会議で全部決まるって本当ですか?
1. 捕虜からの情報
アンティカ、旧司令部の一室。
作戦会議のために、いつもの顔ぶれが揃っていた。
シノ、ベッリーニ、ラングレー、そしてレイモンド。
壁面の宙域図には、ヴァリアント星系とテラ星系、
その間に横たわる変光星の位置が投影されている。
会議の冒頭、ベッリーニが、
一枚の報告書を宙域図の脇に置いた。
「本題に入る前に、一つ、共有しておきたいことがある。
アンティカで拿捕した捕虜たちから、
我々が聞き取りを続けていた分だ」
「何か、掴めたのか」
シノが尋ねる。
「ああ。まず、指揮系統の話だ。
ヴァリアントは命令系統が徹底的に一本化されている。
総統府が決めて、軍務局が下ろして、
現場は、それに従うだけ。
現場判断で動く余地は、ほとんどないらしい」
「それは、こちらにとって、都合がいい話だな」
ラングレーが、身を乗り出した。
「命令系統を一本化しているということは、
その一本を断てば、全体が止まる。
分権型の組織なら、一箇所を叩いても、
他が補い合う。
だが、あの国は違う」
「私も、そう見ている」
ベッリーニもその意見に同意した。
「捕虜たちの証言でも、一貫していた。
上からの命令がなければ、艦一隻、
動かすことすらできない、と。
士官クラスでさえ、独自の判断で動くことに、
強い抵抗があるようだった
それと、もう一点。
捕虜の連中、口を揃えて言っていたことがある」
「何だ」
「飯が、まずいそうだ」
会議室に、微かな笑いが漏れた。
「笑い事ではない。艦の乗員クラスでさえ、
あの灰色ペーストしか出されないという。
士官と下士官で、量に差はあっても、味に差はない。
捕虜になって、こちらの飯を食わせた際、
何人かは、涙目になっていた。
中には、二杯目をねだってきた者までいる」
「それだけ、不満が溜まってる、ってことか」
シノが、腕を組んだ。
「ちょっと待て。あたしも、念のため確認してえ」
シノは、報告書に目を通しながら、
捕虜の証言を、一つ一つ辿っていった。
指先が、名前と証言の欄を、丁寧になぞっていく。
「どの階級でも揃って同じ不満を漏らしてる、
ってことだよな」
「ああ。乗艦も、階級もまちまちだ。
だが、この点だけは、見事に一致していた」
「なら、間違いねえ。指揮系統は硬い。
だが、その末端は、飯一つで、ここまで揺らいでる」
シノもその意見に同意した。
「だったら、テラで送った配信無駄にはならねえ。
むしろ、狙い目としちゃ、
悪くねえどころか、ど真ん中だ」
2. 二段構えの確認
「じゃあ、それを踏まえて、今日で、全部決める」
シノが、宙域図の一点を指した。
「今回の作戦は、二段構えだ。
第一段階が、あたしらによる、ヴァリアントへの潜入」
「狙いは」
ベッリーニが尋ねる。
「三つだ」
指を、一本ずつ立てていく。
「一つ、ヴァリアントの中継ステーションへの妨害工作。
一本化された命令系統を、そこで断つ。
二つ、例の配信密輸の告白と、飯のメッセージを、
通信網に流し込む。
飯に不満溜めてる連中に、直接届ける。
三つ、ついでに、
ヴァリアントとテラを繋ぐ中継ステーションも、同時に叩く」
「なぜ、ヴァリアント―テラ間まで狙う」
ラングレーが尋ねる。
「星系内の超光速通信は、
大出力の恒久施設を介さないと送受信できない。
あの中継ステーションを止めりゃ、
二つの星系の連携が、一時的に鈍る。
命令も、報告も、まともに飛ばせなくなる。
ただでさえ上意下達しかできねえ組織だ。
それを一時的にでも寸断できりゃ効果はでかい。
命令が来ねえ現場は、身動きが取れなくなる。
それが、あの組織の一番の弱みだ」
「なるほど。
それが、第二段階の下地になる、というわけか」
「そういうことだ」
ラングレーは、
宙域図に描かれた三つの標的を、じっと見つめていた。
「理にかなっている。
感心するよ、貴殿らの発想には」
「感心してる暇があったら、
こっちの手筈、もう少し詰めるぞ」
シノは、素っ気なく話を進めた。
3. 役割の分担
「今回、この潜入には、私は同行しない」
ベッリーニが、静かに宣言した。
「言うまでもないことだが、
大型艦では変光星ルートは抜けられない。
ここは、貴殿らの領分だ」
「分かってて聞いたんですかい、司令官」
シノが、少しからかうように言う。
「確認だ。潜入と妨害は、貴殿らの仕事。
だが、その先もし成功したなら、
その機を逃さず、戦力を動かす仕事は、我々の領分だ。
軍人として、そこは、私が引き受ける」
「つまり」
「貴殿らが穴を開けてくれるなら、
そこに、艦隊をねじ込むのは、
こちらの役目だということだ。
潜入が成功したら、あとは、任せてもらいたい」
シノは、その言い分に、小さく笑った。
「上等だ。役割分担、それでいい。
あたしらは、小回りの利く仕事。
あんたらは、大艦巨砲の仕事。
餅は餅屋、ってやつだな」
「餅屋、か」
ベッリーニは、その言葉に、微かに口の端を上げた。
査察に向かうの頃の、
慢心と侮りに満ちていた自分とは、もう別人のようだった。
4. 「深追いしない」の確認
「ただし」
シノは、そこで、はっきりと声を強めた。
「今回は、粘らねえ。やることやったら、さっさと帰る。
それだけは、全員で、確認しておきたい」
「前回の反省、ですね」
レイモンドはその意図を正確に理解した。
「アンティカで通じた手を、
テラでも通じると思い込んでた。
あれの、繰り返しにはしたくない、
ってことですよね」
「その通りだ。第一段階は、
あたしらだけで完結させる。
あんたらはその報告が届くまで動くな」
シノはベッリーニとラングレーをそれぞれ見た。
「勝手に動かれるのが、一番困る。
前回の反省、
あんたらにも、しっかり効いてるはずだよな」
「言われるまでもない」
ベッリーニが、短く答えた。
「今回は、亡命政府としても、
独自の判断で先走ることはしない。約束しよう」
ラングレーも続いた。
一回目のテラ侵攻で位置の維持を求め続けた
自分自身への反省が、その一言には滲んでいた。
5. 第二段階の確認
「で、あたしらが帰ってきてから、
初めて第二段階に入る」
シノが、宙域図の別の一点を示した。
「ヴァリアントの連携が寸断された隙を突いて、
亡命艦隊がテラへ進出する。
その直後に野良艦隊が進出する」
「時間差をつける意味は?」
「我々なら耐えられる。
野良艦隊は一発もらえば終わる。
前回の教訓だ」
ベッリーニが続けた。
「今度は、
シノ殿の艦隊が孤立することは二度と起こさない」
6. 元テラ艦隊への方針
「もう一つ、
決めておかなきゃならないことがある」
ベッリーニが、重い口調で切り出した。
「前回、私が動けなかった相手だ。
テラ防衛に組み込まれた、元テラ艦隊」
会議室に、一瞬、緊張が走った。
「今回、また同じ場面に出くわしたら、
どうする」
「まず、投降と合流を呼びかける」
ラングレーが、迷いなく答えた。
「彼らは、我々にとって同胞であり、
亡命政府にとっても、正統な国民だ。
強制的に組み込まれているだけなら、
正しい旗の下に戻ってくる余地は、十分にある」
「それで、応じなかったら」
シノが、困惑気味に尋ねた。
ラングレーは、しばらく黙っていた。
だが、やがて、はっきりと言った。
「その時は、交戦もやむを得ない」
一拍置いて、続けた。
「そして、その判断の責任は、私が負う。
亡命政府の代表として明言しておく。
ベッリーニ司令官、あなたに、
迷いを背負わせるつもりはない。
撃つと決めた以上、その責は、私が引き受ける」
ベッリーニは、しばらく、
ラングレーを見つめていた。
「私も、同じ結論だ」
ベッリーニは、おもむろに続けた。
「前回はその覚悟がなかったから動けなかった。
今度は、迷わないための答えを、
先に出しておきたい」
「同胞を撃つ覚悟、ってことですよね」
レイモンドが、思わず口を挟んだ。
「軽々しく言ってるわけじゃない」
ベッリーニの声には、重みがあった。
「だが迷ったままその場で立ち尽くすことこそが、
一番、多くの犠牲を生む。
前回、それを、身をもって思い知った」
シノも強い覚悟で静かに言った。
「投降を呼びかけて、それでも聞かなかったら、
あたしらは、あたしらの理屈で進む。
責任の所在まで、はっきりさせた上でな」
レイモンドは、何も言えなかった。
ただ、この場にいる誰もが、
前回とは違う覚悟を持って、
この結論に辿り着いていることだけは、
はっきりと感じ取れた。
(みんな、ちゃんと、腹くくってるんだよな。
俺、その覚悟のところまで、
追いついてない気がする)
7. レイモンドの決断
一通りの手順が固まったところで、
ラングレーが、レイモンドの方を向いた。
「クラーク代表。この作戦、
正式に亡命政府との協定として、
結んでいただきたい」
レイモンドは、一瞬、言葉に詰まった。
前回のテラ襲撃の記憶が、頭をよぎる。
あの時は、「支援します」という一言が、
いつの間にか出撃の後押しとして扱われていた。
避難民キャンプでの歓声、
ラングレーの流れるような演説、
そして自分の曖昧な一言が、
都合よく塗り替えられていった、あの感覚。
(今度は、ちゃんと、自分で線を引かないと)
「分かりました。ただし」
レイモンドは、はっきりと言った。
「中継ステーションの妨害と情報戦への
協力はします。
それは、俺も、腹を決めます。
でも、テラへの本格的な侵攻については、
今この場で、白紙委任はしません。
状況を見てから、その都度、改めて判断させてください」
会議室に、一瞬、沈黙が落ちた。
「随分とはっきり言うようになったな、先生」
シノが、小さく笑った。
「これくらい言わないと、
また、勝手に話が大きくなるだけですから」
ラングレーは少し驚いたような顔をしたが、
すぐに真顔になった。
「結構。その条件で、協定を結ぼう」
正式な文書は、後日、改めて取り交わすことになった。
だが、この場での口約束だけで、
すでに、その重みは十分に伝わっていた。
8. 締め
会議が終わり、それぞれが持ち場へと戻っていく。
シノは、出撃の準備を仲間たちに指示しに、
慌ただしく部屋を出ていった。
ベッリーニとラングレーも、細部の詰めのために、
別室へと移っていった。
レイモンドは、一人、宙域図の前に残っていた。
(今回は、止められなかったんじゃない。
俺が、自分で選んで、組むって決めたんだ)
これまでのような、
曖昧な丸投げとは違う感触があった。
まだ怖い。まだ、何が起きるか分からない。
それでも、自分の言葉で線を引けたことが、
レイモンドの中に、小さな手応えとして残っていた。
窓の外、出撃の準備を進める艦艇の明かりが揺れていた。
その光の一つ一つに、それぞれの覚悟が、
宿っているような気がした。
(俺も、いつか、あんな風に、
迷わず言い切れる日が来るんですかね)
答えの出ない問いを抱えたまま、
レイモンドはしばらく、その光を見つめ続けていた。




