みんな勝手に始めたって本当ですか?
1. 消えた小型艦と、空っぽの市場
「代表。大変です、今朝から星系の物流が大混乱しています!」
秘書官が血相を変えて執務室に飛び込んできた時、
レイモンド・クラークは、トースターから上がったばかりの
食パンにバターを塗っている最中だった。
「代表。シノさんたちの野良艦艇、一斉に出発した模様です!」
「……は? 一斉に、って、何隻ですか」
「確認できているだけで百隻以上かと。
ボルテックスから合流する船が出る可能性もあります」
「な、何も聞いてないですよ、俺!」
慌てて手元の端末を開くと、シノたちの艦の航跡が、
次々とアヴァロン星系の外縁へ向かっているのが見て取れた。
その進路の先にあるのは、明らかに資源星系『アンティカ』だった。
(勝手に、動いた……? 議会も、まだ何も決めてないのに……)
冷や汗が背中を伝う。
(これ、また俺の知らないところで、何かが始まるってこと?
今回はガチの戦争かもってこと?!)
2. 開かれた回線
アヴァロン本星から最後に出発した船にシノが搭乗していた。
そのシノからレイモンド宛の暗号通信が入った。
画面に映ったシノは、
いつものレザージャケット姿で威勢の良さを崩さないまま、
しかしどこか言い訳を並べる前の緊張を滲ませていた。
「先生。勝手に動いて、悪いとは思ってねえ。
だから、謝りはしないよ」
「い、いや、悪いとは思ってないって、
それ、開き直りすぎじゃないですか?
星系政府の許可なしの武装出撃は普通にテロ行為ですよ!」
「開き直りじゃねえよ」
シノは、少し語気を強めて画面を睨んだ。
「議会は、決めない。
自由党のデュボワも共和党のモリタも、
いつまで経っても『ヴァリアントの脅威がー』
って机の上で平行線だ。あんたも、決められない。
だったら、あたしらが自分で動くしかねえだろ」
「い、いや、それはそうかもしれないですけど、
アンティカに、一体何しに」
「商売の種を、守りに行くんだよ」
シノの声から、少しだけ、いつもの軽さが抜けた。
「あそこが奴らの手に落ちたら、あたしらの商売、
根こそぎなくなる。
あの星系のレアメタルがなきゃ、
アヴァロンのまともな造船業は全滅だ。
テラも当てにならない、議会も決めない。
だったらあたしらの生活は、あたしらで守るしかねえ」
「で、でも、それ、勝手に艦隊組んで、
占領された資源星系に押しかけるとか、
それこそ、揉め事のもとじゃないですか。
ヴァリアントをこれ以上刺激したら」
「刺激するとか、しないとか、
そんな余裕、あたしらにはねえんだよ」
シノは、まっすぐに画面を見据えた。
「先生。あたしらは、
あんたに命令されて動いてるわけじゃない。
あんたが『食料の一元管理は拒絶する』
ってあの若造総統に啖呵切ったのを見て、
代わりに身体張って動いてるだけだ。
止めたいなら、代表の権限で止めてみろよ」
その言葉に、レイモンドは、しばらく何も言えなかった。
(止める。止めるって、俺に、何ができるんだ)
議会の議決もない。星系代表としての正式な軍事命令権も、
そもそも臨時の彼にはほとんどない。あるのは、ただの「椅子」だけだ。
(それに)
レイモンドの頭に浮かんだのは、
シノたちの、これまでの泥臭い商売の姿だった。
中央の輸送税に苦しめられ、新食材の申請を何度も却下され、
それでも星系間を飛び回って、美味い荷を運び続けてきた
アヴァロンの血の通った生活者たち。
「……分かりました」
レイモンドは、力なく、あきらめた口調で言った。
「止めません。止める権利、俺にはないと思うので」
シノが、わずかに目を見開いた。
「は?」
「それで食ってる人たちの生活を、
外側の俺がやめろとは言えないですよ」
レイモンドは、少し困ったように笑った。
「ただ、死なない範囲でやってください。
戻ってきたら、またあの美味いヴォルテックス産の海産物を
市場に流してくださいね。それだけは、お願いします」
通信が切れた後、
シノはしばらく消えた画面を見つめたまま、動かなかった。
「シノさん、いいんですか、あれで」
仲間の一人が、恐る恐る声をかける。
「いいも何も」 シノは、短く答えた。
「あの人、止めなかったな」
その声には、拍子抜けと、
それを上回る、何か別の感情が混じっていた。
(……あんた、また、変なところで、
あたしらを信用しやがって。
だけど先生、アンティカを押さえきゃならねえ理由は、
まともな商売の種だけじゃねえんだよ。
あたしらが、これまでどこと、何を、
こっそり運んでたか、あんたが知ったら)
シノは首を振り、その先を考えるのをやめて、
艦の進路をさらに加速させた。
4. 届いた素っ気ないバトン
アヴァロン星系の外れにある補給ドックの一角。
今や敗戦によって実家を失った元査察艦隊の
旗艦の司令官室に一件の通信が入った。
発信元は、先ほど出撃したばかりのシノたちの艦だった。
「何の用だ、エセ商人が」
ベッリーニは、警戒を隠さずに通信を開いた。
たらこパスタの一件で当面の停戦は合意したものの、
彼らとの間には、依然として不穏な距離が保たれていたからだ。
「用件だけ言うぜ」
画面のシノは、素っ気なく、事務的に言った。
「アンティカ方面への航路、あたしらの方で、
民間燃料と整備の手配をシステムに残しておく。
今出れば、最短ルートのナビゲーションデータも同期してある」
「何のつもりだ。私たちを釣る罠か」
「別に、恩を売る気はねえよ」
シノは、はっきりと言い放った。
「あんたら、元テラの艦隊だろ。
アンティカが完全にヴァリアントの手に落ちてロックされたら、
あんたらにとっても他人事じゃねえはずだ。
来たけりゃ来い。来たくなきゃ、
そのぬくぬくしたドックで一生タダ飯食ってな」
通信は、それだけ告げて一方的に切れた。
5. 軍人たちの胃袋と矜持
「司令官、いかがなさいますか」
副官が、静かに尋ねた。
ベッリーニは、しばらく無言のまま、
モニターの航路データを見つめていた。
「利用しようというなら、もっと言葉を選ぶだろう。
恩を着せるつもりなら、もっと恩着せがましく言うはずだ。
あれは……ただの事実の通告だな」
その日の夜、艦内では乗員たちの間で、
静かだが熱い話し合いが持たれていた。
「司令官。我々は、いつまで、ここに留まるのですか」
若い士官の一人が、率直にベッリーニに詰め寄った。
「アヴァロンの連中は、我々に温かいスープや、
焼き立てのフォカッチャを毎日届けてくれます。
……信じられないほど美味い。
ですが、胃袋が満たされるたびに、
自分がただの『役立たずの居候』のようで情けなくなるんです。
本国がどうなっているかも分からない。
ですが、我々には、まだ動く艦がある。
それを、ただ、この星系の片隅で腐らせておくのは……耐え難い」
ベッリーニは、彼らの言葉を、黙って聞いていた。
(そうだ。私たちは、まだ、何者かであろうとする権利がある。
それに、もしヴァリアントにこのまま降伏すれば、
我々は再び『軍事一元配分』の
無機質な灰色ペーストの配給食に戻される。
あの豊かな食卓の味を教えてくれたアヴァロンを裏切り、
あのマズい飯に戻るなど、胃袋が拒絶する)
「決めた」
ベッリーニの言葉は明瞭だった。
「アンティカへ向かう。
誰の命令でもない。
我々自身の、軍人としての、そして生活者としての判断だ」
6. 「戻ってきたら、飯くらいは」
出発の直前、ベッリーニは、レイモンドに直接、通信を入れた。
「クラーク代表。一つ、報告がある。
我が艦隊は、アンティカへ向かう。
誰の命令でもない。我々自身の判断だ」
レイモンドは、通信機の前で完全に言葉に詰まった。
(おいおい、こっちも勝手に出ていくのかよ!
シノさんに続いて……!)
「あの、止めた方がいいですかね、俺……」
思わず漏れたなさけない本音に、
ベッリーニは画面の向こうでわずかに笑ったようだった。
「止めても、無駄だろう。貴殿には、そもそも、我々を止める筋がない」
「……そうですよね」
レイモンドは、力なく笑った。止められるわけがない。
彼らはもともとアヴァロンの正規軍ですらないのだ。
「じゃあ、止めません。ただ」
「ただ、何だ?」
「戻ってくる場所は、ちゃんと残しておきますから。
……腹が減ったら、いつでも戻ってきてください。
戻ってきたら、次こそはたらこじゃなくて、
本物のテラ風のなんか美味い肉の煮込みでも用意させますから。
飯くらいは、いつでも出します」
その、あまりにも飾り気のない一言に、
ベッリーニは、しばらく何も言えなかった。
(この男は、本当に、
最初から最後までただの食い物の話しかしないのだな)
だが、国家の大義名分や、
軍人としての忠誠を求めるどんな激励よりも、
その「美味い飯を用意して待っている」という生活の言葉が、
なぜか彼の胸に一番深く突き刺さった。
「……ふっ。期待せずに待っていよう」
元査察艦隊の大型船団は、重厚な轟音を響かせながら、
アヴァロン星系の外縁へと進路を取った。
7. 議会の恐るべき深読み
アヴァロン星系代表執務室で、
レイモンドは二つの艦隊が同じ方向へ進んでいく航跡を、
端末の画面越しに見つめていた。
そこへ、臨時議会のデュポワとモリタが、
息を弾ませて入ってきた。
「クラーク代表! シノの民間武装船団に続いて
ベッリーニの元査察艦隊が同時にアンティカへ
向かったと聞きました! これは、一体……」
レイモンドは、深いため息をつきながら、正直に答えた。
「ああ、それですか。
俺には、誰も止める権利も筋もなかったですからね。
だから、止めなかったんですよ。それだけです」
レイモンドとしては、
「俺は無力だから放任しただけ」
という100%の泣き言のつもりだった。
だが、その言葉を聞いた二人の政治家の顔が、
恐怖と戦慄で一瞬にして強張った。
(……なんて恐ろしい男だ、クラーク代表は!)
二人の脳内では、またしても超高度な政治的翻訳が行われていた。
(あえて政府としての正式な出撃命令を出さず、
民間と元査察艦隊に『現場裁量の自由意志』
として動かせたのだ……!
これならヴァリアント側も
『アヴァロン星系政府としての正規の宣戦布告』
とは受け取れず、国際法上の言い訳が立つ。
法的なグレーゾーンを最大限に突いた、恐るべき奇策外交……!)
「わ、分かりました、代表の深謀遠慮、
しかと受け止めました!
議会も、この『グレーゾーン反攻作戦』を全力でバックアップすべく、
即座に秘密裏の予算を通します!」
「いや、だから、俺は何も企んでないって」
レイモンドの悲痛な叫びは、またしても熱狂する二人の耳には届かなかった。
いよいよSFとして宇宙大戦がはじまります!




