EP 6
絶対君主リヴァイアサン降臨! 地球の廃棄出汁パックと海鮮中華鍋
――ズドォォォォォォォォォンッッッッ!!!!
南へ伸びる未舗装の海岸街道を、黄色い巨体が地鳴りを立てて爆走していた。
赤城鷹人がハンドルを握る十トンダンプ(いすゞ・ギガ)である。
直列6気筒ターボディーゼルエンジンが唸りを上げ、頭上のマフラーからモクモクと吐き出される黒煙と焼けたオイルの匂いが、吹き抜ける潮風を豪快に塗り替えていく。
助手席では猫耳商人のニャングルが、揺れる車内で必死に純金算盤『十露盤』を抱きかかえながら目を回していた。
「ひ、ひぃぃぃ……! 鷹人はん、アクセル踏みすぎや! 時速八十キロでダンプがドリフトしとる! 算盤の珠が全部右に寄ってまうわぁッ!」
「揺れに文句言うなよ。現場へ急ぐなら、車輌のトルクを使い切るのが鉄則だ」
鷹人は滑らかなシフトチェンジでカーブを曲がり切り、バックミラーを一瞥する。
荷台のあおりの陰では、自警団長マンミアが四肢を踏ん張って仁王立ちし、その足元で人魚姫リーザが小豆色芋ジャージの裾を掴んで震えていた。
「だ、旦那様ぁ……! 海が……お母様の縄張りが近づいてきますの……! 潮の匂いに混ざって、お母様の放つ絶対零度の殺気とプレッシャーが肌をチリチリ刺してきますわぁぁッ!」
「心配すんな。親娘のトラブルなんざ、現場の段取り一つでどうとでも収まるもんさ」
やがて視界が開け、灰色の荒波が打ち寄せる断崖絶壁――大陸南方の外洋境界線『シーラン海嶺沿岸』へと到着した。
ダンプがエアブレーキの快音とともに停車する。
――プシューーーッッ!
車を降り、砂利混じりの砂浜に安全靴の爪先を突き立てた瞬間だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……ドバァァァァァンッッッッ!!!!
沖合数百メートルの海面が、まるで巨大な爆薬を起爆させたかのように真っ二つに裂けた!
天を衝く巨大な水柱とともに、荒れ狂う大渦の中心から姿を現したのは、全長百メートルを優に超える蒼茫たる偉容――神話の海竜、深海王国シーランの絶対君主『女王リヴァイアサン』その人であった。
全身を覆うエメラルドグリーンの硬質な竜鱗。その頭部からは王冠のような二本の青氷角が伸び、黄金の双眸が鋭く地上を睥睨している。
ただそこに浮上しているだけで、大気中の湿度が臨界に達し、呼吸するだけで肺が凍りつきそうなほどの神話級の水圧と威圧感が押し寄せてくる。
「ひ、ヒイィィィィッ!? ほ、本物の怪獣やないかい!!」
ニャングルが腰を抜かして砂浜に尻餅をついた。
先導していた鯱目族のオルカ隊長たち十数名が、即座に砂浜へ平伏し、三叉銛を地面に突き立てる。
「ははぁッ! 女王陛下! 第一王女リーザ殿下をお連れいたしました!」
水竜の喉元が青白く発光し、大気をビリビリと共鳴させる地鳴りのような美声が轟いた。
『――我が愚かしき娘、リーザよ。帝都の大舞台で輝いていると誇らしげに手紙を寄越しておきながら、そのみすぼらしい小豆色の布切れは何事か。足元のみかん箱と自作マイクは何事か! 道端で野良犬と廃棄弁当を争奪するなど……シーラン王家の誇りはどこへ捨て去ったのだ!』
「ひぃっ……! ご、ごめんなさいお母様ぁぁッ! でも私、歌で全宇宙を救う夢を諦めたくないんですのぉぉッ!」
リーザがダンプのあおりの陰に隠れ、涙目で叫ぶ。
女王リヴァイアサンの黄金の瞳がギラリと怒りに燃え上がった。
『問答無用! 連れ戻し、深海牢獄にて三千回のお見合いと礼儀作法を叩き込む! ……そしてそこの、薄汚れた作業着を着た人間の男よ。貴様が我が娘を唆し、怪しげな鉄の箱に乗せてここまで運んできた下界の輩か? 王族を侮辱した罪、この海嶺ごと大津波で押し流して――』
「おいおい。でっかい図体して、朝っぱらからピーチクパーチクと騒ぐなよ」
津波のような殺気をピシリと切り裂く、気の抜けた、だが異様に通るドスの利いた低音。
赤城鷹人である。
鷹人は作業ジャケットの内ポケットへ手を伸ばすと、少し潰れた紙巻きタバコの箱を取り出し、一本を唇にくわえた。
取り出したのは、地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製のライター。
潮風が吹き荒れる荒野の海辺に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く木霊した。
――カチッ、シュボッ。
親指の腹でヤスリを無造作に弾く。
揺れる小さな橙色の炎。
先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
青空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、漂っていた磯臭い海風と神話級の威圧感をスーッと解きほぐしていく。
「……なに?」
水竜の巨躯が、わずかに揺らめいた。
並の人間なら失禁して平伏する神話の気圧を前に、眉毛一本動かさず、平然とタバコを吹かしている二十五歳の現場作業員。
「娘のツラをちゃんと見てやりな、母親さん。ジャージはボロいし、懐にゃ五円玉しか入ってねぇが……こいつの目を見りゃあ、現場で魂を売ってねぇことくらい一発で分かるだろ。みかん箱の上で泥水を啜りながらでも、自分の力で立って客を沸かせてんだ。親がその覚悟を頭ごなしに否定してどうすんだよ」
『貴様に……貴様のような下界の作業員風情に、我がシーランの王道が分かってたまるか!』
「王道なんざ知らねぇが、現場の筋なら知ってるぜ。……百年前、お前らに美味い出汁とタオルを届けて同盟を結んだっていう初代皇帝(佐藤太郎)のことは聞いてる。だがな、海を愛する女王さんよ」
鷹人はニヤリと無精髭の口元を吊り上げた。
「あんた、百年前に貰った出汁パックの味で満足して、そこで舌の現場が止まってんじゃねぇのか?」
『な……何だと……ッ!?』
「腹が減っちゃあ、まともな親子喧嘩もできねぇ。……現場監督から、海の女王への極上の野戦飯を振る舞ってやるよ。話のケジメをつけるのは、それを腹一杯かっ喰らってからだ」
鷹人はタバコを携帯灰皿へねじ込むと、頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を起動した。
現在、所持スクラップPtは【103,750 Pt】。
カタログから「地球の最高級料亭廃棄品・プロ仕様調理プラント」を一気に検索する。
(地球の老舗料亭が店舗移転でデッドストックにしていた、賞味期限間近の特上鰹節、利尻昆布、焼きあごの混合黄金出汁パック……それに、特注の極厚鉄板大鍋と高火力中華バーナー……一式召喚だ!)
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【所持スクラップPt:103,750 Pt】
・カタログ選択:【高級料亭倒産品・特上天然乾物・最高級出汁カテゴリー】
・カタログ選択:【プロ用厨房機器・高火力プロパンバーナー&鋳鉄大鍋カテゴリー】
【召喚リスト】
・京都老舗料亭御用達:特上本枯節・天然利尻昆布・長崎産焼きあご混合出汁パック(特大業務用)5袋(消費:150Pt)
・野外用超高火力プロパン2重バーナー&大容量ガスボンベ一式(消費:300Pt)
・板前特注:直径1メートル極厚鋳鉄平底中華大鍋(消費:200Pt)
・地球の特選白醤油、熟成純米酒、天然天日塩一式(消費:50Pt)
合計消費Pt:700 Pt ――【召喚実行】
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――ズドォォォンッ!
砂浜の上に、鈍く黒光りする巨大な鋳鉄中華大鍋と、轟々と青白い業火を吹き上げる超高火力バーナーが出現した!
「オルカ隊長! ボーッと突っ立ってねぇで、シーランの海で獲れた一番デカい『キングクラブ』の脚と、最高に脂の乗った『ピラダイ』を一匹持ってこい!」
「な、何ぃッ!? 貴様、女王陛下の御前で何を――」
『……持ってまいれ、オルカ』
水竜リヴァイアサンが、興味深そうに目を細めて命じた。
すぐに鯱目族の戦士たちによって、ミスリル鋼並みの硬度を誇る殻に包まれた巨大なキングクラブの脚肉と、透き通る白身を持つ特大ピラダイが運び込まれた。
ここからが、現場の兄ちゃん・赤城鷹人の真骨頂だった。
大鍋にポポロ山の清らかな湧水をドカンと注ぎ込み、召喚した特上出汁パックを一気に五袋投入!
グラグラと沸騰する湯の中で、本枯節のスモーキーな燻香、利尻昆布の深遠なグルタミン酸、そして焼きあごの香ばしい旨味が溶け出し、琥珀色の黄金スープが形成されていく。
そこへ、鷹人は胸ポケットから大玉の青森県産ニンニクを三房取り出した。
手際よく薄皮を剥ぎ、黄色い百円ライターを取り出してヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
揺らぐ小さな橙色の炎。
剥きたての生ニンニクの先端へ、直火をじっくりとあてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクがパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
直後、冷涼な磯の空気を一瞬で塗り替えるほどの、猛烈に甘く香ばしい焦がしニンニクのアロマが海岸全体へ爆散した!
「うおぉぉ……!? な、何だこの芳醇な香りは……!?」
「魚介の出汁の香りに、あの焦がしニンニクの暴力的なパンチが重なって……唾液が止まらんぞ……!」
鯱目族たちが喉をゴクリと鳴らす。
鷹人は包丁の腹で炙りニンニクをバチン! と叩き潰して黄金出汁へ投入。
さらに、タガネで殻を叩き割ったキングクラブの極太の脚肉、肉厚にスライスしたピラダイの切り身、そしてポポロ村から持参したネギオの極太神聖ネギ『ネギカリバー』と肉椎茸を一気に鍋の中央へぶち撒けた!
――ジュワアアアアアアアッッッッッッ!!!!
立ち上る猛烈な白い湯気!
カニの濃厚な甘みとピラダイの上品な脂が、黄金出汁と炙りニンニクのスープを吸って、グツグツと激しく泡立つ。
仕上げに地球の白醤油と熟成純米酒を回し入れれば――現場特製『特大キングクラブとピラダイの究極海鮮火鍋』の完成だった!
『………………ッ』
その時、水竜の巨躯が眩い光の粒子となって収束した。
水煙を割って砂浜へ降り立ってきたのは、波打つ深い青緑色の長髪に、真珠の冠を戴き、豪奢な海神の衣をまとった絶世の美女――人型となった女王リヴァイアサン本人であった。
女王は無言のまま、吸い寄せられるように大鍋の前へと歩み寄る。
鷹人は木製の深鉢へ、湯気を上げる黄金スープ、プリップリに膨らんだカニの脚肉、そして飴色のピラダイを豪快によそうと、女王の前へドン! と差し出した。
「ほらよ、海の女王さん。伸びねぇうちに、熱々のところを啜ってみな」
『……いただく』
女王リヴァイアサンは震える手で木鉢を受け取ると、立ち上る湯気を吸い込み、木匙で黄金のスープを一口口に運んだ。
――ズズッ……。
直後、カニの身をほぐし、口の中へ放り込む。
――ハフッ、ジュワッッッッ!!!!
「――!!!!????!!!!」
女王リヴァイアサンの全身を、雷鳴のような衝撃が突き抜けた!
真珠の冠が微かに震え、透き通るような白肌が一瞬でカッと紅潮する。
(な……何という深み……ッ! 鰹と昆布、そして焼き魚の乾物が織りなす幾重ものアミノ酸の奔流……! 百年前、初代皇帝・太郎が我に献上したあの出汁すら、遠く足元にも及ばぬ……ッ!
さらに、この直火で炙られたニンニクの芳醇な油膜が、我が海の至宝たるキングクラブの淡白な甘みとピラダイの脂を完璧に包み込み、天上界の味覚へと昇華させておる……ッ!!)
『う……う、美味い……ッ!! 何だこの味はぁぁぁッ!?』
女王は神話の威厳もかなぐり捨て、無我夢中で木匙を動かした。
繊維の太いカニ肉を噛み締めるたびに、甘美なカニエキスと炙りニンニク出汁が口いっぱいに弾け飛ぶ。
ピラダイの白身は舌の上でホロホロと雪のようにとろけ、ネギカリバーの凝縮されたマナの甘みが五臓六腑を熱く駆け巡っていく!
その瞳から、大粒の真珠のような涙がポロポロと零れ落ち、砂浜を濡らした。
『あぁ……! 海を統べ、何千年も冷たい深海で孤独に生きてきた我が魂が……こんなにも泥臭く、温かい一杯によって満たされていく……!』
「お、お母様が……泣いておられますの……!?」
リーザが目を丸くして息を呑む。
鷹人はタバコの灰を指先で落とし、ニッと白い歯を見せた。
「言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、あとはエンジン音があれば世界中どこでも生きていける。……どうだい、女王さん。現場のメシは、あんたの深海の御殿よりずっとあったけぇだろ?」
女王リヴァイアサンは木鉢を空にすると、ゆっくりと顔を上げた。
その双眸には、もはや地上人を蔑む冷徹な怒りは微塵もなく、真の職人に対する深い敬意と感嘆の色が宿っていた。
砂浜に響く、波の音と湯気の爆ぜる快音。
現場の兄ちゃん・赤城鷹人の振る舞った一杯の野戦鍋が、深海王国の絶対君主の心を完全に撃ち抜いた瞬間であった。
読んでいただきありがとうございます。
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