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『異世界のゴミ召喚士〜元自衛隊工作員、重機と野戦メシで限界集落を最強要塞にする〜』  作者: 月神世一


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EP 10

 悪臭都市の浄化完了と、女神カグヤの悔し紛れの大口決済

 ポポロ村から派遣された現場監督・赤城鷹人と二十台のバキュームカー軍団が、月の女神カグヤの直轄領「ムーンキャピタル」へ乗り込んでから、ちょうど七日目の夕暮れ時。

 白亜の都の空気を支配していた、あの鼻の粘膜をチリチリと焼き焦がす「下水と高級香水の致死性スメルハザード」は――跡形もなく、完全に消滅していた。

 ――ズズズズズズズズズッッッッ!

 ――グオォォォォォン……プシューーーッッ!

 大通りに据え付けられた超強力吸引車(バキュームカー)のルーツブロワーポンプが心地よい重低音を響かせ、側溝の底にこびりついていた数十年分の腐敗ヘドロと尿石を最後の一滴まで吸い上げ終えた。

 配管洗浄車から放たれる数百気圧の超高圧ジェット水流が、地下に新設された耐魔コンクリート本管の内部をピカピカに洗い流していく。

 側溝から吸引された汚水は、すべて街外れの平原に設置された大型ユニット浄化槽プラントへと圧送され、嫌気・好気のバイオリアクターと曝気(ばっき)ファンの微生物分解を経て、無臭の清澄な処理水となって海へと放流されていた。

 噴水のノズルから垂れ流されていた一本金貨十枚の薔薇香水の噴射弁はすべて撤去され、街を吹き抜けるのは、爽やかな秋の海風と、洗い立ての濡れた大理石の清潔な匂いだけだった。

 大通りの歩道では、扇子を放り出した貴族や令嬢たちが、信じられないものを見るように深呼吸を繰り返していた。

「あ、頭が痛くない……! 呼吸をしても、吐き気がしないわ!」

「これが……これが本当の『空気』なのか……! 神よ、いや、現場の職人様よ……!」

 街中の住民が、涙を流して手を取り合い、青空を見上げて歓喜の声を上げていた。

 中央広場の大理石の階段の上。

 赤城鷹人は作業ジャケットの袖で額の汗を拭い、腰のツールホルダーからスパナを外して工具箱へカチャリと収めた。

 左腕の傷だらけの金属製腕時計に目を落とすと、時刻は午後五時三十分。工期一週間の突貫工事は、一分の狂いもなく完了していた。

「……ふぅ。これで上下水道の本管工事、側溝の清掃、浄化槽の試運転まで全部完了だな」

 鷹人は作業ジャケットの内ポケットから、少し潰れた紙巻きタバコの箱を取り出した。

 一本を唇にくわえ、取り出したのは地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製の使い捨てライターだ。

 親指の腹で、ヤスリを無造作に弾く。

 ――カチッ、シュボッ。

 澄み切った夕暮れの空気に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡った。

 揺れる小さな橙色の炎。先端に火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。

「…………ふぅーーーーっ」

 茜色の空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。

 ツンとしたタバコの香りが、心地よい疲労感とともに胸の奥を満たしていく。

 続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出すと、薄皮を剥ぎ、ライターの炎を直接あてがった。

 ――チリチリチリ……ジュワッ。

 直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。

 立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような濃厚なスタミナのアロマ。

 鷹人は火を吹き消すと、それを前歯でカリッと噛み砕いた。

 ――シャクッ。

「ん。胃袋に芯が入ったぜ」

 カッと五臓六腑が熱くなり、全身の血液が巡る。

「お疲れさんでした、鷹人はん!」

 タタタッ! と石段を駆け上がってきたのは、仕立ての良いミスリル混紡の高級和装スーツを着流した猫耳商人・ニャングルだった。

 首から下げた純金算盤『十露盤』をチャキリと指先で弾き、真鍮のキセルから紫煙をくゆらせながら、満面の笑みで極厚の請求書台帳をパチンと叩く。

「完璧や! 美都の上下水道インフラ整備工事、全工程完了やで! ほんで……約束の【決済の時間】や!」

 ニャングルが空へ向けて合図の指を鳴らすと、頭上の空間に巨大な天界通信ホログラムスクリーンがバチィッ! と強制展開された。

 画面の中に映し出されたのは、銀座の高級ラウンジ風タワーマンションの最上階で、シャネル風のツイードジャケットを羽織り、ルブタン風ハイヒールを組んでソファに深く腰掛けている月の女神カグヤ(永遠の十七歳)だった。

 だが、その絶世の美貌は、先週の高飛車な笑顔など見る影もなく、悔しさと屈辱でギリギリと奥歯を噛み締めていた。

『う、うぐぐぐぐ……ッ! 信じられない……! あんな泥臭い鉄の車とホース輪切り部隊で、私の神殿都市の悪臭を本当にゼロにしちゃうなんて……!』

「へへっ、文句は言わせまへんで、カグヤの姉ちゃん!」

 ニャングルは算盤の珠をパチパチと弾き、黄金の火花を散らした。

「施工基本料、バキュームカー二十台の実動チャーター費、高圧配管洗浄費、大型集合浄化槽プラントの本体代金および菌床初期培養費……〆て【金貨三万枚(約三億円)】! 月世界チャンネルの潤沢なゴッドチューブ黒字予算から、いま! この場で! ルナPayの一括送金ボタンをポチッと押しぃやぁッ!!」

『さ、三億円……! 私の今月のギャラ飲み予算と、ハイブランドの冬の新作買い占め代がぁぁぁッ……!!』

 カグヤは涙目で唇を噛み、震える指先でエンジェルすまーとふぉんの画面をタップした。

 ――ピロリロリロリロリロリンッッッ♪

『ルナPay送金完了:金貨30,000枚が【ゴルドスマイル銀行 ポポロ村支店】の口座へ着金しました』

「まいどありぃぃぃッッッ!!!!」

 ニャングルが天に向かって算盤を突き上げ、歓喜の雄叫びを上げた!

「一撃で三億円のメガ外貨獲得や! ポポロ村の財政、またしても史上最高黒字を叩き出したでぇぇッ!!」

 その時、広場の奥から、カツ、カツ、と規則正しい軍靴の足音が響いてきた。

 現れたのは、プラチナシルバーの長い髪を冷涼になびかせ、黒漆の帝国軍総司令官の軍服を隙なく着こなした美丈夫――『氷血公爵』ヴァルター・フォン・アーデルハイト(二十八歳)であった。

 腰には、冷気の収まった国宝『氷河魔剣フロスト・バイト』が静かに佩かれている。

「…………」

 ヴァルターは階段の前で足を止めると、鷹人から【きっちり二メートル】の距離を保ち、静かに直立不動の姿勢をとった。

「よぉ、公爵の兄ちゃん。……街の空気はどうだ?」

 鷹人がタバコをくわえたまま声をかける。

「……澄んでいる。生まれて初めて、この都の空気が胸を満たす心地よさを知った」

 ヴァルターの氷の青い瞳が、わずかに柔らかく揺れた。

 そして、胸ポケットから一枚の羊皮紙を取り出し、鷹人へ差し出した。

 そこには、達筆な文字で公爵家の公印が捺された【誓約書】が記されていた。

『誓約:エミリア・シフォンヌに対する公道での追尾・顎クイ・強制連行の無期限停止。並びに、今後の対話においては【最低離隔距離二メートル】の安全基準を厳守すること』

「……約束通り、サインをした。エミリアの身の安全と自由な意思による滞在を、アーデルハイト公爵家の名にかけて全面的に保証する」

「話が分かる男で助かるぜ」

 鷹人はニヤリと笑い、誓約書を受け取ってポケットへ突っ込んだ。

 その瞬間、ダンプカーの陰から、真新しいポポロ村のジャージを着た金髪碧眼の令嬢――エミリア・シフォンヌが恐る恐る顔を出した。

 その胸元からは、白い九尾の小狐コン太がひょっこり鼻を覗かせている。

「あ、あの……ヴァルター様……」

「…………エミリア」

 ヴァルターがピクリと反応した。

 その足先が、無意識にスッと前へ滑りかけ――エミリアとの距離が一・九メートルになった瞬間。

「ストォォォォップッッッ!!!!」

 ――ズドォォォォォンッ!

 ケンタウロス自警団長マンミアが四肢を踏み鳴らして割り込み、パイルバンカー内蔵盾『アグニ』を二人の間に突き立てた!

 手にしたコンベックス(巻き尺)で地面の距離をピピッと測る。

「現在の一・九メートルであります! 十センチの侵犯はポポロ村道路交通法違反および接近禁止令違反として、パイルバンカーの射出対象となりますぞッ!!」

「…………(一歩下がり、二メートルへ復帰)」

「よし、安全距離であります!」

 マンミアの厳格な指導に、エミリアはホッと胸を撫で下ろし、二メートルの距離を保ったままヴァルターへ深々と一礼した。

「ヴァルター様……街を綺麗にしてくれて、私のわがままを聞いてくれて、ありがとうございました。私……ポポロ村で、自分の足で生きてみます! エクセルと帳簿の管理なら、前世の社畜時代に叩き込まれてますから、ニャングルさんの銀行でバリバリ働いてみせます!」

「……うむ。励むといい。……二メートルの距離から、見守っている」

 ヴァルターは静かに踵を返すと、迎えの騎兵部隊とともに、夕暮れの白亜の大通りを整然と去っていった。

 その背中には、かつての狂気のストーカーの気配はなく、一人の誇り高き軍人の威厳が戻っていた。

「クゥ〜ン……。あの氷男、最後までイケメンだったニャン。でも、エミリアたんの隣はオイラの特等席だニャン♡(すりすり)」

「コン太、胸に顔を埋めるな! タマ抜き用の園芸ハサミ、アパートの部屋に用意してあるからね!」

「ぎゃあああっ!? 許してニャンッ!」

 賑やかな悲鳴が夕空に響き渡る中、赤城鷹人の脳天へ、天界の全鐘楼が一斉に鳴り響いたかのような、極上の電子音が炸裂した!

 ――ピロリロリロリロリロリンッッッ♪

『超大規模・都市環境衛生改善善行を検知しました』

『事象:美都ムーンキャピタルの上下水道インフラ全面刷新およびスメルハザードの根絶』

『事象:数十万人規模の住民の呼吸器系健康被害の完全回避』

『事象:亡命令嬢エミリアの基本的人権および居住の自由の完全防衛』

『判定:一切の私欲なき純粋な土木技術の行使による、都市文明の再生』

『スクラップPt +25,000Pt を獲得しました』

(……お、一撃で二万五千ポイントか)

 脳内のステータス画面を開くと、先ほどの資材消費を差し引いても、所持スクラップPtは一気に【153,355 Pt】という前人未到の十五万ポイントの大台を突破していた。

 重機やプラント設備どころか、もはや地球の地下鉄シールド掘削機や大型特殊鉱山機械すら余裕で実動配備できる、絶対の資材保有量である。

「鷹人さん……!」

 振り返ると、エミリアが涙をいっぱいに溜めて駆け寄ってきた。

「私を助けてくれて……本当に、本当にありがとうございました……!」

「礼には及ばねぇよ。困ってる現場があって、直せる設備があったから直した、ただそれだけだ」

 鷹人はニヤリと無精髭の口元を吊り上げ、エミリアの肩をポンと叩いた。

「さてと……現場が片付いたら、次は美味いメシだ。ポポロ村へ帰るぞ。今夜はコーポの大浴場のサウナで汗を流して、肉椎茸と炙りニンニクの特大スタミナ鍋で歓迎会だ」

「はいっ!!」

 秋風が吹き抜ける白亜の都の空の下、十トンダンプの直列6気筒モンスターディーゼルエンジンが、力強い咆哮を轟かせて目を覚ました。

 言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、そしてエンジン音があれば世界中どこでも生きていける。

 現場の兄ちゃん・赤城鷹人とポポロ村の仲間たちの進撃は、次なる未知なる現場――地下帝国ドンガンの老朽化坑道開拓へと、力強く続いていくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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