戦争が始まったって本当ですか?
1. 誘い込み
アンティカ資源星系。
年老いて赤く色づいた恒星の光が、宙域全体を薄暗く染めていた。
「全艦、タッチダウンポイントの裏側へ。
あそこなら、大型艦のセンサーも届きにくい」
シノの合図とともに、
百隻近くに及ぶ野良艦隊が一斉に展開を始めた。
「何だ、あの数は!」
アンティカ駐留司令長官ディーター・クラウゼは、
正体不明の小型艦隊の出現に即座に迎撃を命じた。
「あの数を、放っておくわけにはいかん。
出撃可能な艦、全て出せ。あと、本星に現状を連絡指示を仰ぐ」
動ける戦艦二隻・巡洋艦六隻、計八隻が、シノたちを追って発進する。
シノの艦隊は、逃げるように、
タッチダウンポイントの裏側に向けて移動を始めた。
「所属不明船団、すぐに停戦せよ、止まらねば撃つ」
「司令部から発砲、撃沈の許可出ました!」
「よし、まずは一発警告射撃、
それで止まらなければ、近い船から順に攻撃開始!」
2. 犠牲を重ねながらの誘導
「シノさん、このままじゃ、こっちが先に削られます!」
仲間の悲鳴に近い声が通信に響く。
正規軍の最新艦にとって、回避軌道をとっていても、
民間船に毛が生えた程度なら的に過ぎない。
シノたちの艦が、次々と閃光に飲まれていった。
一隻、また一隻。裏側の死角へ艦隊を導く間に、
シノたちの小型艦は、十隻が撃沈されていた。
「シノさん!」
「まだだ、まだ引きつけろ!」
シノの声には、焦りと、それを押し殺す意志が同居していた。
(十隻……。それでも、まだ、これからだ)
3. 予定通りの挟み撃ち
そして、計算していた時刻ぴったりに、その艦隊は現れた。
戦艦五隻・巡洋艦十五隻、
計二十隻の査艦隊が、タッチダウンポイントから姿を現す。
「な、艦隊……!? テラの艦隊。まさか、つられた??」
クラウゼの声に、驚愕が滲んだ。
タッチダウンポイントの近くまで引きずり込まれていた八隻は、
瞬く間に、シノたちの小型艦隊と、査察艦隊の間に挟まれる形になった。
「我々は挟まれました!」
副官の悲鳴のような報告に、
クラウゼはしばし宙域図を睨みつけていた。
正体不明の小型艦隊と、テラの旧式艦隊が、
連携することは想定していなかった。
艦格の上では、まだこちらが見劣りしない場面もあったはずだ。
だが、死角へ誘い込み、挟撃してくるこの一連の戦術は、
正規の戦術教育を受けた者には、到底描けない動きだった。
(これは、正規軍同士の戦いではない。土地を知り尽くした者たちの、罠だ)
クラウゼの対応が遅れる中、
「今だ、撃て」
ベッリーニの号令とともに、
旧式とはいえ十分な火力を持つ元査察艦隊の一斉射撃が、
八隻へと降り注ぐ。同時に、シノたちの小型艦隊も、
機動を止め、正面から反撃に転じた。
4. ゲリラ戦と、さらなる損害
主砲を撃ち合う戦艦同士は、互いの装甲に阻まれ、
決定打には至らなかった。
だが、比較的装甲の薄い巡洋艦には、
集中砲火が容赦なく降り注いだ。
ヴァリアント側巡洋艦のうち三隻に砲撃が集中する。
その結果徐々に傷ついていく。
その混戦の最中も、シノたちは、
正面から真っ向勝負を挑むのではなく、
艦の陰から陰へと駆け抜けながら、
ゲリラ的な攻撃を仕掛け続けていた。
「くそ、しつこい……!
小型艦への対応で、こちらの照準が乱れる!」
集中を乱されたヴァリアントの巡洋艦の一隻が轟沈する。
さらに二隻が中破し、航行は可能なものの戦闘力を失った。
「司令部に連絡、このままでは全滅する、撤退許可を!」
クラウゼが不利を悟り命令を仰いでいるなか、
ヴァリアントの巡洋艦一隻が沈んだ。
ただシノやテラの艦隊も無傷では済まなかった。
混戦の中、シノたちの野良艦隊は、さらに五隻を失った。
査察艦隊側でも巡洋艦二隻が、
集中砲火の反撃を受けて撃沈される。
戦艦五隻は、いずれも装甲に守られ致命傷には至らなかった。
「撤退許可出ました!」
「全艦、撤退する。ドックの二隻は、置いていく。
回収は、後日の交渉に委ねる」
「よろしいのですか、戦艦まで置いていくと……」
「無理に取り返そうとして、
これ以上の艦を失う方が愚かだ。撤退を優先しろ」
さらに一隻の巡洋艦が沈む中、ヴァリアントの艦隊が撤退を始める。
「よし、敵が引き出した、我々の勝利だ!
深追いはするな!
生存者がいるかもしれない、敵味方問わず救助急げ!」
ベッリーニが戦闘終結の命令を出す。
「ようやく終わったか。損害状況を報告しろ!」
シノも状況を見て、戦闘終結の判断を下す。
勝利はした、ただ、」
「十五隻……」
被害報告に目を通しながら、シノは、しばらく言葉を失っていた。
6. 戦後の宙域
「ドックの二隻、確保しました。
戦艦一、巡洋艦一。乗員は投降、拿捕完了です」
シノの艦に、報告が届く。
シノは、宙域に漂う残骸を、しばらく黙って見つめていた。
十五隻の仲間を失った。
その事実の重さが、今になって、じわじわと胸を締め付けてくる。
「……勝った、んだよな、これで」
「はい。ドックも施設も戦艦もこちらの手に」
「そうかよ」
シノの声は、勝利の高揚とは、程遠かった。
7. ベッリーニとの短いやり取り
戦闘終了後、ベッリーニの旗艦から、シノへ通信が入った。
「そちらの損害は」
「十五隻。あんたらは」
「巡洋艦二隻だ。戦艦は、幸い一隻も失っていない」
ベッリーニは、少し間を置いてから、続けた。
「貴殿たちの誘導と陽動がなければ、
こちらの被害はもっと大きくなっていただろう。
この程度の被害で、アンティカを押さえ、
敵の戦艦まで拿捕できたことを考えれば、十分すぎる結果だ」
「……そうかもな」
シノは、短く答えた。
「ドックの二隻、拿捕した。あんたらの戦力にでも、してくれ」
「感謝する」
短い通信は、それだけで終わった。
互いに、多くを語る気力は、まだ残っていなかった。
8. アヴァロンに届いた報
「代表。アンティカ星系にて、戦闘があった模様です」
秘書官の報告に、レイモンドは、しばらく、目を閉じたまま動かなかった。
「……そうですか」
「驚かれないのですか」
「いや、驚きはしますよ。
でも、シノさんたちも、ベッリーニさんたちも、
アンティカに向かうって、
俺に自分で言いに来たじゃないですか。
二つの艦隊が、同じ場所に向かってるのに、
何も起きないなんて、
俺だってさすがに思ってなかったです」
レイモンドは、深く息を吐いた。
「それで、結果は」
「アンティカの奪還に成功した、とのことです」
「そうですか。よかった、っちゃ、よかったんですよね。
資源星系、押さえられたわけだし……」
言いながら、レイモンドの声は、次第に力を失っていった。
「被害の方は、どうなってるんですか」
秘書官は続きを読み上げた。
「シノ殿の艦隊、十五隻喪失。
元査察艦隊、巡洋艦二隻喪失。
ヴァリアントの巡洋艦も三隻沈んでいます。
双方合わせて、多数の死傷者が出ている模様です。」
「民間人の船が、十五隻……」
レイモンドの顔から、みるみる血の気が引いていった。
(人が、死んでる……。
俺の知らないところでっていうか、
俺も、分かってて、送り出したようなもんじゃないか……)
資源星系を守れたことへの安堵と、確かに失われた命の重さが、
彼の中で、ぐちゃぐちゃに絡み合っていた。




