しくじったのはこっちだって本当か?
1. 変光星ワープ、成功
重力の暴れる宙域が、艦の外殻を、絶えず軋ませていた。
通常のワープ航路とはまるで違う、不規則な揺らぎの中を、
シノの野良艦隊が木の葉のように揺らされながら進んでいく。
「シノさん、本当に、これで大丈夫なんですか」
若い乗員の声には、隠しきれない不安があった。
「大丈夫かどうかじゃねえ。
抜けるしかねえんだよ、ここは」
シノは、計器を睨みながら、
慣れた手つきで艦の姿勢を微調整していく。
密輸業者としてこの変光星のルートを、
何度も往復してきた経験があった。
重力の波の間隙を読み、
その一瞬の凪を突いて、艦を滑り込ませる。
「今だ」
短い号令とともに、
艦隊は、変光星の重力圏からジャンプした。
目の前に広がったのはヴァリアント星系の外周だった。
「全艦、無事、通過完了」
「よし」
シノは、小さく息を吐いた。
この裏道は、これまでも、何度となく使ってきた。
だからこそ、迷いはなかった。
ただ、今回は、その先で待っているものが、
これまでとはまるで違っていた。
2. 中継ステーションの発見
「あった。あれだ」
宙域の一角、ひっそりと浮かぶ中継ステーションを、
シノの艦のセンサーが捉えた。
「防御設備、ほとんどないですね」
部下の一人が、少し拍子抜けしたように呟いた。
「当たり前だろ」
シノはあきれたように答えた。
「ここは、正規の航路じゃねえ。
ヴァリアントの奴らにとっちゃ、
そもそも艦が来るなんて想定してねえ場所だ。
守りようがねえのさ」
「でも、通信量やたら多くないですか?
この規模の割に」
「ああ、あたしも、それ、気になってた」
シノはモニターに表示された
通信ログの推定量を見つめた。
「ここ、単なる中継じゃねえかもな。
艦隊内部の連絡やら、テラ方面への回線やら、
色んなもんが今やりとりされているのかもな」
「だとしたら」
「だとしたら、なおさら、上等な標的だ」
3. 破壊、そして即時撤退
「全艦、予定通り、行動開始」
シノの号令とともに、
二種類のペイロードが放出されていく。
一つは、配信用のドローン。
密輸の告白と、料理のメッセージを乗せた動画が、
ヴァリアントの通信網へと
誰にも気づかれないうちに紛れ込んでいく。
もう一つは、中継ステーションそのものを狙った、
破壊工作用のミサイルだった。
防御機構が、ほとんど機能していないその一点へ、
迷いなく撃ち込まれていく。
爆発とともに中継ステーションの通信アンテナが、
次々と機能を停止していった。
「中継、完全に沈黙しました」
「よし」
その報告を受け、シノは即座に決断した。
「やることは、やった。全艦、ずらかるぞ」
深追いはしない。
それが、この作戦の大原則だった。
シノたちの艦隊は、破壊の余韻が消えぬうちに、
来た時と同じ速さで、変光星の重力圏へと、
身を翻していった。
4. 総統府に届いた配信
シノたちの艦隊が撤退してからしばらくして、
ヴァリアント総統府の情報統制室に異常が報告された。
「何だ、この通信は」
担当官がモニターに映る映像に思わず声を上げた。
見知らぬ男が、湯気の立つ鍋を前に、
何かを語っている。
灰色の配給食とは、明らかに違う、
艶やかな煮込み料理の映像だった。
『皆さんの土地でも、
同じ材料でこれだけの飯が作れるはずなんです』
続けて、映像は、女の顔に切り替わる。
『あんたらが配給のペーストしか食えなくなった理由、
あたしらにも責任がある。
総統一族が秘密ドックに注ぎ込んできた金の出所、
あたしらが密輸で稼がせてもらったんだよ』
「こ、これを、今すぐ止めろ!」
担当官が叫ぶが、遮断が追いつく前に、
映像は、通信網の末端まで、次々と流れ込んでいった。
5. ヘルガのうろたえ
「総統!正体不明の映像データが、
通信網全域に拡散しています!
加えて テラ方面との通信が完全に途絶しました! 」
報告に、ヘルガは、思わず立ち上がった。
「何だと」
「複数の通信アンテナが外部からの攻撃を受け、
機能を停止しています。
それとほぼ同時に、
配給政策と悪質な虚偽情報が流れ込んでいます」
「虚偽情報、だと」
ヘルガの声が、僅かに揺れた。
それが、虚偽ではなく、事実の一部であることを、
彼女自身、よく知っていた。
「どこから船が来た。
正規の航路にそんな報告は、
一つも上がっていないはずだ」
「現在、詳細を確認中です」
「テラ方面への回線は強化した。
が、中継ステーションを何か所もたたかれては、
その意味がない」
ヘルガは、宙域図を、忙しく操作した。
テラからの航路を押さえておけば
ヴァリアントや近くの星系に侵入することは
不可能だと思っていた。
だからこそ、防御の手薄さなど、
これまで問題にすらならなかった。
「たとえ、あの集団が、
密輸のための裏道を持っていたとしても」
ヘルガは、宙域図を睨みつけたまま、呟いた。
「ここまで来るには変光星の重力を読み切る必要がある。
それをこの規模の艦隊でやってのけるなど……」
言いながら、その可能性を、頭のどこかでは、
否定しきれずにいた。
あの一族アヴァロンの密輸業者たちが
どういう航路を利用しているのかは不明だった。
だが、それが、まさか、この星系の内側にまで、
こうした形で牙を剥くとは、想定の外だった。
「どうして、ここまで、見つからずに来られた」
答えの出ない問いを、ヘルガは、
しばらく宙域図に向かって投げかけ続けていた。
珍しく、感情のこもった声だった。
統制と効率で組み上げてきたはずの体制の、
最も見落とされていた隙間を正確に突かれた。
「すぐに、中継ステーションを直せ。
予備の設備は」
「手配は進めておりますが、
完全な復旧までには、相応の時間がかかるかと」
「時間などない」
ヘルガの声が、低く響いた。
「テラ方面が、今、どうなっているのか、
こちらからは何も分からない。
もちろん、指示も出せない。
この空白がどれほど危険か分かっているのか」
6. 駐留艦隊の動揺
一方、テラに駐留していた艦隊にも、
その空白は、確実に伝わっていた。
「司令官。本国との連絡、まったく取れません」
「そんな馬鹿な」
上官たちは、次々と上がってくる報告に、
明らかにうろたえていた。
「指示を仰げないまま、我々は、どう動けばいい」
「分からん。とにかく、回線の復旧を待つしかない」
一方、末端の兵士たちの間では、
また別の空気が広がっていた。
「おい、聞いたか。本国、連絡取れなくなったらしいぞ」
「マジかよ。俺たち、これからどうなるんだ」
「なあ、それより、こないだの、あの配信……」
誰かが、ぽつりと切り出す。
「あの、アヴァロンの飯の話。あれ、見たか」
「ああ、見た。あの、根菜と肉の煮込み……」
「灰色のペーストより、絶対、うまそうだったよな」
不安と、ホームシックと、そしてうっすらとした期待が、
兵士たちの間に、静かに広がっていく。
「なあ、これ、もしかして、
アヴァロンの方が、まだマシなんじゃねえのか」
その一言に、周囲の誰も、はっきりと否定はしなかった。
上では、指揮系統が音を立てて揺らぎ、
下では、飯への渇望が統制の隙間へと染み込んでいく。
ヴァリアントという国の、最も硬い部分と、
最も柔らかい部分が、同時に、綻び始めていた。




