亡命政権が設立されたって本当ですか?
1. ラングレーの演説
臨時議会に招かれる形で亡命政府の代表者として
ラングレーが登壇することになった。
粗末な身なりのままだが、演説の所作だけは、
かつての官僚らしい格調を保っていた。
「アヴァロンの皆様の温かい庇護に、
まず深く感謝申し上げる。
我々は、正統なるテラ中央政府の残滓に過ぎない。
だが、この身一つで故郷を追われた同胞たちのために訴えたい。
ヴァリアントの統制下で、飯に文句一つ言えず、
配給の列に並ぶだけの生活を強いられている人々がいる。
彼らを、これ以上、見捨てておくわけにはいかない」
言葉は簡潔だが、押さえるべき琴線は、正確に押さえていた。
「我が党は、この訴えを支持します」
デュボワが真っ先に立ち上がる。
自治拡大の実績としては、これ以上ないほど分かりやすい。
旧中枢の解放に一枚噛んだとなれば、
発言力も一気に増す。
「我が党としても、賛同いたします」
モリタも、静かに頷いた。
彼にとっては、これは道義の問題だった。
植民地星系を収奪してきたテラの民衆であっても、
圧政に苦しむ者を見捨てないのが、
対話を重んじる者の筋というものだ。
自治拡大の実績づくりとしても、対話と道義の実践としても、
双方にとって都合よく解釈できる話という意味で、
亡命政府の承認はこれまでのどの議案よりも、
驚くほど早く一致を見ていった。
議場が承認の空気で満ちていく中、
しばらく発言のなかった無所属ブロックの老人が、
杖を突きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ジュール・バロー議員」
議長の呼びかけに、議場が、わずかに静まる。
「庇護そのものに、異論はない。
困窮した者を助けるのは、この星系の性分だ」
バローは、一同を見回した。
「だが、承認と、支援は、話が別だ。
今、この場の空気は、まるでもう、
テラを取り戻したかのように浮かれている。
まだ何も取り戻していない。
取り戻す当てすらまだない」
デュボワが、苛立ちを隠さずに言い返した。
「バロー議員、慎重すぎるのも考えものよ。
今動かなければ、機を逃す」
「機、というのは便利な言葉だ」
バローは、平然と返した。
「三十年、法の番人として見てきた。
機を逃すな、という号令の後に、
冷静な検証が行われた例を、私はほとんど知らない」
その一言に、議場は一瞬、しんと静まった。
だが、その静けさは長くは続かなかった。
「ですが、庇護している以上、無下にもできますまい」
モリタの静かな一言が、再び議場の空気を、
承認の方向へと押し戻していく。
バローの懸念は、確かに議場の隅に刻まれた。
だが、それを押し流すだけの熱気が、
すでにこの場を満たしていた。
採決の結果、亡命政府の承認は、賛成多数で可決された。
レイモンドは、議席の隅で、
その様子をただ見ていることしかできなかった。
(バローさんの言ってること、
俺には、正しく聞こえるんだけどな)
だが、両党がここまで一致した議案に、
いくら代表とはいえ無所属の一票が異を唱えたところで、
何が変わるわけでもない。
そのことは、レイモンド自身が、誰よりもよく分かっていた。
5. シノとラングレーの取引
議会の外では、商人としての嗅覚で、
シノが誰よりも早く動いていた。
「ラングレーさん、だったか。
あんたらが正式にテラを取り返した暁には、
うちとの取引を最優先にしてもらう。それだけの話だ」
ラングレーは、仮設庁舎で、
値踏みするようにシノを見た。
「貴殿のような海賊まがいの商人と、
正式な協定を結べと?」
「海賊まがい、で悪かったな。
だが、今のあんたらに、他に頼れる相手がいるのか?
艦も、兵站も、情報も、全部こっちが握ってる。
テラを取り返すための足腰、あんたらは持ってないだろう」
図星を突かれ、ラングレーは、しばし押し黙った。
「条件は?」
「レアメタルと食料の優先供給権。
それと、アンティカを含めた交易路の関税、当面ゼロ。
それでいい」
「……足元を見るのだな」
「商売なんだから、当たり前だろ」
ラングレーは屈辱を噛み殺すように沈黙した後、頷いた。
「良かろう。その方向で考える。正式な文書は、後日」
協定の噂は瞬く間にアヴァロンの商人たちの間に広がった。
「シノの姐さんが、もう亡命政府と話つけたんだってよ」
「テラが取り返されたら、
真っ先にうちらが儲けるってことか」
「乗り遅れてたまるかよ」
シノの号令の下、野良艦隊は、
まだ正式な出撃命令もないうちから、
独自に艦の整備と乗員の訓練を始めていた。
まだ何一つ、取り戻してはいない。
それでも、商機を前にした現場は、勝手に動き出していた。
7. レイモンドの気づきと無力
これらの動きの一つ一つが、レイモンドの耳にも、
断片的に入ってきていた。
(まだ、テラを取り戻してすらいないのに。
魚がまだ海の中で泳いでるのに、
皆、もう刺身の取り分の話をしてるじゃないですか)
その例えが、自分でも妙にしっくりきて、
レイモンドは力なく笑った。
(でも、これ、誰に言えばいいんだ。
バローさんが、もう議会で言ってくれた。
それでも、止まらなかった。
だったら、俺が今さら何言ったところで……)
止めるべきだ、という直感はあった。
だが、それを止めるだけの言葉も、権限も、
レイモンドの手元には、何一つ残されていなかった。
窓の外、着実に整備を進めているドックの明かりを眺めながら、
レイモンドは、ただそこに立ち尽くしていた。




