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『異世界のゴミ召喚士〜元自衛隊工作員、重機と野戦メシで限界集落を最強要塞にする〜』  作者: 月神世一


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EP 7

女王の落涙と「マグローザ冷凍物流網」の確立

 外洋境界線『シーラン海嶺沿岸』の砂浜に、灰色の潮風が静かに吹き抜けていく。

 波打ち際では、直径一メートルの巨大鋳鉄中華大鍋から、本枯節と利尻昆布、焼きあごの黄金出汁、そして直火で炙られたニンニクの暴力的な芳香が、白い湯気となって立ち上り続けていた。

 深海王国シーランの絶対君主、神話の女王リヴァイアサンは、空になった木鉢を両手で抱きしめたまま、微動だにせず立ち尽くしていた。

 その透き通るような白肌にはカッと健康的な紅潮が宿り、黄金の双眸からは、ボロボロと大粒の真珠のような涙が零れ落ちて砂浜を濡らしている。

『あぁ……なんという温もり……。なんという深遠なる旨味の奔流なのだ……! 我が海原が育んだキングクラブの甘みも、ピラダイの脂も、この直火炙りニンニクと黄金出汁の前では、すべてが至高の奇跡へと昇華されておる……ッ!』

「お、お母様が……あの冷酷無比で、深海の氷より厳しいお母様が、木鉢を抱えて号泣しておられますわ……!?」

 ダンプのあおりの陰で、小豆色芋ジャージ姿の人魚姫リーザが、信じられないものを見る目で両手を頬に当てていた。

 平伏していた鯱目族のオルカ隊長たちも、主の落涙に顎が外れんばかりに驚愕している。

 そんな狂騒の中、赤城鷹人だけは至ってマイペースに作業ジャケットの内ポケットへ手を伸ばした。

 取り出したのは、少し潰れた紙巻きタバコの箱と、あの安っぽい黄色いプラスチック製の百円ライター。

 静まり返った海岸に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。

 ――カチッ、シュボッ。

 親指の腹でヤスリを無造作に弾く。

 揺れる小さな橙色の炎。先端に火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。

「…………ふぅーーーーっ」

 青空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。

 ツンとしたタバコの香りが、磯の匂いと硝煙を心地よく切り裂いていく。

 鷹人は携帯灰皿へ灰をトントンと落とすと、平然とした目で女王リヴァイアサンを見下ろした。

「腹が満ちたなら、話の段取りをつけるぞ、女王さん。……どうだい。みかん箱の上で泥水啜ってる娘の生き様を、ただの恥さらしで切り捨てる気は、まだ残ってるかい?」

 女王リヴァイアサンは木鉢をそっと砂浜へ置き、人型の姿のまま、深く重いため息を吐き出した。

 その眼差しには、もはや娘を力づくで連れ戻そうとする殺気は欠片も残っていない。

 しかし、その眉間には、一国の主としての、そして母親としての深い苦渋が刻まれていた。

『……認めよう、赤城鷹人殿。我が娘リーザの瞳に、王族の甘えではなく、泥を啜ってでも自らの足で立とうとする職人の光が宿っておることは、この舌と魂で理解した。……だがな、現場の男よ。現実は、そう甘いものではないのだ』

「あん?」

『シーランの海産物は、地上では金と同じ価値を持つ。だが、荒波の怪魚マグローザも、キングクラブも、水揚げした瞬間から急激にマナが揮発し、わずか半日で腐敗が始まるのだ。氷属性の魔導具で冷やしたところで、氷の結晶が肉の細胞膜を破壊し、解凍すれば旨味の肉汁(ドリップ)がすべて流れ出て、パサパサのカスしか残らん! 帝都の貴族街へ運ぶことすら困難な鮮度管理の壁……それを越えられぬ限り、リーザがいくら地上で歌おうと、日銭も稼げず野良犬と残飯を争う極貧生活へ逆戻りするのは明白ではないか!』

 母親としての痛切な叫び。

 横で聞いていた猫耳商人のニャングルが、純金算盤『十露盤』をパチリと弾き、苦虫を噛み潰したような顔でキセルを咥え直した。

「せ、せやねん……! 女王はんの言う通りや! シーラン国の魚介は天下一品やけど、保冷魔導具の技術が中世レベルで止まっとるから、陸上への輸送コストと廃棄率がバカ高くて商売にならんかったんや! ウチのゴルド商会でも、冷凍輸送の壁だけは崩せへんかったんや……!」

「なーんだ。そんなことかよ」

 拍子抜けしたような、鷹人の気の抜けた声が響いた。

 全員の視線が一斉に鷹人へ集まる。

「そ、そんなこととは何事だ、人間! これは我が国の何千年来の国家課題なのだぞ!?」

 オルカ隊長が青筋を立てて叫ぶ。

「魔法の氷で冷やすから失敗するんだよ。……現場の物理法則を無視して、ただ冷気だけ当てりゃあ、水分が氷の結晶になって細胞壁をズタズタに引き裂くのは当たり前だ。必要なのは、氷の魔法じゃねぇ。マイナス六十度で一気に細胞の時間を止める――『本物の急速冷凍技術(コールドチェーン)』だ」

「きゅうそく……れいとう……?」

 女王リヴァイアサンが目を丸くする。

「段取り八分、仕事二分だ。……設備がねぇなら、現場に据え付けるだけだぜ」

 鷹人は短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込むと、頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を起動した。

 現在、所持スクラップPtは【103,050 Pt】。

 カタログの「食品工場解体資材・超低温物流プラント」のカテゴリーを一気に検索する。

(地球の大手水産加工場や遠洋マグロ漁業基地が、倒産とライン刷新でスクラップヤードに放り投げた、極上の業務用急速冷凍コンテナとプレハブ冷蔵プラント……コンプレッサーも冷媒配管も、完全メンテ済みの日本規格だ!)

――――――――――――――――――――

【所持スクラップPt:103,050 Pt】

・カタログ選択:【水産加工場倒産品・超低温急速冷凍プラントカテゴリー】

・カタログ選択:【定置型大型ディーゼル発電機&高圧配管資材カテゴリー】

【召喚リスト】

・三菱重工製・40フィート超低温急速冷凍コンテナユニット(マイナス60℃対応・急速ブラスト凍結仕様)(消費:4,500Pt)

・デンヨー製・防音型大型ディーゼル発電機(200kVA・軽油直結仕様)(消費:2,000Pt)

・業務用自動真空包装機(ノズル式・高耐久脱気パック仕様)2台(消費:800Pt)

・十トンダンプ用・高断熱冷凍冷蔵コンテナ架装ボディ一式(消費:1,500Pt)

・高圧冷媒銅配管、フレキシブルホース、特殊冷凍機油一式(消費:200Pt)

合計消費Pt:9,000 Pt ――【召喚実行】

――――――――――――――――――――

 ――ズドォォォォォォォンッッッッ!!!!

 砂浜全体が、かつてない凄まじい地響きとともに揺動した。

 空間がグニャリと歪み、砂煙を巻き上げながら、巨大な純白の鋼鉄コンテナと、無骨な緑色の大型発電機がドカリと大地に落ちてきた!

 全長十二メートルを超える、分厚いウレタン断熱材に覆われた巨大な冷凍コンテナ。

 その側面には、無骨な冷凍機ユニットと大型ファンが鎮座している。

「ひ、ぎゃああああっ!? な、なんやこの巨大な白い鉄の神殿はぁぁッ!?」

「魔力の波動が一切ないのに、圧倒的な金属の質量感だ……!」

 ニャングルが腰を抜かし、オルカ隊長たちが三叉銛を取り落としそうになる。

 だが、鷹人は安全靴の爪先で発電機のフレームをコツンと蹴ると、腰の工具袋からパイプレンチとラチェットを引っ張り出した。

「おい、オルカ隊長! ドワーフに負けねぇ筋肉があるなら手ェ貸せ! そっちの極太三相ケーブルを発電機の端子盤へ繋ぐぞ!」

「は、はひッ! 了解でありますッ!!」

 鷹人の鋭い現場号令に呑まれ、屈強な鯱の戦士が思わず直立不動で駆け寄った。

 自衛隊施設科(工作部隊)仕込みの神速の設備工事。

 冷媒配管のフレア加工を瞬時に仕上げ、トルクレンチでカチリと締め上げる。真空引きを済ませて冷媒ガスを一気に充填し、ダンプのタンクから軽油ラインを発電機へ直結した。

 所要時間――わずか十五分。

「よし、心臓を回すぞ!」

 鷹人が発電機のキースイッチを捻った!

 ――キュルルルッ、ズドォォォォォォンッッッッ!!!!

 重厚なディーゼルエンジンが唸りを上げ、規則正しいアイドリング音が海岸に轟く。

 電力が通ると同時に、冷凍コンテナの大型スクリューコンプレッサーが、低く頼もしい回転音を響かせ始めた!

 ――フォォォォォォォン……ッ!

 コンテナの頑丈な気密扉を開け放つと、中から吹き出してきたのは、肌に触れた瞬間に水蒸気が凍りつくような、凄まじいマイナス六十度の超低温ブラスト冷気だった!

「な……な、何だこの冷気はぁッ!? 氷の魔導士の吹雪すら遥かに凌駕する、絶対零度の極寒空間だと……!?」

 オルカ隊長が息を呑む。

「見てな」

 鷹人は砂浜に転がっていた、獲れたてのキングクラブの極太脚肉と、水揚げされたばかりのピラダイを丸ごと一匹掴み上げた。

 それを召喚した真空パック機にセットし、ペダルを踏み込む。

 ――シュパァァァッ! ジュッ。

 一瞬で空気が抜かれ、透明な高耐久フィルムに密着包装された魚介類。

 鷹人はそれを冷凍コンテナの急速凍結棚へ放り込み、ゴツいハンドルレバーで扉を密閉した。

「最大出力の急速ブラスト凍結だ。……最大氷結晶生成帯であるマイナス一度から五度までを、わずか数分で一気に突き抜ける。そうすりゃあ、氷の結晶が細胞を傷つける暇もなく、水揚げされた瞬間の鮮度と旨味が、分子レベルでそのまま『時間停止』するんだよ」

 ――十分後。

 カチャリ、と重厚な気密扉が開けられた。

 取り出されたピラダイとカニ肉は、カチコチに凍りつき、表面には美しい霜のヴェールが均一に張られていた。

 鷹人はそれを、先ほどの中華大鍋の横に用意した清らかな流水へ晒し、一気に急速解凍する。

 ――サァァァァ……。

 氷が溶け去った瞬間、女王リヴァイアサンとオルカ隊長の目が、頭蓋から飛び出さんばかりに見開かれた!

「ば……馬鹿なッ!? ドリップ(肉汁)が……一滴も流れ出ておらん……!?」

『解凍したというのに、皮の弾力も、目の輝きも、エラの鮮やかな紅色も……今まさに海から引き揚げた瞬間と寸分違わぬではないかぁぁッ!!』

 鷹人はサバイバルナイフでピラダイの身をサッと薄切りにし、女王の前へ差し出した。

「食ってみな。冷凍と解凍の理屈が通ってりゃ、魚はいつでも獲れたての命の味がする」

 女王リヴァイアサンは震える指先で刺身をつまみ、口へと運んだ。

 ――シャクッ、プリッ……!

「――ッッッッ!!!!」

 女王の全身に、雷鳴のような衝撃が突き抜けた!

 コリッコリとした力強い歯ごたえ! 噛み締めた瞬間にじゅわっと溢れ出す、濃厚で上品な甘美な脂!

 水っぽさも、生臭さも完全に皆無。海の中で泳いでいたそのままの生命力が、口いっぱいに弾け飛んだのだ!

『う……美味い……ッ! 美味すぎる……ッ!! 冷凍の魚が、なぜこれほどまでに瑞々しく、生命の躍動を保っておるのだ……ッ!?』

「へへっ、これが地球の食品冷凍工学の力だ。……この急速冷凍コンテナを沿岸部の集荷基地に据え付け、俺のダンプの荷台に積んだ冷凍ユニットでポポロ村へ運べば、毎日獲れたてのマグローザもキングクラブも、鮮度百パーセントのまま陸上全域へ届けられるぜ」

「ひ、ひぃぃぃ……! 勝った! ウチらの大勝利やぁぁッ!!」

 ニャングルが算盤を頭上に掲げて狂喜乱舞した。

「シーランの極上海産物が、鮮度ゼロ劣化でポポロ村へ直送……! 帝都の全料亭も、三大国の貴族街も、ウチらの冷凍マグローザに平伏して巨額のキャッシュを落とすでぇぇッ!!」

 女王リヴァイアサンは静かに息を整えると、波打つ青緑の髪を払い、赤城鷹人に向かって深々と頭を下げた。

『見事だ、赤城鷹人殿。貴殿の工学技術と現場の哲学、このリヴァイアサン、魂の底から感服した。……我がシーラン国は、ポポロ村との間に【深海特産品独占冷凍輸送協定】を締結することを、ここに宣言する!』

「お母様……!」

 リーザが涙ぐみながら駆け寄る。

 女王は娘の顔を優しく見つめ、フッと柔らかな母の笑みを浮かべた。

『リーザよ。貴女のポポロ村滞在と、地上でのアイドル活動を正式に公認しよう。……ただし条件がある。月に一度、この冷凍便に乗せて、貴女の元気な歌声の魔導録音石と、鷹人殿の作った美味い飯のレシピを私へ届けること。……よいな?』

「は、はいっ! 約束しますわ、お母様ぁぁッ!!」

 リーザが飛びつき、母娘がしっかりと抱き合った。

 鷹人はその光景を見届けながら、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを取り出した。

 手際よく薄皮を剥ぎ、黄色い百円ライターでヤスリを弾く。

 ――カチッ、シュボッ。

 小さな橙色の炎で、生ニンニクの先端を直接じっくりと炙る。

 ――チリチリチリ……ジュワッ。

 パチパチと音を立てて香ばしい狐色の焼き目がついていく。

 滲み出る濃厚な植物油のエキス。

 直後、冷涼な潮風を一瞬で塗り替えるほどの、猛烈に甘く香ばしい焦がしニンニクのアロマが空間全体へ爆散した!

 鷹人は火を吹き消すと、軽く焦げ目のついた熱々のニンニクを前歯でカリッと噛み砕いた。

 ――シャクッ。

「……ん。胃袋に火が入ったぜ。いい現場のケジメがついた」

 五臓六腑がカッと熱くなり、全身に新しい活力がみなぎってくる。

 その瞬間、頭の中に澄み切った軽快な電子音が鳴り響いた。

 ――ピロリロリンッ♪

『超特大規模善行を検知しました』

『事象:深海王国シーランとポポロ村間の【超低温冷凍物流網(コールドチェーン)】の完全開通』

『事象:王家親子の精神的和解および王女リーザの安全な自立労働環境の公認』

『判定:一切の私欲なき、極めて高度な物流工学と人道支援による地域融和』

『スクラップPt +15,000Pt を獲得しました』

(よしよし、消費分を引いても所持ポイントは【109,050 Pt】か。大台を突破してさらに余裕ができたな)

 鷹人は胸の中でニヤリと笑うと、新しいタバコに火をつけた。

 ――カチッ、シュボッ。

「言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、あとはエンジン音があれば世界中どこでも生きていける。……さて、お前ら! 獲れたてのマグローザを満載して、ポポロ村へ凱旋するぞ!」

「「「おーっっっ!!!!」」」

 十トンダンプの直列6気筒ディーゼルエンジンが再び地鳴りのような咆哮を上げる!

 陸と海を結ぶ巨大な物流の架け橋を切り拓いた現場の兄ちゃん・赤城鷹人の足跡は、大陸の未来をさらに大きく塗り替えようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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