第23話:森の機織り音と、招かれざる「同業者」
拠点の少し離れた場所に設営された第二シェルターから、規則正しい「トントン、カラリ」という乾いた音が森の静寂に響いていた。
以前受け入れた避難民の親子、母親のマーサが、セナの助言を受けて作り上げた簡易織機を動かしている音だ。
「……いいわね。マーサさん、この『魔除けの紋様』を織り込んだ布、手触りも最高だわ」
セナは、出来上がったばかりの布を鑑定し、満足げに頷いた。
前世の物流事務で培った「品質管理」の視点から見ても、マーサの腕は一級品だった。王子から届いた上質な糸を、彼女はこの聖域特有の「清浄な空気」の中で、見事な製品へと昇華させていた。
「セナさんのおかげです。……娘のリリも、ここで笑って過ごせるようになって。……この布で、少しでも恩返しができれば嬉しいわ」
マーサが微笑む傍らで、娘のリリがレイとハルの手伝いを受けながら、一生懸命に糸巻きを転がしている。
「リリちゃん、こっちの青い糸も巻く? 僕、上手になったんだよ!」
「ハルも。……これ、光ってて、綺麗」
レイは「お兄ちゃん」らしくリリを世話し、ハルは少年の姿で、指先から漏れる微かな魔力で糸を清めながら作業を手伝っていた。
セナはその微笑ましい「生産ライン」を眺め、管理日誌に『織物部門:順調。在庫、品質共に過去最高』と書き加えた。
だが、その平穏な午後のこと。
ハルが整備した「安全な道」の境界線から、見慣れない鐘の音が響いた。
「……セナ殿。境界線に複数の人間を確認。……武装は軽微ですが、大きな荷物を背負っています。行商人の集団と思われます」
メルディが眼鏡をクイと押し上げ、警戒を促す。セナは「おや、噂を聞きつけた『同業者』かしら」と、事務職としての折衝モードにスイッチを入れた。
境界線にいたのは、隣国の混乱を逃れ、商売の場所を探して彷徨っていた三人の男たちだった。彼らは聖域の入り口に広がる整然とした景色に圧倒され、慌てて自分たちの荷物を広げようとした。
「ここが噂の『楽園』か! これなら高く売れるぜ。……おい、お前がここの主か? いい品を持ってきてやったぞ」
リーダー格の商人がセナを見て下卑た笑みを浮かべる。だが、セナは一歩も引かず、腰に手を当てて凛と言い放った。
「そこまでよ。……当聖域では、無断での営業・露店開設は一切許可していません。……まずは『身元照会』と『入居審査』を受けていただきます」
「……はぁ? 審査だと? 俺たちは客だぞ、商売人を無下にすると……」
「メルディさん、彼らの荷物を目視で『関税チェック(危険物確認)』。ロレッタさんは彼らの体調を。……レイくん、ハルくん、私の後ろへ」
セナのテキパキとした指示に、商人は気圧されたように口を閉ざした。
メルディが鋭い観察眼で荷物を点検し、ロレッタが「はわわ~、ちょっとお疲れのようですねぇ」と癒やしの波動を送りながら、彼らの敵意を削いでいく。
セナは、彼らの持ち込んだ品の中に、聖域にはまだない「珍しい香辛料の種」や「高度な木工道具」があるのを見逃さなかった。
事務職としての「仕入れ・交渉」の嗅覚が、彼らを有益なリソースとして活用すべきだと告げている。
「……いいわ。面談を始めましょう。……あなたたちが、この聖域のルールを守り、私たちの発展に貢献できるスキルを持っているなら、暫定的な『滞在許可』と『専属契約』を検討するわ」
セナは彼らを拠点の外にある石のテーブルへ案内し、マーサが織ったばかりの「魔除けの布」を見せつけた。
「……なんだ、この布は!? 王都の高級店でもお目にかかれないような、神聖な魔力を帯びている……。これを、ここで作っているのか?」
商人の目が、欲から「驚愕」へと変わる。セナはその隙を逃さなかった。
「ええ。私たちは最高級の『製品』を持っているけれど、外の世界へ届ける『物流の足』が足りないの。……どうかしら? あなたたちが私の指示に従い、必要な物資を調達してくる『聖域専属の調達係』になるなら、この布の独占販売権の一部を認めてあげてもいいわよ」
一方的な追放ではなく、利益を提示して組織に組み込む。セナの冷徹かつ合理的な「人事・営業」交渉に、商人は完全に沈黙し、やがて深く頭を下げた。
「……参った。……あんた、ただの女じゃねえな。……わかった、その『契約』、飲ませてもらう」
レイはセナの横で、木剣を握りしめながら彼らを睨みつけていた。
「ママの作ったルール、破ったら許さないからね! ハルも、怒ると怖いんだから!」
「……うん。……ママに、嘘、ついちゃダメ」
ハルが静かに告げると、商人はドラゴンの放つ威圧感に縮み上がった。
かくして、聖域に初めての「外部出張所(仮店舗)」が構えられることになった。
セナはノートに新しい項目を追加する。
『第二十三案件:聖域ブランドの確立と、専属流通ギルドの設立。……機織りのマーサさんたちの布が、この楽園を経済的に自立させる鍵になるわね』
夕暮れ時。
マーサとリリ、そして新しく加わった商人の男たちが、セナの指示で「区画整理」された場所で談笑している。
大家族だった聖域は、今や一つの「多機能な共同体」へと膨らみ始めていた。
セナは、賑やかさを増す広場を見つめ、そっと笑みを浮かべた。
守るべき背中が増えるほど、お母さんの事務能力は磨かれていく。
「……さあ、明日は新しい種の『植え付けスケジュール』を組まなくちゃ。……忙しくなるわよ、みんな!」
魔獣の楽園は、お母さんのロジカルな愛情と、森の機織り音、そして新しい商いの活気を飲み込みながら、不滅の村へとその姿を変えつつあった。




