EP 6
絶対切断の妖刀ミラースVS執事リバロン&現場の工作戦術
硝煙と鉄錆の焦げる臭いが立ち込めるポポロ村の北門前。
先ほどまで百名を誇っていた課金勇者ゼロスの私兵軍団は、赤城鷹人が敷設した指向性地雷と重機関銃の十字砲火の前に八割が地面を這いずり、虫の息となって呻いていた。
上空を旋回する炎上神ワイズの配信ドローンからは、未だ全宇宙へ向けて惨状の生中継が垂れ流されている。
だが、その配信画面のコメント欄は、先ほどまでの「ポポロ村処刑ショー」への期待など跡形もなく消え去り、阿鼻叫喚の混乱で埋め尽くされていた。
『は……? ゼロスの部隊、一瞬で蒸発したんだが……!?』
『あの土嚢の兄ちゃん、タバコ吸いながら一人で機関銃ぶっ放して私兵百人を壊滅させただと!?』
『演出!? これヤラセ配信じゃないのワイズ様ァーッ!?』
天界のオフィスでカプチーノを吹きこぼし、青筋を立ててキーボードを叩き割らんばかりに連打する炎上神ワイズの絶叫が、通信回線の奥から聞こえてくるようだった。
だが――私兵軍団の残骸の奥、ただ一人だけ、眉ひとつ動かさずに冷淡な眼光を放ち続ける男がいた。
アバロン魔皇国から脱走してきたネフィリムの剣士――ミラースである。
「……無様な前座どもだ」
漆黒の着流しを翻し、ミラースが音もなく前へ進み出た。
その細い指先が、腰に差した紫黒の妖気を放つ長大な業物――妖刀『無銘・断絶』の柄へと滑らかに添えられる。
一歩踏み出すごとに、大気中の光と空間そのものがビキビキとガラスのように歪み、不快な高周波の軋み音を撒き散らしていく。
「鉛の弾丸による飽和射撃、見事な質量攻撃だったな、作業着の男」
ミラースの氷のように冷たい声が、荒野を切り裂く。
「だが、形ある物質である限り、私のユニークスキル『ソード』の前には等しく無力だ。この刃が捉えるのは物質の硬度ではない。『空間』そのものの断絶面だ。……どれほど頑強な装甲を誇ろうと、どれほど濃密な弾幕を張ろうと、触れた瞬間に世界ごと両断される」
「空間を両断、ねぇ……」
土嚢の前に仁王立ちした赤城鷹人は、作業ジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、だるそうに首の骨をゴキリと鳴らした。
くわえたタバコの先端から立ち上る紫煙を、ふっとミラースへ吹きかける。
「理屈は立派だがな、剣士の兄ちゃん。……てめぇのその刃、形のある『物質』は斬れるかもしれねぇが、形のない『現場のエネルギー』はどうやって斬るつもりだ?」
「戯言を」
ミラースの双眸に、鋭利な殺気が閃いた。
居合の構え。抜刀の初速は、音速すら置き去りにする神速の居合い斬り――!
「死ね」
――スパーーーンッッッ!!!!
抜刀と同時に、紫黒の空間断絶刃が、前方五十メートルの大気を紙のように両断しながら鷹人の首元へ向けて奔流となって放たれた!
防壁だろうが重機関銃だろうが、触れたもの全てを事象ごと両断する不可避の絶対切断!
だが――その斬撃が鷹人に届くコンマ〇一秒前、黒い残影が音もなく割り込んだ。
「おやおや……ずいぶんと野蛮な太刀筋ですねぇ」
――キィィィィィィンッッッッ!!!!
激突の火花が青白く夜気を照らし出した!
空間を断ち割るはずの妖刀の切っ先を、斜め四十五度の絶妙な角度で受け流し、軌道を天へと跳ね上げていたのは――人狼族の筆頭執事、リバロンの白手袋の指先だった。
その二本の指に挟まれていたのは、ルナミス社交界で使われる、ただの薄い和紙風の名刺が一枚。
「な……ッ!? 名刺だと……!? 私の『断絶』が……紙切れ一枚に受け流されただと!?」
ミラースの冷徹な仮面が、初めて驚愕に歪んだ。
「ええ。どれほど鋭利な刃とて、作用するベクトルの芯を外されれば、ただの棒切れに過ぎませんよ」
リバロンは寸分の乱れもない黒漆の燕尾服を翻し、糸目の冷酷なビジネススマイルを浮かべた。
「当ポポロ村の専属エンジニアに無断で刃を向けるとは……礼儀作法がなっておりませんねぇ。威力業務妨害および器物破損の現行犯として、相応のペナルティを課して差し上げましょう」
「チッ……! 人狼の執事ごときが調子に乗るなァッ!!」
ミラースが逆上し、刀身を激しく引き抜いて連続の空間両断斬撃を繰り出そうとした――その刹那だった。
「よそ見してんじゃねぇよ、兄ちゃん」
背後から響いた、ドスの利いた鋭い現場号令。
「リバロン、目を瞑って耳を塞ぎな!」
「承知いたしました」
リバロンが燕尾服の裾を翻して後方へバックステップを踏むと同時に、鷹人は頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を叩き込んだ!
(地球の老舗変電所と特殊部隊の演習場で、機材更新に伴いスクラップヤードに放り投げられた、高圧インダクション・トランスとミリタリーグレードの音響閃光弾……一式召喚だ!)
――――――――――――――――――――
【所持スクラップPt:117,070 Pt】
・カタログ選択:【産業用高圧受変電設備・超特大コンデンサ解体資材カテゴリー】
・カタログ選択:【特殊作戦群デッドストック・非致死性音響閃光兵器カテゴリー】
【召喚リスト】
・日立製・産業用特別高圧キュービクル変電トランスユニット(6600V蓄電コンデンサ直結仕様)(消費:2,500Pt)
・特殊部隊仕様:9連動多段階スタングレネード(閃光800万カンデラ・音響180デシベル)4基(消費:800Pt)
・耐熱絶縁アラミド繊維被覆ケーブル(太径50ミリ×10メートル)2本(消費:200Pt)
合計消費Pt:3,500 Pt ――【召喚実行】
――――――――――――――――――――
――ズドォォォンッ!
ミラースの頭上、わずか三メートルの空間に、巨大な緑色の鉄の巨塔――産業用高圧トランスと、宙を舞う四つの黒い円筒が出現した!
「な……頭上から鉄の塊だと!? 小細工を、まとめて両断して――」
ミラースが上空へ妖刀を振り上げた――その瞬間。
――ピカァァァァァァァァァッッッッ!!!!
――バババババババババンッッッッッッ!!!!
太陽が地上へ叩き落とされたかのような、800万カンデラの猛烈な白色閃光!
続けて炸裂したのは、鼓膜の奥の三半規管を一撃でシェイクする、180デシベルの超高圧音響破砕波!
「ぐわああああっ!? 目、目がぁぁぁッ!? 耳が……脳が揺れるぅぅッ!?」
どれほど刀身が空間を両断できようとも、網膜を焼く光子と、大気全体を震わせる音の衝撃波そのものを斬ることはできない。
視界を真っ白に奪われ、平衡感覚を完全に破壊されたミラースが、足元を千鳥足にして激しくよろめいた。
だが、赤城鷹人の現場戦術は、それだけで終わるはずがなかった。
「物質が斬れるなら、六千六百ボルトの『電荷の奔流』を受け止めてみな!」
鷹人は遮光保護メガネを跳ね下げ、絶縁ゴム手袋をはめた両手で、召喚したばかりの高圧トランスから伸びる極太のアラミド被覆ケーブルを力任せに振り回した!
先端に剥き出しになった銅線電極が、ミラースの足元に散らばっていた湿った砂利と、私兵たちの血だまりへ突き刺さる!
鷹人がトランスの主幹ブレーカーを――一気に投入(ON)!
――バチチチチチチッッ!! ズババババババババッッッッ!!!!
大気を紫電が引き裂いた!
コンデンサに蓄えられていた特別高圧6600ボルトのメガ電流が、地面の水分を通じてミラースの両足から全身の神経系へと直撃した!
「ぎゃあああああああああああっっっ!?!?!?!?」
全身の筋肉が強制的に限界まで収縮し、ミラースの身体が電撃のショックでガタガタと激しく痙攣する!
手にしていた妖刀『無銘・断絶』が手から滑り落ち、カランカランと虚しい音を立てて砂利の上に転がった。
「リバロン! トドメだ!」
「かしこまりました」
視界と神経を完全に奪われたミラースの前へ、リバロンが影のように滑り込んだ。
燕尾服の袖から抜かれた二枚の名刺が、超高周波の生体闘気を帯びて閃光を描く。
――ザシュッ! ザシュッ!
「ぐ……あ……ッ!?」
両肩の関節包とアキレス腱を正確無比に斬り裂かれ、筋力を完全に奪われたネフィリムの剣士が、膝から崩れ落ちて地面へ顔面から突っ伏した。
白手袋の指先で手帳をパチンと閉じるリバロン。
「確保完了でございます、鷹人殿。……不法侵入罪、並びに重大傷害未遂の現行犯ですね。ドンガン地下鉱山への終身出向手続きは、すでに起草済みでございますよ」
静寂が、荒野を支配した。
上空の配信ドローンのカメラの前で、無敵を誇っていたはずの脱走剣士ミラースが、痙攣しながら白目を剥いて転がっている。
その光景に、全宇宙のゴッドチューブ配信画面は、もはや言葉を失った静寂ののち、凄まじい怒涛のコメントで埋め尽くされた!
『空間切断の妖刀使いが……名刺と変電トランスで完封された……!?』
『閃光弾で目を潰してからの高圧電流アース攻撃……! 工学戦術エグすぎるだろ!!』
『あの作業着の兄ちゃん、本当にただの現場作業員なのかよ!?』
その狂乱の中、赤城鷹人は手袋を外すと、作業ジャケットの胸ポケットから紙巻きタバコを取り出し、唇にくわえた。
――カチッ、シュボッ。
安っぽい黄色い百円ライターでヤスリを弾く。
橙色の炎が揺らぎ、紫煙がゆっくりと青空へ立ち上った。
「…………ふぅーーーーっ」
タバコの灰を指先でトントンと落とすと、鷹人は冷徹な眼光を、たった一人だけ立ちすくんでいた男――課金勇者ゼロスへと向けた。
私兵百名を全滅させられ、頼みのミラースを一瞬で無力化されたゼロスは、黄金の大剣を取り落としそうになりながら、ガタガタと膝を震わせて泡を吹いていた。
「ひ……ひぃぃぃ……! ば、化け物……! お前ら全員、悪魔のバケモノだぁぁッ……!」
鷹人は安全靴の爪先で地面をコツンと鳴らし、無精髭の口元を不敵に吊り上げた。
「おい、金ピカのボクちゃん。……前座の片付けは終わったぜ。現場のケジメをつける番だ、前に出な」
追い詰められた課金勇者ゼロスと、静かに怒りを燃やす現場の兄ちゃん・赤城鷹人。
偽りの力に溺れた男の最後の暴走と、現場の魂の鉄槌が、いよいよ正面衝突の刻を迎えようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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