EP 9
地球の廃棄バキュームカーと浄化槽プラントの大召喚!
ポポロ村の北側防衛ゲート前。
過熱蒸気の真っ白な霧がゆっくりと秋風に流され、青空の下に異様な光景が露わになっていた。
破断荷重数百トンを誇る造船所用の極太特殊合金ワイヤーロープと、超硬度分銅付きミスリル鎖『メビウス』によって、全身を幾重にもぐるぐる巻きに拘束された帝国北部軍総司令官――『氷血公爵』ヴァルター・フォン・アーデルハイト(二十八歳)。
国宝『氷河魔剣フロスト・バイト』を抜いた右腕も、音速の摺り足を繰り出す両脚も、ラフテレーンクレーンの二十五トン牽引ウインチとマンミアの馬力によってガッチリと四方からテンションを掛けられ、指先一つ動かすことすら敵わない。
だが、その氷のように透き通った青い瞳だけは、依然として死滅した感情のまま、防壁の陰に隠れる金髪碧眼の亡命令嬢エミリア・シフォンヌを射抜いていた。
「…………エミリア」
「ヒィィッ! 全身縛られてクレーンで吊るされかけてるのに、なんでまだ私の名前を呼んで間合いを詰めようとするのよぉぉッ!?」
エミリアが頭を抱えてドンガン製コンクリート防壁の裏へ身を縮める。
その豊かな胸元から顔を出した純白の小狐コン太が、九本の尻尾を逆立ててけたたましく鳴いた。
「クゥ〜ン! エミリアたんの言う通りだニャン! あの公爵、脳みその配線が完全にショートしてるニャン! この隙にタマ抜いてやるニャンッ!」
「あんたのタマ抜き用園芸ハサミを他人に向けないでちょうだい!」
騒ぎ立てる一人と一匹の前で、赤城鷹人は作業ジャケットの内ポケットからタバコの箱を取り出した。
一本を唇にくわえ、地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製使い捨てライターを構える。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾いた。
――カチッ、シュボッ。
澄み切った秋晴れの空の下、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。
揺れる小さな橙色の炎。先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
吐き出された一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、周囲に漂っていたわずかな氷結の冷気をスッと和らげていく。
続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出すと、薄皮を剥ぎ、ライターの炎を直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような暴力的なまでのスタミナのアロマ。
鷹人は火を吹き消すと、それを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。胃袋に芯が入ったぜ」
カッと五臓六腑に火が灯る。
鷹人は左手首の傷だらけの無骨な金属製腕時計をカチリと固め直すと、拘束されたヴァルターの前へ歩み寄った。
男と男の距離、きっちり【一・五メートル】。
適正な安全離隔距離を保ちながら、鷹人は紫煙をくゆらせて見下ろす。
「おい、公爵の兄ちゃん。……少しは頭が冷えたか?」
「…………」
ヴァルターは無言のまま、冷徹な青い瞳で鷹人を見据え返した。
だが、その眼奥には、単なる狂気とは異なる、抑えきれない焦燥と混乱の光がわずかに揺れていた。
「……私は、エミリアを迎えに来ただけだ。彼女は、月の女神カグヤ様より遣わされた我が運命の伴侶。公爵邸の私の執務机の右隣の席へ戻し、守らねばならぬ」
「右隣の席で、顔面3センチの距離で息吹きかけるのが『守る』ってことかよ」
鷹人は呆れたように煙を吐き出した。
「エミリアの嬢ちゃんが逃げ出してきた本当の理由を、てめぇは1ミリも理解してねぇんだよ。……なぁ、公爵さん。あの嬢ちゃんが求めてんのは、安っぽいシャンパンタワーでも、吐息がかかるゼロ距離の顎クイでもねぇ。――【人として当たり前の衛生的な生活】だ」
「……衛生的な、生活……?」
ヴァルターの眉が、わずかにピクリと動いた。
「せや! 耳の穴かっぽじって、よーく聞きぃや氷血公爵!!」
ダンプカーの陰から、仕立ての良いミスリル混紡の高級和装スーツを着流した猫耳商人・ニャングルが、純金算盤『十露盤』をチャキリと構えて進み出てきた。
真鍮のキセルをスパスパと吹かし、手にした分厚い帝国法務台帳をバシン! と叩く。
「エミリアはんはな、ウチのポポロ村の住民基本台帳に仮登録された正規の滞在者や! 『ポポロ村難民保護条例第1条』に基づき、力ずくの拉致・連行は断じて認められん! それに、あのムーンキャピタルの地獄のドブ板スラム! 数十万人が暮らす大都市のくせに、地下に下水管が1本も通っとらんから側溝に汚物が発酵してボコボコ泡吹いとるやろが! それを誤魔化すために街角からクソ高ぇ香水をブチ撒けて、住民全員に致死性の頭痛と呼吸困難を強要しとる! そんな狂気の街に、誰が好き好んで戻りたがるっちゅうねん!!」
「な……ッ!?」
ヴァルターの背後で待機させられていた帝国北部軍の重装騎兵三十騎が、どよめきに息を呑んだ。
騎兵の一人が、青ざめた顔で恐る恐る口を開く。
「か、閣下……恐れながら、あの猫耳商人の申す通りでございます……! 我ら騎士団員も、都へ駐留するたびに下水と薔薇の悪臭で胃痙攣を起こし、密かにガスター錠をボリボリ噛み砕いていたのであります……!」
「我が公爵邸の侍女たちも、洗濯物にドブの臭いが染み付いて取れないと、夜な夜な厨房で泣いておりました……!」
「貴様ら……なぜそれを今まで私に言わなかった……?」
ヴァルターの声音に、初めて明らかな狼狽の色が混ざった。
「言えるわけがありませんッ! 月の女神カグヤ様が『これぞ美の都の芳醇なるアロマ♡』と神託を下している手前、異を唱えれば神罰が下ると怯えていたのでありますッ!」
部下たちの切実極まりない告発。
ヴァルターは凍りついたように絶句した。
冷徹無比な軍人として戦場を駆け抜けてきた彼は、カグヤの仕組んだ「強制溺愛プログラム」によって視野狭窄に陥り、街の根本的な崩壊――住民たちの悲痛な叫びに、完全に盲目になっていたのだ。
その時――空が、ピカピカと眩い極彩色の光条に包まれた。
――キィィィィン! ピロリロリロリロリロリンッッッ♪
上空の次元の裂け目から、眩いばかりの天界通信ホログラムスクリーンが強制投影された。
そこに映し出されたのは、銀座の高級ラウンジを思わせるタワーマンションの最上階で、ハイブランドのツイードジャケットを羽織り、ルブタン風ハイヒールを組んでソファに深く腰掛けている絶世の美女――月の女神カグヤ(永遠の十七歳)であった。
『ちょっとぉ〜! 何やってんのよヴァルター! 私の月世界チャンネルの同接ランキング、今週のざまぁ枠が生中継されてるのに、なんでアンタが土木作業員のワイヤーで縛られてんのよ! 絵面が最悪じゃない!』
カグヤはドン・ペリニヨン風の高級発泡神酒のグラスを揺らし、不機嫌そうに紫の瞳を吊り上げた。
『さっさとその薄汚い作業着のドカタどもを魔剣で消し炭にして、エミリアを連れ戻しなさい! 今夜はシャンパンタワーの前で「お前を二度と離さない」って顎クイする超神回イベントを全宇宙に配信する予定なんだから!』
「……カグヤ様」
ヴァルターが硬い声で呼びかける。
「下水は……我が都の側溝の下水は、本当にそれほどまでに酷いのか?」
『はぁ? 下水? そんなのどうでもいいでしょ! ドブ臭いなら香水をもう十倍ブチ撒ければいいじゃない! 神界配信に必要なのは「映え」と「顔が良い男からの狂気的な溺愛」一択なの! 泥臭い土木工事なんて神話の美学に反する生ゴミよ!』
画面越しに言い放たれた、あまりにも身勝手で薄っぺらい神の暴論。
その言葉を聞いた瞬間、赤城鷹人の無精髭の口元から、ふっと冷笑が漏れた。
「……おいおい。天界のブランド女神様よ」
鷹人は携帯灰皿にタバコをトントンと落とすと、スクリーンを見上げた。
「見た目の映えのために、下界の人間が毎日息を詰まらせてゲロ吐いてんのを放置か。……他人のケツの拭き方も知らねぇくせに、偉そうに美の都を名乗ってんじゃねぇよ」
『な、何よ貴方! ただの生体出力1馬力の現場作業員の分際で、この私に口答えする気!?』
「口答えじゃねぇ、見積もりの提案だ」
鷹人はニヤリと笑い、ニャングルへ目配せした。
「おい、カグヤの姉ちゃん。それにヴァルターの兄ちゃん。……取引をしようじゃねぇか。エミリアの身の安全と自由な滞在権を保証するなら――俺たちポポロ村が、てめぇらの街のその腐った上下水道インフラ、丸ごと突貫で施工・大改修してやるよ」
『はぁぁぁ!? 大改修!? 数十万人が暮らす都の地下インフラを、農村のドカタに直せるわけないでしょ!!』
「直せるかどうか、現場の力を見せてやるよ」
鷹人は作業ジャケットの袖を力強く捲り上げ、天に向けて右手を掲げた。
頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を、かつてない規模で解放する!
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【所持スクラップPt:136,355 Pt】
・カタログ選択:【地方自治体下水道公社・更新放出特殊車両カテゴリー】
・カタログ選択:【化学工業地帯・型落ち集合浄化槽プラント設備カテゴリー】
・カタログ選択:【管路更生工法・超高圧配管洗浄特殊工作車カテゴリー】
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(地球の日本全国の自治体で、インフラ更新に伴い払い下げられた実動大型バキュームカー(モリタ製・超強力吸引車)――【計二十台】!
さらに、工業団地の廃水処理場で使われていた、日量数万トン処理対応・嫌気好気循環式大型ユニット浄化槽プラント一式!
そして、管内の頑固な尿石とヘドロを根こそぎ粉砕する、超高圧ジェット洗浄車五台だ!!)
消費ポイント、一挙に【8,000 Pt】――【一括召喚実行】!!
――ズドォォォォォォォォンッッッッ!!!!
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!
防衛ゲートの外縁に広がる広大な荒野に、天地を揺るがす地響きとともに、巨大な鋼鉄の巨獣たちが一斉に物質化出現した!
陽光を浴びて青白く輝く、二十台の巨大なタンクローリー型バキュームカー。
車体側面には、頑丈極まりない極太の耐圧吸引ホースと、大容量のルーツブロワー真空ポンプが威容を誇っている。
さらに後方には、巨大な円筒形の鋼鉄製バイオリアクタータンクと沈殿槽、曝気ファンが組み合わされた、超巨大な移動式浄化槽コンビナートが聳え立った!
「な……な、何だこれはぁぁぁッ!?!?!?」
ヴァルターの背後の騎兵たちが、度肝を抜かれて馬から転げ落ちた。
「車輪のついた巨大な鉄の酒樽……!? いや、あれは一体何をする魔導具なのだ!?」
「ふふふ……あれこそが、地球の文明が誇る究極の衛生守護神――【バキュームカー軍団】よぉぉぉッッッ!!!!」
防壁の陰から、エミリアが涙を拭い、神仏を拝むかのように両手を合わせて叫び散らした!
「見たことか女神カグヤ! これさえあれば、あのドブに溜まった汚物もヘドロも、ぜ〜んぶ丸ごとズズズーッ! って吸い上げて、浄化槽で無臭の綺麗な水に変えられるのよ! 香水で誤魔化す必要なんて、最初から1ミリもなかったのよぉぉッ!!」
「おい、ヴァルターの兄ちゃん」
鷹人はクレーン車のスイッチを操作し、公爵を縛り上げていた高張力ワイヤーと鎖のテンションを緩めてやった。
バラン、と地面に落ちる鋼鉄の網。
自由を取り戻したヴァルターは、魔剣を鞘に納めると、目の前に整然と並ぶ二十台のバキュームカーの威容を、ただ呆然と見上げていた。
「……この鉄の車列で、我が都の悪臭を……本当に消し去れるというのか?」
「ああ。段取りは組んである。側溝の汚泥を根こそぎ吸引し、地下に耐魔コンクリートの下水本管を圧入埋設する。排水はすべてこの大型浄化槽プラントへ引き込んで微生物分解だ。……一週間もありゃあ、ムーンキャピタルは本物の『清潔な美の都』に生まれ変わるぜ」
鷹人はニヤリと無精髭の口元を吊り上げ、ニャングルへ目配せした。
ニャングルは純金算盤をチャキリと鳴らし、ホログラムのカグヤへ向けて極厚の契約書を突きつける。
「そういうこっちゃ! 工期一週間、施工費用は〆て【金貨三万枚(約三億円)】! 月世界の潤沢なゴッドチューブ黒字予算から、全額ルナPayで即時一括決済や! ついでに、エミリアはんへの『強制溺愛プログラム』は即刻解除! 公爵の接近禁止距離は【最低2メートル】に設定や! サインせんかったら、このバキュームカーのホースを全部カグヤの姉ちゃんのタワマンのベランダへ直結して逆噴射したるから覚悟しぃやぁッ!!」
『ひ、ヒィィィィッ!? タワマンに逆噴射ぁ!? や、野蛮! 野蛮すぎるわよこのドカタどもぉぉッ!!』
カグヤが泡を吹いて絶叫する。
だが、隣に立つヴァルター公爵は、静かに右手を胸に当て、深く一礼した。
「……承知した。エミリアが望むならば、ポポロ村への亡命を認める。そして……我が軍の全予算をもって、この上下水道インフラ工事の発注を正式に受諾する」
「話が早くて助かるぜ」
鷹人は金属製腕時計をカチリと鳴らした。
「おい野郎ども! 十トンダンプとバキュームカーに火を入れろ! 悪臭の美都『ムーンキャピタル』の突貫大掃除現場へ、全車乗り込むぞッ!!」
グオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!
数十台の内燃機関が一斉に吼え猛り、白亜の都の衛生革命に向けた鋼鉄の進撃が、堂々と始まった。
読んでいただきありがとうございます。
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