お狐様、草津温泉に行く4
「うむ、タケルは素晴らしい男じゃのう」
「え?」
「へ?」
予想外のイナリの言葉に紫苑もタケルもそんな間の抜けた声をあげてしまう。「頑張ったね」でも「大変だったね」とか「苦労したね」とかでもなく、何をどうすればそんな本当に心の底から感心したような顔で「素晴らしい」などと言えるのか。それがどうしても分からずに、タケルはそれを聞いてしまう。
「す、素晴らしいって。俺の何処が……?」
「自分に出来る範囲のことをやって、今日本で3位なのじゃろう? それは間違いなく賞賛されるべきことじゃろう」
「え? いや、それはまあ。そうかもだけど」
「お主の人生の諸々を儂が知った顔で評することなどは出来ぬ。それはやってはならんことじゃ。しかし、お主の成したことであれば評することは出来る。それはお主が積んだ成果だからじゃ」
タケルの人生ではなく、タケルのやったことに対する評価。それに似たようなことは何度も聞いたことがある。色んな語り方で、色んな人が、タケルを褒めた。そのどれも微塵も刺さらず、孤独感が増すばかりだった。なのに、どうして。どうしてこんなにもスルリと入ってくるのか。それはもしかすると、タケルの過去を踏まえた上でタケルの今しか見ていないから。そして、それが……あまりにも真っすぐだから。
「そう、お主は称えられるべき成果を誰の目にも見える形で出しておる。そうじゃろ?」
「でも、俺は草津からほとんど動けなくて」
「結果、草津は安全という評価が生まれたんじゃろ? ほれ、これもお主の成果じゃ」
「俺の、成果……いや、でも」
「たとえ他の誰が認めずとも儂が認めよう。タケル、お主は素晴らしい男じゃよ」
つう、と。タケルの頬を涙が1つ流れた。理解できた。出来てしまった。タケルは、自分の望みをようやく理解した。
(ああ、そうか。俺は過去を捨てたかったんだ。俺と、俺の過去を結び付けられるのが嫌で。でも、皆それを俺が乗り越えたみたいに言うから)
イナリは、タケルの過去と今を結びつけない。あくまで「今」だけを評価して、今のタケルを真正面から見ている。皆が自分を「元・大和タケル」として見るのに、イナリだけは自分を「土間タケル」として見ている。それが、分かってしまうのだ。だからこそ、タケルも自分の中のその望みを強く自覚できた。だから、タケルは……困ったような笑顔で、イナリを見る。
「なんだろうな。言葉なんて軽いものだって思ってたんだけどな」
「言葉は重いものじゃよ、タケル。人を縛りも解き放ちもする」
「……だな。ああ、そうだ。俺は言葉の重さを知ってたはずなのにな」
自分自身が様々な言葉の重みに苦しみ、人と会うのも億劫になっていたはずなのに。言葉による重みは痛感しても、言葉による救いは信じていなかった。けれど、まあ。それは上っ面ではないという前提こそあるのだが。
「……もしかしてボク、色々間違えた?」
「いや、気にしてない。どのみち話すべきことではあったし。おかげで救われた」
「ん……でもごめん。人のことなのに軽率だった」
「ハハッ。君も素直なんだな。ああ、その謝罪受け取るよ」
立って頭を下げる紫苑にタケルはそう笑う。実際、紫苑に対する印象はそんなに悪くない。さっきからずっと本音で喋っているのも分かるからだ。もしかするとそれもイナリの影響なのかもしれない……などということをタケルは思ってもいたが。
「ありがとう、狐神さん。なんだか心が軽くなった気がする」
「儂は何もしとらんよ。けれどまあ、助けになったなら幸いじゃ」
「ああ。本当に感謝してる。正直惚れそうだ。君が成人してたら告白してたと思う」
「儂はもがっ」
「イナリは永遠に未成年。その辺よろしく」
「これ紫苑! お主は何を言っとるんじゃ」
「アハハハハハハ! 面白いな君ら!」
イナリの口を手で塞いで変なことを言う紫苑をイナリが叱るのを見て、タケルが爆笑する。正直惚れる云々は結構本気ではあったのだが、そんなことを言える雰囲気も消し飛んでしまった。
(まあ、お断りされる未来が目に見えるようだから助かった……のか?)
此処で告白して承諾してくれるような相手には全く見えない。だからこそ全部が一連のギャグの如き流れで処理されたのは、乗っかるべきだとタケルも思っていた。
「それで……本題はダンジョンと観光の話だったよな?」
「うむ。お主ならば色々知ってるじゃろ?」
「ああ、任せてくれよ。といっても、俺の知ってる範囲にはなるけれども」
言いながら、タケルは1枚の簡易地図のようなものを2枚並べる。1つはかなり古そうで、もう1枚は新しいものであるように見えるが……。
「草津の源泉の中には、かつての時代に枯渇した小源泉もあったんだ。でも今はその全てが復活している……そして湯量は常に一定であるとされてる。ミリ単位でな」
「……だんじょんの影響、ということかの?」
「そう考えられてる。群馬第1ダンジョンの分類については?」
「一応知っておる。確か、そう……」
「「火山地帯型ダンジョン」」
そう、群馬第1ダンジョン……それは、まさにそう呼ばれるに相応しいダンジョンなのだ。





