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避難民に飯食わせるって本当ですか?

1. 戦後の役割分担

アンティカ資源星系。

拿捕した戦艦一・巡洋艦一の乗員投降と艦の確保は、

ベッリーニ率いる元査察艦隊が引き受けていた。

旧軍人としての手続きと管理には、こちらの方が慣れている。

「拿捕艦、こちらで管理下に置く。

 乗員の処遇についても、追って協議したい」


ベッリーニからの通信に、シノは短く答えた。

「好きにしろよ。そっちの方が、話が早い」

その一言で、投降したヴァリアント兵の聞き取りが、

ベッリーニの仕事になった。

将校たちは口を閉ざしたが、若い兵卒たちは、

配られた温かい食事の前で、思いのほか多くを話した。

特に食生活はむしろ捕虜のほうが改善していると。

彼らの中には亡命を希望するものまで出てくる始末だった。


一方、シノたちが引き受けたのは、

採掘施設と精錬プラント、補給ドックの運用だった。

かつて裏ルートで散々世話になったことから、

それらの運用を手助けするのはお手の物だった。


「シノさん、精錬プラントの再稼働、

 こっちで進めていいですか」


「ああ、頼む。爺さんたちのような

 現地の勝手知ったる連中とうまくやってくれ」


戦闘の後始末は、こうして二つの勢力の間で、

自然と役割が分かれていった。

互いの得意分野を、口約束一つで割り振っていった。


「勝った、はずなんだけどな」

施設の稼働状況を確認しながら、シノは誰にともなく呟いた。

十五隻の仲間を失った代償として手に入れたものが、

目の前に並んでいる。

達成感より、疲労の方が色濃かった。


2. 増え始める避難民

作業に追われる中、ドックの管制官から、シノに妙な報告が上がった。

「シノさん、外周ゲートに、また船が来てます。

 今度は、家族連れの民間船です」


「また、か」

戦闘終結からこの数日、

アンティカにはぽつぽつと小型船が流れ込んできていた。

テラ方面から逃げてきた人々だった。

テラの中央機能は、ヴァリアントのクーデター以来、

すでに崩壊していた。

その後、テラそのものがヴァリアントの実効支配下に置かれ、

周辺航路もことごとく押さえられていた。

逃げ出したくても、逃げ出せない人が大勢いたのだ。

だが、アンティカがアヴァロン側の手に落ちたことで初めて、

ヴァリアントの統制網に穴が空いた。


「ここしかなかったんだろうな」

シノは、モニターに映る疲れ果てた家族連れの姿を見つめながら、

小さく息を吐いた。

数日のうちに、アンティカに集まった避難民は、

数千人規模にまで膨れ上がっていた。

避難してきたのは民間人だけではなかった。


「シノさん、報告です。

 避難民の中に、テラ中央政府の元官僚と名乗る一団と、

 それから、テラ軍の元将校らしき人物も、何人か混じってます」


「は?」

シノは、思わず報告を読み返した。


「侵攻の混乱で本国を追われて、

 ずっと身を隠してたみたいです。

 ヴァリアントに見つかれば、

 間違いなく拘束対象だったろう、と」


「……厄介なのが紛れ込んできたな」

シノは額を押さえた。

「これは、あたしらの手に負える話じゃないな。

 ベッリーニに投げるか」


3. 元将校の証言

避難民の中に紛れていた元官僚・元将校の一団については、

ベッリーニが直接、聞き取りにあたることになった。

同じ宮仕えとしての勘所を持つ彼になら、

腹を割った話が引き出せると踏んだからだった。


仮設の会議区画で、ベッリーニは、

階級章を外した元将校の一人と向き合っていた。


「貴殿は、テラ本国防衛艦隊の所属だったと聞いている」


「はい。クーデターの折、奇襲を受けました。

抵抗する間もなく、三隻が轟沈、七隻が接収されました」


「その七隻は、今も?」


「ヴァリアントの指揮下に編入されています。

もともとの乗組員の多くは拘束または監視下にあり、

まともな訓練も受けていない急造の乗員混じりで、

士気は決して高くありません」

元将校は、記憶を辿るように、続けた。

「ヴァリアントの侵攻艦隊は、元々十五隻。

うち十隻を、アンティカの駐留に割いていたはずです」


「その十隻の顛末は、私も知っている」

ベッリーニは、静かに答えた。

二隻轟沈、二隻拿捕。生き残った六隻が、

ヴァリアント方面へ撤退していったのを、この目で見送っている。

「その六隻のうち、一隻は中破していたはずです。

 その一隻は、テラへ戻れても、戦力としては数えられません」


「随分と、細かいところまで知っているな」


「艦隊の状況は軍人コミュニティーではすぐに噂になりますから」

元将校は、淡々と続けた。

「健在な五隻に、元々テラへ残していた五隻を合わせて、

 戦闘可能な数は十隻。そこへ、接収された我々の七隻を足せば」


「十七隻、か。詳細な情報に感謝する」

「お役に立てて光栄です」


その言い方に、迷いは感じられなかった。

だが、ベッリーニの胸の内には、小さな違和感が残った。

(さて、この情報をこれからどう活かすかだ)


4. 亡命政府の申し出

次に元官僚についての聞き取りが始まった。

その中で最も高位の役人は

総務省次官のヴィクター・ラングレーであった。

「ベッリーニ司令官。お噂はかねがね。

 テラ軍人としての矜持を捨てず、

 辺境で戦い続けておられるとか」


「捨てたつもりはない。

 ただ、仕えるべき本国が、事実上消えた、というだけだ」


「だからこそ、です」

ラングレーは、身を乗り出した。

「我々は、正統なるテラ中央政府の残滓です。

 ヴァリアントの簒奪を認めぬ者たちが、

 まだ、あなた方の元に集まってきている。

 これを一つの旗の下にまとめれば」


「要件を、手短に頼む」

ベッリーニは、遮った。

「庇護を求めている、と聞いた。それだけの話か。

 それとも、もっと、別のことを望んでいるのか」


ラングレーは、一瞬、言葉に詰まった。

それから、静かに、しかしはっきりと求めた。

「亡命政府としての、承認と支援を」


ベッリーニは、しばらく無言のまま、相手を見つめていた。

(これは、私一人の判断で答えられる話ではないな。

 それに、この十七隻という数字も、

 テラへ戻る大義名分が欲しい彼らにとっては、

 都合よく響く数字ではあるな)

「それを決めるのは私ではないですな。

 アヴァロン側に伝えさせていただきます。」

それだけ言って、ベッリーニは席を立った。


5. 「顔くらい出せ」

アヴァロン星系代表執務室。

「代表。アンティカの避難民の件、

 そろそろ、代表自ら顔を出された方がよろしいかと」


秘書官の静かな一言に、

レイモンドは、露骨に嫌そうな顔をした。

「え、俺が、ですか。いや、

 シノさんたちが現地でうまくやってくれてるなら、

 別に……」


「勝ち取った星系に、避難民が集まっている。

 その場に、代表が一度も顔を見せないというのは、

 対外的に、あまり良い印象を与えません」


「……分かりましたよ」

レイモンドは、深いため息をついた。

(まあ、視察のついでに、飯くらいは持ってってやりますか)

その程度の、軽い気持ちだった。


数日後、レイモンドは、

補給船に大量の食材を積み込んで、アンティカへ降り立った。

案内された仮設の居住区画で、

彼は初めて、避難民たちの姿を直に目にした。

痩せた子供たち。表情の乏しい大人たち。

配給の合成食にしか慣れていない体は、

一様に、どこか萎びて見えた。


「……うわ、これは」

レイモンドは、思わず言葉を失った。

配信のグルメレビューとはまるで違う、

生活の困窮そのものが、目の前にあった。

(俺、飯の話しかしてこなかったけど……

これ、飯の話で済む話じゃなくないですか)


「とりあえず、食べてください」

レイモンドは、持ち込んだ即席の屋台で、

手早く仕込みを始めた。

難しいことは考えず、

誰にでも確実にうまいと分かるもの、

それだけを選んで持ってきていた。


炭火で焼いた肉厚のパティを、パンで挟む。

香ばしい匂いが、キャンプの空気に漂い始めた。


「おじさん、それ何?」

真っ先に集まってきたのは、子供たちだった。


「ハンバーガーですよ。ほら、遠慮しないで」


差し出された一つを、

恐る恐る頬張った子供の目が、見開かれた。

「……肉の味が、する」


「する、じゃないですよ。肉ですもん」

配給の代替肉に慣れきった舌には、

ちゃんと肉の旨みが立つ一枚が、衝撃だったらしい。

一人が頬張ると、あっという間に子供たちの列ができた。


一方、大人たちには、

大鍋で炒めたチャーハンが振る舞われた。

「卵、これ」

一口食べた初老の男が、箸を止めて、

しげしげと皿を見つめた。

「テラの卵とは、コクがまるで違う……」


「あー、それ、うちの卵、新鮮なんで。

粉末とか合成とかじゃないんですよ」

レイモンドは、少し照れながら答えた。

「カレーも持ってこようと思ったんですけど、

 それは前にもう別のとこで散々出しちゃったんで、

 今日はこの二品で勘弁してください」


その軽口に、周囲から、久しぶりに小さな笑いが漏れた。

炊き出しの様子は、避難民たちの間で、

瞬く間に語り草になった。

「アヴァロンって星系、飯がまともなんだってさ」

「配給じゃなくて、普通に、食いたいもん食えるらしいぞ」

「あそこなら、まだ、まともな暮らしができるんじゃないか」

その評判は、キャンプの外にも、じわじわと広がっていった。


シノたちの元にも、その反応は届いていた。

「先生、見ろよ、これ」

シノは、避難民たちの様子を映した映像を、

レイモンドに見せながら、口の端を上げた。

「民衆も、こっち側につけられる。

 テラの連中、飯にすら文句言えない生活に、

 もう限界きてるんだよ」


「い、いや、俺は別に、そんな大きい話のつもりじゃ……」


「分かってるよ、あんたはいつも、飯出してるだけだ」


6. ベッリーニからの報告

キャンプを離れる直前、レイモンドの元に、

ベッリーニから直接、通信が入った。

「クラーク代表。折り入って、報告したいことがある」


「あ、はい、何でしょう」


「避難民の中に、旧テラ中央政府の元官僚、

 及び元将校の一団が含まれていた。

 彼らは、庇護に加え、亡命政府としての承認と支援を求めている」


レイモンドの顔から、すっと血の気が引いた。

「は? いや、それ、

 飯出すのと全然話が違うじゃないですか……!」


「私も、一存で答えられる話ではないと判断し、

 あなたに伝える役目だけになった。だが」


ベッリーニの声には自信が垣間見れた。

「彼らの証言によれば、テラの防衛戦力は、

 実働で十七隻程度とのことだ。

 こちらの二十隻と比べれば、数の上では、優位にある」


「い、いや、数の話じゃなくて、

 俺が聞きたいのは、その亡命政府をどうするかって話で」


「テラ軍人として、この申し出を、

 無視することもできない。

 代表として、いずれ判断を求める」


通信が切れた後、レイモンドは、

しばらく端末を見つめたまま、動けなかった。


7. 締め

補給船に戻る道すがら、レイモンドは、

キャンプで見た光景を、何度も思い返していた。

久しぶりに笑った子供たち。卵の味に驚いていた老人。

あの光景を作れたことは、素直に嬉しかった。


だが、シノや、周囲の高揚した空気には、

どこか、うっすらとした違和感も覚えていた。

そしてそこに、思いがけず転がり込んできた

「旧テラ中央政府」という重すぎる荷物と、

「十七隻」という、都合よく揃いすぎた数字。


(俺、ただ、腹減ってる人に飯出しただけなんですけど……。

 なんで、亡命政府と艦隊の数の話まで、

 俺のところに転がり込んでくるんですか……)

その呟きに、答える者は、誰もいなかった。


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