第六章 地下帝国ドンガンとシーラン国の物流開拓
地下帝国ドンガンとの「隠田密輸坑道」と老朽化危機
静かな高原の朝気に、乾いた硬質な金属の着火音が鋭く響き渡る。
――カチッ、シュボッ。
親指の腹でヤスリを無造作に弾く。
取り出したのは、地球の百円均一ショップで調達した、何の変哲もない黄色いプラスチック製の使い捨てライターだ。
唇にくわえた紙巻きタバコの先端へ橙色の炎を近づけ、深く煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
秋晴れの青空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが朝の冷涼な空気に溶け込み、肺の奥から心地よい覚醒を運んでくる。
赤城鷹人は、村営アパート『ポポロ・コーポ』のガレージ前で、愛用の十トンダンプのフロントタイヤを安全靴の爪先でコツンと蹴った。
左腕の傷だらけの金属製腕時計に目をやると、時刻は午前八時十五分。
先週までかかりきりだった「美都ムーンキャピタル」の下水道バイパス敷設工事とバキュームカーによる汚水浄化作戦は、無事に完工を迎えた。
悪臭の街から無事に脱出し、ポポロ村へ亡命してきた元社畜令嬢エミリアも、今や村の清潔な大浴場と美味い飯に涙を流し、すっかり村の一員として落ち着いている。
「さて……今日あたりはガレージの工具棚の整理と、ダンプのデフオイル交換でもすっか」
鷹人が億劫そうに首の骨をゴキリと鳴らし、作業ジャケットの袖を捲り上げた――その時だった。
「た、鷹人はぁぁぁんッ!! 一大事や! ウチの村の裏金……やなくて、生命線がへし折れそうなんやぁぁッ!」
ドタバタと騒がしい足音とともに、中庭の木戸を蹴破る勢いで駆け込んできたのは、猫耳商人のニャングルだった。
首から下げた純金算盤を狂ったようにジャラジャラと鳴らし、普段の飄々とした笑みは消え去り、毛並みを逆立てて目を血走らせている。
その背後からは、巨大盾『アグニ』を背負ったケンタウロス自警団長マンミアが、四肢の蹄で地響きを立てながら突進してきた。
「鷹人殿! 緊急事態であります! 地下防衛ラインの第4区画にて、大規模な地鳴りと亀裂を検知いたしました!」
さらに、寸分の乱れもない黒漆の燕尾服をまとった人狼執事リバロンが、音もなく白手袋の手で手帳を開きながら滑り込んでくる。
「おはようございます、鷹人殿。朝の一服のところ恐縮ですが……少々、当村の『地下の屋台骨』が物理的な寿命を迎えたようでございます」
「おいおい……朝っぱらから全員揃って何の騒ぎだ? 今度はどこの国の役人が乗り込んできたってんだ」
鷹人は紫煙をゆっくりと吹き出しながら、平然とした目で三人を見下ろした。
ニャングルは真鍮のキセルをガリッと前歯で噛み鳴らし、耳をピクピクと尖らせながら叫ぶ。
「役人どころの話やあらへん! 『地下帝国ドンガン』へ繋がる、村の秘密密輸坑道や! あそこが今、落盤寸前で完全に悲鳴を上げとるんや!!」
「密輸坑道……?」
聞き慣れない単語に、鷹人はわずかに片眉を持ち上げた。
リバロンが眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、淡々とした美声で状況を補足する。
「ええ。ご存じの通り、当ポポロ村は三大国の緩衝地帯にありながら、地下帝国ドンガンと極秘の包括的業務提携を結んでおります。村の地下台帳に記載されていない隠田で収穫した高品質の米麦草やポポロシガーを、地下深くの隠しルートを通じてドンガンへ輸出し、見返りとして耐魔装甲板や重火器、そして核シェルターの資材を仕入れていたのです」
「せや!」とニャングルが帳簿をバチンと叩く。
「あの坑道は、ポポロ村の全収入の四割を叩き出しとる金の成るパイプラインなんや! それが崩落して道が塞がれたら、ドンガンのドワーフどもへの納品がストップして違約金が発生するどころか、村の地下防空網そのものが分断されてまう! 今朝から坑道の一番深いところで、ミシミシと嫌な音が鳴り止まんのや!」
「なるほどな……」
鷹人は短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込むと、顎の無精髭を撫でた。
「表のインフラが整ったと思ったら、今度は裏のライフラインの経年劣化か。……よし、現場を見に行くぞ。道具箱を持ってこい」
「話が早くて助かるで! 案内したる、こっちや!」
***
村の中央広場にある古井戸の地下。
幾重にも施された魔導ロックと厚さ三百ミリのミスリル鋼扉をくぐり抜けると、そこには外の長閑な田園風景からは想像もつかない、冷涼で重苦しい闇の世界が広がっていた。
ポポロ村の地下全域に張り巡らされた、核シェルター兼地下要塞網。
その最深部、地下二百メートルの地点に、問題の「隠田密輸坑道」の入り口はあった。
――ズズズズズ……メキメキメキッ!
岩肌の奥底から、腹に響く不吉な地鳴りと、木材が悲鳴を上げる音が絶え間なく反響している。
坑道の入り口付近には、ヘルメットにカンテラを灯した屈強なドワーフの鉱夫たちが十数人、ツルハシを投げ出して頭を抱えていた。
「ダメだ、親方! 第3カーブから先の天井が、地圧で十センチ以上も下がってきてやがる!」
「五十年前に組んだヒノキの丸太支保工が腐り落ちて、ボルトもせん断破断しちまってるぞ! 今すぐ逃げねぇと、生きたまま生き埋めだぁ!」
ドワーフたちの怒号が飛び交う中、現場を仕切っていた頑固ドワーフの隊長が、地面に唾を吐き捨てて呻いた。
「クソッたれが! 地上の小娘村長、話が違うぞ! こんなボロい坑道、一度大規模な落盤が起きりゃあ、ドンガン側まで数百メートルにわたって連鎖崩壊だ! 復旧にゃドワーフの工兵一個大隊を投入して、最低でも半年はかかるぞ!」
「半年やとぉぉッ!? そんなにかかったら今期の輸出契約が全部紙屑になって、ウチの銀行が金貨二千枚の大赤字やないかい!!」
ニャングルが泡を吹いて卒倒しかける。
マンミアもパイルバンカーのシリンダーを握りしめ、青ざめた顔で天井を見上げた。
「し、しかし親方殿……! 半年も坑道を封鎖すれば、ドンガンからの防衛物資の補給も途絶えてしまいます! 何とか、応急処置で支えることはできぬのですか……!?」
「無茶を言うな、四つ足の姉ちゃん! 上から何万トンもの岩盤の圧力がかかってんだ! 魔法で一時的に固めたところで、岩盤の『逃げ場』を作ってやらなきゃ、内圧が臨界に達して一瞬で弾け飛ぶのがオチだ!」
ドワーフの怒声が坑道に木霊し、絶望的な沈黙が場を支配する。
誰もが諦めかけ、退避の手順を考え始めた――その時だった。
コツン、コツンと、泥を踏み固める乾いた安全靴の足音が響いた。
「……おいおい。石頭のドワーフが揃いも揃って、朝っぱらから情けねぇ泣き言を並べてるじゃねぇか」
暗がりの中から悠然と歩み出てきたのは、作業ジャケットのポケットに両手を突っ込んだ男――赤城鷹人だった。
「な、なんだァてめぇは!? 人間のヒョロガリ作業員が、ドワーフの坑道に土足で首を突っ込んでんじゃねぇ!」
ドワーフ隊長が眉を吊り上げてメンチを切ってくる。
だが、鷹人はドワーフを一瞥もせず、手袋を外した素手で、壁面に埋め込まれていた腐食した木製の支柱をコツコツと叩いた。
「……なるほどな。断層のズレによる偏荷重だ。地表の雨水が浸透して粘土層が膨張し、アーチの頂点(天盤)じゃなく、斜め四十五度の肩口から異常な側圧がかかってやがる。おまけに、使ってる支保工はただの丸太を組んだだけの『剛性支持』だ。地圧を無理やり力づくで受け止めようとするから、木が座屈してボルトが引きちぎれるんだよ」
「な……ッ!?」
ドワーフ隊長の顎がガクンと外れた。
触れただけで、音を聴いただけで、岩盤の内部応力と地質構造の歪みを寸分の狂いもなく看破してみせたのだ。
「て、てめぇ……なんで触っただけで、地圧のベクトルが分かるんだよ……!?」
「自衛隊の施設科(工作部隊)にいた頃、崩落現場のトンネル工事や陣地補強なんざ毎日のように叩き込まれたからな。……トンネル工事の基本は『地圧と喧嘩しないこと』だ。岩盤自体の保持力を利用して、適切な支保工で力を分散させてやる。それが現場のセオリーだ」
鷹人は淡々と言い放つと、作業ジャケットの内ポケットへ手を伸ばした。
取り出したのは、少し潰れた紙巻きタバコと、あの安っぽい百円ライター。
薄暗い坑道の中で、硬質な着火音が鋭く響き渡る。
――カチッ、シュボッ。
揺らぐ小さな橙色の炎。先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
立ち上る一筋の紫煙が、坑道を満たしていた湿ったカビと埃の臭いをスッと切り裂いていく。
続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出すと、手際よく薄皮を剥ぎ、ライターの炎を直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
小さな炎に炙られたニンニクがパチパチと音を立て、香ばしい狐色の焼き目を纏っていく。
直後、冷え切った地下空間を一瞬で塗り替えるほどの、猛烈に甘く香ばしい焦がしニンニクのアロマが空間全体へ爆散した。
「うおっ……!? な、何だこの猛烈に美味そうな匂いは……!?」
「腹の底がグゥと鳴りやがったぞ……!」
ドワーフたちが目を丸くして喉を鳴らす中、鷹人は火を吹き消し、軽く焦げ目のついた熱々のニンニクを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。胃袋に火が入ったぜ。血が巡ってきた」
五臓六腑がカッと熱くなり、動体視力と空間把握能力が極限まで研ぎ澄まされていく。
鷹人は紫煙をゆっくりと天井の亀裂へ吹きかけると、ニヤリと無精髭の口元を吊り上げた。
「半年も現場を止めてたら飯のタネが腐る。……工期は三日だ。三日でこの抜け道を、最新の地下ハイウェイにリノベーションしてやるよ」
「さ、三日ぁぁぁッ!? 馬鹿を言え! 全長二キロの崩落しかけた坑道を、たった三日で直せるわけがねぇだろ!」
「道具がねぇなら、現場に持ち込むだけだ」
鷹人はタバコを携帯灰皿へねじ込むと、頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を起動した。
現在、所持スクラップPtは、神界配信のバズりと前線弁当ビジネスの莫大な善行によって【94,100 Pt】という天文学的な数値を誇っている。
カタログの「地下鉱山廃車・トンネル工事解体資材」のカテゴリーを一気に検索する。
(地球のシールドトンネル工事や鉱山で、減価償却を終えてスクラップヤードに野ざらしになっていたデッドストック……フレームも油圧も、極上の日本規格だ)
――――――――――――――――――――
【所持スクラップPt:94,100 Pt】
・カタログ選択:【トンネル工事廃車建機・鉱山特殊工作機材カテゴリー】
・カタログ選択:【高張力鋼製トンネル支保工・グラウト注入プラントカテゴリー】
【召喚リスト】
・鉱山用・2軸油圧クローラドリル(古河製・要整備・油圧配管オイル滲み)(消費:3,500Pt)
・トンネル工事用・高圧モルタル吹付機&急結剤ミキサープラント(消費:1,200Pt)
・超高強度・H形鋼製可縮式アーチ支保工(全50組一式)(消費:2,000Pt)
・自穿孔式高張力ロックボルト(長さ3メートル)200本&特殊樹脂カプセル(消費:800Pt)
・重機整備用:極圧作動油200Lドラム缶&高圧油圧ホース一式(消費:200Pt)
合計消費Pt:7,700 Pt ――【召喚実行】
――――――――――――――――――――
――ズドォォォォォォォンッッッッ!!!!
地下空洞全体が、かつてない凄まじい地響きとともに激震した。
空間が歪み、土煙を巻き上げながら、巨大な緑色の鉄の怪物がドカリと坑道前広場へと落ちてきた。
キャタピラを備え、二本の巨大な油圧ブームの先端に削岩ドリルの砲身を構えた、全長八メートルの鋼鉄の重機――2軸油圧クローラドリル。
そしてその背後には、鈍い銀光を放つ頑強なH形鋼のアーチ支保工と、無骨なコンクリート吹付プラントが整然と出現していた。
「ひ、ぎゃああああっ!? な、なんやこの超巨大な鉄のトカゲはぁぁッ!?」
「ば、化け物ゴーレムだぁぁッ! 魔力の気配が一切ねぇのに、とんでもねぇ鉄の質量だぞ!?」
ニャングルが尻餅をつき、ドワーフたちが腰を抜かして叫び声を上げる。
だが、鷹人は安全靴の爪先でクローラドリルの履帯をコツンと蹴り、愛おしそうに油圧シリンダーを撫でた。
「地球のトンネル現場で散々泥水を啜ってきた、歴戦の相棒だ。……油圧ラインに少しエアが噛んでるが、骨格はピンピンしてやがる」
鷹人は工具箱から大型モンキーレンチと新品の高圧耐油ホースを引っ張り出すと、ドワーフの隊長へ向けてドスの利いた鋭い現場号令を飛ばした。
「おい、ドワーフの親方! ボーッと突っ立ってねぇで手ェ貸せ! 作動油のドラム缶をステップへ担ぎ上げるぞ! ――段取り八分、仕事二分だ。ここからが現場の本番だぜ!」
「お、おうよッッ!!」
鷹人の圧倒的な現場の気迫に呑まれ、頑固ドワーフが思わず直立不動で返事をした。
道具を愛し、現場の筋を通す男の手によって、死んでいた機械に命が吹き込まれようとしている。
ポポロ村の地下深奥――地下帝国ドンガンをも揺るがす、前代未聞の「突貫トンネルリノベーション工事」が、今まさに幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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