第七章 炎上神ワイズの罠と課金勇者ゼロス激突
神界のアルゴリズム特待生・「炎上神ワイズ」の標定
全宇宙を統括する天界――GOD大宇宙管理局、第3種惑星創造神オフィス。
無機質な白磁の床と、何百枚ものホログラムスクリーンが青白く発光する最新鋭の執務室に、苛立ちを孕んだ靴音と、舌打ちの音が響いた。
――チッ。
「何なんですか、これは……。アルゴリズムの予測値から完全に乖離している。説明を求めますよ」
カプチーノの紙カップをデスクへ乱暴に叩きつけたのは、純白のデザイナーズスーツを完璧に着こなした青年神――炎上神ワイズであった。
プラチナブロンドの髪を撫で付け、金の細フレーム眼鏡の奥で、感情を一切宿さない爬虫類のような瞳が不快そうに細められている。
大宇宙管理局の神格試験を史上最年少でスピード通過し、神界の動画配信プラットフォーム『ゴッドチューブ』のアルゴリズムをハックして莫大な視聴数(PV)と投げ銭を稼ぎ出す新進気鋭の特待生。
そのワイズが睨みつけていた巨大モニターには、全宇宙リアルタイム急上昇ランキングが映し出されていた。
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【ゴッドチューブ 全宇宙急上昇ランキング】
・第1位:『元四天王のポポロ山開拓DIY&極寒テントサウナ』(同接:4,500万人)
・第2位:『作業着の兄ちゃんによる重機オーバーホール&直火炙りニンニク飯テロASMR』
・第3位:『ポポロ村の回転寿司オープン! 獲れたてマグローザの解体ライブ』
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・第18位:『【阿鼻叫喚】勇者ゼロスによる隣国要塞の殲滅劇(ワイズ公式チャンネル)』
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「私が何十億もの神素を投資し、シナリオライターを雇い、完璧なマッチポンプで演出した『血湧き肉躍る虐殺劇』が……たったの18位だと?」
ワイズは眉間を指先で強く押さえ、モニターに流れる弾幕コメントを忌々しそうにスキャンした。
『現場の兄ちゃんの重機エンジン音、低音が腹に響いてマジで脳汁出る』
『100円ライターの着火音ASMR、一生聴いてられるわ』
『炙りニンニクとマグローザ大トロの飯テロで天界の残業勢が全員爆死した件』
『余計なトークをしないあのハードボイルドな佇まい、最高に癒やされる』
「バカバカしい……! 下界の矮小な炭素生命体が、タバコを吹かしながら重機をいじり、ニンニクを齧っているだけの粗野な日常動画ですよ!? 演出も、脚本も、スプラッターな刺激も何一つない、ただのドブ臭い労働風景ではないですか! なぜ全宇宙の神々が、このような前時代的な泥臭いコンテンツに熱狂しているのです!?」
ワイズの苛立ちは頂点に達していた。
本来であれば、担当世界神であるルチアナの自堕落な怠慢と赤字経営に付け込み、このアナステシア世界を自分の『ヤラセ炎上スプラッター・ファーム』として完全に掌握するはずだったのだ。
幸いなことに、法と秩序を司る最大の天敵『聖獣機神ガオガオン』は、四神の社内不倫と痴情のもつれによって合体プロトコルを停止し、職場放棄中という絶好のボーナスタイムである。
邪魔者はいないはずだった。
それなのに、あの辺境の限界集落――『ポポロ村』と、そこに居着いた謎の現場作業員・赤城鷹人が発信する動画が、ワイズのチャンネルの帯域とスポンサー予算を根こそぎ奪い去っていたのだ。
「……フッ、いいでしょう」
突如、ワイズの口元に冷酷極まりない嘲笑が浮かんだ。
メガネの奥の双眸に、ドス黒い悪意の光がギラギラと渦巻く。
「視聴者が飽食しているなら、より強烈な『毒』を流し込むまで。……あのポポロ村の呑気なスローライフを、極上の絶望と炎上で塗り替えてやりますよ」
ワイズはデスクのホログラムキーボードを叩き、一つの暗号化回線を接続した。
画面の向こうに現れたのは、金髪をオールバックに固め、身の丈を超える神話級の聖剣を抱えた傲慢そうな青年――ワイズが不正な神素課金でステータスだけを極限までドーピングした操り人形、『課金勇者ゼロス』であった。
『ワイズ様! 次の出番はまだですか!? 俺の力を見せつけたくてウズウズしてるんですよ!』
「ええ、最高の晴れ舞台を用意しましたよ、ゼロス。……ターゲットは、三大国の緩衝地帯にある『ポポロ村』です」
ワイズは冷淡な声でシナリオを指示した。
「あの村は、魔族や犯罪者と裏で内通し、不法な密輸と脱税を行っている『悪の巣窟』という設定にします。君たち私兵軍団が正義の鉄槌を下し、村の防壁を粉砕し、住人たちを一人残らず処刑する様子を、ゴッドチューブで全宇宙へ生中継するのです。……タイトルは【悪徳要塞ポポロ村の公開処刑! 勇者ゼロスの神速殲滅ショー】。これで同接一億人は確実ですよ」
『ハハッ! 最高ですね! 田舎の百姓どもをミンチにして、俺が宇宙一の英雄だってことを証明してやりますよ!』
「念のため、魔皇国から脱走してきた妖刀使い――ネフィリムの剣士ミラースも同行させます。……ポポロ村の連中が、どれほど無残に泣き叫び、命乞いをして散っていくか……。今から配信の数字が楽しみですね」
ワイズは冷え切ったカプチーノを一気に飲み干し、薄暗い執務室で愉悦に喉を鳴らした。
下界の命など、所詮は再生数と投げ銭を稼ぐための「使い捨ての燃料」に過ぎない。
その歪んだ悪意の刃が、ポポロ村へ向けて正確に照準を定めた瞬間であった。
***
一方――マンルシア大陸中央、秋晴れの青空がどこまでも高く広がるポポロ村。
村営アパート『ポポロ・コーポ』のガレージ前には、静かで心地よい朝の空気が満ちていた。
――カチッ、シュボッ。
澄み切った高原の空気に、硬質で鋭い金属の着火音が鋭く響き渡る。
親指の腹でヤスリを無造作に弾く。
取り出したのは、地球の百円均一ショップで調達した、何の変哲もない黄色いプラスチック製の使い捨てライターだ。
唇にくわえた紙巻きタバコの先端へ橙色の炎を近づけ、深く煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
秋空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、朝露に濡れた草木の匂いと混ざり合い、肺の奥から心地よい覚醒を運んでくる。
赤城鷹人は、作業ジャケットのポケットに片手を突っ込み、もう片方の手で巨大なモンキーレンチを握っていた。
左腕の傷だらけの金属製腕時計に目をやると、時刻は午前七時四十五分。
その目の前に鎮座しているのは、愛用の十トンダンプ(いすゞ・ギガ)と、深緑色の二軸油圧クローラドリル、そして黄色い大型油圧ショベル(ユンボ)だ。
先日のドンガン密輸坑道の補強工事と、シーラン海鮮の冷凍輸送を無事に終え、現場の重機たちもひと息ついたところだった。
「……よし。油圧配管の増し締めも終わったし、冷却水のエア抜きも完璧だな」
鷹人は安全靴の爪先でダンプのフロントタイヤをコツンと蹴り、愛おしそうにフロントグリルを撫でた。
キャブの横へ回ると、手慣れた手つきで直結スタータースイッチを捻る。
重厚なセルモーターが、大地を抉るような唸りを上げた!
――キュルルルッ、キュルルルルッ……!
直後、圧縮されたシリンダーの奥で超高圧のディーゼル軽油が爆発的に着火する!
――ズドォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!
ポポロ・コーポの中庭全体を揺るがす、直列6気筒ターボディーゼルエンジンの力強い重低音!
頭上の排気マフラーからモクモクと立ち上る微かな黒煙と、焼けたオイルの匂い。
純粋な内燃機関の爆発が生み出す「機械の命の鼓動」が、百メートル四方の大気をビリビリと心地よく共鳴させていく。
「鷹人の旦那ぁ! おはようございますっ!」
中庭の向こうから、タローマン特注の耐火テントを畳み終えた竜人イグニスが、元気に手を振りながら走ってきた。
その背中には、昨日鷹人が放熱フィンを削り出し、完全オーバーホールを施したばかりの両手斧『クリムゾン・スラッシャー』が誇らしげに背負われている。
「旦那に直してもらったこの斧、マジで重心がピタリと掌に吸い付いて最高だぜ! 今朝の薪割りも、力込めねぇで一瞬で終わっちまったよ!」
「道具の調子が良いなら何よりだ。……だがイグニス、調子に乗ってまた火炎ブレスで民家の壁を焦がすなよ。手取りがまた削られるぞ」
「へへっ、肝に銘じとくぜ! 今日はフェイトと一緒に、北の街道の定期見回り任務に行ってきやす!」
そこへ、ミスリルソードを腰に差したA級冒険者フェイトが、大きなあくびを噛み殺しながら合流した。
「ふわぁ……。鷹人さん、おはようございます。……あー、なんか今朝からちょっと親戚の犬の調子が悪くてですね、コイントスで凶が出たら休もうかと……」
「寝言は寝て言え、フェイト。親戚の犬なんざ現場の欠勤届の理由にならねぇよ。ほら、さっさと歩いて身体動かしな」
「うぐっ、鷹人さんには通用しないかぁ……。分かりましたよ、行ってきます!」
苦笑いしながら手を振るフェイトと、胸を張って歩き出すイグニス。
その背中を見送りながら、鷹人は作業ジャケットの胸ポケットへ手を伸ばした。
取り出したのは、大粒の青森県産ニンニク。
手際よく薄皮を剥ぎ取ると、あの黄色い百円ライターを取り出し、親指でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
揺らぐ小さな橙色の炎。
剥きたての生ニンニクの先端へ、直火をじっくりとあてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
直後、朝の冷気を一瞬で灼熱のスタミナ空間へと塗り替えるほどの、猛烈に甘く香ばしい焦がしニンニクのアロマが中庭全体へ爆散した!
鷹人は火を吹き消すと、軽く焦げ目のついた熱々のニンニクを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。胃袋に火が入ったぜ。血が巡る」
五臓六腑がカッと熱くなり、動体視力と神経伝達が極限まで研ぎ澄まされていく。
鷹人は紫煙をゆっくりと吹き出し、ふと北の街道の空を見上げた。
「…………?」
わずかな違和感。
自衛隊施設科(工作部隊)少尉として数々の修羅場を潜り抜けてきた男の野生の勘が、遠く北の山並みの向こうから漂ってくる「異様な殺気」と「作為的な不協和音」を鋭敏に察知していた。
それは、自然界の魔獣でも、食うために略奪する山賊の気配でもない。
数字と悪意だけを煮詰めたような、ドス黒く冷え切った「商業的な暴力」の足音だった。
「……おいおい。朝っぱらから、ずいぶんと生臭い現場の風が吹いてきやがったな」
鷹人は短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込むと、左腕の金属製腕時計のバックルをカチリと締め直した。
神界から伸びる悪意のカメラと、操られる課金勇者の軍勢。
平和な限界集落ポポロ村を舞台に、現場の職人の誇りと、冷血な炎上神の思惑が正面衝突する大激突の幕が、今まさに静かに上がろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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