次は容赦しないって本当ですか?
1. 「勝利」の総括
ヴァリアント星系、総統府。
戦室の大画面に、二つの通信ウィンドウが並んでいた。
一つは、元テラ所属鑑定家らなる
テラ方面軍艦隊司令官、ソン・イーハン。
もう一つは、テラ方面軍首席補佐官、チェン・オードリー。
画面の背景には、灰色に沈んだテラの空が、
それぞれ微かに映り込んでいる。
かつて人類発祥の地として栄えたはずのその星系は、
今や、こうして遠く離れたヴァリアントの総統府から、
一方的に指示を受ける立場に落ちていた。
「先の一件、公式には、
完全勝利として記録されている」
しかしヘルガの声には勝利者らしい高揚は
微塵も感じられなかった。
「六箇所への同時侵入、うち二箇所を撃退。
当方の損害は、なしと報告を受けた」
答えたのは、ソンだった。
軍事的な報告は、あくまで彼の役目だった。
「数字の上では、そうです。
ですが、実際には、四箇所への侵入と、
ドローンによる宣言配信を、許している。
それに、元テラ艦隊との対峙ではお互いに発砲せう。
その結果、敵のは退却を許したのではないか」
ヘルガの声が、僅かに硬くなった。
「確かに艦は失っていない。
だが、それだけだ。
それ以上の物を、みすみす見逃した。
勝ったのに、綺麗に勝てなかった。
それが、今回の実態だ」
2. 発砲の徹底
画面の向こうで、ヘルガは、僅かに身を乗り出した。
「だから、はっきりさせておく。
次、アヴァロン方面の艦が、この星系に現れたら」
一拍置いて、続けた。
「相手が誰であろうと、迷わず撃て。
それが、元テラの人間であっても、だ」
ソンは、僅かな間を置いてから、答えた。
「御意」
その即答に、オードリーの表情が、微かに強張った。
「総統。それは……」
「チェン補佐官」
ソンが、穏やかにだが鋭くチェンの言葉を遮った。
「軍事行動の判断は、こちらの領分だ。
貴殿の口を挟む話ではない」
オードリーは続けようとした言葉を、
そのまま呑み込んだ。
統治の分野では彼女にも一定の裁量が認められている。
だが、軍事命令に関しては、
ソンの判断が、さらにはヘルガの判断が優先される。
その序列を、改めて思い知らされた形だった。
「承知しました」
短く答えるしかなかった。
だが、その内心には、消化しきれない引っかかりが、
そのまま残っていた。
3. 軍事回線の強化
「もう一点」
ヘルガは、卓上の端末を操作し、
一枚の図を、通信画面越しに投影した。
ヴァリアントとテラを繋ぐ軍事回線の経路図だった。
「ヴァリアント・テラ間の軍事回線を強化させた。
従来の数倍の帯域で
即時に情報のやり取りができるようにしてある」
「それは」
ソンが、身を乗り出した。
「下手な動きは、全部分かる、ということだ」
ヘルガの声には、確かな自信があった。
「今回の一件で我々は、艦の位置取りと、
通信の遅延の隙を突かれた。
二度目は、その隙をこちらから塞ぐ。
テラ方面で何が起きようとこの回線を通じて、
即座にこちらへ伝わる。
連携が乱れることは、もう起きない」
「心強い限りです」
ソンは表情を変えずに頷いた。
軍人として統制の強化は当然と感じたからだ。
だが、オードリーには違って見えた。
技術的には、確かに理に適った強化だった。
それでも、なぜか、胸の奥に、小さな引っかかりが残った。
(回線を太くするけで、済む話なんだろうか)
その違和感の正体をオードリーはまだ言葉にできずにいた。
先ほどソンに釘を刺されたばかりだ。
ここで、根拠のない不安を口にする気にはなれなかった。
4. 不満の広がり
「総統。もう一点、報告があります」
チェンが、話題を変えた。
ここからは、統治に関する話彼女の領分だった。
「今回の一件以降、テラ方面、そしてヴァリアント星系内、
両方で、看過できない兆候が見られます」
「具体的に」
「テラ市民の間では、戒厳令下の統治への疲弊が、
これまで以上に強まっています。
加えて、あの侵入時に配信された食に関するメッセージが、
市民の間で語られ始めています」
「それの何が問題なのだ」
「配給食への不満は、以前から燻っていました。
が、あの配信以降、その声が、
これまでよりはっきりと表に出るようになっています」
オードリーは、一度、言葉を切ってから、続けた。
「このままでは、統治が内側から揺らぎかねません。
何らかの対応を、ご検討いただいた方がよろしいかと」
5. ヘルガの嫌味
「飯の話に、構っている余裕などない」
ヘルガの声は、冷ややかだった。
「総統」
「そもそも」
ヘルガは、画面越しに、オードリーをまっすぐ見据えた。
「かつてのテラは、辺境からの収奪と引き換えに、
自国民の生活の些細な不満にまで構いすぎた。
統治の芯を、そうやって、少しずつ腐らせていった。
その果てが、今のテラの姿。
我々の指揮下でしか、
統治が成り立たないのが、今のありのままの姿だろう」
オードリーの喉が、僅かに詰まった。
「それを見てきたはずの貴殿が、
同じ轍を私に踏ませようというのか」
「そういうつもりでは」
その一言に、チェンは、何も言い返せなかった。
6. くすぶり続けた数日
通信が切れた後も、オードリーの中には、
あの日の言葉が、そのまま重く残り続けていた。
(かつてのテラが、統治の芯を腐らせた。
その通りだ。私も、それを、この目で見てきた)
だが、その言葉が、今、自分自身にも、そのまま突き刺さっていた。
(『食に構う余裕がない』。
それを言った瞬間から、
もう同じ道を歩き始めてるんじゃないのか)
数日の間、オードリーは、日々の職務をこなしながらも、
その問いを、頭の片隅から追い出せずにいた。
市民の疲弊、兵士たちの不満報告として上げるべき事案は、
日を追うごとに、少しずつ積み重なっていく。
だが、それをどう扱うべきか、
上の判断を仰いだところで、返ってくる答えは、
おそらく変わらない。
そのことも、彼女自身、よく分かっていた。
ふと、査察で自分が書いた報告書の一文が、脳裏に蘇った。
『均された味だけでは何も残らない』
あの時は、被聴取者の政治的意図を否定しながらも、
その一文を報告書に書き加えるべきか、迷い続けた。
結局、上層部の判断に委ねる形で、
決定的な火種として扱われることになった。
(あいつの言ってたこと、案外、正しかったんじゃないのか)
学生時代、麻婆豆腐を三時間語り続けた、
あの屈託のない笑顔が、脳裏をよぎる。
あの頃は、多様性を礼賛するだけの、
非効率な理想論だと切り捨てていた。
だが、辺境からの収奪の果てに、
中心そのものが崩れ落ちるのをこの目で見た今、
あの雑談が思いのほか筋の通ったものだった
ように思えてならなかった。
(レイモンド。あんたなら、
今の状況、どう見るんだろうな)
答えの出ない問いを、オードリーは、
来る日も来る日も、一人、だれにも言えず抱え込んでいた。
7. 急報
そうして、答えの出ないまま、何日かが過ぎた、
ある日のことだった。端末が、けたたましく鳴った。
「首席補佐官、司令官。緊急です」
「何だ」
ソンが、鋭く応じた。
「ヴァリアント星系との軍事回線、通信途絶を確認しました」
チェンとソンは、同時に立ち上がった。
「強化したばかりの回線が、か」
「原因は、まだ不明です。
ですが、複数の中継ステーションから、
同時に応答が途絶えています」
オードリーの脳裏に回線を太くするといった
あの日のヘルガの言葉が皮肉な形で蘇った。
数日間、答えの出ないまま抱え続けていた懸念が、
今、最悪の形で現実になろうとしていた。
太くした回線が、どれほどの帯域を持っていようと、
その回線が通る結節点そのものが失われれば、意味をなさない。
ソンは、すぐに状況を飲み込んだ。
総統府への報告は、この途絶した回線を通じてしか送れない。
そうである以上、今、命令に従うべきは
もう一つこの宙域に展開しているはずの、
ヴァリアントのテラ駐留艦隊だった。
「ヴァリアントの駐留艦隊との連携は途絶えさせるな」
その声には、これまでにない緊張が滲んでいた。




