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負けた理由を数えたら胃が痛いって本当ですか?

1. 帰還報告

アンティカ、補給ドック。

戻ってきた艦の数を、シノの部下が、事務的な声で読み上げていく。

「二番・五番ポイント、計二十隻中、

撃沈十二隻、拿捕七隻、生還一隻。

他四箇所、無事帰投。テラ亡命艦隊、被害なし」


数字の羅列が、狭い会議区画に、淡々と響いていく。

レイモンドは、視察を兼ねて呼ばれたその場で、

しばらく身動きが取れなかった。

(十二隻、撃沈。七隻、拿捕……)

被害なし、というベッリーニ側の報告に、

一瞬、安堵しかけた自分に、レイモンドは気づいた。

だが、シノ側の数字は、決して軽いものではなかった。


「生き残ったのは、一隻だけ、ですか」


「ああ。二番ポイントの、指揮官艦だ。

かなりの損傷抱えて、辛うじて戻ってきた」


シノの声は、いつになく低かった。

負傷者の搬送、戦死者の名簿作成。

アンティカ奪還の十五隻未帰還の時とは違う、

もっと生々しい傷跡が、今回は残っていた。


2. 押し問答

「今回の作戦はまだ失敗と決まったわけではありません」

ラングレーが、真っ先に口を開いた。

「宣言は、確かにテラ星系内へ届いています。

攻略には至らずとも、政治的な布石としては、

成果があったと言えるでしょう」


シノが、鼻を鳴らした。

「布石ね。艦、十九隻失って、それが布石で済むんなら、

あたしらの仲間の命も、随分安く見積もられたもんだな」


「貴殿たちの損害を軽視しているわけではない」


「分かってるよ。

 ただ、あんたの物言いが気に食わねえだけだ」


ラングレーは、それ以上言い返さなかった。

だが、その沈黙もまた、どこか計算高く見えた。

政治的な体裁さえ保てれば、

艦の数など彼にとっては二次的な問題に

過ぎないのかもしれない。

そんな冷ややかな空気が、一瞬、場に漂った。


ベッリーニは、腕を組んだまま、しばらく黙っていた。

だが、やがて意を決したように口を開いた。

「責任の話をするなら、まず私からだ」


それに対して誰も何も言えずにいる空気の中、

レイモンドが、ふと口を開いた。

「あの」

小さな声だったが、その場の誰もが、

なぜかその一言に耳を傾けた。

「いや、これは……負けです。俺たち、

 負けたんだと思います」


ラングレーが、口を挟もうとした。

「代表、そこまで言い切るのは」


「いや」

レイモンドは、珍しく、それを遮った。

「布石とか、成果とか、そういう話じゃなくて。

 人が、死んでるんですよ。

 二十隻近く失って、それで『失敗とは決まってない』って、

 俺には、ちょっと言えないです」


戦術的な分析でも、政治的な計算でもなかった。

ただ、失われたものの重さを前に、

それ以外の言葉が出てこなかっただけだった。

「俺、これまでずっと、揉め事に巻き込まれたくないだけで、

 決められないふりして、現場に任せてきました。

 それで、たまたま、うまくいくことが続いてただけで……。

 今回、初めて、それがうまくいかなかった。

 それを、成果があったとか、

 失敗と決まってないとか、誤魔化したくないんです」

それは、この一連の騒動の中で、

レイモンドが初めて口にした、責任のある言葉だった。


3. 敗因整理

「では、何が悪かったのか、整理しておくべきだろう」

ベッリーニが、静かに続けた。

「まず、私の判断についてだ。

 私は、元テラ艦を撃てなかった。

 それは、人として正しい判断だったと、今でも思う。だが」

一拍置いて、続けた。

「私は、撃てないと、読まれていた。

 読まれてなお、撃てなかった。そこが、敗因の一つだ」


「……乗員たちには、何と説明するんですか」

副官が、控えめに尋ねる。

ベッリーニは、少し目を伏せた。

「本国奪還だと、彼らは沸き立っていた。

 行き場のなかった自分たちに、

 ようやく役目が戻ってきたと。

 それを、指揮官である私の判断一つで、

 一発も撃たずに終わらせた。

 士気の面では、決して軽い代償ではないだろう」


シノも、いつもの威勢の良い声ではなかった。

「あたしらの読みも、甘かった。

 裏道ってのはな、知られてねえから裏道なんだ。

 一回使って、相手に匂いを嗅がれた時点で、

 もう半分、表道になっちまう。

 亡命者から聞いた『まだ手薄なはず』の航路情、

 結局、抜けてきた奴らが把握してた時点での

 話でしかなかった。

 その後、向こうがどう手を打ったかまでは、

 誰も分からなかった」


「アンティカで通じた手を、

 そのままもう一回通じると思い込んでたのが、

 そもそもの間違いだった、ってことですね」

レイモンドが、ぽつりと呟いた。


「それだけじゃねえ」

シノは、首を振った。

「あたしら、事前偵察もできてねえのに、

 亡命者の話だけで突っ込んだ。それも、間違いだ。

 生きた情報のつもりが、

 しょせん、一時点の切り取りでしかなかった」


5. シノの告白

「もう一つ、言っとかなきゃならねえことがある」

シノが、それまでとは違う、硬い声で切り出した。


「ヴァリアントがあの規模の艦隊を

 秘密裏に育てられた理由だ。

 連中の主砲、超伝導ビームの触媒に使われてる素材、

 あれ、あたしらが、アンティカの裏ルートから、

 闇市場経由でヴァリアントに横流ししてた、

 高密度レアメタルなんだよ」


会議区画が、静まり返った。

「先生には、言えなかった。

 アンティカの戦闘の前から、知ってたことだ。

 あたしらが、目先の利益のために運んだ物が、

 回り回って、あたしらを脅かす武器になってた」

シノは、拳を握りしめた。

「蒔いた種を、自分の手で、

 刈り取ることになったってわけだ」


誰も、すぐには言葉を返せなかった。

ラングレーでさえ、この告白には、

何の政治的な言い回しも思いつかないようだった。


レイモンドは、しばらくしてから、静かに反省の弁を述べた。

「シノさんだけの話じゃ、ないと思います。

 俺も、艦隊が動いてるの、ずっと知ってて、

 止めなかった。結局、みんな、

 自分の都合のいいところだけ見て、

 動いてたんですよ。俺も、含めて」


6. レイモンドの締め

会議が終わり、一人になった補給船の中で、

レイモンドは、積み上がった報告書を、

何度も見返していた。

(アンティカで勝てた手を、

 そのままテラでも通じると思い込んでた。

 裏道の情報も、結局は一時点の話でしかなかったのに、

 それを最新の答えだと信じ込んでた。

 それに、シノさんたちの過去まで、

 こんな形で巡り巡ってきてた)


これまでの

「何もしていないのに、勝ったことになっていた」

構図が、今回だけは、まるきり逆の形で、

彼の胸に重くのしかかっていた。

(何もしなかったから、負けたのか、これ)


アンティカ奪還作戦で、自分がシノたちに向かって

「止める権利も筋もない」と言い切ったことを、

レイモンドは思い出していた。

あの時は、それでよかったはずだった。

現場を信じることが、

正しい距離の取り方なと思っていた。

(でも、今回は、それだけじゃ、足りなかったんだよな)

レイモンドは、誰にともなく呟いた。

「俺たちが負けたのは、

 相手が強かったからだけじゃなくて……

 俺たちが自分たちの勝ち方を、

 信じすぎたから、なんですね」

その呟きに、答える者は、

この場には、誰もいなかった。


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