ヴァリアント星系が交渉求めてきたって本当ですか?
1. 突然の通信
「代表。ヴァリアント星系より、通信の申し入れがあります」
アヴァロン本星の執務室にいたレイモンドは、
秘書官からの連絡に一瞬戸惑った。
「ヴァリアント?」
「はい。相手は……総統ご本人です。
行政機関専用の超光速通信ですので、タイムラグはありません。
今、この場で、直接応答が可能です」
「そ、総統本人って……」
心の準備をする間もなく、画面が切り替わる。
映し出されたのは、灰色の制服に身を包んだ、
二十代とは思えない硬さを湛えた女性だった。
「アヴァロン星系代表、レイモンド・クラーク殿か。
ヴァリアント星系総統、ヘルガ・シュヴァルツコップだ」
「あ、はい、クラークです。
えっと、その、総統自ら、どういったご用件で……」
(総統本人が出てくるって、それだけ本気ってことだろ。
テラを一撃で沈めた張本人が、いきなり何の用だよ)
内心の警戒とは裏腹に、レイモンドの声はいつも通り、
へらへらとした調子を隠しきれなかった。
「単刀直入に申し上げる」
ヘルガは、前置きもなく本題に入った。
感情の起伏をほとんど感じさせない、平坦な声だった。
「貴星系には現在、テラの残存戦力である旧査察艦隊が、
補給ドックの使用許可を得て滞在していると聞いている。
これを、即時、我が方へ引き渡していただきたい」
「は?」
「あるいは、引き渡しが困難であるならば、
貴星系より即時退去させ、
我々の管理下に入るよう促していただきたい。
テラの軍事戦力を、貴星系が匿い続ける理由は、
どこにもないはずだ」
レイモンドは、口をぱくぱくとさせた。
「い、いや、待ってください。
あれは、行き場をなくした人たちを、
人道的な理由で、一時的に」
「人道、というのは、便利な言葉だ」
ヘルガの声には、皮肉さえ滲まなかった。
ただ事実だけを述べる、平坦な調子だった。
「テラという後ろ盾を失った戦力を、貴星系が抱え続ける。
それがどのような意味を持つか、貴殿ならお分かりだろう」
「い、いや、そんな、深い意味とか、俺、考えて」
「できるだけ早い回答をお待ちしている」
通信は、それだけ告げて切れた。
レイモンドは、しばらく画面の前で固まっていた。
(なんだよ、あの一方的な。
総統自ら出てきて、用件だけ言って切るとか)
2. 割れる議会
元査察艦隊への対応を協議する臨時議会は、
これまでのどの回よりも険悪な空気に包まれていた。
「当然、応じるべきよ」
デュボワが、真っ先に立ち上がった。
「そもそも、あの艦隊は招かれざる客だったはずでしょう。
加えて指揮命令系統がはっきりしない軍事戦力を、
いつまでも星系内に置いておくこと自体、
危険極まりないわ。
ヴァリアントの要求は、むしろ渡りに船よ」
モリタが強い口調で反論する。
「それは、あまりに義理を欠いた話です。
我々は一度、彼らを人道的措置として受け入れた。
それを、こちらの都合で引き渡すというのは、
この星系の信義そのものを傷つける行為だ」
「信義ですって? 相手は軍人よ。信義もなにも」
「受け入れると決めた以上、
その責任は最後まで負うべきです。
でなければ、この先、誰も我々を信用しなくなる」
罵り合いは、これまでと同じように平行線を辿った。
無所属のバローだけが静かにその応酬を眺めていた。
代表であるレイモンドに発言が求められても、
彼には、何も言えることがなかった。
「あ、あの、俺は……その、どっちの言い分も、
分かる気がするというか……」
その曖昧な発言は、
どちらの陣営からも「回答になっていない」と一蹴された。
議会は、結論を出せないまま、散会した。
(また、これだよ。決められない。何も決められない)
執務室に戻ったレイモンドは、椅子に深く座り込んだ。
(でも、これ、返事しないわけにもいかないよな。
どうしよう、どうしよう……)
答えの出ないまま、時間だけが過ぎていった。
4. 二回目の通信
議会の膠着から数日後、再びヘルガからの通信が入った。
「貴星系からの回答が、未だないようだが」
「あ、いや、その、議会内でも意見が分かれておりまして、
まだ結論が……」
「結構」
ヘルガの声には、わずかな苛立ちが混じっていた。
「では、話を進めよう。先の要求に加え、
もう一点、お願いしたいことがある」
「は、はい」
「食料の供出だ」
0レイモンドの背筋が、ぴんと伸びた。
「し、食料……ですか?」
「ご存知の通り、我が星系は、環境的な制約から、
食料の自給に限界がある。テラを管理下に置いた今、
我々とテラ双方の生活基盤を安定させることは、
我々にとって急務だ。貴星系の豊かな生産力を、
我々との協調のために融通していただきたい」
「い、いや、あの、それって」
「これは要求ではない。協調の申し出だ。
応じていただければ、
我々としても多少の融通は利かせられよう」
その言い方に、レイモンドは、
一瞬、ふらつくものを感じた。
(譲歩してくれるってことか?
だったら、食料くらい……)
だが、その考えが形になる前に、ヘルガは続けた。
「なお、供出の内容については、
こちらで想定した量を、追って提示する。
その際には、民間の流通を、
当面我々の管理下に置いていただくことになるが」
「ちょっと、待ってください」
レイモンドの声が、自分でも驚くほど低く響いた。
「民間の流通を管理下に置く、って、
それ、どういうことですか」
「言葉通りだ。効率的な供出のためには、
一元的な管理が必要になる」
「いや、それ、うちの屋台とか、個人でやってる漁とか、
農園とか、全部あなた方の指示に従えってことですよね」
「一時的な措置だ。
協調のための必要な調整と考えていただきたい」
(止まれ)
頭のどこかで冷静になれという警告が発せられた。
議会の承認もない。
デュボワもモリタもまだこの件については何も知らない。
だから自分一人で決めることではない。
そんなことに責任も負いたくない。
だからこそ冷静になるべきだということはわかっていた。
だが、どうしても譲れないもの、
冷静になれない怒りからなる言葉が腹の底から突き上げてきた。
「それ、住民が納得するわけないです」
自分でも、驚くほど強い声だった。
「艦隊を差し出せとか、そういう話は、
俺には正直、荷が重すぎて分かんないです。
でも、飯だけは、わかる。
屋台も、個人の農園も、漁も、あんたらの管理下に置く?
それ、俺たちの自由な食生活を根本から変える
ってことじゃないですか。冗談じゃないですよ」
「クラーク代表。これは」
「食料に関しては、応じられません。
艦隊の件は持ち帰って、ちゃんと議会にかけます」
そこまで言い切ってから、レイモンドは、はっと我に返った。
(言っちゃった。議会の承認、何もないのに。)
だが、もう遅かった。
画面の向こうで、ヘルガは、しばらく無言だった。
「そうか。それが、
貴星系の総意ということで、よろしいか」
「い、いや、総意っていうか、俺個人の」
「代表の発言は、星系の意思と見做す。」
その一言で、通信は切れた。
5.戻れぬ橋
レイモンドは画面の暗くなった端末を見つめたまま、
しばらく動けなかった。
(……やっちゃった。議会にも諮らずに、
勝手に交渉、ぶち壊しちゃったよ、俺)
冷や汗が、背中を伝う。
だが同時に、心のどこかで、レイモンドは分かっていた。
飯を差し出せと言われた瞬間、自分の中で、
何かが決定的に譲れなくなったことを。
(住民の食卓だけは、渡せないんだよ。
それだけは、譲れないんだよ)
その一心だけが、彼を動かしていた。
政治的な計算も、代表としての責任感も、そこには何もなかった。
「代表。今の会話、決裂したという結論、
どう議会にどう報告されますか」
秘書官の静かな問いに、レイモンドは、頭を抱えた。
「いや、それが、一番の問題なんですよ。
どうすりゃいいんだよ」
窓の外、夕暮れのアヴァロンの空を見上げながら、
レイモンドは、深いため息をついた。
アヴァロンの、レイモンドの未来やいかに。
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