06
ルミアの口にした通り、記憶にある足の踏み場に困る部屋ではなく、足元を見なくても歩ける部屋になっていた。
その部屋の隅には、まだ少し残骸こそあるが、ここ数日の自分の弟子の頑張りはよくわかった。
その弟子も、珍しくフードもマントも取った状態で、嬉しそうに話をしていた。
「これがそのマリッジ・アルテミスフラワーで」
見せられた白い花は、ボーシット・フラワーとして図鑑に載っているものとは、全く異なっている。
それこそが、ボーシット・フラワーの特徴ではあるが、パタパタと尻尾を大きく振っているグラン程の興奮は、オノンにはなかった。
「ほぉ……きれいなものだね」
興味の差もあるが、魔力を見ることのできるグランと魔力の見えないオノンでは、見ている花が違うのだろう。
オノンは、ほんの少し眉を下げると、その花を咲かせたルミアの方へ目をやった。
「ですよね! なのに、ルミアさん、すぐに燃やそうとして……」
「そんなに文句言うなら、今すぐ燃やすよ?」
めんどくさいとばかりに、言葉を漏らすルミアに、グランも慌てて、花を隠すように抱きかかえている。
球根は既に切れており、あの花がこれ以上成長することはない。
もし、魔力を吸う球根が残っていれば、オノンもルミア側になるが、あの状態であるなら、枯れるまでの鑑賞くらい許されるだろう。
「でも、師匠にも見せられてよかった」
「見せたい人いっぱいいすぎじゃない?」
「そういえば、その花を教えてくれた子供にも見せたいと言っていたね」
マリッジ・アルテミスフラワーに関する文献を調べていた時に、グランがよく口にしていたことだ。
当時から既に、ほとんど情報が無く、正直オノンもその子供を見つけられるとは思っていないが、これほど一途に思っているのだ。
花と同じように、何か縁が巡ってくるかもしれない。
「そ゛、れはッ!! とにかく……!! 師匠にも、色々ご協力頂きましたし!! 見せたかったんです!!」
ただ、なにか含みのある笑みで顔を逸らしているルミアと、顔を赤くして耳を伏せているグランに、オノンも不思議そうに首を傾げる。
そんなオノンに、ルミアが何かを話そうと、目があった途端、ルミアの口がグランの大きな手に塞がれた。
「…………グラン。聞かないから、手を放しなさい」
その子供の正体は、オノンもなんとなく察してしまった。
すっかり耳が垂れたまま、魔道具を片付けているグランに、オノンも困ったように笑みを浮かべながら、片付けの様子を眺めているルミアへ目をやった。
「それにしても、獣人に会っても動じないとは……今まで一度も会ったことないんだよな?」
「ないよ」
「本当だな?」
「信用ないな……わりと、オノンには正直に話してる気がするんだけど……」
信用していないとばかりに目を細めているオノンに、ルミアもめんどくさそうな表情をしていた。
「お前はそういって、何度知らなかったと言い訳をしてきたと思ってる」
「こんなでっかい喋れるワンチャンなんて、勘違いのしようがないでしょ」
「グランは、狼族の獣人だ。あと、獣人には種類がいるから、狼だけではない」
「種類がいるなら、もしかしたら会ったことあるかもね」
「……」
ルミアの含みのある言葉に、オノンだけではなく、グランも耳をピクリと反応させて、ルミアの方へ目をやる。
ここ数日でよくわかったが、ルミアの言葉は一切信用がならない。
オノンだけではなく、グランからも疑惑の視線を向けられているからか、ルミアは観念したように両手を上げて、手を振っていた。
「嘘です。嘘嘘。人の言葉を話す魔獣なんて、会ったことない」
「人の言葉を話さない獣人もいる」
「それはもう魔獣だろ」
見分けなんかつくか。と、オノンを睨むが、オノンも負けじと、静かに睨み返していた。
「魔獣と獣人は、成り立ちが異なる。そもそも、お前だって『猿と同じ』と言われたら、腹が立つだろう」
「会話が成り立たないなら、猿と同じ。腹は立つからぶっ飛ばすけど」
そういうことではないと、長いため息と共に、オノンが額に手をやっていれば、ルミアの視界に写る鼻先に、顔を向ける。
すると、そっと差し出された、見覚えのある魔道具。
「これに魔力通してもらってもいいですか?」
「珍しいね。グランが魔道具使っていいなんて」
そう言いつつも、ルミアは使い方のわからなかった魔道具に魔力を通せば、相変わらずその鐘のような魔道具は、かすかに光を灯すだけ。
「それから、腹立つからぶっ飛ばすのは、良くないですよ」
ほのかに光るが、相変わらず音も鳴らない鐘を振っていれば、先程の会話の続きか、グランが窘めるようにルミアに言い放つ。
確かに、魔法がある分、ルミアは一般的な人より強いだろう。
しかし、戦いの技術を持った相手となれば、話しは異なる。
「噛みついてきてる人に、悠長に口で交渉する余地があるとでも?」
「”口で”噛みついてきているのでしょう?」
「噛みつくのは、口でするものだからね」
窘めてくるグランの鼻先を、軽く弾いてやれば、グランも顔を歪めて、後ろに下がった。
「だいたい、噛みつこうとした人が言える立場?」
森の中でいきなり草陰から襲い掛かってきたり、約束を破ったら食べるなど。
グランの大きな耳に聞こえるように、ルミアが口にすれば、グランの顔がみるみると赤くなり、ピンと立った耳と尻尾が、すごい勢いで項垂れた。
「……あまり、うちの弟子をいじめてくれるなよ」
大きな体を小さく丸くしているグランに、オノンもため息交じりにルミアを窘めれば、乾いた笑いを溢された。
「いやぁ……反応が良すぎて。嫌味とかいっぱい言ってきそうな師匠なのに、随分と素直に育っちゃって」
「真面目な者に嫌味は必要ないからな」
淡々と答えるオノンに、ルミアはそっと飾られていたボーシット・フラワーをオノンの前に置くのだった。
「ところで、結局、これは何の道具なわけ?」
相変わらず音の鳴らない魔道具を、手で遊ばせていれば、グランもピクリと耳を動かす。
「まぁ、流れ的に予想はつくけど」
パタパタと忙しなく、グランの尻尾が揺れている。
「嘘発見器。辺りじゃない?」
顔を逸らしたままのグランに、ルミアは魔道具をグランの方へ近づける。
「お返事。”はい”か”イエス”か」
「…………」
「この沈黙が、完全に答えなんだけど……」
完全に沈黙しているグランに、ルミアも諦めて、オノンの方に向き直る。
「”獣人には会ったことない”」
ルミアがはっきりと言い切れば、魔道具は何の反応も示さない。
「……これじゃあ、動いてるかもわからなくない? オノン、試しに何か嘘ない?」
「そうだな……では、”ルミアの言葉は信用できる”」
ジリリ、とくすんだ音が響いた。
「おぉ……! すごい!」
「喜ぶところですか……?」
実験とはいえ、随分とひどいことを言われていた気がしたが、本人は気にしていないようだった。
「嘘発見器なんて渡しておいて、黙りこくる人に言われたくないね」
眉間にしわを寄せたままのグランの鼻先に、魔道具を振るルミアに、グランも耳を垂らすしかない。
確かに、獣人と出会ったことがあるかを確認したくて、魔道具を渡したのは事実だ。
その意図がバレていて、言い当てられたことが恥ずかしかったこともある。
「貴方が、無自覚に危険に晒されていないか、心配しただけです……獣人は、トラブルに巻き込まれやすいので」
だが、小さく溢したグランの言葉に、魔道具は何の音も響かせなかった。




