同じ釜の飯を食うって本当ですか?
1. 議会の決議
「アヴァロン星系議会は、行き場を失った元査察艦隊の艦艇について、
人道的措置として当面の間、補給ドックの使用を認めることを決議しました。
ただし、これは同盟や協定を意味するものではなく、
あくまで一時的な滞在の許可に留まります」
議会での決議をレイモンドは半分上の空で聞いていた。
(人道措置、ね。これから面倒事を押し付けられるんだろうな、これ)
デュボワもモリタも、この決議には一応賛成していた。
飢えた乗員を見捨てれば人道問題になる。
かといって正式に受け入れれば、テラへの敵対と取られかねない。
だから「人道措置」という、
どちらにも角の立たない曖昧な看板で押し通した格好だった。
(で、その看板の下で、実際にドックの采配をどうするかは、現場に丸投げ、と)
レイモンドは頭を抱えた。現場、というのはつまり、自分のことだった。
2. 二人だけの説得
代表執務室で、レイモンドとシノは向かい合っていた。
「で、結論から聞きたいんですけど」
レイモンドは机の上で指を組みながら、
いつになく神妙な顔をしていた。
「議会が人道措置ってことで、
元査察艦隊にうちの星系のドック使わせることに決めたんですけど……
野良艦隊を仕切っていた立場として、シノさん達は心情的には反対ですか」
「当たり前だろ」
シノは即答した。
「ついこの間まで、あたしらを潰しに来てた連中だぞ。
行き場がないから拾ってやれ?
議会が決めたからって、はいそうですかで納得できるかよ。
奴らだって腹の底じゃ、あたしらのこと辺境の輸送屋と馬鹿にしているよ」
「いや、それは分かってるんですけど」
レイモンドは慎重に言葉を選んだ。
「正直、俺も、これが正しい判断なのかとか、
よく分かんないんですよ。
ただ、行き場のない連中を冷たくあしらったら、
それはそれで後々どんな恨み買うか分かんないですし。ただ」
「ただ?」
「シノさんたちの縄張りに、
勝手に他の連中を割り込ませようって話でもあるわけで。
そこは、シノさんに同意してもらわないと、
俺の一存でどうこうできる話じゃないと思ってます」
沈黙ののち、シノが出した結論は、
「……条件がある」
「はい」
「あたしらの縄張りに置く以上、何かあったら、
お前が責任取れよ。議会が決めたから、じゃ済まさねえ。
お前が代表として同意した、って形にしろ」
レイモンドは一瞬たじろいだが、頷いた。
「……分かりました。何かあったら、俺が責任取ります」
シノは鼻を鳴らした。
「上等だ。言ったな」
3. 明かされた正体
沈黙が落ちる。シノが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、先生、まだ知らなかったよな」
「何がです?」
「あたしが、先生の選挙運動、最初に盛り上げたのがあたしだって話」
レイモンドの手が止まった。
「は?」
「立候補の投稿見た時、あたし震えたんだよ。
ヴォルテックスの寒暖差の話も、テラの搾取構造も、
全部お見通しだった、ってな。
あの後、今いる野良艦隊の奴らを口説いて回ったのも、
全部あたしが最初にやったことだ」
「ちょ、待ってください。
え、コメント欄で喧嘩売ってきたShivraさんも」
「ああ。あれもあたしだ」
レイモンドは口を開けたまま、しばらく言葉が出てこなかった。
「マジですか。」
「マジだ。先生が弱気なこと言うから、発破かけてやろうと思ってよ」
「いや、待って、待ってください。
じゃあ、俺が当選したのも、代表になったのも、
元を辿ればシノさんが……」
「勘違いすんなよ」
シノは照れくさそうに目を逸らした。
「先生は確かに飯の話をしてただけだ。
あたしはそれに、勝手に乗っかっただけだよ。
先生の喋りには何か人を引き付けるものがある。
だからこうなったんだよ。
あたしが先導しただけで代表になれるわけないだろう」
その言い方が、妙に照れくさそうに聞こえて、
レイモンドは何も言い返せなかった。
「じゃあ、さっきの条件、念のため確認しておきますね。
何かあったら俺が責任取る。
その代わり、ドックは貸してもらえる、で合ってます?」
「ああ。先生がそう言うなら、な」
4. ドックでの一触即発
会談から数日後。
補給ドックの一角で、怒声が上がった。
元査察艦隊の若い乗員と、野良艦隊の若い衆が、
燃料タンクの配置を巡って睨み合っていた。
「おい、勝手にどかすんじゃねえよ、そこはこっちの区画だ」
「知るか。お前らこそ、いつまで居座る気だ。
テラの忠犬が捨て犬になって間抜け面してんじゃねえよ」
「捨て犬だと? お前らのようなハイエナ
転売ヤーと一緒にされるのは心外だな」
周囲に人が集まり始める。誰かが工具を握りしめる。
空気が一気に張り詰めた。
そこへ、たまたま視察に来ていたレイモンドが、
間の悪いタイミングで通りかかった。
「あの……何かありました?」
誰も彼の声など聞いていなかった。
(まずい。俺が「何かあったら責任取る」って言った、
その何かがもう起きかけてるじゃないですか)
5. たらこパスタ
「ちょっと待ってください!」
レイモンドは慌てて、自分の連絡艇から適当な鍋を引っ張り出してきた。
「とりあえず、飯にしません?
揉め事は腹が減ってる時に余計こじれるんですよ」
「はぁ?」
双方から、同時に怪訝な声が上がる。
レイモンドは構わず、乾麺のパスタを艦隊側の備蓄から拝借し、
野良艦隊側が積んでいた交易品の中から魚卵瓶詰めを一つ手に取った。
「これ、何ですか」
テラからの船員たちは物珍しそうに瓶詰めを眺めた。
「ヴォルテックス産の魚卵の塩漬けだ。
氷の下の海にいる魚の卵でな、なかなか手に入らない代物だぞ」
「へえ……」
テラの人間が少し興味と持ってくれたことを悟った
レイモンドの目つきが変わった。政治より、こっちの方が本業だ。
「シノさん、香草もありますか」
「あるにはあるが」
シノが渋々差し出したのは、同じくヴォルテックス産の、
独特の清涼感のある香草だった。
レイモンドは手早く鍋に湯を沸かし、艦隊の乾麺を茹で始めた。
「聞いてください。乾麺だけじゃ、ただの保存食です。
魚卵だけじゃ、塩辛すぎてそのまま食えたもんじゃない。でも」
茹で上がった麺に、ほぐした魚卵とバター、刻んだ香草を絡める。
「こうやって混ぜると、ちゃんと一皿の飯になるんですよ」
湯気の立つ皿を、元査察艦隊の乗員の一人に押し付けるように渡す。
「食ってみてください。
艦隊の乾麺と、辺境の魚卵、両方なきゃこの味は出ないんで」
半信半疑で口に運んだ乗員の顔が、ふっと緩んだ。
「うまいな、これ」
隣にいた野良艦隊の若い衆も、つられるように一口すすった。
「悔しいけど、うまい」
レイモンドは乗組員たちの反応に満足しながら配膳していたが、ふと手を止めた。
「そういえば、この魚卵も、この香草も、全部ヴォルテックス産なんですよね」
シノの方をちらりと見る。
「俺が配信でずっと美味い美味い言ってた飯って、
こういう危ない橋渡って運んできてくれてた食材があってこそだったんですね」
シノは目を逸らしたまま、ぶっきらぼうに答えた。
「今更気づいたのかよ、鈍い先生だな」
「いや、ほんとに。俺、豊かな食卓とか偉そうに言ってましたけど、
それ支えてたの、こういう命がけの流通だったってことじゃないですか」
その一言に、シノは少しだけ、ばつが悪そうな顔をした。
6. 当面の停戦
大皿を囲んで飯を食う若い衆と乗員たちを横目に、
ベッリーニとシノが、少し離れた場所で向き合っていた。
「どうする、司令官」
シノが先に口を開く。
「あんたの部下たちは、腹が満たされた程度で、
あたしらを信用したわけじゃないだろう」
「もちろんだ」
ベッリーニは頷いた。
「私も、あなた方を全面的に信用したわけではない。
ただとりあえずアヴァロンのことを知るのにはいい機会になったと考えよう」
シノは鼻を鳴らした。
「そうだよ。いろいろな素材を適切に混ぜたらうまくなる。
あのパスタみたいにな。」
「こちらも同意見だ。全く。
あの代表はうまい飯で言いくるめるのが本当に上手だ」
その様子を少し離れた場所で見ていたレイモンドは、胸を撫で下ろした。
(と、とりあえず、何かあったら責任とれといわれた矢先に何も起きなくてよかった)




