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異世界で「ママ」になりました。 ~最強ドラゴンと息子に懐かれすぎて、魔獣の楽園が完成しそうです~  作者: 寝不足魔王


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第57話:お母さんのいない朝と、小さな管理代行

 聖域の朝は、いつも正確なリズムで刻まれていた。

 夜明けと共に響くセナの軽やかな足音。カーテンを開ける音。そして、拠点全体に活気を与える「おはよう」という凛とした号令。

 だが、セナがエルフの里への外交出張に旅立った翌朝、拠点を包んでいたのは、耳が痛くなるほどの不気味な静寂だった。


「……ふわぁ。……ママ、おはよ……。……あ、そっか。いないんだ」


 寝癖をつけたまま居間に現れたレイが、誰もいない事務机を見て、ぽつりと呟いた。

 いつもならそこには、眼鏡を光らせて書類の山と格闘するセナの姿があるはずだった。

 隣では少年の姿をしたハルが、セナの椅子の匂いをくんくんと嗅ぎ、寂しそうに尻尾を垂らしている。レイの影から顔を出したルナも、グーも、どこか所在なげに広場を見渡していた。


「……定時です。……セナ殿はいませんが、聖域の稼働を止めることは管理責任の放棄に当たります。……全員、始業の準備を」


 廊下の奥から、事務机の代わりと言わんばかりに分厚いバインダーを抱えたメルディが現れた。その表情はいつも以上に硬く、セナの不在という不備を埋めようとする決意に満ちていた。


「メルディさん、おはよ。……僕たち、何からすればいい?」


「……セナ殿が遺した『緊急時代行マニュアル・第一巻』によれば、まずは家畜の給餌と広場の清掃、そして在庫の最終確認です。……マーサ殿、エルフの若者たちの指揮をお願いします。……ロレッタ殿は、朝食の配膳を。……さあ、動線を確認して!」


 メルディの号令で、聖域の一日が動き出した。

 だが、セナという「核」を欠いた歯車は、驚くほどギクシャクとしていた。


「はわわ~、マーサさん! エルフの皆さんが『朝の瞑想が終わるまで働けない』って言ってますぅ~!」

「困ったわね、ロレッタさん。……こっちはこっちで、コボルトたちがセナさんの姿が見えないからって、不安でお仕事の手を止めちゃってるのよ」


 広場では、セナがいれば三秒で解決するような小さなトラブルが、連鎖的に膨れ上がっていた。

 荷運びの動線が重なり、エルフとコボルトが鉢合わせして立ち往生し、資材の置き場所を巡って混乱が起きる。メルディも、バインダーを捲りながら「……マニュアルには、個別の感情論への対処法は……あぁ、これですね。『飴と鞭を使い分けろ』。……ですが、私にはセナ殿のような飴の在庫がありません!」と、珍しく余裕を失っていた。


「――みんな、落ち着いて! ……ママなら、こう言うよ!」


 混乱する広場の中心で、レイがレガリア・セナを高く掲げた。

 その凛とした声は、不思議とセナの響きに似ていた。


「不備を見つけたら、まず深呼吸して、台帳を見なさい。……感情で動いちゃだめ。……自分の持ち場を確認して、隣の人と動線を譲り合うんだ!」


 レイは杖を振り、三頭の魔獣を鮮やかに配置に就けた。


「グーくん、その大きな岩を端に寄せて、エルフさんたちの通り道を作って! ……ハルくん、コボルトさんたちに温かい風を。……大丈夫だよ、ママはちゃんとお仕事してるから、僕たちも頑張ろうって伝えて!」


「……うん、……わかった。……みんな、……あったかくする。……ママ、……見てるよ」


 ハルが掌から柔らかな熱風を放ち、不安がっていたコボルトたちの毛並みを優しく撫でる。

 グーが地響きを立てて障害物を排除し、ルナが影の中から資材を次々と整理していく。

 レイの指揮は、セナの「事務的ロジック」を、彼なりの「家族の絆」で翻訳したものだった。


 混乱していた広場の動きが、レイを中心にして、再び美しい円を描き始めた。

 エルフの若者たちも、レイの圧倒的な魔力制御と、セナの教えを忠実に守るその姿に打たれ、再び持ち場へと戻っていく。


「……ふぅ。……助かりました、レイくん。……セナ殿の『育成管理』は、私の予測を遥かに上回る成果を出していたようですね」


 メルディが、眼鏡を拭きながら安堵の溜息をついた。


「……ううん。……僕、ママの背中をずっと見てたから。……ママなら、絶対にみんなを困らせたりしないもん」


 一日の業務が終わる頃。

 夕陽に染まる聖域は、セナがいた時と変わらぬ、整然とした静寂を取り戻していた。

 だが、夕食のテーブルにセナの席が空いているのを見て、一同は再び、お母さんという存在の「重み」を痛感することになった。


「……ママ、今頃エルフの里で、美味しいもの食べてるかな。……それとも、やっぱりお仕事でお説教してるのかな」


 レイがスープを啜りながら、寂しげに笑った。

 ロレッタが、そんなレイの頭を優しく撫でる。


「はわわ~、レイくん。……きっとセナさん、今頃『レイくんたちはちゃんとご飯食べたかしら』って、事務机を叩いてますよぉ~」


「……あはは、……そうかも。……よし。……明日も、ママがびっくりするくらい、不備なしでお仕事頑張ろうね、ハル!」


「……うん。……ハル、……火の当番、……完璧にする」


 夜。メルディはセナに送るための、極秘の業務日誌を綴っていた。

 そこには、今日のトラブルの数々ではなく、たった一人の騎士が、聖域のシステムを護り抜いた記録が並んでいた。


『第五十七案件:管理責任者不在初日の運営報告。

 特記事項:初期段階で混乱が発生するも、レイくんのリーダーシップにより即座に是正。

 ……ハルくん、グーくん、ルナちゃんの連携により、業務効率は平時の九割を維持。

 ……不備、なし。

 ……セナ殿。あなたの息子さんは、もう、あなたの影を追うだけの子供ではありません。

 ……あなたは安心して、エルフの里での『外回り』に専念してください。

 ……こちらは、小さな騎士たちが、完璧に管理していますから。

 ……本日のバイタル、良好。……おやすみなさい。』


 セナのいない夜空。

 けれど、レイが握る杖の先からは、聖域を守る温かな魔力の光が、月明かりよりも強く、真っ直ぐに放たれていた。


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