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大切な贈り物

 ち、遅刻じゃないですよ?

 まだクリスマスですし、イブに上げようとか思ってませんでしたよ?


 穏やかな昼過ぎ。

 いつもなら昼食を食べてからリビングでゆっくりとしているころ。

 一哉は台所に立って楓との約束であるケーキを作っていた。ボウルに入った卵白やベーキングパウダーなどを混ぜて作ったスポンジの生地を戸棚の奥から取り出した円形の型に流し込みながら、そっとリビングの方へと視線を向ける。

 その視線の先。

 ふんふんふーん、と楽しそうに定番のクリスマスソングを口ずさみながら、楓が部屋の飾りつけをしてくれている。楓は料理をするときのように栗色の髪を首の後ろでくくって、鼻歌に合わせて尻尾のように可愛らしく揺らしている。

 あっちこっちと忙しなく車椅子を動かして楓が飾りつけをしているのを横目に見ながら、その微笑ましさに一哉はふっと頬を緩める。

 スポンジの生地をすべて型に流し込み、オーブンへと出来たばかりの生地を入れる。

 生地を焼く温度を調節してからスタートと書かれたボタンを押して、正常に動いていることを見届ける。


「……上手く焼けてくれよ」


 と、一哉は願うように呟きをこぼしながら、心配そうにオーブンを見つめる。

 けれど、いつまでもそうしているわけにもいかず、一哉は視線を外すと次の作業に取り掛かることにした。形のいい苺をケーキの上に乗せるものとして避けておいて、残りはすべてスポンジの間に挟むために薄く切っていき、それを一つのお皿にまとめて冷蔵庫へと入れておく。

 市販の生クリームに大量の砂糖を入れて、かしゃかしゃと泡立て器でひたすらに混ぜる。ハンドミキサーがあったらな、とないものねだりをしたくなる。けれど、買ったとしても使うのは年に数回あるかないかなので、結論としていらないものとなるのだが。


「かずくん、こっちは終わったよー」


 一哉が無心に生クリームを混ぜていると、飾りつけが終わったと楓が台所に戻ってくる。

 お疲れ、と楓に声を掛けると、ありがと、と声が返ってくる。そして楓は一哉が生クリームを作っているのに気がつくと、うれしそうに目を輝かせた。


「それってもしかして、生クリーム?」

「ああ。味見するか?」

「もちろんっ」


 と、楓は無邪気な笑みを浮かべる。

 そんな子どものような楓に頬を緩めながら、一哉は少しだけ生クリームをスプーンですくうと楓の口元へと寄せる。ん、と一哉が手ずから食べさせてくれることに楓はうれしそうに頬を緩めると、ぱくりとスプーンをくわえた。


「ん、ばっちりだよ」


 楓は口もとを隠すように手を当てながら、微笑みを浮かべて頷いてくれる。

 どうやら甘党の楓にも気に入ってもらえる甘さだったらしい。楓の舌に合わせてちょっと甘めに作っている甲斐があるというものである。念のため、と一哉も生クリームをスプーンですくって口にする。

 その甘さに一哉は満足そうに一つ頷いてから、これも冷やすために冷蔵庫へと入れる。

 楓は一哉がスプーンをくわえたあたりから頬を染めていたけれど、可愛すぎるだろ、と一哉は内心悶えながら気づかない振りをする。

 ふぅ、とひと段落したことに息を吐きながら、「さて、どうするかな」と呟きをこぼす。

 ここまでの作業を終えると、一哉の作っているケーキはシンプルなものなので、オーブンで焼いているスポンジが焼きあがらないことにはやることが無くなるのだ。


「なぁ、手伝うことってあるか?」


 一哉は横で料理を作っている楓に声を掛ける。

 すると楓は動かしていた手を止めて、んー、と考えるように首をかしげる。


「んっと、それならそこの野菜を切ってもらえる?」

「あいよ」


 楓の指示に従って袋に入ったままだった野菜を取り出して、ざっと水洗いをする。

 ジャガイモやニンジンは適当な大きさに、トマトは薄く、玉ねぎは刻んで――と、楓が細かく指示を出してくれるので、料理に合ったものを迷わずに野菜を切っていく。切った野菜たちはそのまま流れるように楓がシチューやグラタンの材料として使っていく。

 魔法のように早変わりする野菜たちを見送るような楓の手伝いをしていると、オーブンから焼きあがったことを告げるベルに似た音がする。


「さてさて、どうなっていることやら」

「美味しくできてるといいね」


 と、微笑んでくれる楓の声を聞きながら、一哉は厚手の手袋をしてオーブンを開ける。

 オーブンの中からほのかに甘いスポンジの匂いがして、成功かな、と自然と頬が緩んでしまう。取り出してみるとしっかりと生地は膨らみ、やわらかそうに出来ている。串を刺して生焼けでないことを確認して、一哉は満足の出来に笑みをこぼした。

 スポンジが焼きあがればあとは簡単である。

 焼きあがったスポンジに横から包丁を入れて四枚に切り分けて、切った面へと冷蔵庫で冷やしていた生クリームを伸ばしてから薄く切った苺を並べる。均等に苺が並ぶように注意しながら苺を並べると、そこに切ったスポンジを重ねて同じ作業を繰り返していく。

 そうして四層のケーキが出来上がったら、それを覆い隠すように全体へ生クリームを塗って真っ白なホールケーキの完成である。

 雪原のように真っ白なケーキの上に避けておいた苺たちを円になるようにして並べて、その苺の間に絞り器で生クリームを乗せるだけで、美味しそうに見えるのだから不思議である。

 最後にチョコで作った『メリー・クリスマス』と書かれた板と、小さなツリーを中心に載せて、クリスマスケーキの完成である。

 それほど派手なものではないけれど、とても美味しそうなものになった。

 ふぅ、と一哉は額の汗を拭いながら、ケーキに苺を並べ始めたころからずっと静かな隣へと視線を向けると、楓がきらきらと目を輝かせていた。楓の視線の先にあるのはもちろんケーキであり、子どものような反応に一哉は苦笑をこぼす。


「こんなんでどうだ?」


 楓に声を掛けると、瞳を輝かせたままこちらを見つめてくる。


「とても、とっても美味しそうっ」


 と、楓は満面の笑みを浮かべながら、今にも飛び跳ねそうな様子で言ってくれる。

 そんな想像よりも数倍は過剰な反応に一哉は思わずたじろいでしまう。


「そ、そんなにか?」

「うんっ。かずくんが作ってくれたものだから、美味しくないわけがないよ」


 うれしそうに頬が緩むのをそのままに、楓は微笑みながらそんなことを言ってくれる。

 それがうれしくて、笑みがこぼれる。

 一哉ははしゃいでいる楓を見つめながら、こんなに喜んでくれるならたまには料理をするかな、と心の中で呟きをこぼした。そのまま楓を見つめていてもよかったけれど、そうすると日が暮れそうなのでケーキのお皿を楓の前から取り上げて、冷蔵庫にしまう。


「んじゃ、こっちも終わらせようか」


 楓から非難するような目が向けられるけれど、お楽しみだよ、とさらりと受け流して、一哉は楓の頭を撫でる。

 それに膨らませていた頬を緩めて、うれしそうにしてくれるのだから猫のようである。


「……手伝って、くれる?」

「もちろん」


 そう答えると楓はうれしそうに表情をほころばせてくれる。

 そうして二人、肩を寄せあうようにして料理の仕上げに取り掛かるのだった。




* * *




「……おぉ」


 食卓に並んだ豪華な料理の数々に、思わずそんな呟きがこぼれる。

 そこにはローストチキンやツリーのような盛り付けのサラダ、トマトベースにたくさんの具材の乗ったピザ。美味しそうな匂いのするシチューの横にはフランスパンが添えられ、グラタンや唐揚げなどもある。

 クリスマスっぽいものからそうでないものまで、所狭しと並べられている。

 一哉はいつものようにこたつの方へと楓を座らせてあげてからその対面に座って、感嘆の声をこぼしているのである。

 楓は一哉の反応にうれしそうに笑みをこぼすと、すっと栗色の瞳を揺らす。


「かずくん、召し上がれ」


 と、楓は料理を差し出すように両手を広げながら優しい笑みを浮かべてくれる。

 一哉はその笑みにノックアウトされそうになるけれど、理性を総動員して意識を保つ。そんな一哉を楓は呆れたように苦笑しながら見つめていた。

 いただきます、と手を合わせてから手始めに近くにあったローストチキンにかぶりつく。

 口の中に広がる肉の旨みに表情をほころばせ、こんなにも美味しいものを作ってくれる最愛の嫁への感謝の念が湧きあがる。抱きしめたい衝動に駆られるも食事中であるために自制した。

 そうしてピザ、グラタンと口にしてから、大本命のシチューへと手を伸ばす。

 まず、とろりとしたスープをすくって一口。野菜の旨みを詰め込んだような濃厚な甘さに、一口、もう一口とスプーンを動かす手が止まらなくなる。口に入れるとほどけるほどに煮込まれた野菜たちがそのスープの甘さを際立たせ、絶妙なバランスを保っている。

 添えられているフランスパンをスープにひたして食べると、パンの味と混ざりこれまた頬がほころぶような美味しさになる。


「どう、かな?」


 照れくさそうにはにかみながら、楓はいつものように訊いてくる。

 それに一哉は肩を困ったようにすくめると、決まっているというように頬を緩める。


「美味しいよ」

「ん、ありがと」


 楓はうれしそうに笑みをこぼすと、両手で持ったパンの端をちょっとだけくわえる。

 それが可愛らしくてついつい頬を緩めながら、一哉は視線を動かして部屋を見渡すと、壁などには楓ががんばってくれた飾りつけ。赤や白など色とりどりのモールに星や雪の形をした飾りが吊るされたり、ベルの付いたリースがあったりと、派手ではないけれどきれいだと思わせられるものばかり。

 そんな飾りたちを見ていると、クリスマスなのだと実感させられる。


「クリスマスが終わったら、すぐ年末か」

「そうだね」


 と、楓はどこか懐かしむように、両手で包んだコップを見つめる。

 その表情はとても優しいもので楽しかったことを思い出しているのかもしれない。


「あとは、大掃除を……いや、やらなくても大丈夫そうだな」


 部屋を見渡して大掃除をする必要がないことに苦笑する。

 いつも楓がきれいにしてくれているおかげで、片づける場所がないのである。


「掃除はばっちりだよ」

「みたいだな。そしたら、俺は仕事を終わらせたら気負いなく新年を迎えられるわけか」

「ふふ、がんばってね。できたらご褒美に何か美味しいものを作るから」


 穏やかな笑みを浮かべながら、楓はそんなうれしいことを言ってくれる。

 大切な人からの声援とご褒美がもらえる。これ以上にうれしいことはないだろうと思わずにはいられない。頬が緩んでしまうのもしょうがないことだろう。


「んじゃ、がんばらないとな」

「うん。待ってるね」


 そんな他愛もないことを話しながら、穏やかなひとときはゆっくりと過ぎていく。

 いつものようで、ちょっと特別なひととき。

 けれど、それはいつものように幸せなものだった。


「そろそろ、ケーキを出すかな」


 そうして豪華な料理も大半が二人のお腹に収まったころ、ふと一哉が呟きをこぼす。

 待ってましたっ、と言わんばかりに楓は表情を明るくして、ぽん、と可愛らしく手のひらを合わせる。とてもうれしそうにはしゃいでくれるのに頬を緩めながら、落ち着かせるように楓の頭を撫でる。


「ちょっと待ってな」


 と、笑みを浮かべて、一哉は空になったお皿を持って台所へと向かう。

 食器を流しで水に浸してから、冷蔵庫にしまっていたケーキを取り出す。形が崩れていないことを確認すると、待ちわびているであろう楓のもとへとケーキを運ぶ。

 こたつの中央にケーキを置くと、さっきも見たはずなのに楓が歓声を上げる。

 一哉はそんな楓に微笑ましいものを感じながら、一緒に持ってきた包丁でケーキを切り分けることにする。苺は均等に配置したつもりではあるけれど、実際に切ってみると偏っているところがある。


「さて、どこがいい?」

「選んでいいのっ?」

「ああ」


 どうせ偏っているなら、好きなところを選んでもらえばいい。

 一哉はそれほど欲張る性格でもないので、欲しいというのなら簡単に渡してしまう人である。

 どうしようかな、と楓が悩んでいるのをぼんやりと見つめながら、一哉は幸せなひとときに頬を緩める。

 楓が「これかな」と指したものをお皿に盛り付けて、おまけに『メリー・クリスマス』と書かれたチョコの板を添える。フォークとともに楓の前に差し出すと、ありがと、とうれしそうに表情をほころばせてくれる。


「かずくんっ、食べてもいい?」

「いいよ」


 待ちきれないと訊いてくる楓に頷きを返す。


「ん、いただきますっ」


 と、声を弾ませる楓は子どものようで。

 フォークでちょっとだけ切ったケーキを口にして、美味しそうに表情をとろけさせているのがまた可愛らしい。ちょっとずつケーキを口にしては幸せそうにしている楓を見つめているだけで、満たされたような気持ちになるのだから不思議である。


「どうだ?」


 声を掛けると、楓はほんわりとした笑みを向けてくる。


「とっても美味しいよ。美味しすぎて幸せ」

「それなら、よかった」


 とろけた表情で微笑んでくる楓に、作った甲斐があったと安堵する。

 そうして笑みを交わしながら、二人でケーキを食べる。

 そのケーキの味は楓の作ってくれたものよりもちょっぴり甘めで、でも美味しいと素直に言えるものだった。きっと、楓の作ってくれたケーキの方が美味しいと感じるのは、楓が自分のために作ってくれた特別なものなのだからだと、そんなことを思ったりした。

 楓の幸せそうな表情を見ていると、どうやらこのケーキは楓の特別になれたらしい。

 しばらくそうして穏やかなひとときを過ごしていると、楓が食べ終わったのかフォークを置いて笑みをこぼす。


「ごちそうさま。美味しかったよ?」

「おう、ありがとうな」

「さてさて、本命のケーキも食べ終わったことだし、お楽しみのプレゼントタイムだよ」


 楓はそう言うと、何やらごそごそと後ろに隠していた白い袋に手を入れる。

 そうして取り出したのは赤い帽子。円錐のような形のそれは頂点に白いふわふわの玉がついているもの、要するにサンタの帽子――を、楓はかぶると咳払いを一つ。


「ふっふっふ、今日の私はサンタさんです」


 と、どうやらサンタになってくれるらしい。


「楓サンタさんは、何をくれるんだ?」

「よく訊いてくれましたっ、私からのプレゼントは……」


 がさごそ。

 手もとの袋の中に手を入れる。


「あれ? ちょ、ちょっと待ってね?」


 プレゼントが出てこないことに慌て始める楓サンタ。

 楓らしいな、とさも当然のように思ってしまったことに苦笑する。しばらく慌てる楓を見つめていると、はっと何かに気づいた様子で横に置いてあるもう一つの袋を手にして、恥ずかしそうに頬を染める。


「あ、あらためて。私からのプレゼントはこれです」


 と、照れたように微笑みながら楓はプレゼントを差し出してくる。

 それは温かそうな紺色のマフラー。紺色のところに白い雪があしらわれていて、とても温かそうで普段から使えるように考えてくれたことが伝わってくる。

 そっと大切そうにそのマフラーを受け取ると、触り心地もいいことがわかる。


「いつも寒そうにしてるから温かく、ね」

「ああ、ありがとう」

「どういたしまして。ちなみに、私の手編みだよ?」


 わからなかったかな、と悪戯な笑みを浮かべてくる。

 一哉は思わず手元のマフラーを見つめながら、手編みとは思えないほどきれいな編み目は既製品だと言われても信じられるほど。楓が言ってくれなかったら、手編みだとは思わなかったかもしれない。


「どうやったら、こんなにきれいなのが作れるんだ?」

「ふふ、実は去年のプレゼントは手編みのマフラーにしようと思ったんだよ? けど、あんまり上手くいかなくて。今年こそ、ってがんばって練習したんだ」

「……本当に、ありがとうな。大切にする」

「ん、そうしてくれるとうれしいな」


 うれしそうにはにかみながら、楓は微笑んでくれる。

 そんな楓を愛おしく感じながら、一哉も小さな袋の中から可愛らしいラッピングに包まれた手のひらサイズの箱を取り出す。


「それじゃ、俺からはこれだよ」


 と、楓の手のひらにプレゼントの箱を乗せる。

 目で開けていいかと訊いてくるので、頷きを返す。

 ゆっくりと丁寧にほどかれていくラッピングのリボンを見つめながら、喜んでくれるかな、と心配になってくる。けれど、渡してしまったのだからもうどうしようもない。

 一拍。


「わぁ、きれい」


 箱を開けて中身を覗き込んで、楓は目を輝かせてくれた。

 そっと楓は箱の中からそれを取り出すと、手のひらの上に乗せて見つめる。

 楓の手のひらには、透き通る氷のような花の髪留め。ほんのりと青に色づいており、氷の花を思わせる美しさを魅せ、光を反射して輝きを放つ。


「かずくん」

「ん、なんだ?」

「ありがと。こんなに素敵なプレゼントを、ありがとう」


 そっと髪留めを胸に抱くようにして、楓は美しい花が咲くような笑顔を浮かべてくれる。

 それはとても美しくて、可愛らしくて。

 何よりも大切な、プレゼントだと心から感じられるものだった。


 さて、皆さんはクリスマスをどうお過ごしでしょうか?

 家族と、友人と、恋人と。特別な日を誰かと一緒にいる。それはきっと、幸せなことです。ですから、もし一人でいるのなら、誰かと過ごしてみてはいかがでしょう?

 メリークリスマス、あなたのもとへも幸せがありますように。

 

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