お狐様、月岡温泉に行く14
想像の話はともかく、分かった話に関してはちゃんと報連相出来るのがイナリである。
今回の場合は特に気にしているサリナにイナリは話をしたのだが。
「……いや、まあいいんだけど」
「うむ?」
「なんで貴方にも普通に話しかけてきてんのよ、アレ……」
「まあ、親切にしておきたいのではないかのう?」
サリナの話を聞く限り【翼ある山羊】は此処を信仰の拠点にしたいらしい。
まあ、何をもって信仰の拠点とするかはイナリには分からないが、そういうことをしようとした時にサリナを説得するのは正しいだろうし、たとえ偶然か何かであろうと自分の成果を声高に喧伝するのも正しい。
人伝にそういう話を聞かせるのも、これまた正しい。
「中々に策士のようじゃしなあ……ま、善悪の判断に関しては何とも言えぬが」
―【翼ある山羊】は善悪など意味がない、それより自分はフレンドリーで頼れる感じだとアピールしています!―
「儂にそんなこと言われてものう……」
「たぶん私にも同じメッセージ来てるわよ。ていうか善悪は大前提でしょうが」
サリナが自分の前にきているメッセージウインドウを掃っているが……まあ、それについてはイナリも概ね同意だ。
善神、悪神という基準はなんとなくで存在しているわけではなく、イナリが出会った「神のごときもの」の中にも悪神としか言えない連中は大勢いた。
たとえば【果て無き苦痛と愉悦の担い手】は明確に悪神であった。
【語られる形無きもの】や【邪悪なるトリックスター】なども同様だ。
その中で【翼ある山羊】は今のところ妙な真似は……まあ、したが邪悪と断言できるようなことはしていない。
「だいたいね、凄く悪い奴は大抵頭も口も回るのよ。アレがそういうのじゃないって断言できないもの」
「頭と口の回らん悪い奴もいると思うが」
「それは普通の悪い奴よ」
イナリが以前秋葉原で出会った悪人グループのことを思い出していると、サリナは何の迷いもなく言い切る。
なるほど、普通の悪い奴。確かにそうかもしれないとイナリは思って。
「とにかく、話は理解できたわ。アレが変なことしたから魔力的な影響が増えたみたいな感じなわけね」
「蛇口が壊れたみたいな話かのう」
「というよりは、水量が増えたみたいな感じだと思うわ。分かりやすく言えば魔力的な影響が他の土地より多めになったっていうわけね」
だから光ったのだろう。これはサリナの見立てだが、月岡温泉水の持つ魔力の飽和量を多少なりとも超えているとか、そういうことなのかもしれない。
「詳しくは本部からの人員待ちだと思うけど……」
「おお、そういえば連絡をすると言うておったのう。どうじゃったかの?」
「あー……来るらしいわよ」
「おお、良かったのう」
「まあ、良かったんだけど……あの子が来るんだって」
「月子かの?」
「てっきり研究チームとかが来ると思ったのに、予想以上の大事になりそうね……」
月子はイナリの家に出入りするとそれなりの確率でいるのでイナリはあまり実感していないが、月子が動くというのは本来は相当なことなのだ。
日本どころか世界的な魔科学の権威だ……何処かに来たという話だけでニュースになりかねない。
「なるほどのう……で、いつ来るんじゃ?」
「出来る限り早めに協会の高速ヘリで来るらしいけど、まあ……そうは言っても明日の朝か昼じゃないの? もう夜なんだし」
「うむ……お?」
イナリの覚醒フォンにメッセージが届いた旨の通知が表示されて、見てみれば……やはり相手は月子だ。
「明日の朝に着くそうじゃよ。並行して人材と機材を積んだ車もこっちに向かっとるんじゃと」
「いや、うん。あー、うん……そりゃ居ることは教えてるけど、普通に貴方にメッセージくるわね……」
「そうじゃのう。儂を蚊帳の外にせんようにと気をつかってくれとるんかのう」
ニコニコしながら返信の文章を打っているイナリだが……サリナはそうではないと何となくだが理解している。
(たぶんイナリのこと大好きだから、メッセージ送る機会があれば逃さないんでしょうねぇ……)
イナリの周囲に居るいつもの面々は、大なり小なりそういう感じだ。
まあ、嫌う理由がないから仕方ないと言えるし、傍から見てると大好きなおばあちゃんを囲む孫たちにも見えるのだが……。
(この稼業してると、こういう善意で出来てるような人に出会うのは難しいからねえ……1位の世界中跳び回って全然帰ってこないアホは問題外として、トップランカーも結構アレだし……)
イナリの家で出会う中で月子は人間嫌いで紫苑は徹底的に個人情報を秘匿してるしで、今の5位も仕事はともかく人格的にはあまり褒められたものではない。
そういう意味では、イナリが新しく5位になってくれれば自分の負担も大分減るんじゃないかとサリナは思うのだけれども。
(なんでかしらね。それでも私に仕事が集中しそうに感じるのは)
中二病を振りまく総本山と世間で呼ばれるサリナは実際には酷く常識人で。
すでに日本本部では「安心して任せられる人」扱いされているのは……本人も、なんとなく察していたのだ。





