EP 8
「無免許のスポーツカー」――現場の兄ちゃんからの魂の啖呵
――ドォォォォォォォンッッッッ!!!!
大地を引き裂く猛烈な衝撃波とともに、ポポロ村の北門前広場に巨大なクレーターが穿たれた。
吹き飛んだ土煙と砕石が雨のように降り注ぐ中、課金勇者ゼロスの黄金の大剣が地面深くにめり込んでいる。
だが――その破壊の中心に、赤城鷹人の姿はなかった。
「なっ……!? 消えた……!?」
オリハルコンのフルフェイスバイザーの奥で、ゼロスが血相を変えて目を剥く。
音速を超え、大地をも割る渾身の振り下ろし。命中すれば象だろうが魔導戦車だろうがミンチになるはずの一撃だった。
しかし、手応えは完全な空振り。
「どこ見てんだ、金ピカ」
耳元に落ちてきたのは、低く冷徹な現場監督の声だった。
「ひっ……!?」
ゼロスが振り向こうとした瞬間、右の脇腹――オリハルコンの装甲の隙間、可動部である蛇腹関節のピンポイントへ、硬質な鉄の感触がめり込んだ。
赤城鷹人が右手に握った、炭素鋼製の肉厚足場鉄パイプである。
――バキィッ!
「ぐべぇっ!?」
装甲そのものは貫通せずとも、テコの原理と脱力からの浸透打撃により、強烈な衝撃波がゼロスの肋骨と内臓をダイレクトにシェイクする。
万単位の筋力補正がかかっていようと、支える骨格と神経系はただの人間のそれだ。激痛に悶え、ゼロスの巨躯が不自然に前のめりに傾いた。
「死ねぇぇぇッ!!」
ゼロスは半狂乱で大剣を横薙ぎに強振した!
風を切り裂く暴風の刃。
だが、鷹人はバックステップすら踏まない。
身をわずか数センチ沈め、大剣の切っ先が鼻先を通過するコンマ一秒の「虚」を捉えると、左手の拳――金属製腕時計を巻き付けた硬質な左フックを、ゼロスの右肘の外側へ鋭く叩き込んだ!
――ガツンッ!
「痛ぇぇぇッ!? ひ、肘が逆方向に――」
「大振りが過ぎるんだよ。……肩に力が入りすぎて、脇腹がガラ空きだぜ」
さらに鷹人は、足払いの要領で安全靴の踵をゼロスの右足首の腱へ引っかけた。
自衛隊徒手格闘と実戦MMAで培われた重心支配。
ゼロスが誇る何十トンもの重量とパワーを、そのまま回転モーメントへと変換し、背負い投げの要領で荒野の地面へと叩きつける!
――ドッッッガァァァァァンッッッッ!!!!
オリハルコンの全身甲冑が、まるで投げ捨てられた金庫のように派手な音を立てて砂利の上を転がった。
跳ね上がる土煙。
背後の土嚢の陰から見守っていた猫耳商人ニャングルが、純金算盤『十露盤』を落としそうになりながら目を丸くする。
「お、おいおいおい……! 神鋼オリハルコン着込んだ万馬力の勇者を、ただの現場の兄ちゃんが鉄パイプと合気道で赤子の手をひねるみたいに転がしとるで……!」
「見事……あまりにも見事な体捌きであります……ッ!」
マンミアもパイルバンカー盾『アグニ』を抱え、琥珀色の瞳を熱く輝かせた。
「相手の速度がどれほど音速を超えようと、身体の軸がブレていれば、力点は指一本で崩せる……! 鷹人殿の足腰の据わり、まさに歴戦の極みでありますぞ!」
上空を旋回する炎上神ワイズの配信ドローンカメラが、泥まみれになって立ち上がるゼロスの姿をドアップで映し出す。
全宇宙のゴッドチューブ配信画面は、もはや言葉を失った静寂ののち、凄まじい草の嵐で埋め尽くされていた!
『ちょwwwwwオリハルコン着て一本背負い食らってて草生えるwwwww』
『作業着の兄ちゃん、完全にゼロスの動き見切ってるだろ!!』
『攻撃力カンストなのにカスリもしてないじゃん! 当たらなきゃ意味ないんだよ!!』
『おいワイズ! こんなポンコツに俺たちのスパチャ注ぎ込んだのかよ!?』
「クソがぁぁぁッ! 黙れ! コメントすんな雑魚どもがぁぁッ!!」
ゼロスは泥を吐き出しながら跳ね起き、狂乱の形相で大剣を構え直した。
耳元のインカムからは、炎上神ワイズの血管が千切れそうな怒号がキンキンと鳴り響いている。
『ゼロスッ!! 何をしているのですか! 敏捷性十倍ブーストの魔導加速を全開にしなさい! 力任せに振り回すのではなく、範囲攻撃で周囲ごと吹き飛ばすのです!!』
「言われなくてもやってやるよぉぉッ! 死ね! 死ねぇぇぇ作業着野郎ッ!!」
ゼロスの全身から、神素の黄金のオーラが爆発的に噴き上がった!
地面を蹴り、音速の三倍で突進。
大剣を狂ったように乱れ振るい、前後左右から真空の刃を嵐のように撒き散らす!
――ズババババッ! ドガガガガッ!
だが――赤城鷹人は、眉ひとつ動かさなかった。
――ヒュン、ヒュンッ。
首をわずか数センチ傾け、肩を引き、腰を捻る。
その最小限の動作だけで、ゼロスが放つ音速の斬撃のすべてが、まるで吸い込まれるように鷹人の作業ジャケットの布地を数ミリ掠めて空を切っていく。
一切の無駄がない、研ぎ澄まされた紙一重の見切り。
そして――荒れ狂うゼロスの耳元へ、鷹人のドスの利いた静かな啖呵が、冷徹に突き刺さった。
「……おい、ゼロス」
「あぁん!? 避けてんじゃねぇぞゴミ拾いがぁッ!!」
「お前な……自動車学校(教習所)にも通ったことがねぇくせに、いきなり時速三百キロの高級スポーツカーのハンドルを握って、公道でアクセル全開にしてどうするつもりだ?」
「な……何だと……ッ!?」
ゼロスの大剣の軌道が、動揺でわずかにブレた。
「ペダルを踏みゃあ車は加速する。だがな、ハンドルを切るタイミングも、タイヤのグリップ限界も、ブレーキを踏む度胸も知らねぇド素人がスピードを出せばどうなるか……分かるか?」
鷹人は鉄パイプの先端を、ゼロスの大剣の鍔元へカン! と軽く当て、その軌道を斜め上へと受け流した。
「最初のカーブで壁に激突して、無様に首の骨を折るだけだ。……今のお前が、まさにその無免許の暴走車なんだよ」
「う、うるせぇぇぇッ! 俺は神に選ばれた勇者だ! お前みたいな底辺労働者が説教垂れてんじゃねぇぇッ!!」
ゼロスが血走った目で吠える。
だが、鷹人の声は、どこまでも深く、重く、戦場全体を冷たく支配していった。
「他人の金で買った派手なオリハルコンの鎧を剥ぎ取って……」
――スッ。
鷹人は大剣の懐へ再び滑り込む。
「神様から恵んでもらった課金のステータスを、全部没収したら……」
鉄パイプの腹で、ゼロスの右足の膝裏をバチン! と正確無比に撃ち抜く!
――バキョッ!
「ぎゃあっ!?」
膝の関節を外され、ゼロスが砂利の上へ片膝をついた。
見下ろす鷹人の瞳には、怒りすら超えた、底知れぬ哀れみと職人の冷徹さだけが宿っていた。
「……一体お前には、何が残るんだ?」
「――っっっ!?!?!?」
ゼロスの全身が、まるで氷水を頭からぶっかけられたかのように硬直した。
頭蓋の芯を、目に見えるほどの衝撃波が突き抜ける。
図星だった。
鎧を剥がされ、ステータスを引かれたら、自分には何もない。
汗を流して泥にまみれた経験も、仲間と背中を預け合った絆も、自分の手で掴み取った技も、何一つ持っていない。
ただの、画面の向こうの神に操られ、数字に踊らされているだけの、空っぽの操り人形。
「あ……あぁ……」
ゼロスの口から、情けない掠れ声が漏れ出た。
上空の配信ドローンを通じて、その問いかけは、全宇宙の神々とリスナーたちの耳腔にもダイレクトに突き刺さっていた。
流速を止めたコメント欄。
天界のオフィスでモニターを凝視する炎上神ワイズの指先が、ガタガタと震え始める。
「現場で自分の足で立ったこともねぇ奴が、他人の現場を壊せると思うなよ」
鷹人は鉄パイプを肩に担ぎ直すと、作業ジャケットの内ポケットからタバコを取り出し、唇にくわえた。
――カチッ、シュボッ。
静かな戦場に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。
安っぽい黄色い百円ライターから灯った橙色の炎で火を吸い付け、鷹人は深く煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
秋空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
続けて胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを取り出すと、薄皮を剥ぎ、ライターの直火をじっくりとあてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
パチパチと音を立てて香ばしい狐色の焼き目がついていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
直後、戦場の硝煙を一瞬で塗り替えるほどの、猛烈に甘く香ばしい焦がしニンニクのアロマが空間全体へ爆散した!
鷹人は火を吹き消すと、軽く焦げ目のついた熱々のニンニクを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。胃袋に火が入ったぜ。血が巡る」
五臓六腑がカッと熱くなり、動体視力と神経伝達が完全なる処刑態勢へと研ぎ澄まされていく。
鷹人は紫煙をゆっくりとゼロスへ吹きかけると、ニヤリと無精髭の口元を吊り上げた。
「魂の啖呵はおしまいだ。……ここからは現場のルールに従って、その借り物のメッキ鎧を、綺麗さっぱり解体撤去してやるよ」
精神を折られ、暴走の臨界点に達した課金勇者ゼロス。
そして、解体の道具を手に静かに歩み出す現場の兄ちゃん・赤城鷹人。
二人の戦いは、いよいよ最終決着の瞬間へと突入しようとしていた。
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