↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界のゴミ召喚士〜元自衛隊工作員、重機と野戦メシで限界集落を最強要塞にする〜』  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/71

EP 7

氷血公爵の追跡と、現場の兄ちゃんの壁ドンブロック

 カァァァァン! カァァァァン! カァァァァン!

 ポポロ村の北側見張り台から打ち鳴らされる非常警報の鐘の音が、秋晴れの青空を劈くように響き渡っていた。

 村落の北側防衛ゲートへ通じる砂利道の上に、冷涼にして凄まじい絶対零度の突風が吹き荒れる。街道沿いのススキが一瞬にして白銀の氷細工へと凍りつき、敷き詰められた土留めのバラスがパキパキと音を立てて霜に覆われていった。

 その凍てつく地平線の彼方から、土煙ならぬ「粉雪の結晶」を撒き散らしながら爆走してくる一つの影があった。

 ――スッ……スッ……スッ……!

 馬に乗っているのではない。自らの二本の脚で、音速の摺り足による超高速ステップを刻み、時速八十キロを超える速度で滑走してくる男――。

 プラチナシルバーの長い髪を冷たくたなびかせ、感情の死滅した透き通る青い瞳を真っ直ぐに前へと固定した美丈夫。

 帝国北部方面軍総司令官、『氷血公爵』ヴァルター・フォン・アーデルハイト(二十八歳)であった。

 その後方からは、公爵の単独暴走に必死の形相で手綱をしごき、泡を吹き散らしながら追随してくる北部軍の重装騎兵部隊約三十騎が、遥か後方に取り残されるように喘いでいる。

「ひ、ヒィィィィッ! もう追いついてきたぁぁぁッ! 早すぎる! あいつ新幹線か何かなのぉぉッ!?」

 ゲートの手前、ドンガン製のコンクリート防壁の陰で、タローマン特注のスウェット上下を着た金髪碧眼の亡命令嬢エミリアが、頭を抱えてガタガタと震え上がっていた。

 その胸元からは、もふもふの白い九尾の小狐コン太が顔を出し、恐怖で九本の尻尾をボサボサに逆立てている。

「クゥ〜ン!? エミリアたんの残り香を追ってきやがったニャン! あの執念深さ、人間じゃなくて完全に飢えたシベリアンハスキーだニャンッ!」

「あんたの残り香(加齢臭)も混ざってるから余計に目立ってんのよ! タマ抜き用の園芸ハサミ、さっきマンミアさんから借りてあるからねぇぇッ!!」

「ぎゃあっ!? まだ去勢の危機は去ってなかったニャンッ!」

 騒ぎ立てる一人と一匹の前に、四肢の蹄をドゥン! と力強く踏み鳴らして立ちはだかったのは、ケンタウロス族の自警団長マンミアだった。

 背中から下ろしたパイルバンカー内蔵盾『アグニ』を地面に突き立て、両腕のミスリル鎖『メビウス』をジャラリと構える。

「案ずるなであります、エミリア殿! 同じ『男に振り回される苦労人』として、貴女の尊厳はこのマンミアが死守するでありますッ! ……それにしても、あのような絶世の冷徹美男子から顔面三センチで迫られるなど……贅沢……いや、破廉恥極まりない不審者事案でありますぞッ!!」

「マンミアさん、一瞬本音が出かけてたわよ!?」

 そのやり取りの最中にも、冷気の爆風は目前まで迫っていた。

 防衛ゲートの丸太バリケードを、ヴァルター公爵は跳躍すら挟まず、ただ一振りの氷の闘気波で粉々に両断粉砕した!

 ――バッシャァァァァンッ!

 氷塊が砕け散る白煙を突き抜け、ヴァルターの足先がポポロ村の敷石へと滑り込む。

 その青い瞳は、バリケードの破片にも、構えるマンミアの巨大盾にも一瞥すら向けない。

 ただひたすらに――盾の隙間から覗く、エミリアの怯える顔面だけをミリ単位でロックオンしていた。

 ――スッ……!

 ヴァルターの身体が前傾し、音速の摺り足がエミリアの鼻先へ向けて最短直線距離で射出された!

 目にも留まらぬ速さで伸ばされる白皙の右腕。

 狙うは、エミリアの顎先――再びあの【顔面距離三センチの無言顎クイ】を完遂するための、狂気の自動追尾モーションである!

「ヒギィィィッ!? 来るぅぅぅぅぅッ!!」

 エミリアが目を固く瞑り、悲鳴を上げた――その刹那だった。

 ――ズドンッッッッ!!!!

 大気を引き裂く重厚な質量が、エミリアとヴァルターの狂乱の軌道の間へ、防壁のように割り込んだ。

 割って入ったのは、油と煤でくすんだ無骨なミリタリー作業ジャケット。

 タローマン特注の耐魔安全靴の踵を敷石へ深々とめり込ませ、がっしりと仁王立ちになった男――赤城鷹人であった。

 ヴァルターの右手が、エミリアの顎に届く直前――鷹人の突き出した左手の手のひらが、コンクリート防壁の分厚い壁面へ、真横からバァァァンッ! と叩きつけられた!

 ――ドォォォォンッ!

 防壁を背にしたエミリアの頭の真横、わずか五センチの石壁に、鷹人の逞しい左腕が一本の鋼鉄の遮断機のように突き刺さる。

 世に言う【壁ドン】の体勢。

 だが、その腕がブロックしたのは、エミリアの逃げ道ではない。

 突進してきたヴァルター公爵の、その鼻先わずか【十センチ】の空間を、鷹人の肉体そのものが完全に遮断したのだ!

「…………!?」

 ヴァルターの足先が、敷石を削りながらピタリと急制動をかけた。

 エミリアの顔面へと一直線に向かっていた公爵の視界を埋め尽くしたのは、可憐な令嬢の怯える瞳などではなく――無精髭を生やし、作業ジャケットの襟元をわずかに寛げた、二十五歳の頑強な現場監督のドアップの顔面だった。

 男と男の顔面距離、わずか【七センチ】。

「…………(凝視)」

「おいおい、兄ちゃん。……そんなに男のツラを至近距離で拝みたいのか?」

 鷹人は眉ひとつ動かさず、左腕の傷だらけの金属製腕時計をカチリと鳴らした。

 至近距離で放たれる公爵の絶対零度の闘気が、鷹人の作業着の繊維を白く凍りつかせようと侵食してくる。

 だが、鷹人の全身を巡る、幾重もの修羅場と自衛隊工作部隊の現場で鍛え抜かれた無骨な気迫は、その冷気をミリ単位の微動すら許さずに跳ね返していた。

 鷹人は自由な右手を、作業ジャケットの内ポケットへと無造作に滑り込ませた。

 取り出したのは、少し角の潰れた紙巻きタバコの箱。

 一本を唇にくわえ、取り出したのは地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製の使い捨てライターだ。

 親指の腹で、ヤスリを無造作に弾いた。

 ――カチッ、シュボッ。

 張り詰めた氷結の静寂の中に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。

 揺れる小さな橙色の炎。

 先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。

「…………ふぅーーーーっ」

 吐き出された一筋の紫煙。

 ツンとした芳醇なタバコの香りが、ヴァルターの整いすぎた白皙の鼻腔へ向けて、真正面からフゥーッと吹き付けられた。

「おう兄ちゃん。……レディのパーソナルスペースってもんを守りな。嫌がってる女の首筋に息吹きかけて間合い詰めるなんざ、現場の男として一番カッコがつかねぇ三流のやることだぜ」

 紫煙の向こうから、鷹人の冷徹な猛獣の眼光が、公爵の氷の青い瞳をゼロ距離で射抜く。

 その時、コンクリート壁の陰から、防毒マスクを着けた猫耳商人ニャングルが転がり出てきて、純金算盤『十露盤』を狂ったように振り回した!

「鷹人はん、ナイスブロックや! 公爵の顔面ストーカー突撃を壁ドンで完璧に叩き落としよったでぇぇッ!!」

 ニャングルはキセルを突き出し、ヴァルターへ向かって唾を飛ばす。

「おいヴァルター! テメエ、北部軍総司令官の肩書きぶら下げて、公道で何回同じストーカー事案をやらかしたら気が済むんや! エミリアはんはな、ウチのポポロ村の住民票に仮登録された正規の滞在者や! 力づくで連れ戻そうとしたら、三大国条約違反でゴルドスマイル銀行がアンタの公爵領の全口座を即時差し押さえたるから覚悟しぃやぁッ!!」

「ニャ、ニャングルさん……! 鷹人さん……!」

 鷹人の逞しい背中に守られたエミリアが、胸に手を当てて涙ぐんだ。

 東京のブラック商社で働いていた頃、上司や取引先の理不尽なセクハラや無茶振りに誰も庇ってくれず、一人で泣いて耐えるしかなかった日々。

 異世界に来てからも、神の身勝手な設定と公爵の奇行に追い詰められ、逃げ場を失っていた。

 その自分の前に、当たり前のように立ち塞がり、煙草の煙ひとつで世界最強の魔剣士を押し留めてみせた現場の男。

 その背中から漂う、直火で炙ったニンニクとタバコ、そして機械油の泥臭い匂いが、どんな魔法の障壁よりも温かく、絶対の安心感となってエミリアの心を震わせていた。

「クゥ〜ン……。あの作業着の兄ちゃん、人間なのにマジで骨太だニャン……」

 コン太も珍しく毒気を抜かれ、エミリアの胸元から耳を伏せて鷹人を見つめている。

 だが――。

 ゼロ距離でタバコの煙を浴びせられたヴァルター公爵は、一切の動揺も見せなかった。

 怒りも、苛立ちも、恥じらいすらない。

 ただ、プラチナシルバーの前髪の隙間から覗く氷の青い瞳が、鷹人の顔面から、その背後に隠れるエミリアへと、ミリ単位のブレもなく再び焦点を戻す。

 そして――。

 ――カチリ。

 ヴァルターの細く白い指先が、腰に佩いた黒鞘の魔剣――帝国最強の国宝『氷河魔剣フロスト・バイト』の鍔へとかけられた。

 瞬間、周囲の大気が、ビキビキビキィッ! と音を立てて白く凍結した。

 地面の敷石から、高さ数メートルに及ぶ巨大な氷の槍が何十本も生え出で、防衛ゲート全域の気温が一瞬にしてマイナス五十度まで急降下する!

「…………どけ」

 低く、冷涼な、魂の芯まで凍りつかせるような美声が、ヴァルターの唇から紡ぎ出された。

「エミリアは、私のものだ。……月の女神カグヤ様が定めた、私の絶対の伴侶だ。阻む者は、帝国軍規に基づき、例外なく氷塊と化して粉砕する」

 抜刀しかけた刀身から漏れ出す、青白い絶対零度の魔力光。

 帝国北部軍総司令官、単体戦闘力二百馬力を超える怪物が、ついにその本気の殺気を解き放とうとしていた。

 だが――。

 赤城鷹人は、ふっと無精髭の口元を吊り上げると、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出した。

 薄皮を剥ぎ、黄色い百円ライターの直火を直接あてがう。

 親指の腹でヤスリを弾く。

 ――カチッ、シュボッ。

 氷点下の冷気を物ともせず、小さな橙色の炎がパチパチと生ニンニクを焦がしていく。

 ――チリチリチリ……ジュワッ。

 立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような暴力的なまでのスタミナのアロマ!

 鷹人はそれを前歯でカリッと噛み砕いた。

 ――シャクッ。

「……ん。胃袋に芯が入ったぜ」

 カッと五臓六腑に火が灯り、鷹人は壁から左手を離すと、金属製腕時計のバックルをカチリと固めた。

「神様が決めたテンプレのルールなんざ知るかよ。……嫌がる女を力づくで連れ去ろうってんなら、現場の職人(おれ)の流儀で、その冷え切った頭を叩き直してやるよ」

 帝国最強の魔剣と、現場の兄ちゃんによる重機工作戦術の激突が、目前に迫っていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。