09
オノンの話を聞いた後のグランの行動は早かった。
「今日、グランお休みなの!?」
「…………そうですね」
今日何度目かの悲壮感に塗れた同僚からの声かけに、ルミアもさすがに眉に力が入りそうになる。
「明日は来る!?」
「知りませんって」
入って一ヶ月も経っていない人が、偶然休んだだけだというのに、人手が足りていないわけでもないのに、どれだけ騒ぐのかと、ため息が漏れる。
『グランさんに運んでもらおうと思ったのに』
『えー……明日来るなら、あのオブジェ出すの、明日にする?』
『真面目だし、読み書きできるなら、そろそろ書類仕事教えてもいいかなって思ってたんだけどなぁ……』
『荷車できたっていうから、鳥竜と最終調整に行ってもらいたかったのに!』
もれなく全員に「自分でやれ」と返したものの、便利に使われているグランに、ルミアは何度目かのため息が漏れた。
「風邪!? 怪我!? 腰!? 無理させちゃった!? ルミアちゃん、グランのことめっちゃ叱った!?」
極めつけは、店主からの言いがかりだ。
「だから、知りません……私のせいにされてます?」
もし、「はい」なんて言ったなら、目の前の店主をぶん殴ってやろうと心に決めながら、ルミアが答えを待てば、店主はやや身構えたまま、はぐらかしてどこかに行った。
「…………」
「こっわぁ~い顔してるじゃん。ルーちゃん」
逃げた店主を睨んでいれば聞こえてきた声に、ルミアもゆっくりとそちらに目を向ける。
そこには、緩いウェーブのかかった同僚のビビアンが、楽し気に笑ってルミアの事を見ていた。
「朝からずっと同じこと聞かれてるからね。グランが休みだって、理解してくれないかな?」
「いやいや、みんな聞きたいのは、そこじゃないっしょ」
「重い荷物運んでくれって頼みたいだけでしょ」
「それ8割、2割は違うって」
淡々と文句を言うルミアに、ビビアンも苦笑いを浮かべているが、すぐに目の奥を光らせると、ルミアの腕を掴み、耳元に囁く。
「グランとルミアが付き合ってるのか。って話」
「……はい?」
一瞬何を言われているのかわからなかったが、ゆっくりとビビアンの質問を咀嚼していくと、やはり最初と同じ表情をしていた。
「なるほど……この反応、ハズレだな?」
「ハズレもなにも、ただグランに仕事を教えろって言われたから、教えてるだけなのに、なぜそうなる」
「一緒に帰ってたり、グランもルミアに呼ばれた時、尻尾振ってるみたいじゃん」
「……それはただ知ってる人に呼ばれた安心感では?」
グランには本物の尻尾が生えているが、それはルミア以外は知らないことだ。
「でもでも、ほら、私ら女子とグランのやってる、運搬仕事は全然違うじゃん? 教えるって言ってもさぁ」
「人がいなくてヤバかった時に、数日の約束でグランが入ってきたからでしょ。別に、ビビアンも教えることはできるでしょ」
「麗しい乙女にペンより重いものを持たせようって!?」
「持てよ」
グランは、重い荷物を自発的に持ってくれるが、卸業の店に勤めておいて、重い荷物を持たないなんてことがありえないだろう。
とはいえ、実際に運搬仕事を嫌がる人が多いのは事実で、その仕事を請け負ったグランの教育係にルミアが選ばれたのは、その辺りを嫌がらないこともあった。
ルミアが呆れていれば、ビビアンも机に肘をつきながら、口を尖らせていた。
「私は、てっきりルミアに、二度目の春が来たのかと思ってたのになぁ」
「相変わらず、恋愛脳ですね」
めんどくさいと呆れていれば、ビビアンも首を重たそうにもたげていた。
「生物としては、こっちが正しいんですぅ」
「はいはい」
「それで、顔、見たわけ?」
じっと獲物を見定めるような視線でルミアを見つめるビビアンに、ルミアも少しだけ視線を上げると、頷いた。
「見たよ」
「マジ!? イケメンだった!?」
「どうだろ……でもまぁ、隠したがってる理由はわかったかな」
店の中でも、あのグランの様相は度々話題に上がる。
誠実な性格もあり、全員がわけありだと察して、本人を目の前に口にはしないが、興味はあるのだ。
「強面!? それとも、甘いマスク過ぎて!?」
「こわ、もて……顔のジャンルはわからないよ……あ、塩顔ではない」
「濃ゆい顔……」
「まぁ……見たら、そうそう忘れないんじゃないかな?」
獣人なんてあったことないし。
とは口にせず、ルミアも頷くと、ビビアンは腕を組みながら、唸り出すと思いついたように声をあげた。
「超絶ブサイク!!」
「今度、伝えとく」
「あ、待って待って。許してください。ルミア様」
慌てるビビアンに、ルミアも少しだけ楽し気に顔を逸らすのだった。
*****
その頃、グランは少し鼻先にかゆみを覚えながらも、音を立てないように、森の奥を覗き込んでいた。
オノンと共に見つめる先には、あまりガラの良くない男たちが、森の中で周囲を警戒している姿。
ルミアから聞いた白濁導水を買った店から、仕入れに向かった店員を追いかけて、ここに辿り着いていた。
「グラン。見えるか?」
「……いえ、障害物があるのか、魔力を大きく吸い上げている植物は何も……」
魔力の流れを見ることのできるグランの魔眼でも、男たちが守っている先にあるであろう、デザートウッドの姿は見えない。
もっと内部にあるのだろうか。
「もう少し周辺から探してみよう」
「はい」
穏便に済むならば、それが一番だと、オノンは見張りをしている男たちに見つからないように移動を始めた。




