EP 7
現場の兄ちゃん、溶接機と重機で村のインフラを直す
詰所の重い鉄扉を開けて外に出ると、ポポロ村の上空にはすっかり群青色の夜空が広がり、満天の星々が瞬いていた。
だが、見上げる夜空の美しさとは裏腹に、村の外縁部に近づくにつれて漂ってくるのは、腐りかけた湿った土の臭いと、冷たい夜風に乗って響くピチャピチャという不穏な水音だった。
「……こりゃあ、思ってた以上に重症だな」
鷹人は作業ジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、呆れたように息を吐いた。
村を取り囲む外周バリケード――本来なら凶悪な魔獣や山賊の侵入を食い止めるべき防壁は、丸太を粗末な縄で縛っただけの代物で、各所が魔獣の体当たりでへし折れ、ボロボロの隙間だらけになっていた。
さらに酷いのは、防壁の足元を這うように設置された石造りの大送水管だ。
ポポロ山の水源から村落内の水田や各家庭へ生活用水を引いている大動脈なのだが、継ぎ目のモルタルは完全に崩壊し、亀裂からは景気よく噴水のように水が噴き出している。漏れ出た水が周囲の土を泥濘に変え、防壁の基礎そのものをユルユルに侵食していた。
「ひどいやろ、鷹人はん。前村長が防衛積立金だけやなくて、今期のインフラ改修予算まで全額ネコババして高飛びしよったからな。水道屋も大工も『金払えん村の仕事なんぞ受けられるか!』って道具まとめてボイコット中や」
ニャングルが真鍮のキセルから紫煙を吐き出し、忌々しそうに頭を掻いた。
「明日には『赤砂の牙』の取り立て部隊が来るっていうのに……こんなガバガバの防壁じゃ、山賊の連中に鼻歌交じりで素通りされちまうよ! かといって正規の石工ギルドに特急料金で発注したら金貨300枚……! ウチの銀行の金庫、すっからかんになってまうわ!」
「私が……私が夜通しで土嚢を積み上げますっ! 前脚の蹄が割れようとも、村の防壁を死守してみせます!」
マンミアが琥珀色の瞳を血走らせ、筋骨隆々たる四肢を踏み鳴らした。
だが、鷹人は無表情でマンミアの前に片手をかざし、その気負いを制した。
「落ち着け、団長さん。根性論で徹夜した現場はな、翌朝の集中力散漫で重大事故を起こすのがオチだ。気合で土嚢を積んだところで、基礎の土台が水浸しじゃ、壁ごと地滑りを起こして潰れるぞ」
「う……! ぐ、ぐうの音も出ない正論……! しかし、ではどうすれば……!?」
「現場の鉄則は『段取り八分、仕事二分』だ。……まずは一服して、作業手順(工程表)を頭の中で組む」
鷹人は胸ポケットから紙巻きタバコを取り出し、唇にくわえた。
取り出したのは、地球の百円均一ショップで買った黄色いプラスチック製のライター。
親指でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
澄んだ夜気に、硬質な着火音が鋭く響いた。
揺れる小さな橙色の炎を先端に吸い付け、深く煙を吸い込む。
「…………ふぅーーーーっ」
立ち上る青白い紫煙。
ツンとしたタバコの香りが夜風に乗り、鷹人の鋭い眼光が漏水箇所と崩壊した防壁を冷徹にスキャンしていく。
工業高校で叩き込まれた土木・機械の基礎。
自動車の期間工で身につけた生産ラインの効率化。
そして――陸上自衛隊・施設科(工作部隊)少尉として、道なき荒野に即座に陣地と橋梁を敷設してきた実戦のノウハウ。
鷹人の脳内で、修繕に必要な資材と工程が一瞬で組み上がった。
「よし、資材を搬入するぞ。……場所を広く空けろ」
鷹人は意識を研ぎ澄まし、ユニークスキル【リサイクルマスター】のカタログ画面を高速で展開した。
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【所持スクラップPt:3,345 Pt】
・カタログ選択:【建設現場型落ち機材・廃棄資材・配管部品カテゴリー】
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(地球の道路公団や大手ゼネコンが、減価償却を終えてヤードの隅に野ざらしにしていた型落ち品……現場の職人が見れば、どれもまだまだ現役でガンガン動く極上品ばかりだ)
【召喚リスト】
・型落ちバッテリー内蔵式・携帯型インバーター直流アーク溶接機一式(防滴仕様)(消費:120Pt)
・地球の規格外・高張力亜鉛メッキ鋼管(4インチ)&フランジ継手&高圧ゴムパッキン一式(消費:80Pt)
・解体現場引き上げ品:厚さ12ミリ高張力エキスパンドメタル(防護鋼板メッシュ)50枚(消費:150Pt)
・道路舗装工事型落ち:小型プレートランマー(転圧機・ガソリン満タン)(消費:100Pt)
・水分離性・速硬化セメント(水中硬化型ハイブリッドモルタル)2トン(消費:150Pt)
・戦場遺棄重機:後方超小旋回ミニ油圧ショベル(1.5トン級・配線直結済)(消費:1,100Pt)
――――――――――――――――――――
合計消費Pt:1,700 Pt ――【召喚実行】
――ズズゥゥゥゥンッ!!
夜の荒野を揺るがす地響きとともに、空間が歪んだ。
防壁の手前の空き地に、黄色い鋼鉄のボディを持つ小型油圧ショベル(ミニユンボ)が、重厚な金属の質量感を誇示しながらドカリと出現した。
続けて、鈍い銀光を放つ頑丈な鋼管パイプの山、ずらりと並んだ防護鋼板メッシュ、青いインバーター溶接機、そしてセメント袋の山が整然と積載されていく。
「ぎゃあああっ!? な、なんやこの鉄の怪物はぁぁぁッ!?」
ニャングルが飛び退き、腰のキセルを落として目を剥いた。
キャルルも長い兎耳をピンと直立させ、真紅の瞳を真ん丸にして驚愕している。
「て、鉄のゴーレム……!? でも、魔力炉の気配が全然ないよ!?」
「魔力じゃねぇよ。ディーゼルエンジンだ」
鷹人はニヤリと笑うと、作業着のポケットから手袋を取り出して装着した。
左腕の金属製腕時計で時刻を確認する。夜の九時半。
「夜明けまでに全部終わらせるぞ。……おい、団長さん」
「は、はいっ! なんでありましょうか鷹人殿!」
マンミアが軍隊仕込みの直立不動で応える。鷹人は顎で鋼管パイプの山をしゃくった。
「あんたの馬力を貸してくれ。あの亜鉛メッキの太いパイプを、漏水してる水路沿いに二本ずつ運んで並べていってくれ。腰を痛めねぇよう、背筋を使って持ち上げろよ」
「了解であります! パワーなら任せていただきたい!」
マンミアが力強く四肢を躍動させ、怪力で数十キロの鉄パイプを軽々と運搬し始める。
「ニャングル、キャルル村長。あんたたちは水魔法と明かりだ。セメントを練るための真水を用水路から汲み出して、このトロ舟(練り樽)に注いでくれ。キャルルは光魔法で手元を昼間みたいに照らしてくれりゃ助かる」
「わ、分かった! 任せて、鷹人さん!」
「ええい、もうヤケクソや! タダで直るなら何でも手伝うたるわ!」
一瞬にして、村の外縁部が活気ある「建設現場」へと変貌した。
そして――現場監督にして作業主任者、赤城鷹人がミニショベルの運転席へと飛び乗る。
チョークを引き、配線直結スイッチを捻る。
――キュルルルッ、ズドォォォォンッ!!
夜の静寂を切り裂く、腹の底を揺さぶる重厚な直列3気筒ディーゼルエンジンの咆哮!
マフラーから微かに吹き出す軽油の排気ガスと、焼けたオイルの匂い。
鷹人の全身の血が、現場の鼓動に合わせて沸き立つ。
「言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、あとはエンジン音があれば世界中どこでも生きていける」
自衛隊工作部隊で叩き込まれたミリ単位の操作技術。
両手の操作レバーを滑らかに倒すと、油圧ショベルのアームがまるで鷹人自身の腕であるかのように精密に駆動した。
ガガガガッ、ザクッ!
バケットが泥濘をえぐり取り、水漏れで腐った土砂を一瞬で排除していく。数人がかりで半日かかる掘削作業が、わずか五分で完了した。
ショベルから飛び降りた鷹人は、大型パイプカッターを構え、亀裂の入った古い送水管の破損部位を容赦なくへし切った。
断面のバリをヤスリで落とし、地球の亜鉛メッキ鋼管をジョイント。
高圧耐油ゴムパッキンを挟み込み、ラチェットレンチでボルトを対角線上に締め上げていく。
――カチッ、カチッ、ガチィッ!
「よし、本管のバイパス接続完了だ。水門を開けてみろ!」
ニャングルが恐る恐る用水路の木製水門を引き上げた。
ドォッ! と激しい勢いで水が流れ込む――だが、先ほどまで噴水のように漏れていた水滴は、一滴たりとも漏れ出さない!
完璧な水密性だった。
「う、嘘やろ……!? あんなに漏れまくってた水路が、一瞬で直りよった……!!」
「驚くのはまだ早いぜ、本番はこっちだ」
鷹人は遮光面を頭に装着し、インバーター溶接機のアースをクリップした。
右手には溶接ホルダー。先端に挟まれた被覆アーク溶接棒を、防壁の支柱に当てがった高張力鋼板メッシュの継ぎ目へと擦り付ける。
――バチチチチッ! バシュウウウゥゥッ!!
夜の闇を一瞬で昼光色に変える、眩烈なアーク光の閃光!
飛び散る白熱の火花!
溶けた鉄とフラックスが焼ける独特のオゾン臭が立ち込め、鷹人の腕は一切のブレもなく、美しい魚の鱗のようなビード(溶接痕)を描いていく。
ボロボロの丸太防壁の前面に、地球の高張力鋼板メッシュが隙間なくガッチリと溶接固定されていく。
「きゃああっ! す、すごい光……! まるで雷神の奇跡だわ……!」
「違う……あれは奇跡などではない。己の技術と経験だけで鉄を従える、職人の魂の輝きだ……ッ!」
マンミアはアークの火花を浴びながら、息を呑んで立ち尽くしていた。
煤と汗に塗れながら、冷徹かつ正確に鉄を繋ぎ合わせていく鷹人の横顔。
どんな豪壮な騎士の剣技よりも、その無駄のない肉体の躍動は、マンミアの胸を激しく撃ち抜いていた。
さらに鷹人は、速硬化セメントに水と砂利を混ぜ合わせると、防壁の根元と水路の土台へ一気に流し込んだ。
小型プレートランマーを起動する。
ダダダダダダダッ!!
強烈な振動でセメントの気泡を追い出し、瞬時に岩盤並みの密度へと締め固めていく。特殊な水中硬化セメントは、空気に触れてわずか数十分でコンクリートブロック以上の硬度へと凝固を始めた。
◆
東の地平線が、薄らと紫色の朝焼けに染まり始めた頃。
村の外縁部には、信じられない光景が出現していた。
昨晩までボロボロの丸太の残骸だった防壁は、頑強な鉄骨と高張力鋼メッシュで補強され、足元は分厚い高強度コンクリートで固められた、近代的な防護トーチカ陣地へと生まれ変わっていた。
足元の泥濘は綺麗に排水され、新調された鋼管パイプの中を、清らかな清水がゴーゴーと勢いよく村の中へと流れ込んでいる。
「お、おい……見ろよ! 水が出てるぞ!」
「防壁が……鉄の壁になってる!? なんだこりゃあぁぁっ!?」
夜明けとともに起きてきた村人たちが、鍬や籠を取り落として広場へ駆け寄ってきた。
水田に満ちていく豊かな水を見て涙を流す農民、鋼板メッシュを叩いて「ビクともしねぇぞ!」と叫ぶ自警団の兵士たち。
その歓喜の嵐の中心で、鷹人はミニショベルの履帯に腰掛け、ヘルメットを脱いで短くなったタバコを携帯灰皿へ押し込んだ。
「ふぅ……。なんとか朝飯前に形になったな」
その瞬間だった。
――ピロリロリロリロリロリンッ♪
これまでとは比較にならないほど派手で、耳が痛くなるほどの軽快な電子ファンファーレが鷹人の脳内に鳴り響いた!
『大規模善行を検知しました』
『事象:限界集落ポポロ村の生命線インフラ(上水道本管)の完全復旧』
『事象:村落外周防衛線の大規模改修および要塞化工事の単独完工』
『判定:千人の生命と生活基盤を一夜にして救済した、極めて高度かつ純粋な社会貢献』
『スクラップPt +12,000Pt を獲得しました』
(……は? い、一万二千……!?)
鷹人は思わず目を丸くした。
ステータス画面を開くと、所持ポイントは一気に【13,645 Pt】へ跳ね上がっていた。
桁が一つ違う。インフラ整備という行為が、このスキルにおいてどれほど巨大な「善行」として評価されるかの証明だった。これだけのポイントがあれば、中型ダンプカーや大型発電機、果ては本格的な戦場遺棄重火器までカタログの制限が大幅に解除される。
「鷹人はん……! あんた、ホンマに神様か何かの生まれ変わりちゃうか……!?」
ニャングルが震える足取りで歩み寄ってきた。
手元の魔導算盤をカチカチと弾く指が、完全に痙攣している。
「村の水道工事と防壁改修、正規ギルドに頼んだら工期3ヶ月、費用は金貨500枚(約5,000万円)コースや……! それを一晩で、しかも資材費ゼロでやり切りよった……! 浮いた予算で、村の財政赤字が一撃で黒字化してもうたわ……!!」
「鷹人さん、本当に……本当にありがとう……!」
キャルルが涙ぐみながら、手縫いの人参刺繍ハンカチを両手でギュッと握りしめて頭を下げた。
そして――。
「た、鷹人殿ぉぉぉッ……!」
ドンッ! と地面を揺らし、マンミアが顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
琥珀色の瞳は潤み、馬の耳は狂ったようにパタパタと羽ばたいている。
「み、見たぞ! あの神業の溶接! 迷いのない重機の操縦! 朝日に照らされた貴殿の作業着姿……あ、あまりにも……あまりにも雄々しく、頼もしすぎるであります……ッ!」
「お、おう……怪我人が出なくて何よりだ」
鷹人が苦笑いしながら応じると、マンミアは前脚の蹄をモジモジと擦り合わせ、消え入りそうな声で呟いた。
「あ、あの……! もしよろしければ……この後、自警団の朝食として、私がタローマートの特売乾パンを半分……わ、分けて差し上げても……よろしいのでありましょうか……!?」
「乾パンは遠慮しとくぜ。腹が減ったなら、俺が地球の美味い朝飯を作ってやるよ」
「――ッ!!(トゥンク……!)」
マンミアの長い尻尾が、ボッ! と音を立てて逆立ち、背中のパイルバンカーがガタガタと共鳴した。
だが、その温かな空気の向こう――村の北門の街道から、大地を揺るがす粗暴な雄叫びと、不吉な魔獣の咆哮が響き渡った。
「おいコラァァッ! ポポロ村の貧乏人どもぉ! 今月の『暴行しない券』の集金日だぞぉぉッ!」
「金を払わねぇなら、契約通り村ごと焼き払って肉塊にしてやるぜぇぇッ!」
土煙を上げて迫り来る、武装した山賊たちの先遣隊。
だが、新しく張り巡らされた鋼鉄の防壁を前に、迎撃態勢を整える自警団の兵士たちには、昨日までの絶望の色は微塵もなかった。
鷹人は新しいタバコを取り出し、ニヤリと不敵に口元を吊り上げた。
「へぇ……ずいぶんと威勢のいい集金人だな。――現場の検収が終わった途端に、厄介なクレーマーのお出ましってわけか」
読んでいただきありがとうございます。
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