聖夜の前に
なんだかんだと、結構日が経っちゃいましたね……。
今回はクリスマスを控えた二人のお話です。
「到着っ」
楓は栗色の髪を揺らして、弾んだ声とともにうれしそうな笑顔を咲かせる。
はしゃいでいる楓のことをバスから車椅子を降ろすのを手伝ってくれた老年の運転手とともに見つめながらそっと一哉は頬を緩め、その横では運転手が孫を見るような穏やかな目を向けている。
かずくんっ、と楓ははしゃいだままうれしそうな笑顔で振り返って、二人に見つめられていることに気づいて頬を染める。
「す、すみません。はしゃいじゃって」
「いえ、こうしてお客様がうれしそうにしてくださるのは、私としてもうれしいですから」
楓が慌てて運転手へと謝罪をすると、目尻に皺を刻みながらゆっくりと首を横に振って穏やかな笑みを浮かべてくれる。
それに楓はほっと安堵した表情を覗かせると、横で笑いを堪えていた一哉へと頬を膨らませながら恨みがましい視線を向ける。それから、笑ってないで止めてよ、という非難の声が感じられたけれど、楓が楽しそうにはしゃいでいるところを邪魔するのもよくないかな、と思ってしまったのだからどうしようもないと肩をすくめてみせる。
二人がそんなやり取りをしている間にも、運転手の男性は微笑ましそうに穏やかな目を向けてくる。
「仲睦まじいですな」
「そ、そう見えますか?」
ちょっとうれしそうに表情をほころばせながら、楓は栗色の髪をいじる。
そんな楓に目尻の皺を深くしながら、鷹揚に頷きを返してくれる。
「ええ、こんな職をやっていると様々な人たちを見るのですが、お二人のように心から信頼なさっている方は久しく見ておりませんな」
「ふふ、ありがとうございます」
と、楓はくすぐったそうに笑みを浮かべる。
それに運転手は眩しそうに目を細めると、そっと懐かしむように微笑みをこぼす。
「では、私はそろそろ」
ちらりと右手の腕時計を見ると、彼はそう言って会釈をしてくる。
その動作一つとっても洗練されたものがあり、一哉たちもぎこちなくだが会釈を返す。
「手伝っていただいて、ありがとうございました」
「あ、あの、がんばってください」
二人が見送るように頭を下げると、一瞬だけ驚いたような表情を見せたけれど、
「ええ、お二人も楽しんで」
と、すぐにうれしそうに微笑んでくれた。
バスが去って行くのを見送っていると、楓がちょいちょいと服の裾を引っ張ってくる。
「なんだか、とっても紳士なお爺さんだったね」
「だな。あの人とはすごく気が合いそうな気がする」
主に趣味とかで、と一哉は補足するように呟きをこぼす。
「かずくん、趣味とかおじいちゃんみたいだからね」
「否定はしない」
趣味などが若干、歳より臭かったりすることは一哉も自覚しているところである。
どこか不貞腐れたようにそっぽを向いた一哉に、こういうところは子どもっぽいよね、と楓はふっと頬を緩めるけど、一哉がそれに気づくことはない。
一哉のあまり表に出さない一面を心にしまうように胸に手を当てると、楓は幸せそうに微笑みをこぼした。
「かずくん、そろそろ行こ?」
いつまでもここにいてもしょうがないよ、と楓が掴んだ裾を引いてくる。
それに頷きながら、一哉は周囲へと視線をめぐらせる。
二人がいるのはバスが二、三台ほど止まったらいっぱいなりそうなバスのロータリー。そこから伸びている道にはきらきらと輝くイルミネーションに彩られた木造りのお店などが、おでんやおしるこ、豚汁など冬定番の温まりそうな料理を売っている。
そちらへと人が流れていることから、目的の場所はこの先らしいと当たりをつける。
「このまま真っ直ぐに行けばいいんだよな?」
念のため、と楓に声を掛けると、心配しすぎだよ、と呆れたような笑みを浮かべられてしまう。
「うん。このまま真っ直ぐだって」
「了解っと」
一哉はそう返事をしながら車椅子の後ろへと回ると、持ち手を握って押し始める。
それなりの賑わいを見せているお店の間を人にぶつからないように進みながら、漂ってくる美味しそうな匂いにつられそうになる。
そうしていると、楓が振り返って栗色の瞳をこちらに向けてくる。
「まだクリスマス前なのに、思ったよりも人いるね」
「ああ。当日はもっと混むだろうし、そんな日に来なくてよかったと思うな」
「人混みだと、私が通れないもんね」
楓が寂しげに呟きをこぼすと、そうじゃなくてな、と一哉は肩をすくめる。
「どうしても人がたくさんいるところは好きになれないんだよ」
「そうかな。私は好きだよ? 人がいっぱいいるところ」
「何がいいんだ?」
訊いてみると、んー、と楓は髪を揺らして可愛らしく首をかしげる。
「賑やかなところ、かな。たくさんの人が集まって楽しそうに笑ってる。そんな幸せそうな人たちを見るのが好きなのかも。……なんだか、楽しさをもらっているみたいに、見ていると私も楽しくなるの」
そっと、その瞳に羨望のような感情と楽しそうに笑っている人たちを映しながら、楓は穏やかに表情をほころばせる。
あまり見ることのないその表情はとても大人びていて、思わず見入ってしまう。
「かずくんもないかな? 誰かを見てるとうれしくなったり、幸せになったりすること」
「……それなら、わからなくもないな」
いつも、楓を見て想っていることだから。
と、心の中でそんな呟きをこぼしながら、一哉も行き交う人たちへと視線を向ける。
そこには、色々な人がいた。
若い女の子たちが楽しそうに歓談していたり、小さな子どもが駆け回っていたり。若いカップルが身を寄せ合いながら歩いていたり、老夫婦が穏やかに微笑んでいたり。
その大半が関係を問わずに楽しそうにしていて、自分たちもその一部になれているだろうか、とそんなことを柄にもなく思ったりした。
「なぁ、楓」
「ん?」
「たまには、こういうのもいいな」
ふっと一哉は穏やかな笑みを浮かべながらそんな呟きをこぼす。
その呟きに楓はうれしそうに頬を緩めると、そうだね、と一哉に優しい瞳を向けて返事をする。その表情がとてもきれいで、思わず見惚れてしまう。どうしたの? と首をかしげてくるので慌てて視線を逸らして、一哉は止めていた足を動かす。
どこか急ぐように通り過ぎる人たちの流れに乗るように、ゆったりと車椅子を進める。
そうしていると、進む先に目的のものが見えてきて、楓が歓声を上げた。
「かずくんっ、きれいだよ」
はしゃぎながら楓がその白い指で指した先には、美しい輝きを放つイルミネーション。
道の横にあるものすべてと言わんばかりに木々や柵に巻きつけられた電飾が光を放ち、そこは美しい輝きに包まれている。
木々はその幹を色とりどりの輝きに染め、淡い青色の輝きは水のように流れ落ち、そこへ天の川のように星々が輝きを添える。そこには星のように瞬くものや輝き続けるもの、流れるように輝きを変えるものと様々である。
近づいて行くとその輝きは増して、光の中にいるような感覚に襲われる。
「すごいな」
「うん、想像以上だね」
もっと寂しげなものをイメージしていたものだから、これには驚かされる。
どうやら楓も似たような感想を抱いているのかうれしそうに目を輝かせながら、イルミネーションの輝きを見つめている。
「向こうに行ってもらっていいかなっ?」
子どものようにはしゃぎながら、楓はイルミネーションの一角を指す。
そんな楽しそうな楓に頬を緩めながら、一哉は楓の指している方へと車椅子を動かしていく。
楓の視線の先にはきらきらと輝いている動物たち。
真っ白な兎はピンと立った耳と丸い尻尾、瞳の部分はきれいな赤色をしてちょこんと座っている。その横には緑色の甲羅から白い手足を伸ばした亀が、ちょっとだけ出した首の先から黒い瞳で見つめてくる。他にも犬や猫、リスやペンギンなどが可愛らしく座っていて、楓がはしゃいでいるのもわかるような気がする。
横目に楓の表情をうかがえば、目をきらきらと輝かせて動物たちを見つめていた。
可愛いものが好きだよな、と一哉は微笑ましく思いながら、うれしそうな楓の横顔を見つめることにした。一哉もこういったものは好きではあるが、それを見て楽しそうにしている楓を見ているほうが好きだったりする。
「可愛いな」
と、一哉がこぼした呟きに、ん、と楓は微笑みを返してくる。
「私はあの奥にいる犬がいいな。すっとしていてかずくんみたい」
「なら俺はその隣の猫だな。ゆったりしてるのが楓っぽい」
それぞれが好きな動物を指しながら、互いに似ていると口にする。
それに二人は顔を合わせて、おかしそうに笑みをこぼした。二人はイルミネーションを見ながら、そんな他愛もないことを口にする。けれど、二人はとても楽しそうで、周りを見渡してもそこにいる誰よりも幸せそうだった。
「そういや、クリスマスと言えば今年はどうしようか?」
「え? あ、そっか。まだ何も決めてなかったね」
忘れていたようにはっとする楓に、一哉は苦笑する。
一番クリスマスを楽しみにしているくせに、こういうところが抜けてるんだよな、と。
楓は頬に指を当てながら、んー、と悩むような仕草をする。
「いつもみたいにお家で何かを作って食べるのもいいし、たまには外食もいいかもね」
「それなら、俺は家の方がいいな」
特に迷うこともなく口にする一哉に、楓はきょとんとして首をかしげる。
「……どうして?」
「そりゃ、楓の作ったもののほうが美味しいからな」
さも当然のことのようにその黒い瞳をイルミネーションに向けながら一哉は答える。
そんな一哉に楓は呆気に取られたような表情をすると、すぐにうれしさに表情をほころばせた。
「それなら、美味しいものを作らないとね」
「手伝うことあったら何でも言ってくれな? 楓の手料理のためなら何でもするから」
「ふふ、大げさだよ」
そう言いつつも、まんざらでもないようにうれしそうな声音で答える。
その頬はうれしさのあまり緩みっぱなしである。
「そうしたら、他はどうしよっか?」
「いつも通りもいいけど、たまには違うこともしたいよな。クリスマスと言ったら?」
車椅子を押しながら、一哉はそんな質問を投げかける。
「んっと、サンタさん」
「楓らしいな。んじゃ、プレゼント」
「今年は何がもらえるのかな? ね、サンタさん」
と、楓は悪戯好きな子どものように可愛らしく微笑んでくる。
それに一哉は苦笑を返しながら、どうしようかな、と困ったように頬を掻いた。いくつかの候補はあるものの、どれにしようかで悩むのだ。何をプレゼントしても喜んではくれる気がするけれど、どうせなら心から喜んでもらいたくて、まだ決めきれていない。
一哉がギリギリまで悩むことを知っているからこそ、楓もこんないじわるをしてくる。
「楽しみにしてるね。そしたら、雪」
「……がっかりはさせないようにする。雪はここ数年は降ってないよな。飾りつけ」
「んー、去年はちょっと寂しかったから、もっと豪華にしたいな。お星さまとか雪の結晶とかをたくさんつけるの。やっぱりクリスマスと言ったらあれかな?」
「まぁ、毎年恒例になってるもんな」
連想ゲームのように続けていると、
「「――ケーキ」」
と、二人の意見が一致する。
それに思っているものが同じということがうれしくて、二人は笑みを浮かべた。
「今年はどんなケーキがいいかな」
「シンプルにショートケーキでいいんじゃないか? 去年は楓に作ってもらったし、ショートケーキなら俺が作るのもいいかもな」
「え?」
なんとはなしに一哉のこぼした呟きに、楓が驚いたような表情をする。
「ん? どうした?」
「え、えっと。いいの?」
「ああ、たまにはいいだろ。普段は任せてるけど、楓は俺の料理がの方が好きなんだろ? なら、ご褒美ってことで」
いつもは楓に料理を作ってもらっている一哉だけれど、料理は上手かったりする。
それでも楓には劣ると本人は感じているであまり料理はしないのだが、楓からしたら一哉の料理の方が美味しいらしい。一哉には楓の料理の方が美味しいとしか思えないのだが、一哉が作ることに意味があるらしい。
「ふふ、クリスマスが待ち遠しくなったよ」
「そんなに期待されても困るんだがな」
うれしそうに両手を合わせて喜ぶ楓を見つめながら、一哉は困ったように肩をすくめる。
それでも、まぁいいか、と思ってしまえる辺り、一哉は楓に甘々である。
ふっと息を吐くと白く染まるのを見つめながら、そんな事実に一哉は苦笑をこぼした。
「あとは、ツリーがあれば文句なしだな」
「だから、それを見るためにここにいるんだよ」
「だな」
二人はそうして笑みを交わす。
そろそろ本命かな、と一哉が思い始めていると視線の先でトンネルのようにして輝いているイルミネーションが目についた。そこには白や赤、青や黄色、様々な色に輝いているアーチに、星やハートの形のものが存在を主張していて可愛らしい。
車椅子を押しながら、その光のトンネルの中へと足を踏み入れる。
一瞬、光に包まれたような感覚とともに視界がぱっと明るくなった。
トンネルの中に入ると色とりどりの輝きに迎え入れられるように、幻想的な光に包まれる。楓もその輝きに見惚れるようにときおりこぼす吐息だけが明瞭に聞こえた。
そんなトンネルは想像よりも短く、すぐに終わりが見えてくる。
その先は真っ暗で、一見すると何もないように見えた。
けれど、先を歩く人たちはトンネルの出口で立ち止っては歓声を上げている。ゆっくりと近づいてくるトンネルの終わり。そこを出ると――それはあった。
暗闇の中心。
そこへ荘厳に聳え立つ大きな樹。
無数に散りばめられた光たち。それらが夜空に瞬く星々のように美しい輝きを放つ。その樹の頂点にはひときわ大きな星が煌き、天を突くような大樹の威容と美しさ映えさせている。
「――……きれい」
楓のこぼした感嘆の声は、どこか美しく響いた。
これまでのイルミネーションの輝きが霞んでしまうほどに、そのツリーの美しさは群を抜いていた。すべてはこのツリーの美しさを引き立てるための余興でしかないかのようにすら感じてしまう。
その樹は一哉たちの立っている場所よりも、低くなっているところにある。
だからトンネルをくぐっている最中では見えず、トンネルを抜けて初めてその輝きを魅せる。そんな粋な演出をされては、感動しないはずもない。その本命が美しいのなら、なおさら。
楓の歓声に頬を緩めながら、感動の邪魔をしないように一哉はそっと歩き出す。
正面の階段を避けて遠回りはなるものの、ゆったりとしたスロープを使って、ツリーのある広場まで降りることにする。
近づくことでその樹の威容さに圧倒されながら、ツリーから十メートルほど離れたところで車椅子を停めて、大きなクリスマスツリーを見上げる。
根の高さから見上げると、さらにその大きさを実感することができた。
遠くからでは輝きとしてしかわからなかったものは近くで見るとベルやリボンの形をしていることがわかり、頂点で輝いている星は一つではなく大きな星に寄り添うように小さな星が瞬いていることがわかる。
「きれい」
「ああ」
二人の口からこぼれる言葉は、とても短い。
けれど、それ以上の言葉が見つからないのである。それほどにまで美しいと感じた。
「かずくん」
と、ささやくように楓の口からこぼれる。
一哉がそっと視線を向けると、楓はどこか遠くを見つめるように栗色の瞳を細めていた。ツリーの輝きを映して煌く、その瞳と髪に目を奪われる。きれいだと、心の底から思わずにはいられない。
「こうしてかずくんと一緒に過ごすの、とっても好きだよ?」
そっと、楓は優しい色の瞳を向けてくる。
それはとても穏やかで、大切なものを見つめるようなもの。
「ゆっくりするときの穏やかなひとときも、二人でご飯を食べるときのささやかな幸せも、こうして一緒に出かけるときの楽しさも。かずくんがいなかったら、きっと歩けなくなった私は何一つ知らなかった。けど、かずくんがいてくれたからこうして幸せでいられる」
白い息が肩口を流れていく。
それに栗色の長髪と白い肌、藍色のマフラーという冬の装いが映えている。
「本当はありがとう、とか言いたいことはたくさんあるけど、今日はこれだけにするね」
と、大切なものを包むように、きゅっと胸の前で手を重ねた。
「好き、だよ」
ふわりと、とても幸せそうな笑顔を咲かせながら。
楓は気持ちを伝えてくる。
「……ああ、俺もだよ」
「そこは『好きだよ』って言ってよ」
と、楓は頬を膨らませながら、じぃっと恨みがましい視線を向けてくる。
それに一哉はたじろぎつつ、恥ずかしいからあまり口にしたくないのだが、と誰に聞かれるわけでもないのに心の中で口にする。
けど、大切な人からのわがままである。
答えてあげたいと、そう思う面もあるのだ。
「あー、なんだ、その」
改めて言葉にしようとすると、言葉にできなくてもどかしい。
初めて好きだと告げたときも、こんなだったな、と思い出して苦笑したくなる。
「俺も……楓のことが好きだよ」
「ん、ありがと」
と、楓は花が咲くように表情をほころばせてくれた。
どうだったでしょうか?
もっと色々と詰め込みたかったのですが、タイムアウトでそのまま投稿しました。またいつか時間のある時にのんびり更新していこうと思うのでご期待ください。
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