EP 9
ステータス暴走の自滅と、実戦MMAによる完全粉砕
「黙れぇぇぇッ! 黙れ黙れ黙れぇぇぇぇッッ!!」
課金勇者ゼロスの絶叫が、荒野の空気をビリビリと引き裂いた。
膝をつかされた砂利を両手で叩き割り、その双眸は血走り、瞳孔は限界まで開ききっている。
耳元の魔導インカムからは、天界のオフィスで爪を噛みながら発狂する炎上神ワイズの金切り声が、ノイズ混じりに怒号となって響き続けていた。
『ゼロスッ! 何をしているのですか! 同接が三千万人を突破したのですよ!? 全宇宙が見ている前で、あんな土木作業員の説教に聞き入ってどうするのです! 神素リミッターを完全解除しなさい! 出力百パーセント解放ですッ!!』
「うおおおおおおおおッッッッ!!!!」
ゼロスは天を仰ぎ、狂乱の咆哮を上げた。
――ピキピキピキィィィィンッッッッ!!!!
全身を包む神聖オリハルコン・フルアーマーの継ぎ目から、ドス黒い黄金の神素が濁流となって噴き出す。
不正な追加課金によって注ぎ込まれた天文学的なエネルギーが、ゼロスの脆弱な肉体と神経回路の許容量を完全にオーバーフローさせていた。
血管がミシミシと音を立てて浮き上がり、足元の硬質な岩盤が、漏れ出す闘気だけで半径十メートルにわたって粉々に粉砕されていく。
「俺は勇者だ……! 神に選ばれ、全宇宙に称えられる最強の英雄なんだよぉぉッ! 消えろ! 消えてなくなれぇぇぇッ!!」
――ドバァァァァァァンッッッッ!!!!
音速の壁を突破するソニックブームが巻き起こった!
突進というよりは、もはや制御不能となった質量弾頭の暴走。
前方を直視することすら叶わず、ただ赤城鷹人のいた座標へ向けて、神聖大剣を頭上から力任せに振り回しながら突っ込んでくる。
だが――赤城鷹人は、眉ひとつ動かさなかった。
「言わんこっちゃねぇ。アクセルを踏みっぱなしでブレーキが焼き付きやがったな」
鷹人は右手に持っていた足場鉄パイプを地面に突き立てると、頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を起動した。
所持スクラップPtは【113,360 Pt】。
カタログから「解体現場用・超重量ウインチ資材」と「特殊溶断設備」を選択する。
(地球の大型クレーン船や高層ビル解体現場で、ワイヤー更新に伴いスクラップヤードに放り投げられた、超高張力特殊鋼ウインチワイヤー……それに、鉄骨の塊を一瞬で焼き切るプロ用サーマルランス……一式召喚だ!)
――――――――――――――――――――
【所持スクラップPt:113,360 Pt】
・カタログ選択:【大型重機解体資材・超高張力特殊鋼ワイヤーカテゴリー】
・カタログ選択:【製鉄所・プラント解体用超高熱溶断棒カテゴリー】
【召喚リスト】
・極太特殊鋼撚り線ウインチワイヤー(直径30ミリ×長さ20メートル・破断荷重50トン)(消費:300Pt)
・工業用サーマルランスパイプ(全長2メートル・超高温3,600℃溶断仕様)3本(消費:800Pt)
・高圧酸素ボンベユニット&自動着火レギュレーター(消費:400Pt)
合計消費Pt:1,500 Pt ――【召喚実行】
――――――――――――――――――――
――ヒュンッ!
鷹人の足元に、ギラリと鈍い光を放つ極太の鋼鉄ワイヤーと、十トンダンプのフロント牽引フックへ直結された油圧ウインチドラムが出現した。
そして右手には、すでに高圧酸素ホースが接続された無骨な鉄パイプ――超高熱溶断棒『サーマルランス』が握られている。
「トメゾウ! ダンプのウインチレバーを一気に手前へ引け!」
「おうよッッ!!」
防壁の陰から身を乗り出した初老の農夫トメゾウが、ダンプのサイドステップのクラッチレバーを力任せに倒した!
ギチギチギチッ! と油圧モーターが唸りを上げ、五十トンの張力に耐える極太ワイヤーが、砂利の地面スレスレで猛烈な勢いでピンと張られた!
そこへ、制御を失った音速の暴走特急――課金勇者ゼロスが、一直線に突っ込んでくる!
「なっ……!? 足元にワイ――」
――ガギィィィィィンッッッッ!!!!
気づいた時には、すでに手遅れだった。
時速数百キロで突進していたオリハルコンの脛が、地上三十センチに張られた特殊鋼ワイヤーに真正面から激突する!
時速三百キロのスポーツカーが、突如として車輪をロックされたらどうなるか。
運動エネルギーの行き場を失ったゼロスの巨躯は、凄まじい慣性によって前のめりに宙へと跳ね上げられ、頭から激しく前転した!
「ぎゃああああっ!? と、飛んだぁぁぁッ!?」
「跳んだんじゃねぇ、現場のトラップに引っかかったんだよ」
空中で無防備に姿勢を崩したオリハルコンの巨体へ向けて、赤城鷹人が地面を蹴った!
跳躍と同時に、サーマルランスのバルブを全開にする!
――バシュウウウウウウゥッッッッ!!!!
鉄パイプの先端から、眩い青白い火柱が吹き上がった!
純酸素の超高圧噴射によって鉄そのものを燃焼させ、摂氏三千六百度の超高温を生み出す究極の溶断ツール。
コンクリートだろうがダイヤモンドだろうが、熱と酸化反応によって一瞬でドロドロの液体へと溶かし去る、解体現場の最終兵器である。
「どんな神鋼だろうがな……ボルトと関節の継ぎ目は、同じ金属の熱膨張率で噛み合ってんだよ!」
鷹人は空中ですれ違いざま、サーマルランスの超高熱の切っ先を、ゼロスの背中――オリハルコン甲冑の心臓部である『メインフレーム接合ピン』と『頸椎ラッチ』へ、ミリ単位の狂いもなく正確無比に突き刺した!
ジュワァァァァァァッッッッ!!!!
神話の神鋼が、三千六百度の熱量に耐えきれず、橙色にドロドロに溶融して火花を散らす!
バチィィン! と高圧スプリングが弾け飛び、全身を拘束していたオリハルコンの装甲板が、一気に外側へとパージされた!
「あ……が……ッ!? お、俺の……俺のオリハルコンがぁぁぁッ!?」
ドサリと砂利の上に落下したゼロスの身体から、バラバラと重厚な装甲が剥がれ落ちていく。
砂煙の奥に残されたのは、神の鎧を奪われ、薄っぺらいアンダーシャツ一枚で四つん這いになり、恐怖で歯の根をガタガタと鳴らす、二十歳そこそこの青白い若者の姿だった。
神素のオーラは完全に霧散し、ステータス画面のカンスト表示も、装甲の消失とともに元の平々凡々な数値へと急降下していく。
「ひっ……! や、やめろ……! 来るな! 俺は……俺は勇者なんだぞ! 神界から選ばれた――」
ゼロスが涙と鼻水を垂らしながら、這いつくばって後ずさる。
だが、その目の前に立ちはだかった男の影は、どこまでも大きく、どこまでも冷徹だった。
スタ、スタ、と迷いのない足音。
赤城鷹人はサーマルランスを地面に放り捨てると、無言で歩み寄った。
その左手首には、傷だらけの分厚い金属製腕時計がグルグルに巻き付けられ、簡易ナックルダスター(メリケンサック)と化している。
「言ったはずだぜ、ボクちゃん」
鷹人のドスの利いた静かな低音が、荒野を支配する。
「派手な鎧を剥がして、神様から恵んでもらった金を全部没収したら……一体お前には、何が残るんだってな」
「あ……あぁ……許し……許してくれぇぇッ!」
「現場のケジメに、命乞いの隙間はねぇよ」
鷹人の全身から、一切の力みが消え失せた。
『五輪書』に記された究極の踏み込み。
自衛隊徒手格闘と海外の地下格闘技(MMA)で培われた、下半身から腰、背筋、そして肩へと完璧に連動する運動連鎖。
狙いは額でも胸板でもない。
人間の急所中の急所――三半規管と脳幹へダイレクトに衝撃を叩き込む、下顎の先端(オトガイ神経の交差点)!
鷹人の右拳が、最短距離のインサイド軌道から、音速のストレートとなって解き放たれた!
「――現場の職人の汗水を、二度とオモチャにするんじゃねぇ!!」
ドッッッッッッガァァァァァァァンッッッッッッ!!!!
金属と骨が正面衝突する、凄まじい破砕音!
金属製腕時計の硬質なステンレスのコマが、ゼロスの尖った顎先へゼロ距離で直撃した!
強烈な回転モーメントが頭蓋骨に加わり、内部の脳髄が激しくシェイクされ、頭蓋底の内壁へ激突する。
バキョォッ!
ゼロスの自慢のホワイトニングされた前歯が四本まとめて砕け散り、血飛沫とともに宙を舞った!
「ごぶぅぅぅッッ!?!?!?」
所要時間――わずか零コンマ二秒の一撃KO。
ゼロスの巨躯は空中で一回転半旋回し、そのまま荒野の砂利の上へと仰向けに轟音とともに叩きつけられた。
白目を剥き、口から泡と鼻血を噴き出し、股間からは生温かい染みがジュワッと広がる。
完全なる失禁・失神状態。
ピクピクと四肢を小さく痙攣させた後、二度と起き上がる気配はなかった。
静寂が、ポポロ村の北門前を支配した。
上空を旋回していた炎上神ワイズの配信ドローンカメラが、地面に転がる哀れな元勇者の無残な姿を、超高解像度でドアップで捉え続ける。
全宇宙のゴッドチューブ配信画面は、完全に言葉を失った静寂に包まれた。
――そして次の瞬間、天界のサーバーが処理落ちを起こすほどの、凄まじい弾幕コメントが爆発した!
『うわああああああああああああッッッ!!!!』
『ワンパン沈没キタァァァァァァッッ!!』
『オリハルコンを溶断してからの右ストレート! 容赦なさすぎて草生える!!』
『現場の兄ちゃんマジで最強すぎるだろ!!』
『神の加護(笑)が一撃で粉砕されたぞwwwww』
天界のオフィスで、割れたカプチーノの陶器の破片を前にして白目を剥き、椅子から滑り落ちて硬直する炎上神ワイズの姿が目に浮かぶようだった。
だが、当の赤城鷹人はといえば、息ひとつ乱していなかった。
左腕の腕時計のバックルをカチリと外し、手首の汗を作業ジャケットで無造作に拭うと、再び定位置へと巻き直す。
そして、胸ポケットから少し潰れた紙巻きタバコを取り出し、唇にくわえた。
――カチッ、シュボッ。
静かな荒野に、澄んだ硬質な着火音が鋭く響き渡る。
親指の腹でヤスリを弾く。
安っぽい黄色いプラスチック製の百円ライターから灯った橙色の炎で火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
秋空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出すと、手際よく薄皮を剥ぎ、ライターの直火をじっくりとあてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
パチパチと音を立てて香ばしい狐色の焼き目がついていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
直後、戦場の硝煙と血生臭さを一瞬で塗り替えるほどの、猛烈に甘く香ばしい焦がしニンニクのアロマが空間全体へ爆散した!
鷹人は火を吹き消すと、軽く焦げ目のついた熱々のニンニクを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。胃袋に火が入ったぜ。いい現場のケジメがついた」
五臓六腑がカッと熱くなり、全身に新しい活力が満ちていく。
その瞬間、頭の中に澄み切った軽快な電子音が鳴り響いた。
――ピロリロリンッ♪
『超特大規模善行を検知しました』
『事象:神界炎上神による理不尽な武力侵略およびヤラセ虐殺企図の完全粉砕』
『事象:ポポロ村全域の防衛成功、並びに重傷を負った自警団員の迅速救命』
『判定:一切の私欲なき、純粋なる現場技術と実戦格闘による人道平和防衛』
『スクラップPt +18,000Pt を獲得しました』
(よしよし、消費分を差し引いても所持ポイントは【129,860 Pt】か。またガッツリ貯まったな)
鷹人が胸の中でニヤリと笑っていると、防壁の奥から村の仲間たちが一斉に駆け寄ってきた。
「鷹人さん……! 本当に、一人でやっつけちゃった……!」
キャルルが真紅の瞳を潤ませ、タローマン特注の安全靴を鳴らして駆け寄ってくる。
「た、鷹人殿ぉぉぉ……ッ! あ、あまりにも……あまりにも男らしくて、私の胸の奥が熱くなるであります……ッ!(トゥンク……!)」
マンミアが顔を真っ赤にして蹄を擦り鳴らし、長い馬尾を扇風機のように超高速回転させている。
「へへっ、さすがは鷹人はんや! さあリバロン殿、転がっとるゴミどもをさっさと縛って、ドンガン鉱山かマグローザ漁船へドナドナの準備やでぇ!」
ニャングルが金算盤をパチンと鳴らし、ギラギラとした銭ゲバの笑顔を浮かべた。
人狼執事リバロンが白手袋の手帳をパチンと閉じる。
「承知いたしました、ニャングル殿。すでに身元引受先への事前通知書と、損害賠償請求の仮差押え申請書は起草済みでございます。……そして、上空でカメラを回し続けている『黒幕』につきましても、そろそろ年貢の納め時でございますねぇ」
リバロンが冷徹な糸目を向けた上空の配信ドローン。
地上の戦いが完全勝利で幕を閉じた今、次なる鉄槌は、安全圏から笑っていた神界のペテン師――炎上神ワイズの喉元へと、まっすぐに迫っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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