待つしかないって本当ですか?
1. 恒星の裏側へ
アンティカ資源星系。
老いて赤く色づいた恒星が放つ電磁ノイズは、
正規の航法システムにとっては厄介な障害でしかなかったが、
シノたちにとっては、むしろ好都合だった。
外周の正規ワープポイントを避け、
恒星の真裏、採掘本星からは死角になる秘密ポイントへ、
シノの艦隊は次々とタッチダウンしていった。
かつて税関の目を盗んで希少金属を運び出すために
シノたちが長年使い古してきたルートだった。
「勝手知ったる庭、ってやつだな」
シノは、宙域図を確認しながら、小さく呟いた。
2. 現地業者との接触
夜陰に紛れ、シノはかつて裏取引をしていた
採掘業者の一人と秘密裏に接触した。
「久しぶりだな、爺さん」
「シノか。まさか、こんな形で会うとはな」
老いた業者は、ヴァリアントの軍事統制に苦い顔をしていた。
「駐留艦隊の数、知りたいんだけどよ」
「戦艦三、巡洋艦七。合わせて十隻だ。
ただし、今は整備と補給のローテーションで二隻がドックに入ってる」
「情報助かる。もう一つ、頼みがある。
作戦が始まったら、中央ステーションのエネルギー管制、
内側から一時的に麻痺させてほしい」
老業者は、しばしシノを見つめた後、微笑みながら返した。
「自由な商売を取り戻せるってんなら、安いもんだ」
3. 兵器データの中の、見覚えのある元素
作戦の下準備を進める中、シノは現地で得た技術データを精査していた。
ヴァリアント艦の主砲超伝導ビームの触媒に使われる素材の分析結果に、
目を通していたときだった。
「やっぱりな」
その元素配列に、シノの手が止まった。
見間違いではなかった。
それは、かつて自分たちが、このアンティカの裏ルートから密かに掘り出し、
アヴァロン自治政府やテラ中央政府の目を盗んで、
闇市場を通じてヴァリアントへ横流ししていた、
あの高密度レアメタルそのものだった。
「あたしたちの商売のせいか」
シノは、しばらく資料の画面を見つめたまま、動けなかった。
(あたしらが運んだ物が、あいつらの主砲になってる……)
テラが崩れ、今、アヴァロンを脅かそうとしている敵の武力の一部は、
かつて自分たちが目先の利益のために運んだ物資から作られていた。
「先生には、口が裂けても言えねえな」
シノは、深く息を吐いた。声には、これまでにない重さが滲んでいた。
「あたしらが蒔いた種だ。あたしらの手で、ケツを拭く」
それは、もはや、単なる商売防衛のための戦いではなくなっていた。
4. 勝算の計算
「で、勝てそうなのか」
仲間の一人が、恐る恐る尋ねた。
シノは、集めた情報を並べながら、頭の中で計算を組み立てていく。
「敵は最新鋭だが、数は十隻。
うち二隻は今整備中でドックに入ってる。動けるのは、実質八隻だ」
「こっちは」
「あたしらの船百隻以上、それとベッリーニの艦隊が二十隻。
数の上じゃ、圧倒的にこっちが上だ。
おまけに、あの恒星の電磁ノイズと、爺さんの妨害工作を合わせりゃ、
正面からぶつかるより、はるかに勝算はある」
シノは自らの直感を核心に変えて言葉を発した。
「やれる」
5. 空白の星系での連携
アヴァロンとアンティカの間に横たわる、
資源もろくにない中継ステーションだけの星系。
ヴァリアントにとっては進駐する価値もないまったくの空白地帯だった。
だからこそ、アヴァロンから出撃したベッリーニの元査察艦隊二十隻は、
誰にも見咎められることなく、
この星系の付近まで順調に駒を進めることができていた。
シノはその星系まで進出してきてい旗艦へ連絡艇を送った。
「敵は動ける戦力、実質八隻。
こっちは、あたしらの艦とそっちの二十隻。
数と地の利で、ガチで勝てる。そっちは、あとどれくらいで来れる」
連絡艇を介して返事が届いた。
「アヴァロンが手配してくれた燃料とナビのおかげで、
機関を最高効率で回せている。
二日あれば、アンティカ星系まで全軍で到達可能だ」
「二日、か」
シノは、宙域図に視線を落とした。
「上等だ。二日後、仕掛ける。テラにも再度連絡!」
6. 決行日の号令
「全艦に通達。作戦決行は、二日後」
小型艇の機動性を生かしてアンティカ星系に戻ったシノが、
野良艦隊に通信回路を開いて宣言した。
仲間たちの間に、
緊張とそれを上回る静かな覚悟が広がっていった。
これは、代表の命令ではない。議会の議決でもない。
現場のプロたちの意志だけで決まった、
たった一つの日付だった。
7. アヴァロン、代表執務室にて
その頃、アヴァロン星系代表執務室では、
レイモンドが落ち着かない様子で貧乏揺すりを続けていた。
「アンティカの件、何か新しい報告は」
いてもたってもいられず、秘書官に尋ねる。
「まだ、ございません」
「そうですか……」
レイモンドは、深いため息をついた。
(シノさんたちが向かった。ベッリーニさんたちも向かった。
二つの艦隊が、あの資源星系に集まってる。
これで、何も起きないなんて、あるわけないだろ……)
分かっていた。
分かっていて、それでも彼にできることは、何もなかった。
「止めるべきなんですかね、俺」
「今から、ですか」
「いや……無理ですよね。
もう、二つとも向かっちゃってるし、
そもそも、俺に、止める力なんてないし」
レイモンドは、机に突っ伏した。
「加勢とかも、できないんですよね。
うちには、そもそも艦隊なんてものが、ないわけだし」
自前の戦力を持たない星系の代表という立場が、
これほど重く、これほど無力に感じられたことはなかった。
シノたちの無事を祈ることしかできず、
かといって、その祈りすら、届く保証はどこにもない。
「何もできないって、一番、きついですね」
その一言が、執務室の重い空気に、静かに溶けていった。




