お狐様、草津温泉に行く5
そんな群馬第1ダンジョンの情報、そして各種の観光情報。そういった一通りの情報を交換すると、イナリたちはタケルの家を出る。タケルもイナリたちを迎え入れたときとは真逆の柔らかい笑顔でイナリたちを見送りに出る。
「そこの西の河原露天風呂もいいところだからさ、是非寄って行ってほしいな」
「うむ、そうしよう。ではの、タケル」
「ああ、またな。狐神さん」
「ちなみにその露天風呂というのは」
「すぐそこ」
「む? おお!」
タケルの指の示す先には確かに西の河原露天風呂の文字が見えた。その近くには群馬第1ダンジョンもあるが……ダンジョンがあるからって移転なんかしてたまるかという強い意思が感じられる。
実際、1度モンスター災害で酷いことになってから復旧しているのだから、この辺りは草津の住人の意地なのかもしれない。
さておいて階段を少し登っていけば存在している和風な造りの西の河原露天風呂は、本当に巨大な露天風呂だ。具体的には券売所兼受付と更衣室……そして残りは全て露天風呂だ。週に1日だけ……それも限られた時間のみ男風呂が混浴になることもあるが、今日はその日ではない。
だからイナリと紫苑は何の憂いもなく女風呂へと向かっていくが……これが、本当に信じられないほどに広い。
「おお、これは中々に雄大じゃのう」
「超凄い」
壁で覆われた空間の、そのほぼ全てが温泉。温泉を男湯と女湯に分ける中央の壁には扉のようなものもある。あるいは混浴の日はそこを通って男風呂に行くことが出来るのかもしれないが……まあ、今日はその日ではないし行く気もない。
そうして透明なお湯に浸かると硫黄の香りこそしないものの、しっかりとした草津らしい強さを感じる温泉であることが分かる。
「あー……良いお湯じゃのう」
「此処、西の河原露天風呂だけど源泉は西の河原源泉じゃないんだって」
「おや、そうなのかえ? では何処の湯なんじゃろうのう」
「万代鉱」
「おお、強そうな名前じゃ」
「うん」
実は草津温泉、6つの源泉がある。まずは言わずと知れた湯畑源泉。そして今イナリたちが入っている万代鉱源泉。白旗源泉に西の河原源泉、地蔵源泉に煮川源泉。どの湯も素晴らしく、そして強く。それ故に巡り湯はあまりよろしくないとも言われているが……。
「なんか、そういう難しい話は、とりあえずいいね……」
「うむ。この湯の素晴らしさの前では全てが些事じゃのう……」
雄大さすら感じる広い湯と、露天風呂だからこその風を感じながらの入浴。そしてこの素晴らしい温泉。これ程のものは探しても中々ないだろう。そう思わせる素晴らしさだ。だからこそ、ゆったりと2人は温泉を楽しんで……ほんわかした気持ちで風呂を出れば、イナリたちの視線は自然と群馬第1ダンジョンへと向けられる。
固定ダンジョンの管理方法として高く頑丈な柵や壁でしっかりと一定の範囲を覆い安全を確保するよう定められているが……此処もそうなっている。
入場する覚醒者はネットや電話で予約をするわけだが、この群馬第1ダンジョン。タケルが定期的に予約を入れている以外は、あまり予約がないダンジョンだった。
「明日の昼に予約を入れていたんじゃったかな?」
「ん、そう。11時」
何故11時かというとゆっくり寝て朝風呂をキメて朝ごはんを食べてから来る気満々だからだが、別にこのダンジョンが今すぐ攻略しなければどうにかなるというものではないのだから、その選択は非常に合理的と言えるだろう。
「じゃ、宿戻ろ。ゆっくりしたい気分」
「そうじゃのう」
そうして歩きながら、イナリは周囲を見回す。草津温泉。ただでさえ凄まじい湯量と源泉数を誇る草津の源泉の小源泉が復活し、今ある源泉も湯量が安定している。それだけを見れば素晴らしいものだ。それがダンジョンの影響であるならば、ダンジョンのもたらした恩恵とも言えるだろう。
しかし……イナリにはどうしても気になることがあった。
(異界の如きだんじょんが現実に影響をもたらす、か。それは草津だけの話なのか、それとも……)
影響をもたらすとして、何処までそれは広がっていくものなのか。そもそもダンジョンは明らかにシステムが管理しているが、何を世界にもたらそうとしているのか?
神の如きものたちへの対応を考えれば、恐らく人類にとって悪となるものではないが……だからといって無条件に信用できるものでもない。
(だんじょんを壊すのは簡単じゃ。しかしどうにも……何かしらの思惑がしすてむにはある。この草津の件もまたそれの影響と考えるに……ふむ。読み解く手掛かりになればよいが)
とはいえ、あまり期待はしていない。どうにも早急に何かをしているような気配はシステムにはない。ダンジョン、ジョブ、各種のアイテム……そしてモンスター災害。恐らくは全てが1つの目的の下にあるのだろう。それが何かはまだイナリには分からない。
分からないが……また1つ、システムの正体を知る手がかりを見つけたと言えるだろう。今は、それだけで充分だった。





