第18話:情報のロジスティクスと、緊急支援物資
王子ジルヴェールからの返信を運んできた伝書鳥は、その小さな翼を激しく震わせていた。
セナが受け取った書状には、これまでの落ち着いた筆致とは一変した、焦燥の跡が滲んでいた。
『国境付近の被害、甚大なり。魔獣の侵攻速度が予想を上回り、物資の輸送が完全に滞っている。特に傷薬と高栄養の食料が枯渇し、兵士たちの疲労は限界に近い。……セナ、すまない。君たちの平穏を乱したくないが、現状を伝えておく』
それは、誇り高い王子が漏らした悲鳴にも似た独白だった。
セナは書面を読み終えると、一度だけ深く息を吐き、眼鏡(前世の遺品である事務用)をクイと押し上げた。
「……メルディさん、ロレッタさん。緊急会議を始めましょう。隣国の前線で、深刻な『在庫切れ』が発生しているわ」
セナの声は、パニックを鎮めるための冷徹なプロの響きを帯びていた。
彼女は即座に鑑定スキルを広域展開し、拠点に積み上がった物資のリストを脳内で弾き出す。
「ハルくん、あなたの出番よ。……燻製肉の製造ラインをフル稼働させて。魔力を最大限に込めて、一口食べるだけで一日中戦えるような『特別仕様』を二十キロ。できるかしら?」
「キュイッ!!」
ハルくんは、セナの真剣な眼差しに応えるように力強く頷いた。少年の姿のまま、彼は竈へと走り、その掌から精密に制御された「治癒の熱」を放ち始める。
「メルディさんはハチミツ軟膏と解毒薬のパッキングを。ロレッタさんは新入居者の親子と一緒に、包帯の裁断と『使用説明書』の同梱をお願い」
「了解しました、セナ殿。……戦地の混乱を想定し、片手でも開封できる包装を提案します」
「はわわ〜、了解ですぅ! 私も心を込めて、傷が早く治るおまじないと一緒に包みますね〜!」
セナの指揮の下、聖域の五人と新入居者は、一つの巨大な「後方支援工場」へと変貌した。
セナが最もこだわったのは、ただ送るのではなく「現場で迷わせない」ことだ。
彼女は前世の物流センターで培ったアソート(詰め合わせ)技術を駆使した。
『外傷用セット』『魔力回復セット』『高栄養食セット』。
それぞれの箱に色違いのラベルを貼り、文字が読めない兵士でも色だけで中身が判別できるように徹底した。さらに、中身が減ったことが一目でわかる「在庫管理表」まで各箱に添付する。
「……セナ殿。このパッキング……異常なまでの合理性です。戦場の混乱の中では、この『迷わせない工夫』こそが、何人もの命を救うことになるでしょう」
メルディさんが、感嘆の声を漏らしながら手を動かす。
だが、最大のボトルネックは「輸送手段」だった。
森を抜け、国境の砦まで通常の馬車で運べば、どんなに急いでも三日はかかる。その間に、戦況はさらに悪化するだろう。
「……ママ。僕、いい考えがあるよ」
今まで黙々と荷運びを手伝っていたレイくんが、セナの袖を引いた。
彼の横には、いつの間にか屋根から降りてきた「もふもふ」こと、浮遊魔獣のクラウド・シープたちがぷかぷかと浮いている。
「あの子たち、軽い荷物なら運べるよ。……僕が先頭を歩いて、空の道を見せてあげる。……そしたら、山を越えて、夕方には砦に着けると思うんだ」
「レイくん……! でも、それは危ないわ。森の外は魔獣が……」
「大丈夫。ハルが、僕に『火のお守り』をくれたんだ。それに、僕もあの子たちと心を通わせる訓練をしてきたから。……ママ、僕に任せて! ママが作った大切な荷物、絶対に届けてみせる!」
レイくんの瞳には、かつての弱々しさは微塵もなかった。
お母さんとして、セナの心は千々に乱れる。けれど、事務職としての直感は「これが唯一の、そして最速の物流ルートだ」と告げていた。
「……わかったわ。レイくん。……ただし、絶対に無理はしないこと。荷物を置いたら、すぐに帰ってくる。約束よ?」
「うん、約束だよ、ママ!」
夕刻前。
聖域の広場には、軽量化されたパッキング済みの箱を背負った十数匹のクラウド・シープたちが整列していた。
その先頭に立つのは、セナが仕立てた「騎士の服」に身を包んだレイくん。
「ハルくん。……レイくんの護衛、お願いね」
「キュイッ!」
ハルくんは少年の姿のまま、レイくんの手をぎゅっと握った。ドラゴンの咆哮こそ上げないが、その瞳には「親友を、そしてママの想いを守る」という静かな覚悟が宿っていた。
「……全貨物、積載完了。……定時出発! ……レイくん、ハルくん、気をつけてね!」
セナの合図と共に、空飛ぶ「もふもふ輸送隊」が、夕陽に向かって一斉に飛び立った。
白い雲のような魔獣たちが、キラキラと魔力の粉を振り撒きながら、森の木々を越えて上昇していく。その中心で、レイくんが小さな杖を掲げて進路を指し示す。
地上に残ったセナ、メルディさん、ロレッタさんは、その背中が見えなくなるまで、祈るように見送り続けた。
それから数時間後。
国境の砦。疲れ果てた兵士たちが空を仰ぐと、そこには伝説の「守護龍」の温かな魔力を纏った、奇跡のような白い雲の群れが舞い降りてきた。
箱を開けた医療兵は、その「あまりに親切で、あまりに機能的な」支援物資の中身を見て、涙を流したという。
夜。拠点に戻ってきたレイくんとハルくんを、セナは玄関先で力いっぱい抱きしめた。
「おかえりなさい……! よく頑張ったわね、二人とも!」
「へへっ、ママ。……みんな、すっごく喜んでくれたよ。……僕、役に立てたかな?」
「ええ。……あなたたちは、この国の、そして私たちの最高の『英雄』よ」
セナは震える声でそう言い、泥だらけになった二人の顔を優しく拭ってあげた。
管理日誌の最後の一行。
『第十八案件:緊急人道支援物資の「空輸」を完遂。
輸送手段:テイマー・レイによるクラウド・シープ隊。
特記事項:配送完了率100%。……私たちはもはや、ただ守られるだけの存在ではない。
……隣国への「請求書」は、平和が戻ってから、笑顔と一緒に届けることにしましょう。』
魔獣の楽園は、お母さんのロジスティクスと子供たちの勇気によって、一国の命運を支える「希望の拠点」へと昇華した。
暗い夜の向こう側、隣国の砦に灯った希望の火を想像しながら、セナは二人の英雄を温かいベッドへと送り出したのだった。




