お狐様、月岡温泉に行く12
一通り楽しんでも結局覚醒者としての強さのほうが勝って酔わなかったわけだが。
そうこうしているうちに夕食の時間である。
部屋に運ばれてきた夕食はなんとも先付や前菜からして豪華で、里芋を中心とした野菜を煮込みいくらを加えた小さな器が目を引く。
何やら色の濃い鮭のようなものもあるが……箸で摘まんでみると、どうにも固そうだ。しかし……物凄く薄い。
「ふむ? なんじゃろうな、これは」
「鮭の酒びたしね。薄切りにしてあるけど……結構しょっぱいわよ」
「おお、これは……」
確かにしょっぱい。美味しくてしょっぱくて、確かにこのくらいの大きさと薄さが丁度いいのだろう……お茶をごくりと飲めば、余韻が良い感じに口の中に残っている。
もう一つのイクラがのせられたほうは「のっぺ」なる料理をイメージしたものであるようで、これまた美味しい……のだ。
「うむ、うむ。こちらの皿はイカじゃの?」
「そうね。なんだかんだ海産物っていうのは強いわよね。高いけど」
旧時代と比べて漁業は危険な状況下での命がけの仕事になっている。
覚醒者の護衛が必要になる程なのだから、その分の値段が上乗せになっているのは仕方ないと言えるのだけれども。
そんな状況下で仕入れられたイカをそうめんのように細切りにした小鉢は醤油に軽くつけて食べれば、独特の食感と共につるりと食べてしまう。
そうしてあっというまに前菜を食べ終われば、運ばれてくるのはお造り……まあ、お刺身だ。
たとえ厳しい状況下であろうと絶対に良いものを出すのだという心意気を感じるかのような皿には、マグロやカンパチ、のどぐろといった魚が盛られている。
新鮮さも質も、色だけで理解できる良さはイナリにも「ほう!」と声をあげさせる。
これまた美味しい。マグロもたっぷりと脂がのり、中とろと呼ばれる類のものであろうことが分かる。
勿論、のどぐろも新潟の魚、白身のトロと言われるだけはある。
続けてやって来た焼き物ものどぐろであり、その後に来たステーキが、これまた柔らかく美味しいのだ。
地産地消。出す食事を全て県内のもので可能とするほどに、新潟県には様々な食材が溢れている。
新潟の中心地から少し離れた月岡温泉でもそれは同じであり、だからこそ美味に溢れているというわけだ。
勿論、それに加えて料理人の腕や創意工夫もあるからこそなのだけれども。
「贅沢というのは、こういうものなのかもしれんのう……」
「なんだかんだ、ご飯食べてるときが一番幸せそうよね」
炊き立てのおひつご飯と味噌汁。
地元の生産系覚醒者が情熱を込めて作った米はそれだけで美味しくて、イナリの表情はサリナの言う通りに今日一番の笑顔であったりする。
デザートに果物のシャーベット、そして食後のお茶を飲めば……文字通りの幸せ気分だ。
「……そういえば、ダンジョンのほうは平気なのかのう」
「私たちがどうにかする段階は過ぎてるわよ」
お茶を飲んで、サリナはほうと息を吐く。
サリナも実家なのでひいき目になってしまう部分はあるが、此処の食事は上質だと分かっているので食べ終わりは非常にリラックスした気分になれる。
その分、考え方もある程度余裕のあるものになるわけだが……実際、今のサリナたちは何かあった時の要員であって、何事もなければ必要がないわけだ。
そして今まで、そんな「何か」が起こった事例はない。
それはクリアが数日以内であることによってモンスター災害が起こる条件を満たさないというのもある。
ダンジョンは理不尽なものに見えて、明確なルールの下に存在している。
それでも念のため、と留められているのは「あくまで人類が蓄積データを元にそう判断しただけ」だからでもある。
いつ、何が起こるか分からない。「たぶん大丈夫」と判断できるまで油断しないのは、一度人類がダンジョンというものを甘く見過ぎて滅びかけた教訓だろうか?
「……何事もなければ、だけど」
「おお、知っとるぞ。ふらぐっていうんじゃろ?」
「誰から教わったのよソレ」
「エリじゃが」
「余計なことしか教えないわねアイツ」
確かにサリナも「そうかも」とは思ったけれど、なんだか本当に何か起こりそうな気がしてきてしまう。
そんな考えをサリナは振り払い、片されていく食器を見送って。
「ま、気にしても仕方ないわよね。もう1回温泉入って寝るのが一番よ」
「おお、ええ考えじゃのう! では早速行くとするかの!」
「好きよね、温泉」
「うむ、癒される気がするからのう!」
「確かに効能は魔科学的に証明されてるけども」
折角温泉地にいるのだから何度でも入っていい。
サリナもイナリもそういう考えの持ち主であり……だからこそ、ダンジョン出現による変化というものにまでは、考えが及んでいなかったのかもしれない。





