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艦隊が動けないって本当ですか?

1. 第二報、状況の輪郭

タッチダウンポイントでの膠着から、数日が経っていた。

テラ方面から数少ないながらも避難船が到着し、

情報が入るようになってきた。


「ヴァリアントの艦隊が、テラ星系の主要航路を、

 片っ端から押さえていった」

「秘密裏に造ってたんだろう、ありゃ。あんな形の船、見たことがない」

「政府の中枢も、機能してるかどうか怪しいって話だ。

 少なくとも、まともな指示なんて誰も出せてない」


証言は一つ一つ、微妙に食い違っていた。

だが、積み重なるにつれ、輪郭だけははっきりしてきた。

ヴァリアント星系による、組織的な軍事侵攻。

長年秘密裏に建造されてきた艦隊。

そして、テラ中央政府の機能不全。

この三点だけは、もはや疑いようがなかった。


「本国はもう倒れたかもしれない」

査察艦隊旗艦司令官室で、

ベッリーニは届いた報告の束を前にそう呟くしかなかった。


2. 動けない査察艦隊

「司令官。もう一点、報告がございます」

技術士官が、重い顔で進み出た。

「艦隊のワープ機関の件です」

「何だ」

「妨害を受けての足止め、そして中継星系での補給の遅延によって、艦隊各艦のワープ機関に、予想以上の負荷がかかっています。整備なしで再ワープができるかどうか不明です」

ベッリーニの顔が、みるみる青ざめていく。

「それは、つまり」

「はい。この星系からいずこへも動けません。」

司令官室に、沈黙が落ちた。

威圧するために来たはずの艦隊が、物理的にも指揮系統の意味でも丸ごと宙に浮いてしまったことを、実感していた。


3. にっちもさっちもいかない両者

シノのブリッジでも、状況は似たようなものだった。

「シノさん、こっちも、そろそろ限界です。

 燃料も食料も、そう長くは持ちません」


「分かってるよ」

シノは、腕を組んだまま、正面の査察艦隊を睨んでいた。

「けど、あいつら、艦隊自体が動けないって話だろ。

 だったら、こっちが退いたところで、

 追いかけてくることもできないってことじゃねえか」


「それはそうですけど……

 このまま睨み合いを続けるのも、意味あるんですかね」


シノは答えなかった。答えられなかった。

艦隊を追い払う力はない。かといって、

これ以上睨み合いを続ける体力も、正直、心もとない。


一方、連絡艇ではレイモンドが、頭を抱えていた。

「艦隊は動けない。

 正体不明の野良艦隊も、いつまでも睨み合ってられない。

 テラは、何が起きてるかも分からない。

 ……これ、誰が、どうやって収拾つけるんですか」


秘書官は、静かに答えた。

「代表しか、いらっしゃらないかと」


「いや、俺には無理ですよ!」

そう叫びながらも、レイモンドの頭の中では、

既に一つの考えが、ぼんやりと形を成し始めていた。

(このまま、誰も動かないまま、

 事態だけがこじれていくのは、

 勘弁してほしい。だったら、もう)


4. 直接面談の申し出

「司令官と、直接、話がしたいんです」

レイモンドから届いた通信に、ベッリーニは、露骨に不機嫌な顔をした。

「今から何を話すというのだ」


「そのままです。

 お互い、動けない、分からない、そういう状況なんですよね。

 だったら、密室じゃなくて、これまで通り、公開の場で話しませんか。

 変な誤解が広がるより、そっちの方がマシだと思うんです」


副官が、そっと耳打ちした。

「司令官。乗員たちの間にも、動揺が広がっています。

 帰る当てもなく、本国の状況も分からない。

 このまま何もせず漂っているだけでは、士気にも関わります」


ベッリーニは、しばらく黙り込んでいた。

(代表との対話に応じた、という体裁さえ整えば、

 それはそれで、悪くない材料になる)


任務の建前を保ちながら、この宙ぶらりんな状況に、

何らかの区切りをつけたい。

ベッリーニ自身、そう考えていたところだった。

「よかろう。話を聞こう」


5. 配信、そして食卓

面談の場は、タッチダウンポイント付近に急遽設営された、

簡素なステーションだった。


レイモンドは緊張しながらも、

いつもの調子で小さな携行コンロと食材の入った箱を抱えて現れた。

「あ、あの、司令官。話の前に、これ、食べてもらえますか」


ベッリーニは、眉をひそめた。

「何のつもりだ」

「いや、その、こういう時こそ、まず腹を満たすのが大事かなと。

 俺、緊張すると、余計なこと考えちゃうタイプなんで。

 とりあえずうまいもの食って、緊張をほぐさせてください」


レイモンドは、手早く生地を伸ばし、

トマトソースを塗り広げていく。

「これ、マルガリータです。

 ソースは、ヴォルテックス産の完熟トマト。

 この星系、日照量がちょうどよくて、

 酸味と甘みのバランスが、他の星系とは全然違うんですよ」


薄く伸ばした生地の上に、真っ赤なソースが広がる。

「んで、こっちのチーズ。

 テラだと、水牛の乳から作るのが高級品って聞いたことありますけど、

 うちのは、それよりさらに濃いんです。

 アヴァロンの牧草、栄養価がめちゃくちゃ高くて、

 乳自体の脂肪分がすごいことになってて」


とろけるようなチーズを、たっぷりと乗せる。

焼き上がったピザから、香ばしい匂いが立ち上った。

「どうぞ」


ベッリーニは、しばらく警戒するように、その一切れを見つめていた。

だが、周囲の乗員たち、そして配信の視聴者たちの視線もある。

断るわけにもいかず、渋々、口に運んだ。

一口噛んだ瞬間、ベッリーニの表情が、明確に変わった。

濃厚なチーズの旨味と、トマトの酸味が、口の中で溶け合っていく。

長年、艦隊の携行食栄養価だけを計算し尽くした、

味気ない固形物ばかりを口にしてきた男にとって、

それは、ほとんど衝撃に近い体験だった。

「……これは」


「美味いでしょう?チーズの脂肪分が、トマトの酸味を包み込んで、

 角を丸くしてくれるんです。

 逆に、トマトの酸味がなかったら、チーズだけだと、

 しつこすぎて胃にきちゃう。

 両方あるから、いくらでも食べられるんですよ」


ベッリーニは、無言のまま、二切れ目に手を伸ばしていた。

そして、三切れ目、ベッリーニの手は止まらなかった。

長年の任務、経歴のための艦隊指揮、

実戦経験のなさへの焦り、そして今、

帰る場所すら見えなくなった不安そういったものすべてが、

この一皿の温かさの前で、ほんの少しだけ、

輪郭を緩めていくのが分かった。


食べ終える頃には、

ベッリーニの声から刺々しさが幾分抜けていた。

「貴殿を、威圧しに来たはずだったのだがな」

「あ、それ、俺も自覚あります。

 今も普通に脅されてるなって思ってますし」


レイモンドのあまりにも素直な返答に、

ベッリーニは、思わず小さく笑ってしまった。

「まあ、その、状況が状況なんで。

 艦隊も動けない、テラも今どうなってるか分からない。

 だったら、とりあえず、今この場で、争う理由も特にないですよね」


「理由がない、か」


「はい。俺、争いたくないだけなんですよ、単純に。

 だから、艦隊が動けるようになるまでは、こっちも、

 下手に手出ししないようにしますし、そちらも、

 もし可能なら、無理に何かしようとしないでもらえたら、

 正直、それで十分なんです」


極めて後ろ向きな、消極的な提案だった。

だが、それは同時に、この場にいる誰にとっても、

最も無理のない着地点でもあった。

ベッリーニは、しばらく考え込んだ後、静かに頷いた。

「良かろう。当面、我が艦隊は、これ以上の行動は取らない」


6. 視聴者・乗員たちの受け止め

配信のコメント欄は、瞬く間に沸き立った。

〈代表、査察艦隊の司令官を、ピザで懐柔したぞ〉

〈これが噂の、間に立つ料理ってやつか〉

〈戦わずに収めるとか、代表、格好良すぎるだろ〉


査察艦隊の乗員たちの間でも、安堵の空気が広がっていた。

「当面、撃ち合いにはならないってことか」

「よかった……このまま、いつ戦闘になるかも分からない状態が、

 一番きつかった」

誰も、レイモンドが「懐柔しよう」などと考えていたわけではないことに、

気づいていなかった。

彼はただ、争いたくない一心で、いつも通り、飯の話をしていただけだった。


7. レイモンドの安堵

面談を終え、連絡艇に戻ったレイモンドは、シートに深く沈み込んだ。

状況は表面上、落ち着いたように見えた。

だが、テラが今後どうなるか、まったくの視界不良だった。

動けない査察艦隊も、いずれ状況は変わってくるだろう。

野良艦隊の目的も、依然として謎のままだ。

すべての火種は、まだ、そのまま燻り続けていた。

ただ、今この瞬間だけは、誰も、何も撃たずに済んでいる。

それだけで、レイモンドにとっては、十分すぎるほどの成果だった。

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