↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/32

撤退が大変って本当ですか?

1. ヘルガの読み

テラ方面軍司令部。膠着状態の報告が上がる中、

ヘルガは、宙域図を眺めながら、

次の展開を予想していた中報告が入った。


「睨み合いが続いております。

 相手方、攻撃の構えを見せません」


「同士討ちは、避けるだろうな」


「と、申しますと」


「亡命政府とやらが掲げているのは、解放という名分だ。

 その名分の下で、同胞であるテラ軍人を撃てば、

 自分たちの正統性そのものが崩れる。

 向こうの指揮官も、それくらいは分かっているはずだ」


参謀の一人が、資料を確認しながら付け加えた。

「念のため、元テラ艦隊の後方には、

 当方の戦艦を配置してあります。

 万が一、敵が攻撃を仕掛けてきた場合、

 即座に応戦できる態勢です」


「良い判断だ」

ヘルガは頷いた。

「向こうが動けないのは、こちらの読み通り。

 だが、動けないという状態が、いつまでも続くとは限らん。

 睨み合いが長引けば、いずれ音を上げるのは、

 向こうの方だろう」


2. 膠着の中の、二つの判断

正規タッチダウンポイントには中継設備がある。

ベッリーニ艦隊は、その回線を通じて、

亡命政府と絶えず連絡を取り合っていた。


「クラーク代表もお認めになった正統なるテラ解放の作戦だ。

 ここで退くことは、我々の正統性そのものを傷つける」

ラングレーの声には、譲る気配がなかった。

「ここは、維持していただきたい」


ベッリーニは、返答を保留したまま、通信を切った。

一方、一番ポイントのシノは、

二番・五番の壊滅の報を受けても、動揺を長くは引きずらなかった。

「請け負った仕事は、済ませる」

予定通り、配信用ドローンを放出させる。

ラングレーの演説が、テラ星系内へと発信されていく。

それを見届けると、シノは、迷いなく命じた。

「全艦、撤収」


「シノさん、まだ、他のポイントの様子も……」


「勝てない喧嘩に、いつまでも付き合ってられるか」

シノは、短く言い切った。

「あたしらの仕事は、宣言を届けることと、

 攪乱することだった。攪乱の方は、もう死んでる。

 だったら、これ以上ここにいる意味はねえ」


密輸業者としての経験則で作り上げた裏ルートを使い、

シノたちの艦は、正規の航路を辿ることなく、

速やかにその場を離れていった。


3. チェンからのもう一つの通信

対峙が続く中、テラ方面軍司令部から、

両陣営への武装解除勧告とは別に、

もう一通、アヴァロン政府全体に宛てた通信が入った。

「アヴァロン星系政府に、一つだけ申し上げる」


チェンの声は、あくまで事務的だった。

「今回の一件、これ以上、テラの内政に干渉することは、

 断じて容認しない。貴星系の船舶が、ここでどう動くにせよ、

 その責任は、すべて貴星系が負うことになる」

そこまでを、公式な警告として言い切ったあと、

チェンは一拍置いて、付け加えた。

「余談だが」


「あ、はい……」

レイモンドが、思わず身構える。


「強火で一気に仕上げようとする料理は、

 大抵、生焼けか、焦げるかのどちらかだ。

 落ち着いて、火加減を見てから動いた方がいいお互いに」

それだけを言って、通信は切れた。


表向きは、公式な威嚇と警告。

だが、最後の一言だけは、明らかに温度が違っていた。

すぐに攻め込むつもりはない、少し様子を見る猶予はある。

そう匂わせているようにも、レイモンドには聞こえた。

(チェンさんも、変わってないな。

回りくどいっていうか、なんていうか)


4. ベッリーニの独断撤退

時間差で、報せがベッリーニの元に届いた。

「司令官。シノ殿の艦隊、全ポイントから撤収済みとのことです」


ベッリーニは、しばらく無言だった。

(攪乱も、陽動も、もう機能していない。

 現場は、すでに戦線を離れている)


さらに、偵察からの報告が続く。

「加えて、正面の元テラ艦隊の後方に、

 ヴァリアントの戦艦が展開しているのを確認しました」


「そうか」


ベッリーニは同胞を撃てないという以前に、

仕掛けたところで後詰めごと潰されるだけの状況を把握し、

即座に決断した

「全艦、撤退する」


「よろしいのですか。亡命政府からは、維持するようにと」


「私は、亡命政府の私兵ではない」

ベッリーニの声には、迷いがなかった。


「この艦隊の指揮官として、判断する。

 作戦目的は、すでに達成不可能だ。

 これ以上、ここに留まる理由はない」


頭の片隅に、ふと、レイモンドの言葉がよぎった。

(分が悪くなったら、意地張らずに退いてください、か)

だが、それを理由にするつもりはなかった。

指揮系統にない者の言葉で、艦隊を動かすわけにはいかない。

あくまで、現場指揮官としての判断だった。


対峙していた元テラ艦隊との間では、

結局、一度も砲火を交えることなく、

ベッリーニの艦隊は、そそくさと引き上げていった。


5. ラングレーの体裁

撤退の報を受けたラングレーは、表向き、落胆の色を見せた。

だが、それも束の間だった。

「しかし、宣言は、確かにテラ星系内へ届けることができた。

これは、大きな一歩だ」

その言葉に、迷いはなかった。

この宣言が、実際にテラの民衆にどう届いたのか、

まだ誰にも分からない。

それでも、ラングレーの中では、既に一つの成果として、

綺麗に整えられていた。


6. 締め

アヴァロンに届いた総括は、勝ちとも、

壊滅とも言い難いものだった。

シノ側は二箇所で艦を喪失し、一部が降伏。

ベッリーニ側は、被害なし。

数字だけを見れば、最悪の事態は免れている。


だが、当初目論んでいた同時多発の攪乱と情報戦は、

初手で見抜かれ、まるで機能しなかった。

「同じ手は、もう通じねえってことだな」

シノの呟きが、報告書の隅に、静かに刻まれていた。


レイモンドは、届いた結果を、何度も読み返していた。

敗北とはいえ完敗ではない、この中途半端な結末を、

どう受け止めればいいのか分からなかった。

その頭の片隅には、チェンのあの回りくどい一言だけが、

妙に引っかかったまま残っていた。


(火加減を見てから動け、か。

……俺たちは、もう、火にかけちまった後なんですけどね)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。