戦いが始まったって本当ですか?
1. ヘルガの想定内
ヴァリアントテラ方面軍司令部。
灰色の壁に囲まれた作戦室に、報告が飛び込んできた。
「アヴァロン方面の艦隊、テラ星系内、
複数箇所に同時タッチダウンを確認しました」
ヘルガは宙域図から目を離さないまま、慌てず問い返した。
「ポイントの数は」
「六箇所。
いずれも、小型艦用のタッチダウンポイントです」
「予定通りだ」
参謀の一人が、僅かに身を乗り出した。
「総統、想定通りとは」
「アンティカの戦訓を、忘れたわけではあるまい」
ヘルガは、宙域図に浮かぶ六つの光点を、指先で一つずつなぞった。
「小型艦は、正規の航路を嫌う。
監視の薄い、複数の死角を選んで分散着地する。
あの戦術は、一度見れば、二度目は読める」
「では、伏兵の配置は」
「使われうる抜け穴は十箇所に絞ってあった。
そのうち三箇所にだけ、巡洋艦を伏せておいた。
敵は六箇所を選び、二箇所で引っかかった。十分な戦果だ」
参謀たちの間に、小さなどよめきが広がった。
「たった三か所でよかったんでしょうか」
「多くはいらん」
ヘルガの声には、迷いがなかった。
「小型艦の群れに対して、正面から大艦隊をぶつける必要はない。
奇襲の初速さえ潰せれば、武装商人の寄せ集めなど、
巡洋艦一隻で十分に食い破れる」
「残る四箇所は、素通しということになりますが」
「構わん。全部を塞ぐ必要はない。
読まれていることに、向こうが気づけばそれでいい」
ヘルガは、宙域図から視線を上げた。
「向こうの手は、もう分かっている。
あとは、それを、思い知らせるだけだ」
2. 同時多発タッチダウン
シノたちの小型艦隊、百二十隻。
六つのポイントに、二十隻ずつが分かれてタッチダウンしていく。
「全艦、予定通り展開。ドローン、放出準備」
各艦の艦橋で、同じ号令が飛んでいた。
ラングレーの演説を乗せた配信用ドローンを、
テラ星系内へ向けて放つその手筈は、
どのポイントでも寸分違わず進められていた。
一番ポイント、三番ポイント、四番ポイント、六番ポイント。
四箇所では、静かにドローンの展開が始まっていた。
だが、二番ポイントと五番ポイントでは、事情がまるで違っていた。
「何だ、あれは」
タッチダウンした直後、
シノの部下の一人が、センサーに映る影に息を呑んだ。
巡洋艦、一隻。
すでに、この宙域に、待ち構えるように浮かんでいた。
「隠れる場所を選んだつもりだったのに……!」
反応する間もなく、巡洋艦の主砲が火を噴いた。
二十隻の小型艦のうち、密集していた数隻が、
瞬時に閃光へと呑まれる。
「散開しろ! 固まるな!」
分隊指揮官の叫びも、遅かった。
動きの鈍い艦から順に、次々と被弾していく。
逃げ場を求めて散らばろうとした艦の何隻かは、
追撃を受けて撃沈された。
五番ポイントでも、まったく同じ光景が繰り返されていた。
たった一隻の巡洋艦相手に、
統制の取れない野良艦隊はなす術もなく数を減らしていった。
「こちら、指揮官艦。損害、半数。
これ以上の戦闘継続は不可能……」
その通信を最後に、二番ポイントの艦隊は抵抗をやめた。
生き残った十隻が、即座に武装解除の意思を示す。
五番ポイントも、程なくして同じ道を辿った。
4. 遅れて届く報せ
残る四箇所一番、三番、四番、六番のポイントは、
ドローンの展開も完了させていた。
だが、他のポイントで何が起きているかは、
通常通信でしか届かない。
一番ポイントにタッチダウンしたシノの元へ、
各ポイントからの報告が、順を追って届き始めていた。
「四番、無事にドローン展開完了とのことです」
「三番、六番も、同様の報告です」
ここまでは順調に進んでいるかに見えた。
だが次の報告は不穏なものだった。
「二番と、五番から、まだ応答がありません」
「……もう一度、呼びかけろ」
しばらくの沈黙の後、ようやく途切れ途切れの通信が繋がった。
「二番ポイント、被害甚大。
巡洋艦一隻の待ち伏せに遭い、半数近くを喪失。
生存艦、降伏したとのことです」
「五番ポイントも、同様の報告です」
シノは、しばらく、言葉を失っていた。
(よりによって、二箇所。
それも、たった一隻の巡洋艦にいいように食い破られたってのか)
拳を握る手が、震えていた。
「百二十隻のうち二箇所にピンポイントで待ち伏せ……。
偶然、なわけねえよな」
その呟きには、これまでの自信が、根こそぎ抜け落ちていた。
「シノさん……」
仲間の一人が、恐る恐る声をかける。
「してやられた、ってことだ」
シノは、短く、しかしはっきりとそう言った。
5. 大型艦タッチダウン、そして膠着
ほぼ同時刻、ベッリーニの艦隊二十隻が、
正規のタッチダウンポイントに到達していた。
「前方に、艦隊を確認」
見張りの声に、ベッリーニは、
正面のスクリーンへ視線を向けた。
「艦影確認、テラの戦闘艦です!」
そこに展開していたのは、接収された元テラ艦隊だった。
見慣れた艦影、見慣れた編隊の組み方。
かつて、自分がその一員だった軍艦が、
今は敵として、目の前に並んでいる。
「同胞、か」
ベッリーニの声が、僅かに揺れた。
「司令官、攻撃許可を」
「待て」
ベッリーニは、副官の言葉を遮った。
単なる感傷ではなかった。
ラングレーが掲げた「解放」という大義名分は、
この同胞たる元テラ軍人を攻撃した瞬間、根底から崩れる。
テラ市民の心を得るための戦いが、
テラ市民を撃つ戦いになってしまえば、何の名分も残らない。
「向こうも、同じはずだ」
ベッリーニの読み通り、
相手側からも、仕掛けてくる気配はなかった。
両者、砲門を向け合ったまま、動くに動けない。
宙域には、重苦しいにらみ合いだけが続いていた。
6. オードリーからの通達
その膠着の最中、テラ方面軍司令部から、
亡命艦隊らへ向けて、一つの通信が発信された。
画面に映ったのは、
新たにテラ駐留艦隊首席補佐官に任命された
チェン・オードリーだった。
「海賊船、脱走艦隊及び自称亡命政府一派に告げる」
平坦な、事務的な声だった。感情の色は、どこにも見当たらなかった。
「当星系の治安は、ヴァリアント軍によって維持されている。
貴艦隊の行動は、正当な統治への武力侵犯と見做す。
直ちに、武装を解除せよ」
その一言は、ベッリーニの艦上にも、シノたちの艦上にも、
そしてアヴァロンの代表執務室にも、等しく重く響いていた。
(チェン、さん……)
レイモンドは、画面に映るその顔を、ただ見つめていた。
かつての同期の、変わらない声、変わらない横顔。
だが、今は敵側の窓口として、こちらに武装解除を突きつけている。
(俺たち、何やってんだろうな)
答えの出ない問いだけが、レイモンドの中に、重く沈んでいった。
日にちがたってしまいましたが、ブックマークありがとうございます!
おかげさまでこの小説初のランクイン!
まだしばらく続きますので、これからもよろしくお願いします。




