EP 10
ポポロ村の回転寿司オープン! 陸と海の幸の大宴会
夕暮れの茜色に染まり始めたポポロ村の中央広場に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。
――カチッ、シュボッ。
親指の腹でヤスリを無造作に弾く。
取り出したのは、地球の百円均一ショップで調達した、何の変哲もない黄色いプラスチック製の使い捨てライターだ。
唇にくわえた紙巻きタバコの先端へ小さな橙色の炎を近づけ、深く煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
暮れなずむ秋空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、遠くから漂う潮風と炊きたての酢飯の甘やかな酸味に混ざり合い、心地よく鼻腔を抜けていく。
赤城鷹人は、中央通りに面した新店舗――『太郎回転寿司握り ポポロ支店』の真新しい木製引き戸の前で、作業ジャケットのポケットに両手を突っ込んでいた。
左腕の傷だらけの金属製腕時計に目をやると、時刻は午後五時三十分。
店の前には、すでに村中の住民やポポロ・コーポの住人たち、さらには地下坑道から上がってきたドワーフの鉱夫たちまでが押し寄せ、黒山の人だかりを作っていた。
「鷹人はん! 準備はどないや!? 表の行列、もう百人超えとるで!」
駆け寄ってきたのは、純金算盤『十露盤』を小脇に抱えた猫耳商人のニャングルだ。
普段のドケチな渋面はどこへやら、耳をピクピクと狂ったように跳ねさせ、真鍮のキセルをガリッと噛み鳴らして目を輝かせている。
「深海王国シーランから届いた『極冷冷凍マグローザ』十本に、特大キングクラブが百杯! 村の隠田で収穫したサンライス(米麦草)の古米も、鷹人はんの精米機でピカピカの新米仕様に化けよった! 回転寿司のレーンが回れば、今夜一晩だけでウチの銀行の金庫が金貨で埋まるわぁッ!」
「焦るなよ。現場の段取りは八分通り片付いてる。……あとは、レーンに『命』を吹き込むだけだ」
鷹人は短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込むと、作業ジャケットの袖を腕まくりして店の裏庭へと回った。
そこには、昨晩のうちにユニークスキル【リサイクルマスター】で召喚しておいた、地球の大型寿司チェーン店倒産品の『無菌搬送コンベアレーンシステム』と、それを駆動するための定置型ディーゼル発電機が据え付けられていた。
鷹人は工具箱からラチェットレンチを抜き、テンショナーのボルトをカチリと締め上げる。
続けて燃料コックを開き、発電機のセルスイッチを捻った。
――キュルルルッ、キュルルルルッ……!
直後、圧縮されたシリンダーの奥で超高圧の軽油が爆発的に着火する!
――ズドォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!
大地を真下から突き上げるような、重厚極まりない直列4気筒ディーゼルエンジンの咆哮!
排気マフラーから微かに吹き上がる軽油の排気煙と、焼けたオイルの匂い。
純粋な内燃機関の爆発が生み出す、腹の底を直接揺さぶる「機械の命の鼓動」が、夕暮れの広場全体をビリビリと共鳴させていく。
「おお……! 回った、回ったでぇッ!!」
店内のカウンターをぐるりと囲む全長三十メートルの樹脂製コンベアベルトが、滑らかな電子音とともに静かに回転を始めた。
ガラリと暖簾をくぐり、鷹人が厨房の板場へ立つ。
その横には、すでに仕込みを終えた料理自慢のおばちゃん軍団と、手拭いを頭に巻いた半神の鍛冶青年ヒエンが包丁を構えて並んでいた。
「兄貴! ネタの解凍、完璧に仕上がってるぜ!」
ヒエンが指差した保冷ケースの中には、深海からマイナス六十度で直送され、細胞膜を一切壊さずに急速解凍された海の至宝たちが、妖しいまでの輝きを放っていた。
ルビーのように深紅に透き通るマグローザの極上赤身。
雪のようなサシが均一に入り、体温で溶け出す大トロと中トロ。
殻から引き抜かれたキングクラブの極太脚肉は、繊維の奥まで瑞々しく弾けそうに膨らんでいる。
さらに、村の特産である肉厚の『肉椎茸』の甘辛煮、ネギオから分けてもらった神聖ネギ『ネギカリバー』の小口切り、そして畑から届いた採れたてのワサビ草。
「よし、開店だ! 暖簾を出せ!」
鷹人のドスの利いた現場号令とともに、表の引き戸が一斉に開け放たれた!
「「「うおおおおおおおおッッッッ!!!!」」」
雪崩を打って店内へ突入してくる村人たち。
カウンター席の上座には、新村長のキャルルと、パイルバンカー盾『アグニ』を背負った自警団長マンミアが陣取っていた。
テーブル席には、ポポロ・コーポの主たち――葉巻をくわえた竜王デューク、銀髪を揺らす狼王フェンリル、黄金リーゼントのリキ兄貴、不死鳥の母フレア、さらには街道を走ってきた配達員の始祖竜ロードまでが肩を並べている。
「す、すごい……! お皿に乗ったお料理が、目の前を自動で流れていくよぉ!」
キャルルが真紅の瞳をキラキラと輝かせ、タローマン特注の安全靴をパタパタと鳴らす。
マンミアも琥珀色の瞳を見開き、耳をピーンと立てて息を呑んだ。
「な、なんという高度な兵站輸送システム……! 補給線をベルトコンベア化することで、配膳のタイムラグを完全にゼロに抑えておりますぞ……!」
「兵站ちゃうわ、回転寿司や!」
ニャングルの鋭いツッコミが飛ぶ中、鷹人は板場で豪快に握り始めた。
地球の寿司職人の所作をトレースした、無駄のない三手握り。
ふっくらと空気を含ませたシャリの上に、ワサビ草をサッと乗せ、分厚く切り落としたマグローザの大トロを覆い被せる。
だが――ここからが、現場の兄ちゃん・赤城鷹人の真骨頂だった。
「へいお待ち! まずはポポロ名物――『マグローザ大トロの直火炙りニンニク岩塩握り』だ!」
鷹人は胸ポケットから、大粒の青森県産ニンニクを三房取り出した。
手際よく薄皮を剥ぎ取ると、あの黄色い百円ライターを取り出し、親指でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
揺らぐ小さな橙色の炎。
剥きたての生ニンニクの先端へ、直火をじっくりとあてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
直後、店内に充満していた魚と酢の香りを一瞬で灼熱のスタミナ空間へと塗り替えるほどの、猛烈に甘く香ばしい焦がしニンニクのアロマが爆散した!
鷹人は熱々の炙りニンニクをサバイバルナイフで極薄にスライスすると、大トロの表面にピタリと乗せ、地球の調理用ガストーチで一気に煽った!
――ボオオオオッッッッ!!!!
大トロの表面の脂がジュワッと音を立てて泡立ち、焦げたニンニクと醤油の香気が立ち上る!
赤と黒の漆塗り皿に乗せられた二貫の握りが、回転レーンへとスッと流された。
「「「っっっ!!!!」」」
カウンターの全員が同時に喉を鳴らした。
キャルルが待ちきれない様子で皿を取り、口の中へ放り込む。
――ハフッ、ジュワッッッッ!!!!
「――!!!!????!!!!」
キャルルの全身を、雷鳴のような衝撃が突き抜けた!
口に入れた瞬間、大トロの極上の脂が体温で一瞬にしてトロリととろけ、舌全体を甘美な旨味の膜で包み込む。
そこへ、直火で炙られたニンニクの暴力的な香ばしさと、大粒の岩塩のキレがガツンと脳天を直撃した!
「おいひいぃぃぃぃぃぃッッッッ!!!!」
キャルルが両手を頬に当て、真紅の瞳から涙をポロポロと零した。
「お魚の脂が……お肉より濃厚なのに、全然しつこくないよぉ! 炙ったニンニクとお醤油の香ばしさが合わさって、噛むたびにほっぺたが落っこちそうだよぉぉッ!」
「わ、私も……! いただきますであります!」
隣のマンミアも震える手でキングクラブのこぼれ軍艦を取り、口いっぱいに頬張った。
――シャクッ、プリッ、ジュワァァッ!
「んんぅぅぅ……っ♡」
マンミアの褐色の頬がボッと一瞬で真っ赤に染まる!
太いカニの繊維から溢れ出す、極限まで濃縮された海の甘み。
その上に添えられたネギオのネギカリバーの清涼な香味と、海苔の磯の香りが完璧なハーモニーを奏でる。
マンミアの長い馬尾がブンブンと扇風機のように猛烈な回転を始めた!
「美味い……あまりにも力強く、気高い味であります……ッ! 海と陸の恵みが、鷹人殿の掌の中で一つに結ばれている……! 私の……私の処女の胃袋が、またしても完全に貫かれてしまったであります……ッ!(トゥンク……!)」
「いや姐さん、寿司食うて発情すんのやめぇや!」
ニャングルのツッコミを他所に、店内はもはや完全なる熱狂の渦と化していた。
「親父! マグローザの漬けを十皿だコノ野郎ォッ!」
リキ兄貴が黄金リーゼントを揺らしながら皿を積み上げる。
「うめぇ……! この赤身、闘気がみなぎってきやがる! パチンコで負けた心の傷が全部塞がっていくぜぇ!」
フェンリルが涙を流して大トロを貪り食う。
「……フン。魚の鮮度、酢飯の温度、そして炙りニンニクの配分……一切の隙がない。我が魂の豚骨スープに匹敵する、至高の仕事だ」
竜王デュークが珍しく目を細め、マイ鉄箸でピラダイの握りを静かに味わっていた。
「ガハハ! ドンガンの炭鉱野郎にも寿司を流せぇ! 度数四十度のイモッカと大トロ、最高じゃねぇか!」
ドワーフの親方衆が竹筒を打ち鳴らし、大歓声を上げる。
そこへ――店の入り口の引き戸がガラリと開き、泥だらけの芋ジャージを着た少女が、這うようにして滑り込んできた!
「お、お寿司の匂いがしますわぁぁぁッ!!」
人魚姫リーザである。
両手には引っこ抜いたばかりの雑草の束を握りしめ、泥と汗で顔をグシャグシャにしながら、レーンを流れるマグローザの大トロを見つめて目を血走らせている。
「キャルル様! 鷹人の旦那様! 外周道路十キロの草むしり、手作業で全部やり切りましたのぉぉッ! 根っこまで一本残らず引っこ抜いてきましたわ! だから……だからお願いですの! 私にも、母国のお魚を一口食べさせてくださいましぃぃーーッッッ!!」
リーザは床に膝をつき、必死の形相で頭を擦り付けた。
キャルルとニャングルが顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
「ふふっ、本当に全部むしってきたんだね。えらいえらい」
「しゃあないな。約束を守った奴には、きっちり現物支給したるのがポポロ村のルールや」
板場から、赤城鷹人がトン! と特大の大皿をカウンターへ置いた。
大トロ、中トロ、赤身、キングクラブのこぼれ軍艦が、宝石のように美しく山盛りに盛り付けられている。
「ほらよ、リーザ。現場のノルマを達成した職人への、正当な報酬だ。……腹一杯食いな」
「いただきますぅーーーッ!! 神様仏様作業着様ぁーーーッッッ!!」
リーザは叫びながら皿へ飛びつき、大トロの握りを口の中へ放り込んだ!
――ハフッ、ハフッ、ジュワッッッッ!!!!
「――っっっ!?!?!?(大爆発)」
リーザの瞳から、大粒の涙が滝のように吹き上がった!
雑草と焦げたパンの耳を齧り続けてきた彼女の五臓六腑へ、母国の極上の脂と米の甘みが染み渡っていく。
「う……う、うんめぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!! 回らないお寿司より、この回るお寿司の方が一億倍美味しいですのぉぉッ! 生きてて……生きてて良かったですわぁぁーーッ!!」
涙を流しながら寿司を貪り食う人魚姫の姿に、店内はドッと温かい爆笑に包まれた。
宴が最高潮を迎え、誰もが腹を抱えて笑い、美味そうに皿を重ねていく。
鷹人は板場から少し離れ、店の勝手口の濡れ縁に腰を下ろした。
群青色の夜空を見上げれば、満天の星々と、穏やかに輝く白い月。
胸ポケットから紙巻きタバコを取り出し、唇にくわえる。
――カチッ、シュボッ。
親指でヤスリを弾く。
夜風の中に揺らぐ、小さな橙色の炎。
先端に火を移し、深く煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
星空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
タバコのツンとした香りと、店の中から漏れ聞こえるディーゼルエンジンの力強い重低音が、心地よく夜気に溶け合っていく。
その瞬間、頭の中に澄み切った壮大なファンファーレが鳴り響いた。
――ピロリロリロリロリロリロリンッッッ♪
『超特大規模・地域経済完全確立善行を検知しました』
『事象:深海王国シーランおよび地下帝国ドンガンを結ぶ【陸海空・三極経済共栄圏】の完全樹立』
『事象:ポポロ村の食糧自給・外貨獲得インフラ(回転寿司流通網)の恒久稼働』
『判定:一切の私欲なき、極めて誠実な現場技術と物流統括による世界平和への貢献』
『スクラップPt +20,000Pt を獲得しました』
ステータス画面を開くと、所持スクラップPtは【137,470 Pt】という、もはや国家予算に匹敵する領域へと跳ね上がっていた。
「ふ……悪くねぇ現場だったな」
鷹人はふと左腕の傷だらけの金属製腕時計に目を落とし、ニッと笑った。
地下の密輸坑道を直し、頑固ドワーフを唸らせ、四天王の魔将と酒を酌み交わした。
深海の絶対女王の心を美味い飯で撃ち抜き、時空を超える配達竜のチャリを直し、金庫を頑丈に仕立てて悪ガキを諭した。
そして今、種族も神格も立場も超えた仲間たちが、同じ屋根の下で肩を並べ、美味い寿司を食って笑い合っている。
「言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、あとはエンジン音があれば世界中どこでも生きていける」
それが、赤城鷹人が泥水啜って培ってきた、世界でただ一つの絶対の真理だった。
短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込んで揉み消し、鷹人は立ち上がった。
だが――星空の遥か彼方、天界のネット空間の片隅から、このポポロ村の温かな光を冷酷に射抜く、ドス黒い悪意の視線が忍び寄っていることを、現場の兄ちゃんはまだ知る由もなかった。
神界のアルゴリズム特待生・炎上神ワイズ。
数字と再生数だけを追い求める冷血な神の罠が、ポポロ村の平穏を飲み込もうと動き出していた――。
赤城鷹人の異世界現場仕事は、次なる激震の嵐――『第7章:炎上神ワイズの罠と課金勇者ゼロス激突』へと続いていく。
読んでいただきありがとうございます。
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