07
楽しそうにグランをいじめているルミアと、ついに怒っているグラン。
なんとも楽しそうな光景である。
魔法遺物管理機関の者であっても、グランとあれほどまで仲良くしている人が、何人いるか。
仕事の都合上、獣人や魔法使いに触れる機会はあるが、それでも無意識にある差別や恐怖は、拭いきれないものだ。
オノンも、無意識のうちに、グランの目にある大きな傷に目をやってしまう。
「……」
獣人というだけで、トラブルも多いが、加えてあの傷のこともあり、グランも積極的に人に関わりたくないのだろう。
今でこそ、師匠だと慕ってくれる自分にすら、最初は心を開いてはいなかった。
それをものの数日で、あれほど開かせてしまうとは。
『羨ましいの? なら、お兄さんの代わりに魔法使ってあげるよ』
悪意なんてない、純粋な魔法への興味だけの言葉。
『何の魔法が見たい?』
きっと、グランのことも、露ほどにも相手に興味のない言葉で、救ってしまったのだろう。
「本当に、お前ってやつは……」
「ほら、ルミアさん。師匠も呆れてますよ」
「オノンが私に呆れてるのは、昔からだから。ほら、この嘘発見器も嘘じゃないって言ってる」
「それは褒めてません」
これほどまで、楽しそうにしているグランを見るのは、初めてかもしれない。
「そういえば、師匠はこちらに調査でいらしたんですよね? 手伝いますよ」
ふと、問いかけられる言葉に、オノンも反射的に頷きかけて、首を横に振った。
「まだ、グランの手を借りる程ではないから、大丈夫だ」
「でも、調査なら人手は多い方が……それに、自分の魔眼や鼻は役に立ちます」
確かに、グランの魔眼や鼻は、魔法に関する調査において、大きな力を持つ。
手を貸してくれるなら、助かるのは事実だ。
「ありがとう。だが、グランは、ルミアの店で働いているのだろう? なら、急に休んだりしては申し訳ない」
「別に休んだところで問題はないけど、そのなんたら機関ってどんだけ暇なの……そこの従業員、野宿してたけど……実は無給とか」
「さすがに怒るぞ」
ルミアには、以前にも説明したはずだが、興味がないからか覚えていないのか、わざとなのか。
おそらく後者だろう。
「ルミアさんが思っている以上に、ちゃんとした機関ですよ。国からの認可もありますし」
「国がオカルトを信じてるんだ……」
「魔法使いの人には言われたくないでしょうね」
少し困った表情で、オノンに説明していないのかと様子を伺うグランだが、オノンの表情に問題がルミアであることは、すぐに察したらしい。
「魔法遺物管理機関は、文字通り、魔法に関する物を管理しているので、本部や支部はありますけど、調査員は各地に点在しているんです」
調査員は調査依頼などが来次第、すぐに対応できるよう、各地に配置されている。
ある程度大きな町にいることとされているが、調査員が滞在する場所については、自由に決めてよい。
グランのように、小遣い稼ぎや情報を手に入れるために、別の店で働いている調査員も少なくない。
「ですので、調査依頼があるのでしたら、優先すべきは調査で……」
「グラン、ちょっと鼻貸して」
グランの説明の途中、なにやら台所に行ったルミアが、戻ってくると、何やら袋をグランの鼻先に押し付ける。
「……茶葉、ですか?」
グランも少し不満そうな表情をしながらも、その匂いを嗅ぐと、首を傾げていた。
「変な匂いしない?」
「え、えぇ……まぁ…………それ、いつの茶葉です!?」
慌てて立ち上がるグランだが、ルミアは不思議そうに視線を巡らせるだけ。
「んーー……いつだろ? 仕事してると、体内時計おかしくなるからなぁ。乾燥してるし、グランの鼻で問題ないっていうなら、大丈夫でしょ」
それでいいのか。そもそも、先程の話を聞いてくれていたのかと、口籠るグランに、ルミアは特に気にせず、台所に戻っていく。
「話長くなるなら、お茶くらい欲しいでしょ」
「あ、っと……あ、ありがとうございます……」
信じていいのかわからないと、耳が動かしているグランに、オノンも小さく目を伏せた。
だが、台所でお茶を用意しているらしいルミアの音に、グランは不思議そうに顔を向けると、じっと耳を立てて、そちらに向ける。
そして、おもむろに立ち上がった。
「……ルミアさん。それ、水ですか?」
グランの質問に、明らかにルミアの肩が跳ねた。
「水だよ」
そっと手に持っていた革袋を後ろ手に隠している。
「今、隠しましたよね?」
「見えてないくせに隠したとかわかんないでしょ」
「見えてないから、そんなことしても意味ないんですよ」
「なんてヘリクツ」
「ヘリクツじゃありません」
隠したものを見せる気のないルミアに、グランは仕方なく鍋の方へ顔を向けた。
そこには、革袋から移したであろう、白く濁った水が火にかけられている。
「この鍋に入ってる液体、やたら魔力が含まれてるんですが……なんです? これ……お腹壊しますよ」
グランが鍋を手に取ろうとすると、ルミアが素早く鍋を奪い取る。
「大丈夫! もう何人か飲んでるらしいし、牛乳みたいな栄養満点の飲み物なんだって」
「怪しすぎる……」
「砂漠とかでは、格安で売られてるメジャーな飲み物なんだって」
慌てたように、店で言われた売り文句を口にしているルミアに、グランも呆れたようにため息をついてしまう。
「そんな気味の悪い水、さっさと捨ててしまってください」
「気味悪いって……調査員なら、”白濁導水”って水くらい知らないの?」
”白濁導水”という単語に、呆れながらも微笑ましく、ふたりの様子を眺めていたオノンの目が小さく見開かれる。
「知りません。だいたい、そんな魔力の混じった水が普通なわけないです」
「魔力は栄養なんだよ」
「テキトウなことを……」
グランも少し苛立ったように尻尾を揺らしていたが、ふと近づいてくるオノンの雰囲気に、自然と尻尾を下げていた。
「すまない。ルミア。その水、どこで手に入れた?」




