いきなり星系代表って本当ですか?
特定の政治団体や政治家をイメージしたつもりは一切ございません。
まあ、でも決まらない政治ってありますよね(遠い目)
1. 拮抗する議席、決められない男
「本日は選挙後初めてのアヴァロン星系議会となります。
改めて議席数を振り返ります。
中央との協調路線を掲げる共和党、議席数九。
自治拡大を掲げる自由党、議席数九。
無所属が二。
史上初めて、二大政党の議席数が完全に並びました。
このような中、誰が星系代表に選ばれるのか、非常に注目が高まっております」
中継画面の向こうで、アナウンサーが興奮気味に数字を読み上げる。
ちょうどその時、
議事堂の隅で真新しいバッジをぎこちなくつけたレイモンドは、
これからの議会の行く末を考えると胃が痛くなるのを感じた。
星系代表は代議員からの互選で決まることになっている。
つまり、誰かが過半数を取るまで続けることになるのだ。
(待て。これ、代表を決める採決、詰むやつじゃないか)
中央大学時代に受けた政治学の講義で聞き流していたはずの知識が、
こんな時に限って蘇る。
両党が完全に拮抗すれば、
代表選出は無所属枠の一票一票が過剰に重みを持つ。
つまり、少数派である自分たちのような無所属議員が、
両陣営から食指を伸ばされる立場になる。
(面倒くさい。面倒くさすぎる。関わりたくない)
レイモンドは即座に判断した。
目立たないことだ。息を潜めていれば、
自分とは関係ないところで勝手に代表を決まるはず。
「俺は空気になる。空気になるぞ。」
目立たないように小さくなるとの決意表明をするレイモンドに、
年配の職員が怪訝な顔を向けた。
「何かおっしゃいましたか」
「い、いえ、何でも」
だがその決意もむなしく、すぐにレイモンドが懸念していた事態が起きた。
彼の連絡デバイスからはほぼ同時に二つの通知が鳴った。
『自由党 党首 マリエル・デュボワより面会のお申し出』
『共和党 党首 モリタ・ケンジより面会のお申し出』
これらを見て、レイモンドは頭を抱えた。
「だよな、逃げられないよな……」
無視することも頭をよぎったが、
さすがに党首直々の面会要請を無下にするわけにもいかないと考え直し、
渋々、両方の控室に顔を出すことになった。
自由党党首控室ではマリエル・デュボワが開口一番こう言った。
「あなたの配信のアーカイブ、見させてもらいました。
テラの搾取構造をわかりやすく伝えたあの技量。
あれは辺境の生活を理解しているものにしか語れない言葉と確信しました。
単刀直入に申し上げます。うちに来ませんか。
あなたのような人にこそ、この星系の未来を語ってほしいのです」
(出た。これ、下手に同意したら片方に肩入れしたことになるやつだ)
レイモンドは内心の警戒を必死に押し隠しながら、
当たり障りのない愛想笑いを浮かべた。
「あ、ええと……光栄です。
ただ、俺、まだ議員になったばかりで、判断できることなんて何も……」
「謙遜はいりません。あなたの言葉には、もう十分な説得力があります」
レイモンドは
「本当に距離を置きたいだけなんですけど」
という言葉を必死に飲み込んだ。
そして丁重にただ、言質を取られないように退出したのち、
すぐに共和党党首控室に向かった。
共和党の控室では、モリタ・ケンジが穏やかな口調で切り出した。
「クラーク議員。あなたの投票日前夜の配信、拝見しましたよ。
『テラの人たちが嫌いなわけじゃない』
『喧嘩がしたいわけじゃない』
あれは、対話の姿勢を持った人の言葉だ。感情論に走らない。
若いのに感情論だけでなく、対話を重視するのはさすが中央大学卒。
あなたのような若く才能のある方にこそ、
我々と共に交渉の席についてほしい」
「あ、いや、その、俺は本当にただの」
「無理にとは申しません。ただ、頭の片隅に置いておいてください」
にこやかな言葉とは裏腹に目が笑っていないという圧に、
レイモンドは何も言い返せなかった。
部屋を出た後、レイモンドは誰にも見られないようにトイレに駆け込み、
個室で頭を抱えていた。
(……分かってた。両陣営が均衡したら、
こうなるって最初から分かってたのに。
分かってたのに、避けられなかった……)
自分の見通しの正しさが、何の慰めにもならないことを、
レイモンドは初めて知った。
共和党党首室からげんなりした顔で出てきてトイレに駆け込んだレイモンドを、
少し離れた場所から静かに眺めていた老人がいた。
レイモンド以外では唯一の無所属議員であるジュール・バロー。
彼は法の番人と呼ばれた人物で、今も皮肉屋として議会中から恐れられている。
「ふん。状況は読めているようだな。だが、読めていても、逃げ切れていない」
バローは杖の先で床を小さく叩いた。
「読みだけあって、腰が据わっていない男、か。どう転ぶか、楽しみな奴だわい」
2. 一日目の応酬
議会一日目。
代表選出をめぐる特別会議は、開始からわずか十分で泥仕合が始まった。
「もう十分に対話は重ねてきた!
中央は我々の要求を却下し続け、税だけを吸い上げ続けている!
話し合いの段階はとうに過ぎているのよ!」
デュボワの声が議場に響く。
それに対し、モリタが落ち着いた、しかし圧のある声で切り返す。
「感情で突っ走った先に何が待っているか、
我々は歴史から学んでいるはずです。
対等な関係を築くには、まず信頼を積み重ねる以外に道はない」
「その信頼とやらを、あなた方は何十年積み上げてきたんです?
その結果がこの搾取の構造でしょう!」
「拙速な対立は、この星系の生活そのものを危険に晒す。
あなたのような扇動が、いずれ住民を苦しめることになる」
「扇動ですって‼」
罵り合いは夕方まで続き、代表選出の採決は結局、
何も決まらないまま持ち越しになった。
レイモンドはその一部始終を、議席の隅で身を縮めながら見ていた。
(火の粉よ、こっちへ飛んでこないでくれ)
3. チキン南蛮
その夜、レイモンドはいつもの貸スタジオにたどり着き、
議会の感想の配信を行った。
ただし、今日はいつもより幾分、げっそりした顔をしていた。
「今日の議会中継、見てた人います?
自由党が『交渉なんてもう聞き飽きた』って言えば、
共和党が『それは扇動だ』って返す。
もうずっとそれの繰り返しで……
なんて言うか、脂っこい揚げ物とキツめの酢の物を、
交互に無理やり食わされてる気分でしたよ。
片方だけならまだしも、混ぜずに交互に来られると、
正直、胃が持たないです」
コメント欄が沸く。
〈わかりみが深すぎる〉
〈今日の中継本当にひどかった〉
〈議論のための議論乙〉
「じゃあどうすりゃいいんだって話なんですけど……
別に、どっちかを引っ込めろって話じゃないんと思うんです。
脂も酸味も、そのままでいいんです。
ただ、それを繋ぐものがないと、ただしんどいだけなんです」
そう言って、レイモンドは厨房から一皿を運んでくる。
「これ、見てください。チキン南蛮になる前のものです。
ただし、ちょっとこだわりました」
カラッと揚がった鶏肉に、
赤みがかった甘酢が芯までしみ込むようにたっぷりと絡んでいる。
「まず鶏肉は、アヴァロン産です。
うちの星系、重力がしっかりあるでしょう。
だから鶏も、普段からちゃんと踏ん張って歩いてる。
その分、筋繊維がキュッと締まってて、
噛むとしっかり弾力が返ってくるんですよ」
そう言いながら、甘酢だけが絡んだ状態の一切れを、
まず箸でつまんで見せる。
「これだけ食うと、酸味がガツンと来ます。
正直、結構キツいです。揚げ立ての衣もちょっとふやけてきてる。
このままだと、ずっと交互に食わされてる議会と同じなんですよ。
脂も酸味も、それぞれは間違ってない。
でも、混ざらないと、しんどいだけなんです」
そこで隣の器から、たっぷりのタルタルソースをすくう。
「で、こっちが本題です。
ここに使ってる卵は、全部ヴォルテックス産です」
黄身の色が濃い、艶やかな卵を掲げる。
「ヴォルテックスは重力が弱いんで、
鶏がそんなに体力使わなくて済むんですよ。
浮いた分の栄養が、卵にドカッと乗る。
しかも自転が速くて、鶏の体内時計がしょっちゅうリセットされる。
そのストレスで、黄身にコクがぎゅっと濃縮されるんです」
タルタルを、甘酢の絡んだ鶏肉の上にたっぷりとかける。
とろりとしたソースが、赤い甘酢の照りの上を滑って、
鶏肉の表面をゆっくりと覆っていく。
「このコクの強いタルタルが、さっきの尖った酸味を、
こう、丸く包み込むんですよ。
酸味が消えるわけじゃない。ちゃんと奥で主張してる。
でも角が取れて、脂と酸味、両方ちゃんと立ってるのに、喧嘩してない」
一口頬張ったあと、満面の笑みを浮かべ配信を続けた。
「うまい。別にどっちの星系が上とか、そういう話じゃなくて。
環境が違うから、味の個性も違う。
それを、コクのあるものが間に入って繋いでやると、
一つの皿の上でちゃんと両方活きるんですよ。
俺、政治のことは分かんないですけど、
今の議会に足りないの、これだと思うんですよね」
配信はそのまま「以上です」と締めくくられた。
特別なことを言ったつもりは、本人には全くなかった。
4. 「やらせてみればいいじゃないか」
翌朝にはこの配信の切り抜き画像がネットで話題になっていた。
議会のはなしでもあり、
バローの端末にもこの配信を切り抜いた動画がリコメンドされていた。
それをうけ、バローは無言でその動画を見つめた。
「ふん」
「な、何かご意見が」
その様子を見ていた秘書が怪訝な顔をして、バローに尋ねた。
「昨日は、読みだけあって腰が据わらない男だと思った。
ただ、この動画を見て、少し違う男なのかもと思い始めた」
バローは杖を突きながら立ち上がった。
「あの男、どちらが正しいかという観点から対立を見てない。
ただ、間に何か挟めば丸く収まる、という程度の話をしているだけだ。
解決策とはとても言えん、政治思想としては、お粗末極まりないものだ」
「はあ……」
「だが」
バローは窓の外、議事堂の方角を睨むように見た。
「今この議会に必要なのは、正しさを主張する人間ではない。
彼が言うように、両方の主張を、消さずに間に立つ人間だ。
面白い奴じゃないか」
堅物のバローが新人の価値を認めた。
その噂は、その日のうちに議会中に広まった。
5. 渋々の合意
翌日の特別会議。
バローが発言を求め、強い意志を込めて口を開いた。
「両党の主張は、それぞれに理がある。
だが、今この議会に必要なのは、どちらか一方が勝つことではない。
双方の主張を消さずに、間に立てる者だ」
その発言の次にくる言葉を予想して、議場がざわめく。
「私は、レイモンド・クラーク議員を星系代表として推す」
デュボワが立ち上がった。
「彼を? 彼は当選したばかりだし、
そもそもどちらの立場か鮮明にしていないわよ」
「だからこそだ」
バローは平然と返す。
「あなたの陣営は、彼を反中央の論客だと思っている。
モリタ議員、あなたの陣営は、彼を対話重視の穏健派だと思っている。
どちらも、彼の言葉をきいて、あなた方が勝手にそう判断した。違うかな」
沈黙が落ちる。
「つまり、彼は今のところ誰の色にも染まっていない。
それこそが、今必要な資質だ」
モリタが満足げに続けた。
「一理、ありますな。少なくとも、
彼の言葉には、テラを敵と見做す響きがない」
デュボワは苦い顔のまま、しばらく黙り込んでいたが、
やがて舌打ち混じりに言った。
「分かったわよ。ただし、あくまで暫定よ。
彼が本当に何もできないなら、代表選出をやり直すというのならね」
「結構」
モリタも頷いた。
そのやり取りを聞いて、当のレイモンドは、
驚きのあまり声にならない声しか出なかった。
「は、はい!? なに、なんで俺なんですか??
俺、まだ議員になって数日ですよ?
政策とか人前で語れるほどでは……」
レイモンドの嘆きもむなしく、二大党首がともに賛成したことで、
レイモンドを星系代表にする案は賛成19,白票1の圧倒的多数で可決された。
「若造。せいぜい、間に立つ料理でも作り続けることだ。」
バローは、杖に両手を乗せたまま、面白そうにレイモンドに言い放った。
かくして、両党の妥協点として、
無所属議員レイモンド・クラークが、
アヴァロン星系代表に選出されることが、なし崩し的に決定した。
議場中の拍手に包まれながら、
レイモンドは、心の中で誰にも届かない叫びを上げていた。
(いや、俺、なんで代表にまでなってるんですか!?)
一年生議員がいきなり代表って怖いですね。
私もレイモンド並みに評価されたいので、
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