08
「師匠……?」
オノンの真面目な雰囲気に、ついグランも困惑した様子で声を漏らすが、オノンの視線は、ルミアの持っている革袋に向いていた。
「なに? オノン、知ってるの?」
「これ」と、白濁導水の入っている革袋を振るルミアに、オノンは小さく頷いた。
「私がこの町に来たのは、その”白濁導水”が理由だ」
そう言われれば、不思議そうな表情をしていたルミアも、革袋の方へ目をやり、ゆっくりとオノンの方へ視線を戻すと、ひとつ頷いた。
「とりあえず、これ飲みながらでいい?」
「飲むんですか!?」
グランの耳と尻尾が立つ様子に、オノンも困ったように眉を下げる。
「大丈夫だよ。その水に毒はない。飲みたいなら、構わない」
オノンの言葉に、未だに心配そうな表情を鍋に顔を向けているグランに、ルミアもそっと鼻先にその鍋を近づける。
その様子に、少しばかり文句ありげに眉を潜めていたが、グランは小さく鼻を鳴らすと、喉の奥で唸った。
「少し、草っぽい……」
「判定は?」
「ダメと言ったら、飲まないですか?」
「グランだけね」
なら何も言えないじゃないか。
と、静かに喉の奥で唸るしかなかった。
「白濁導水は、先程ルミアの言った通り、砂漠地帯ではメジャーの飲み物なんだ」
訝し気にルミアの入れたお茶を見つめるグランに、オノンも困ったように眉を下げていた。
オノン自身、白濁導水を飲むのは初めてだが、文献に載っていた通り、味は水と変わらない。ほぼ無味無臭で、微かに青臭さが香る程度だ。
「気になるなら、こっちの普通のお茶飲みなよ」
いまだに、濁っているお茶に口をつけていないグランに、透き通ったお茶を差し出すルミア。
だが、グランは首を横に振っている。
「師匠の毒がないという言葉を疑っているわけではありませんので」
「完全に疑ってるって……」
その魔眼で、じっと湯呑に入った水を睨んでいるグランに、ルミアも呆れるようにため息をついた。
「白濁導水は、水そのものが問題ではなく、それを吸い上げる植物に問題があってな」
植物の中には、枝や蔓を切ると吸い上げた水が出てくるものがある。
旅をしていれば、こういった水を飲み水として重宝することもあり、グランもそういった水を口にしたことはある。
しかし、ここまで魔力が溶け込んでいるものは初めてだ。
「”デザートウッド”という、砂漠地帯で、水源を求めて根を広げて育つ植物だ。枝を切れば、水が溢れてくるということで、その地域では貴重な水源としても扱われている」
大きな水源を確保できなくても、デザートウッド一本あれば、集落の飲み水を確保できると言われるほど、この木が吸い上げる水の量は多い。
そして、この木が重宝されている理由がもうひとつ。
「その土地の水源が減った時、デザートウッドは水と共に、魔力を大きく吸い上げるようになる」
魔眼でなくても、白く濁るほどの魔力を水と共に吸い上げ始めるのだ。
その地方では、水源が枯渇している兆候として、デザートウッドの水が濁り始めると、集落の移動が始まる。
「格安で売られるというのは、その引っ越しのための準備だから……ですかね?」
「おそらく。だから、こちらで売られる時には、格安である必要はない。ということだね」
別に、ルミアが白濁導水を買った時も、安いというわけではなかった。
普段の水の価格と同じか、やや高いくらいだったはずだ。
とはいえ、そのことを口にすれば、グランからなんて小言を言われるか。
ルミアは、そっと白濁導水で作ったお茶に口をつけた。
「ここに白濁導水が売っているということは、この町の水源が枯渇しかけている。ということでしょうか?」
オノンの説明では、デザートウッドが白濁導水を出すのは、水源が枯渇しかけている時だ。
だが、この町は砂漠地帯ではないし、水源は川や地下水など複数存在している。その全てが枯渇するとは思えない。
オノンも小さく頷くと、グランの質問に答える。
「その可能性がないとは言わないが、デザートウッドが魔力を吸い上げる理由を考えてみるといい」
「魔力を吸い上げる理由、ですか……?」
植物も、人間のために水や魔力を吸い上げているわけではない。
自分のために、魔力を吸い上げ、結果、人間に利用されているだけ。
水源が減る中、大量の水と魔力を吸い上げる理由。
「……種を作る、ですか?」
水源がないということは、デザートウッドそのものも死が迫っていることになる。
その状況で、人間のように移動することのできない植物が行うことといえば、種の存続。つまり、種を作る事だろう。
グランの言葉に、オノンも頷いた。
「その通り。デザートウッドは、自身の死が迫ると、魔力を吸い上げるようになる」
自らが枯れる前に、魔力を吸い上げ、種を残そうとする。
本来の生息地である砂漠地帯では、それは水の枯渇が多いだろうが、故意に起こすこともできる。
「昔から、この白濁導水の見た目の珍しさから、デザートウッドを植樹して、別の地方で売る者がいるんだ」
魔法がありふれた時代には、魔力の補充としても利用されており、栄養満点というのもあながち間違いではない。
ただ、今のように魔法が廃れ、魔力を使うことがほとんどない今では、ただの無害な珍しい水だ。
グランも妙に納得した表情でルミアの方へ顔をやっていたが、ルミアは何食わぬ顔で、お茶を飲んでいた。
「今の話じゃ、別に何も悪いことなさそうだけど?」
水が枯渇しているわけでもないのだから、小さな露店で販売している珍しい水など気にしなくていいだろう。
「魔力を吸い上げると言っただろう。魔法が使える人が減ったとはいえ、魔力は生命の源のひとつだ。土地から魔力を吸い上げ過ぎれば、その土地は死ぬ」
今は、町の周囲に緑も多いが、デザートウッドが何本も生息するようになれば、魔力も水も枯渇していく。
そうすれば、待っているのは、草の生えない不毛な土地だ。
「だから、デザートウッドを発見し、早々に処理をしたい」
それが、魔法遺物管理機関に依頼された内容だった。




