EP 4
野戦医療の緊急オペと、静かに燃える鷹人の怒り
ガガガガガッ! ギギギィィィッ!
ポポロ村の重厚な北門が、左右へと軋んだ音を立ててこじ開けられた。
吹き込んできたのは、硝煙の刺激臭と、むせ返るような濃密な血生臭さだった。
「イグニス! フェイト君……ッ!」
キャルルがタローマン特注の安全靴を激しく鳴らし、飛び出していく。
門外の砂利道には、胸の分厚い竜鱗を骨ごと両断され、血の海に沈む竜人イグニスと、肩口を切り裂かれて虚ろな目で痙攣するフェイトが横たわっていた。
イグニスの傷口からは、泡立ったドス黒い血液がドクドクと拍動に合わせて噴き出し、体温が急速に奪われていく。
「ひ、ひどい……! 胸郭が完全に開いて、肺と大動脈まであと数ミリしかない……!
――『月影の御手・満月再生』ッッッ!!」
キャルルが膝をつき、両手から眩い月の燐光を放つ。
だが――肉芽がわずかに盛り上がった瞬間、傷口の奥から禍々しい紫黒の妖気がバチバチと火花を散らし、再生しようとする細胞を一瞬で壊死させて弾き飛ばした!
「きゃあっ!? な、何これ……!? 治癒魔法が、傷口の魔力毒に弾かれちゃう……!?」
「空間ごと切り裂く妖刀の『事象断絶の呪詛』や! 切断面の因果が歪んどるせいで、魔法の肉体再生を『異物』として拒絶しとるんやないかい!」
駆け寄ってきたニャングルが算盤を取り落とし、悲鳴を上げる。
マンミアもパイルバンカー盾『アグニ』を地面に突き立て、血の気の引いた顔で叫んだ。
「ま、まずいのであります! このままでは失血死に至るまであと三分も保ちませんぞ……ッ!」
「慌てるな」
取り乱す全員の鼓膜をピシリと叩く、ドスの利いた静かな低音。
赤城鷹人である。
作業ジャケットの袖を肘の上までたくし上げ、手袋を外した両手には、すでに一切の迷いがない。
タバコを携帯灰皿へねじ込むと、頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を起動した。
(地球の紛争地帯の野戦病院と、自衛隊の衛生科が演習終了で廃棄ヤードに放り投げた、完全密閉・滅菌済みの戦傷外科キット……点滴、止血剤、チタン製血管鉗子、人工血液代用液……一式召喚だ!)
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【所持スクラップPt:117,470 Pt】
・カタログ選択:【自衛隊衛生科デッドストック・野戦外科救急医療器具カテゴリー】
・カタログ選択:【高純度生理食塩水・超微粒子止血ナノコラーゲンカテゴリー】
【召喚リスト】
・野戦救急外科手術セット(チタン製剪刀・ペアン鉗子・持針器・滅菌ガーゼ一式)(消費:150Pt)
・戦闘外傷用超高圧止血止血帯(CAT)&高機能ゼオライト止血パウダー(消費:100Pt)
・乳酸リンゲル液500ml点滴パック4本&輸液ラインセット(消費:50Pt)
・生体適合性チタン製医療用ステープラー&吸収性外科手術縫合糸(消費:100Pt)
合計消費Pt:400 Pt ――【召喚実行】
――――――――――――――――――――
――ヒュンッ!
血まみれの砂利道の上に、銀色に輝くステンレス滅菌トレイと、透明な点滴パック、そして無骨な医療器具が整然と出現した。
「キャルル、魔法を一度止めろ! 魔法が弾かれるなら、物理の医学で血管を直接縛り上げるだけだ!」
鷹人はイグニスの傷口へ飛び込むように膝をついた。
自衛隊施設科少尉として、砲火の下で爆裂四散した友軍の四肢をその場で縫合し、泥水の中で命を繋ぎ止めてきた男の、神速の野戦外科処置。
カチッ、カチッ、ジャキッ!
目にも留まらぬ指先の動き。
噴き出す血液の奔流の中へ、鷹人は一切の躊躇なく素手を突っ込み、チタン製のペアン鉗子で拍動する動脈の根元をバチン! と挟み込んで血流を瞬時に遮断した。
「マンミア! その輸液パックを高く掲げろ! イグニスの首筋の静脈へ針を刺すぞ!」
「は、はいっ!」
マンミアが震える手で点滴パックを掲げる横で、鷹人はイグニスの頚静脈へ輸液ラインを一発で確保。急速輸液が開始され、青ざめていた竜人の顔に微かな生気が戻り始める。
続けて、傷口の奥へゼオライト止血パウダーをドカンと流し込む。
ジュワッ! とパウダーが血液を吸って瞬間凝固し、出血がピタリと止まった。
「呪詛で肉が繋がらねぇなら、力づくで物理的に縫い合わせる。……キャルル、傷口の表面だけ、俺の運針に合わせて微弱なマナで細胞の壊死を防げ! 深部の再生は後回しだ!」
「う、うんっ!」
鷹人の手の中で、医療用ステープラーが機械仕掛けのようにリズミカルに火花を散らした。
バチンッ! バチンッ! バチンッ!
両断されていたイグニスの分厚い竜の胸筋が、チタン製の外科ステープルによってミリ単位の隙間もなく完璧に引き合わされ、固定されていく。
続けてフェイトの肩口へ圧迫止血帯をガチリと巻き、切り裂かれた筋肉を吸収糸で目にも留まらぬ早業でかがり縫いしていった。
所要時間――わずか三分。
先ほどまで絶命寸前だった二人の呼吸が、スゥ……スゥ……と穏やかな寝息へと変わった。
危険域を完全に脱したのだ。
「す、すごい……! 血が止まって、脈が力強く戻ってきてる……!」
キャルルが涙を拭い、感嘆の息を漏らす。
「ふぅ……。ひとまず峠は越えたぜ」
鷹人は滅菌ガーゼでイグニスの傷口を覆い、血で汚れた両手をウエスでゴシゴシと拭い上げた。
その背中へ、イグニスの弱々しい声が届いた。
「だ……旦那……。すま……ねぇ……。俺様……手取り十四万のくせに……見張りひとつ……まともに……」
「喋るな、トカゲの兄ちゃん」
鷹人は振り返り、イグニスの頑丈な肩をポンと優しく叩いた。
「お前は現場の持ち場を最後まで守り抜いた。立派な仕事ぶりだ。……あとは、現場監督がケジメをつけてやるから、ゆっくり寝てな」
イグニスは安堵したようにフッと目を閉じ、深い眠りへと落ちていった。
「マンミア、リバロン。二人を地下シェルターの医務室へ運べ」
「了解であります、鷹人殿……!」
「かしこまりました。直ちに最高クラスの安静環境を整えさせます」
二人の担架が門の奥へと運び込まれ、北門前には、再び静寂が戻った。
だが――その静寂は、先ほどまでとは全く異なる、大気を凍りつかせるような重圧を孕んでいた。
――カチッ、シュボッ。
静かな荒野に、鋭く硬質な金属の着火音が響く。
親指の腹でヤスリを弾く。
黄色い百円ライターから灯った橙色の炎で、赤城鷹人は新しいタバコに火をつけた。
深く煙を吸い込み、ゆっくりと青空へ吐き出す。
「…………ふぅーーーーっ」
立ち上る一筋の紫煙。
鷹人は胸ポケットから、大粒の青森県産ニンニクを一片取り出した。
指先で薄皮を剥ぎ、ライターの炎を直接あてがう。
――チリチリチリ……ジュワッ。
パチパチと音を立て、香ばしい狐色の焼き目がついていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
直後、血生臭い空気を一瞬で灼熱へと塗り替える、猛烈に甘美で力強い焦がしニンニクのアロマが爆散した!
鷹人は火を吹き消すと、熱々のニンニクを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。胃袋に火が入ったぜ」
五臓六腑がカッと熱くなり、全身の血液が戦闘態勢の極限へと沸き立つ。
鷹人は紫煙の向こうから、北の街道の彼方を見据えた。
遠くから響いてくるのは、ゼロス率いる私兵軍団の歓声と行軍の地響き。
そして――空中に浮かび、この惨状を全宇宙へ娯楽として垂れ流し続けている、炎上神ワイズの配信ドローンの羽音だった。
「再生数稼ぎのダシに……他人の汗水と血をオモチャにしやがって」
鷹人のドスの利いた静かな低音が、荒野を震わせる。
左腕の傷だらけの金属製腕時計に手を伸ばし、バックルをカチリと外した。
分厚いステンレスのコマを、左手の拳へガチガチと巻き付ける。
「世の中には色んな商売があるがな。……カメラの前で命を弄んで甘い汁を吸う外道だけは、昔から一番虫酸が走るんだよ」
鷹人は頭の中のスキルカタログを開いた。
現在、所持スクラップPtは【117,070 Pt】。
「出し惜しみは無しだ。……地球の戦場で捨てられた本物の鉄の味を、神様気取りのガキどもに骨の髄まで叩き込んでやる」
静かに燃え盛る現場作業員の怒り。
ポポロ村の境界線へ、地球の『戦場遺棄兵器』の真の鉄槌が、解き放たれようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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