お狐様、草津温泉に行く3
正直イナリは要塞、という二つ名からもっとゴツい山のような大男を想像していたのだが……ごく普通の、というには随分と美形だ。切れ長の細い目と、しゅっと綺麗に伸びた鼻筋。薄い唇はつややかであり、サラリとした短く黒い髪は綺麗に真ん中分けで整えられている。身長は190cm前後といったところだろうか、薄いブルーのシャツと黒のジーンズが清潔感を醸し出している。
全体的に言うと何処となくクールな印象のある青年だが、立ち姿には自信のなさも透けて見えた。
「お初にお目にかかる。狐神イナリじゃ」
「お初。鈴野紫苑」
イナリたちがそう挨拶すると、青年は微妙に視線を逸らしながら「土間タケル。よろしく」と挨拶を返してくる。なんだろう、微妙に距離を感じる挨拶である。
「あー、うむそうそう、これは土産じゃ。何がいいかも分からんかったから、浅草でせんべいを買ってきたんじゃが」
イナリが神隠しの穴から贈答用のせんべいの箱を取り出すと、タケルは「あ、どうもありがとう」と受け取る。受け取るが……会話が続かない。続かないが……ならば新しい話題を振るのがイナリである。
「実はのう、此処のだんじょんの攻略と、観光のために来たんじゃが。良ければ色々教えてもらえるかのう?」
「あ、ああ。じゃあえっと、何処か喫茶店に……いや、でも……」
「ふむ。もしや忙しいところに来てしまったかのう? それなら出直すが」
「うっ。いや、そういうわけじゃなく……」
「うむ?」
首を傾げるイナリにタケルは小さくボソッと何かを呟く。紫苑には聞こえなかったそれは、イナリにはしっかりと聞こえていて。
「別に訪問してきた女子を家にあげたとて、誰も下心がどうなどとは言わんじゃろ」
「あ、なるほど。理解」
紫苑は何かを理解したように頷くと、イナリの手を引っ張りタケルをぐいぐいと家の中に押し込んで入ろうとする。
「お邪魔します」
「え、ちょ……」
「動かない。強い」
「わ、分かった! 分かったから!」
そうして紫苑の物理的な押しによってタケルの家へと入っていったイナリたちだったが……家の中はログハウス風で暖炉も存在する、かなりお洒落な作りであった。家具も高級すぎるというわけではないだろうがセンス良く纏められており、居間は高級なホテルのラウンジのような雰囲気すらあった。まあ、同時に生活感も溢れてはいたが……恐らく来客時にも使うのであろうソファにイナリたちは座る。
「ほう、良い家じゃのう」
「ん。良い」
「あー、そう言ってもらえると……今、飲み物出すけど。ジュースよりお茶のほうがいいのかな」
「お構いなく。しかしまあ、儂は何でもええよ」
「ボクはジュースがいい」
「了解」
そうして出てきたのはコップに入ったリンゴジュースだが……美味しそうな色をしている。
「一応地元のやつ。俺は気に入ってるけど……」
「うむ。ではいただくのじゃ」
早速イナリが飲んでみると、これが中々に美味しい。生絞りジュースというやつなのだろう、東京で売っているものとは違うのだろうという感覚がある。
「うむ……美味い。草津はリンゴが名産なのかの?」
「いや、長野のやつ。ほら、近いから……」
「おお……そうかえ……」
草津と軽井沢はバスである程度簡単に行ける距離にある。だからそういったものも入荷するのだろう。間違えてイナリが照れている横で、紫苑も頷きながらジュースを飲んでいる。
「それで、先程の下心が云々というのは……誰かに何か言われでもしたかの?」
「えーと……まあ」
「思い出した。『若すぎるエース泥沼争奪戦』だ」
「うっ」
「なんじゃそれ」
「ん……言っていい?」
「いや、俺が言う」
紫苑が知っている以上は隠しても仕方ないと思ったのだろう。タケルはソファに深々と座ると、それを語りだす。
若すぎるエース泥沼争奪戦。それは10年前に起こった1人の少年の争奪戦だった。
大和タケル。そういう名前であった少年は、若干12歳にしてランキング入りして注目を集めた。当時はようやく国内の状況が安定し始めた……そんな、誰もが安全や安心というものを意識し始めていた時期だった。
だからだろうか、モンスター災害で家族を失っても健気に戦う若きエース候補は様々な人間に狙われた。自称親戚、自称支援組織……その中には色々ととんでもない手段を使い世論をも巻き込んでどうにかしようという者たちも多く、そんな中でタケルに力を貸してくれたのが当時はまだ秘書室長ではなかった覚醒者協会の青山裕也であった。
頭脳系のジョブ「スピードブレイン」であった青山はその能力、そして当時から築いていた人脈を活かしタケルの後見人の座を勝ち取った上で苗字を変えて誰もタケルを知らない草津に送り込んだのだ。
「草津って青山さんの実家があってさ。そこでしばらく世話になってた」
そうして22歳になった今では日本3位のトップランカーだ。まあ、そこに到るまでも本当に色々あったのだが……その後遺症だろうか。草津を出るのに物凄い不安を感じてしまうのだ。
「ま、そのせいで草津要塞なんて仇名もついたけど。俺はその仇名も結構好きなんだ」





