まだ作戦があるって本当ですか?
1. 冷え切った議場
アヴァロン星系、臨時議事堂。
いつもなら、自由党と共和党の怒号で天井が震えるはずの議場が、
今日ばかりは、不気味なほど静まり返っていた。
勢いづいていた交易拡大派の商人たちも、
傍聴席で力なくうつむいている。
「これから、我が星系は、どうすべきか」
誰かが、ぽつりと呟いた。
誰も、それに答えられなかった。
重い沈黙の中、無所属ブロックのバローが、
コツン、と杖の先で床を叩き、ゆっくりと立ち上がった。
「両党は、勝ち馬に乗って暴走し、負ければこの有様だ」
老人の目が、真っ直ぐにレイモンドへ向けられた。
「だが、クラーク代表。
お前は現地の情報もないまま数の優位だけに浮かれる危うさを、
確かに指摘していたはずだ」
議場の注目が一斉にレイモンドに集まる。
「ならば、聞こう。
このどん底で、お前は、アヴァロンをどう導くつもりだ。
そろそろ、代表としての立場を、はっきりさせる時だろう」
2. 丸投げ
(いや、俺に振るのやめてくださいよ、バローさん……)
胃が、いつも通り、キリキリと痛んでいた。
目の前には、同胞が死んだという生々しい報告書。
逃げ出したい気持ちは、今も消えていない。
だが、危うさを分かっていながら結局止められなかった臆病さが、
今回の敗北を招いたその自覚は、まだ胸の奥に重く残っていた。
(今度は、ちゃんと言わなきゃ。
止めろとも、進めとも言わずに、黙って現場に丸投げする。
それだけは、もう、やっちゃいけない気がする)
レイモンドはいつものへらへらした態度を意識的に脇へ置いて、
震える手でマイクを握った。
「俺、政治のことは、分かりません。
領土の話とか、大義名分とか、正直、どうでもいいです。
でも、一つだけ、譲れないことがあります」
一呼吸置いて、彼は続けた。
「灰色のペーストに文句一つ言えない世界は、俺は嫌です。
うちの星系の人たちも、テラの人たちも……
それに、ヴァリアントの兵隊さんたちだって、
みんなが、自分の食いたいもんを、
選んで、笑って食える世の中の方がいい。
俺が望むのは、それだけです」
議場が、その率直すぎる言葉に、一瞬、息を呑んだ。
「ただ」
レイモンドは、困ったように眉を下げた。
「それをどうやって実現するかとか、
ヴァリアントの艦隊にどう対抗するかとか、
そういう具体的なことは、俺には、一個も分かりません。
降伏の書類の作り方も、正直、分かりません。
だからやり方は、皆さんで、考えてください」
言い切った後、レイモンドに、二つの感情が同時に湧いた。
一つは、ようやく自分の言葉ではっきりと立場を示せたという、
小さな手応え。
もう一つはそれでも具体的な判断は誰かに委ねてしまったという、
拭いきれない後ろめたさだった。
(これ、前とおんなじじゃないか?
結局、また、丸投げしてるだけじゃ……)
3. 三者三様の受け止め
あまりに潔い丸投げに、議場は一瞬、呆気に取られた。
だが、政治家たちの頭の中では、
すぐに、いつもの超高度な変換が始まっていた。
(なんという男だ。軍事的な勝利ではなく、
敵国の民衆さえ含めた『食の解放』を、本気で見据えている。
正面からの大艦巨砲主義を全否定し、
現場の知恵を試そうとしているのだ……!)
「代表の意志、確かに受け取りました!」
「議会としても、全力で『やり方』を練り上げます!」
その熱狂の中、バローだけは、違う表情をしていた。
杖に両手を乗せ、微かに、口の端を上げている。
「ようやく、自分の言葉で、語れるようになったか」
その呟きは、誰の耳にも届かないほど小さかった。
レイモンドを「読みだけあって腰が据わらない男」と評した老人が、
少しだけ評価を見直した証拠であった。
一方、傍聴席の隅、亡命政府のラングレーは不安げな顔をしていた。
(『食の解放』か。
使い方次第では、まだテラ再侵攻の名分に転用できる。
だが、下手に急げば、また同じ轍を踏む……)
政治家としての計算が、勝手に動き始めていた。
「いや、だから、俺は本当に丸投げしただけで……」
レイモンドの悲痛な声は、またしても熱狂にかき消された。
4. アンティカ、補給ドックにて
その頃、敗戦処理でまだ落ち着かないアンティカの補給ドックでは、
シノとベッリーニが、モニター越しに、
議会中継の一部始終を聞いていた。
「ひでえ丸投げだな、あの先生」
そう呟くシノの目には、しかし、一瞬で鋭い光が戻っていた。
「みんなに、美味いもん食わせる世の中、ね」
シノの口の端が、密輸業者らしい、
危うい笑みの形に持ち上がった。
「ベッリーニの旦那。正面切っての戦じゃ、逆立ちしても勝てねえ。
だが、『言葉』と『飯の話』を届けるだけなら、あたしらの得意分野だ」
「何を、企んでいる」
「あたしらが昔運んだレアメタルが、
回り回って、あいつらの主砲になってた話、覚えてるか」
「忘れるものか」
「あの罪、開き直って、使ってやるよ」
シノは、宙域図の隅、変光星の位置を指した。
「通常艦隊じゃ絶対に抜けられねえが、
あたしらアヴァロンの密輸業者だけが、
周期を読める変光星ルートがある。
あれを使って、ヴァリアントの喉元に、
直接、情報のバックドアを開けてやる。
星系全員に、食い物を実際に届けるのは無理だ。
だが、『飯に文句を言える暮らし』ってのがどういうもんか、
情報として、直接、あいつらにぶち込んでやることはできる」
シノは、拳を握りしめた。
「あんたらが灰色のペーストで我慢させられてんのは、
総統の家系が、あたしらから密輸したレアメタルを、
艦隊作りに全部注ぎ込んできたせいだ。
本当の飯ってのは、こういう味がするんだよってな。
アヴァロンのグルメ配信を、あいつらの通信網に、
そのままハッキングして流し込んでやる」
軍事の論理ではなかった。
生活の尊厳と、隠されてきた事実。
その二つを武器にして、統制の内側から揺さぶりをかける
精神的な兵糧攻めだった。
ベッリーニは、しばらく黙り込んでいた。
だが、やがて、その全身に、抑えきれない武者震いが走った。
「情報の、デリバリーか。面白い」
ベッリーニはその案にうなずき、さらに後詰めを約束した。
「その仕込みは、貴殿たちの領分だ。
私には、手の出しようがない。
だが送り込んだ後の後始末、混乱に乗じた動きへの備えは、
我々が全力で引き受けよう」
「上等だ」
6. 締め
アヴァロンの執務室で、レイモンドはまだ胃薬を飲みながら、
「みんなで話し合って、穏便な着地点、
見つけてくれるといいんですけど……」と、力なく呟いていた。
ただ、彼の与り知らないところで、
彼の思いとは少し違った作戦が立案されていることに、
まだ彼は気づいていなかった。




