兵士がサボタージュって本当ですか?
1. 帰還報告と、二段階目への決断
アンティカ、旧司令部。
「シノさん、二番隊、無事帰投しました。
中継ステーション、破壊完了。
配信も、確認できる範囲では、正常に拡散しています」
報告を受けたシノは安堵の表情を浮かべた。
今回は、被害なし。
深追いもしなかった。前回とは、まるで違う結果だった。
「上出来だな」
ベッリーニが、満足げに言った。
「テラ方面との通信は、途絶している。
ヴァリアントの統制は、確実に乱れているはずだ」
ラングレーもその報告を聞き、少し前のめりになった。
「好機だ。躊躇っている理由は、もうない」
三人の間で、それ以上の議論は必要なかった。
すでに手順は固めてある。
迷わず、次の段階へ進むだけだった。
「予定していた全艦、テラへ向けて出撃準備」
まずは亡命政府艦隊ベッリーニ率いる元査察艦隊二十隻が、
その次にシノたちの野良艦隊と作戦通りワープを開始した。
2. 見守る二人
その出撃の様子は、軍事回線を通して、
アヴァロンの代表執務室にも、映像として届いていた。
「行っちまいましたね」
レイモンドは、画面越しに、
艦隊がワープアウトしていく光の軌跡を見つめていた。
隣には、ラングレーが立っている。
「クラーク代表は、まだ、迷っておられるようだ」
「そりゃあ、迷いますよ。
ただ俺、白紙委任はしないって、自分で言ったんです。
だから、今、何が起きてるか、ちゃんと見てなきゃいけない気がして」
「同感だ」
ラングレーは、珍しく、飾らない声で言った。
「私もただ送り出しただけの立場ではいたくない。
責任は、私が負うと言った。その言葉に、嘘はない」
二人は、それ以上、多くを語らなかった。
ただ、遠く離れたテラ星系で起きていることを、
静かに見守り続けていた。
3. テラ星系、再び
テラ星系への到着と同時に、野良艦隊の艦から、
配信用のドローンが次々と放出されていく。
「もう一発、送り込んでやるぞ」
シノが、通信を確認しながら呟いた。
「向こうは、今、統制が乱れてる真っ最中だ。
この状況で、もう一押し情報流し込んでやりゃ、
さらに揺さぶりがかかる」
これまでも送ってきたメッセージが、
テラ星系に再度広がっていった。
一方、ベッリーニの艦隊は、
正規のタッチダウンポイントからまっすぐに進んでいった。
前回と同じ場所。前回と同じ、対峙の構図。
だが、その様相は、明らかに違っていた。
「司令官。後方に、ヴァリアントの戦艦が見当たりません」
副官の報告に、ベッリーニは、宙域図を見つめた。
前回、この場を膠着させた最大の要因である
元テラ艦隊の後ろに控えていたはずのヴァリアント艦隊が、
今回は、まだ到着していなかった。
「だが、悠長に構えている暇はない。
ヴァリアント艦隊が到着する前に、決着をつける」
「回線を開け」
ベッリーニの合図で、亡命艦隊から、
元テラ艦隊へ向けて、通信が発信された。
「元テラ艦隊の諸君に告げる」
ラングレーの声を録音した音声が、力強く響いた。
「我々は、正統なるテラ政府の名において、
諸君に、投降を呼びかける。
ヴァリアントの支配は、すでに揺らいでいる。
本国との連絡すら、途絶した状態だ。
今、我々の元に戻れば、諸君の身分は保証される」
数の上では、亡命艦隊が圧倒的に優位だった。
5. ソン司令官の窮状
元テラ艦隊、旗艦のブリッジ。
「どうする」
司令官のソンは、苦い顔で、宙域図を睨んでいた。
数の上で、こちらは劣勢だった。
しかも、ヴァリアントの駐留艦隊は、いまだ姿を見せない。
「駐留艦隊に、指示を仰ぐ」
通信が繋がる。
応答したのは、ヴァリアント駐留艦隊の指揮官クラウゼだった。
「こちら、テラ防衛艦隊司令官ソン。
敵艦隊、確認。
数において、当方が劣勢です。指示を仰ぎたい」
「撃て」
返ってきたのは、それだけだった。
「具体的な戦術については、いかように」
「撃て、それだけだ」
ソンは、思わず、通信機を見つめた。
数の不利をどう補うか、どのタイミングで仕掛けるべきか、
そうした問いへの答えは、何一つ返ってこなかった。
「こちらから提案があります。数の不利は、明白です。
一旦、後退させていただき、
そちらと合流した上で、態勢を立て直したい」
「検討する」
その一言を最後に、通信は途切れた。
それ以上の返答は、いつまで経っても届かなかった。
「検討する、で、終わりか」
ソンは、力なく呟いた。駐留艦隊は、まだ到着していない。
撃てという命令だけがあり、
それ以外の判断は、何一つ与えられない。
ソンは傍らにいた補佐官のチェンに声をかけた。
「チェン補佐官。少し、意見を伺いたい」
「何でしょうか」
「数の劣勢は、明白です。
だが、駐留艦隊からは、撃てという以上の指示が、
何も出てこない。
総統府への回線も、途絶している。
この状況で、我々はどうしたらいいと思う」
オードリーは、しばらく沈黙していた。
あの「同胞であっても、迷わず撃て」という総統の言葉が、
頭をよぎる。
だが、その命令を下した本人との連絡は絶たれている。
「私に、軍事判断を下す権限はありません」
オードリーは、慎重に言葉を選んだ。
「ですが、一つだけ。
今、無理に犠牲を出すことに、どれほどの意味があるか。
それは、司令官ご自身が、一番、お分かりのはずです」
だが、それは、ソンの背中を、
そっと押すには十分な一言だった。
「わかった。感謝する」
ソンは、それ以上、深追いはしなかった。
ただ、無理に発砲する理由を、自分の中で、探すのをやめた。
6. 撃てない現場
数で劣る以上、積極的に仕掛ける理由は、どこにもなかった。
ソンは、砲撃の号令を、意図的に先延ばしにした。
「照準、まだ整いません」
「もう少々、お待ちを」
乗員たちの報告にも、これまでのような即応性はなかった。
上からは「撃て」としか言われず、
下は、劣勢の中で無理に発砲する動機を持てずにいた。
今、撃つ理由が、どこにある。
7. 限定的な砲撃
その膠着を、亡命艦隊側は、
センサー越しに、はっきりと捉えていた。
「司令官、敵艦、まったく発砲の構えを見せません。
動きも、鈍いままです」
「投降を、後押ししてやる必要があるな」
ベッリーニは、即座に判断を下した。
「全艦、通信アンテナのみを狙え。
艦体、機関部への直撃は、避けろ」
限定的な砲撃が、元テラ艦隊の各艦に向けて放たれた。
狙いは正確に、通信用のアンテナだけを潰していく。
「アンテナのみ破壊されました!
駐留艦隊との回線、切断されました!」
元テラ艦隊のブリッジで、悲鳴のような報告が上がる。
ソンの顔から、みるみる血の気が引いていった。
8. 発光信号
通信アンテナを失った以上、
もはや、音声や画像での呼びかけは届かない。
それを見越して、亡命艦隊は、次の一手に移った。
「発光信号で、伝えろ」
艦の外殻から、一定の間隔で、光が明滅し始める。
降伏と投降を意味する、古くから伝わる信号だった。
ソンは、ブリッジの窓越しにその明滅を見つめた。
撃てという命令だけを残して、
判断は何一つ与えられなかった、
あの上位の組織の姿を思い返しながら。
「司令官」
副官の声に、ソンは重い決断の時が来たことを悟った。




