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『異世界のゴミ召喚士〜元自衛隊工作員、重機と野戦メシで限界集落を最強要塞にする〜』  作者: 月神世一


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EP 3

パイルバンカー『アグニ』と大斧のオーバーホール

 地下二百メートル、ドンガン密輸坑道の最深部に設営されたドワーフの前線鍛冶場。

 魔導炉から立ち上る赤々とした熱気と、立ち込める重油の匂いの中に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く木霊した。

 ――カチッ、シュボッ。

 親指の腹で、ヤスリを無造作に弾く。

 安っぽい黄色いプラスチック製の百円ライターから灯った小さな橙色の炎で、唇にくわえた紙巻きタバコの先端に火を移した。

 深く吸い込み、肺腑を満たした紫煙を、ドワーフの炉の排気ダクトへ向けてゆっくりと吐き出す。

「…………ふぅーーーーっ」

 ツンとしたタバコの香りが、鉄と炭の粉塵を心地よく切り裂いていく。

 赤城鷹人は作業ジャケットのポケットに手を突っ込み、手元の工具台へ視線を落とした。

 クローラドリルによる岩盤穿孔と、チタン・インコネル複合プレートの突貫溶接によって、最難関の破砕帯は完全に制圧された。

 地圧による落盤の危機が去り、現場のドワーフ工兵たちはすっかり鷹人を「頭(かしら)」と呼んで心服し、坑道全域の瓦礫撤去とレール敷設に汗を流している。

 だが――現場の兄ちゃんの仕事は、土木工事だけで終わるはずがなかった。

「……おい、団長さん。それにイグニス。ちょっとその得物をこっちの作業台に乗せな」

 タバコをくわえたまま、鷹人が顎で指差す。

 壁際で待機していたケンタウロス自警団長マンミアと、竜人戦士イグニスが、きょとんとして顔を見合わせた。

「え……? 鷹人殿、私の『アグニ』を、でありますか?」

「俺様の大斧かい、鷹人の旦那? こいつは故郷の里を出る時に親父から譲り受けた自慢の業物『クリムゾン・スラッシャー』だぜ! どこも壊れちゃいねぇが……」

「どこも壊れてねぇだと? ……ヘソが茶を沸かすぜ」

 鷹人は携帯灰皿へ灰をトントンと落とすと、二人の足元へ歩み寄り、無骨な指先で大斧の刃元をカツンと弾いた。

 ――ビィィィン……。

 鈍く濁った金属の余韻が響く。

「聴こえねぇのか、この『鉄の悲鳴』が。……イグニス、お前、普段から過剰な火炎ブレスを刃に纏わせてぶん回してるだろ。刃先が千度以上の高温に晒され続けたせいで、焼き戻し温度を完全にオーバーして硬度が落ち、ナマクラになってやがる。おまけに熱膨張と急冷を繰り返したせいで、目に見えねぇミクロのヒビ(金属疲労亀裂)が峰の奥深くまで走ってるぞ。次に全力で硬い岩を叩いたら、刃が根元から爆散してお前の腕に突き刺さるところだったな」

「ひ、ヒエッ……!? う、嘘だろおい!?」

 イグニスのトカゲ顔が一瞬で真っ青に染まり、尻尾がピーンと直立した。

「さらに言えば、団長さんの盾だ」

 鷹人はマンミアの背負っていた巨大盾『アグニ』の前面装甲に手を触れ、油圧ピストンの隙間を覗き込んだ。

「パイルバンカーの第2撃発シリンダー、高圧作動油がパッキンの隙間から滲み出て、撃発圧力が規定値の七割まで落ちてる。……お前、右前脚の踏み込みがコンマ数秒早いせいで、突進の瞬間に身体の軸が左へわずか三ミリ傾く癖があるだろ。その偏荷重(かたより)のせいで、杭を射出するたびにシリンダーシャフトへ斜めの摩擦がかかり、内部のパッキンが片減りしてんだよ。撃ち出すたびに、右の手首と肩の関節に嫌な痺れが走ってただろ」

「――っっっ!?!?!?」

 マンミアの琥珀色の瞳が限界まで見開かれた。

 生まれてこの方、誰にも言ったことのない右肩の微かな軋み。それを、この男は盾の外観と動作音を一瞥しただけで、寸分の狂いもなく看破してみせたのだ。

「な……な、ぜ……!? なぜ、私の走りの癖や、関節の痛みまで……ッ!?」

「当たり前だろ。道具と使い手は一心同体だ。機械の不具合を見れば、乗ってる人間の癖なんざ手に取るように分かる。……現場で命を預ける相棒を、ガタが来たまま放置するのは一番みっともねぇ。ドワーフの親方、炉と作業場を借りるぜ」

「お、おうよ頭(かしら)! 好きなだけ使ってくだせぇ!」

 ドワーフ隊長が威勢よく頷き、送風機のバルブを全開にした。

 鷹人はタバコを携帯灰皿へねじ込んで揉み消すと、頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を起動した。

(地球の大型金型工場や重機メーカーが、工場閉鎖でヤードに放置していた極上の工作機械とデッドストックパーツ……日本の職人が丹精込めて削り出した、一級品の精度だ)

――――――――――――――――――――

【所持スクラップPt:93,100 Pt】

・カタログ選択:【精密工作機械・金型整備機器廃棄品カテゴリー】

・カタログ選択:【航空宇宙・超高圧油圧シール&特殊潤滑油カテゴリー】

【召喚リスト】

・卓上高精度万能旋盤&フライス盤ユニット(消費:1,200Pt)

・航空宇宙規格:超高圧フッ素樹脂(PTFE)多段油圧パッキン一式(消費:300Pt)

・耐熱超硬モリブデン特殊鋼バイト&高硬度グラインダー砥石(消費:200Pt)

・ワコーズ製:極圧耐熱モリブデングリス&高粘度ショックフルード(消費:100Pt)

合計消費Pt:1,800 Pt ――【召喚実行】

――――――――――――――――――――

 ――ヒュンッ!

 頑丈な鋳鉄製の作業台の上に、鈍い油光りを放つ精密旋盤と、整然と並んだ特殊パッキン、そして琥珀色のケミカル缶が出現した。

「ドワーフの親方衆、手ェ貸せ! まずはイグニスの大斧だ!」

「合点承知だぁッ!!」

 鷹人はイグニスの両手斧を炉の火床へ突っ込むと、赤熱した刀身を金床の上へ引きずり出した。

 ――カンッ! カンッ! カーーーーンッ!!

 火花が青白く飛び散る。

 自衛隊施設科(工作部隊)仕込みの正確無比な鍛造技術。内部の微細なスや結晶の歪みを槌打で叩き出し、さらに召喚した耐熱モリブデン特殊鋼を刃先へアーク肉盛り溶接していく。

 ジジジジッ! バシュウウウッ!

 さらに鷹人はフライス盤を起動し、大斧の峰の側面に、ミリ単位の深さで数条の溝を削り出した。

「な、なんだい頭、その溝は?」

 ドワーフの鍛冶親方が目を丸くして覗き込む。

「空冷エンジンのシリンダーと同じだ。熱交換用の放熱フィン(ヒートシンク)だよ。イグニスが火炎ブレスの余剰熱を注ぎ込んでも、この溝から外気へ効率よく熱を逃がす。これで何度ブレスを叩き込んでも、刃先の焼きが戻ることはねぇ。……ほらよ、トカゲの兄ちゃん。受け取りな」

 焼き入れ油でジュワッ! と急冷され、銀色の刃先が青黒い鋼の光条を放つ大斧が、イグニスの手へと返された。

「う……うおおおおおおッッ!? な、なんだこれぇぇッ!?」

 イグニスが大斧を構えて軽く一閃する。

 風切り音が消え去り、刃先が空気をカミソリのように切り裂く。

「軽い……! 重心が掌に吸い付くようにピタリと収まってやがる! それにあれだけグラついてた柄のガタつきが、完全にゼロになってるぞ! 鷹人の旦那ぁぁッ! 俺様の手取り十四万じゃ、帝都の武器屋で研ぎ代すら払えなかったのに……! うぅ……ありがとう、一生大切にするぜぇぇッ!」

 イグニスは大粒の涙をボロボロと零しながら、大斧を抱きしめて頬ずりした。

「次は……団長さんの『アグニ』だ」

 鷹人は工具箱からラチェットレンチを抜き、巨大盾の裏面へ取り掛かった。

 カチャ、カチャ、ガコン。

 目にも留まらぬ早業で複雑なボルトと油圧ラインが外され、パイルバンカーの心臓部である極太シリンダーがバラバラに分解されていく。

「す、すごい……あんな複雑な特注機構を、設計図も見ずに迷いなく分解していくなんて……」

 マンミアが息を呑んで見つめる中、鷹人は旋盤にシリンダーシャフトを固定し、耐熱超硬バイトを当てた。

 キィィィィン……シャリシャリシャリッ。

 偏摩耗していた鋼の表面を、コンマ〇一ミリの精度で真円へと研削修正していく。

 続けて、劣化した古いゴムパッキンを掻き出し、地球の航空宇宙規格である超高圧フッ素樹脂パッキンをピタリと嵌め込んだ。

 内部には、極圧モリブデングリスと高粘度ショックフルードを惜しみなく充填する。

 そして――鷹人は盾の裏側の保持グリップと、撃発トリガーの位置にレンチを当てた。

「団長さん、ちょっと腕を前に出して、いつもの突進の構えを取ってみな」

「は、はいっ!」

 マンミアが四肢を踏ん張り、前傾姿勢をとる。

 鷹人はマンミアの足元へしゃがみ込むと、作業手袋を外した素手で、彼女の引き締まった下半身――前脚の腱と、毛並みの美しい背中の筋肉のラインを、下から上へと手探りでスッと確かめた。

 ――ガシッ。

「ほらな。右の肩甲骨から背筋にかけての筋肉が、左よりわずかに隆起して盛り上がってる。重心がほんの少し右前に乗っかる構造だ。……だからグリップの角度を外側へ五度寝かせて、トリガーの遊びを二ミリ詰める。そうすりゃあ、突進の衝撃が右前脚から背骨へと真っ直ぐ一本の線で抜けるようになる」

 鷹人は真剣な現場監督の瞳で、ミリ単位の調整を施しながら平然と言った。

「団長さんの背中のフレーム(体幹)は、無駄な贅肉が一切なくて、実にいい骨格をしてるからな。道具側がお前の頑丈な身体に合わせてやらなきゃ、宝の持ち腐れってもんだ」

 その瞬間――。

 ボッッッッッッ!!!!

 マンミアの全身から、ヤカンが沸騰したかのような凄まじい白煙が噴き上がった!

 琥珀色の瞳は限界まで見開かれ、褐色の肌が一瞬で真っ赤なトマトのように染まる。

 長い馬尾がプロペラのように超高速で回転を始め、馬耳がピーンと垂直に直立した!

(せ、背中……! 私の……私の『処女の背中』の筋肉を……鷹人殿が、素手で……ゴツゴツとした逞しい職人の掌で、優しく撫でるように確かめてくださっているぅぅぅぅッ!?)

 生まれてこの方、二十五年!

 恋人もおらず、大人の男性を一度たりとも乗せたことのない神聖なる背中!

 そこに、全幅の信頼を寄せる同い年の男の掌が触れ、自分の身体の癖も、弱点も、骨格の美しさも、そのすべてが暴かれ、包み込まれていく――!

(『いい骨格をしてる』……! 褒められた……! 私の身体が……鷹人殿の掌によって、世界で一番完璧な形へと仕立て直されている……ッ!!)

「――ッッッッ!!!!(ズッキュゥゥゥゥンッ……!!)」

 マンミアの胸の奥底で、恋のパイルバンカーが特大の限界突破クリティカルヒットを叩き出した!

 心拍数は一気に二百を超え、体内の闘気がオーバーヒートを起こして耳の先からプシューッと蒸気が漏れ出す。

「あ、あわわわわ……! も、もうお嫁に行けない……! いや、行くしかないのでは……!? 私の背中の責任を……骨格を愛してくださった責任を、取ってもらわねばぁぁぁッ!!」

「お、おい団長!? 急に前脚をジタバタさせるな、旋盤にぶつかるぞ!」

 大パニックで蹄を激しく擦り鳴らすマンミアを苦笑いで制しながら、鷹人は組み上げた『アグニ』をガチリと彼女の腕へ装着させた。

「よし、組み付け完了だ。……あっちの硬質岩盤に向けて、一発撃ち込んでみな」

「は、はいっ! お任せあれ、鷹人殿ぉぉぉッ!!」

 恥じらいは瞬時に、全身を駆け巡る灼熱の闘気へと昇華された!

 マンミアは四肢を力強く大地へ突き立て、岩壁へ向けてパイルバンカーを構えた。

 ――ガチィィィンッ!

 トリガーを引いた瞬間、完璧な密閉を保ったフッ素パッキンが圧力を一滴も逃さずロックする。

 撃発!

 ――ドッッッッッバァァァァァァァンッッッッ!!!!

 轟音とともに、極太の魔導杭が音速で射出された!

 厚さ三メートルの硬質岩盤が、まるで豆腐のように中心から粉々に粉砕され、巨大なクレーターが穿たれる。

 そして――何より驚くべきは、マンミアの身体がミリ単位たりとも後ろへ後退していなかったことだった。

 手首のブレは完全にゼロ。

 衝撃波は新設されたダンパーとフッ素パッキンによって吸収され、反動のエネルギーは彼女の強靭な四肢を通じて大地へと綺麗に逃がされていたのだ。

「な……反動が、ない……!? 威力は倍以上に跳ね上がっているのに、腕への負担がまったく感じられません……ッ!」

 マンミアは震える手で盾を見つめ、熱い涙を瞳に浮かべた。

 ドワーフの親方衆も、その完璧な作動に総立ちとなって拍手喝采を送る。

「す、すげぇ……! ドワーフの伝統技術と、頭の精密工作機械が完全に融合しておる!」

「こんな美しいオーバーホール、帝都の宮廷工匠でも拝めねぇぞ!」

「ふぅ……段取り通りだな」

 鷹人はウエスで手の油汚れを拭い上げると、作業ジャケットの胸ポケットへ手を伸ばした。

 取り出したのは、大粒の青森県産ニンニク。

 薄皮を剥ぎ、黄色い百円ライターを取り出してヤスリを弾く。

 ――カチッ、シュボッ。

 揺らぐ小さな橙色の炎。

 剥きたての生ニンニクの先端へ、直火をじっくりとあてがった。

 ――チリチリチリ……ジュワッ。

 パチパチと音を立てて香ばしい狐色の焼き目がついていく。

 滲み出る濃厚な植物油のエキス。

 直後、鍛冶場の鉄と煤の臭いを一瞬で吹き飛ばすほどの、猛烈に甘く香ばしい焦がしニンニクのアロマが空間全体へ爆散した!

 鷹人は火を吹き消すと、軽く焦げ目のついた熱々のニンニクを前歯でカリッと噛み砕いた。

 ――シャクッ。

「……ん。胃袋に火が入ったぜ。血が巡る」

 五臓六腑がカッと熱くなり、指先まで心地よい活力が満ちていく。

 鷹人はもう一片炙ると、顔を真っ赤にして放心していたマンミアへスッと差し出した。

「ほらよ、団長さん。メンテナンス上がりの景気づけだ。齧りな」

「は、はいっ……! いただきますであります……ッ! ……はふっ、んんぅ……♡」

 カリッと齧った瞬間、熱々のニンニクの旨味と甘みが口いっぱいに広がり、マンミアの馬尾が再びブンブンと扇風機のように回り始めた。

「(鷹人殿の……愛の味がする……! 私の胃袋も、背中も、完全に撃ち抜かれてしまったであります……ッ!)」

 その時、頭の中に澄み切った軽快な電子音が鳴り響いた。

 ――ピロリロリンッ♪

『大規模善行を検知しました』

『事象:村落自警団の主兵装(パイルバンカー盾および大斧)の完全オーバーホールによる戦力維持』

『事象:使用者の生体工学的特性に適合した適正設計による、重大事故・関節損傷の未然防止』

『判定:一切の私欲なき、極めて誠実な職人整備活動』

『スクラップPt +4,500Pt を獲得しました』

(よしよし、これで所持ポイントは【95,800 Pt】か。手堅く貯まってきたな)

 鷹人は胸の中で小さく笑い、短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込んだ。

 だが――坑道に心地よい笑い声が響く中、遠くドンガン本国の方向から、尋常ではない地鳴りと、紅蓮の熱波が風に乗って漂ってきた。

「……ん? おいドワーフの親方。この奥から、ずいぶんと物騒な熱気が押し寄せてきてるようだが?」

 鷹人が目を細めた瞬間、坑道の連絡魔導通信石が、けたたましい緊急警報を鳴り響かせた!

 ――ウゥゥゥゥゥンッ! ウゥゥゥゥゥンッ!

『緊急入電! アバロン魔皇国より、四天王筆頭・炎魔将軍グレン閣下が極秘視察のため、護衛なしで当坑道へ接近中! 繰り返す、炎魔将軍が単身でこちらへ向かっている!!』

「な、なんじゃとぉぉぉッ!? あの魔王城の歩く予算監査官が、なんでこんな密輸ルートに直接乗り込んでくるんじゃあぁッ!?」

 ドワーフたちが血相を変えて飛び上がる中、赤城鷹人だけは、ふっと不敵に口元を吊り上げた。

「炎魔将軍、ねぇ……。まともな現場の理屈が通じる相手かどうか、顔を拝ませてもらうとするか」

 ポポロ村の地下深奥に、次なる大物――魔王軍の総務・経理を束ねる男の足音が、刻一刻と近づいていた。

読んでいただきありがとうございます。

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