちらも今後ぜひお読みください。




