EP 6
不憫な女同士の共鳴! マンミアとエミリアの固い握手
十トンダンプの豪快なディーゼルエンジンが唸りを上げ、ポポロ村の境界線にある木造ゲートをくぐり抜けた。
村落の広場へ滑り込み、エアブレーキが「プシューッ!」と澄み切った排気音を響かせて停車する。
運転席から赤城鷹人が身軽に飛び降りると、作業ジャケットのポケットに両手を突っ込み、ぐるりと肩を回した。
左腕の傷だらけの金属製腕時計に目をやると、時刻は正午を少し回ったところだった。
「……よし、着いたぜ。追っ手の姿もねぇな」
助手席から這い出てきたのは、ボロボロの高級ドレスの裾を泥とヘドロで汚した金髪碧眼の令嬢――エミリア・シフォンヌだった。
その胸元からは、純白の毛並みを持つ九尾の小狐コン太がひょっこり顔を出し、つぶらな瞳をパチクリとさせている。
「う、うわぁ……! 空気が……空気が全然臭くない! ドブの匂いも、あの頭痛がする薔薇の香水もしないわぁぁっ!」
エミリアは両手を広げ、高原の澄み渡った秋風を胸いっぱいに吸い込んで涙ぐんだ。
だが、その感動に浸る間もなく――。
――ドォォォォンッ!
重厚な蹄の音が大地を揺らし、立ち塞がった巨大な影があった。
ケンタウロス族の自警団長、マンミアである。
背中にはパイルバンカー内蔵の巨大シールド『アグニ』を背負い、両腕のミスリル鎖『メビウス』をジャラリと鳴らしながら、琥珀色の瞳を鋭く細めてエミリアを見下ろしていた。
「……待ちなさい。ポポロ村自警団長として、貴女をこのまま村内へ立ち入らせるわけにはいきません」
「ひっ……! ケ、ケンタウロスの騎士様……!?」
エミリアがビクッと肩を跳ね上げて後ずさる。
マンミアは腕組みをし、厳格な声音で尋問を開始した。
「貴女が身にまとっているその豪華絢爛なフリルドレス……そして微かに残るムーンキャピタル特有の芳香! 聞けば貴女は、あの退廃と虚飾にまみれた『愛と美の都』で、夜な夜なシャンパンタワーを傾け、男たちを傅かせてギャラ飲みに興じていた令嬢だとか! そのような破廉恥で風紀を乱す存在を、我が村の神聖なる大地へ野放しにするわけにはいかないのでありますッ!!」
「ギ、ギャラ飲みぃぃぃっ!? してない! 断じてしてないわよぉぉッ!」
エミリアは両手をブンブンと振り回し、涙と鼻水を撒き散らして絶叫した。
「何がシャンパンタワーよ! あんなのただの飾りよ! 私の前世は東京のブラック商社で毎日終電までエクセルと格闘して、終電を逃して漫画喫茶でカップ麺を啜ってた社畜OLなのよぉぉッ!」
「し、社畜……? エクセル……?」
マンミアの耳がピクリと動いた。
「そうよ! 異世界に転生したら『息をするだけで溺愛される』とか言われて放り出されたのに、行ってみたら下水道がゼロで街中が排泄物のドブ溜まり! それを誤魔化すために一本金貨十枚の香水を街中で噴射してるから、呼吸するだけで鼻の粘膜が焼けただれる地獄絵図なのよ! そのうえ、帝国最強のイケメン公爵様とやらが初対面から顔面3センチの至近距離で無言のまま間合いを詰めてきて、書類にハンコを押すたびに耳元で吐息を吹きかけてくるのよぉぉッ!!」
「が、顔面3センチ……!? 無言で……!?」
「そうよ! 愛の囁きじゃない、ただの不審者よ! しかもこの胸元にいるモフモフの聖獣コン太は、隙あらば私の胸に顔を埋めて深呼吸するし、お風呂に入ろうとしたら脱衣所で私の脱ぎ捨てたパンツを被ってモゾモゾ蠢いてるのよ! 男にも! 獣にも! 街の環境にも振り回されて! 私の精神はもう限界突破してんのよぉぉぉッッッ!!!!」
「クゥ〜ン!? パンツの件は濡れ衣だニャン! 生地の安全点検をしてただけだニャン!」
「うるさい! あとでタローマンの園芸用ハサミでタマ抜くって言ったでしょぉぉッ!!」
エミリアの魂を削るような血を吐く叫び。
その言葉を聞いていたマンミアの表情が、驚愕から徐々に歪み、やがてその琥珀色の瞳に大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「あ……貴女……そんな……そんなにも不憫な目に……ッ!」
「え……?」
「男に振り回され……! 理不尽な環境に耐え……! 真面目に生きているだけなのに、世間の身勝手な欲望の犠牲になっていたのでありますね……ッ!!」
マンミアは鼻をグスッと鳴らし、四肢の蹄をもじもじと擦り合わせた。
「私も……私も同じなのであります! 自警団長として国境の治安を守り、年収一千万円を稼ぎ出す立派な公務員だというのに……! この世界では『十六歳で成婚』が当たり前田のクラッカーだというのに、私は今年で【二十五歳・恋人いない歴二十五年】……! 誰一人として私に顔面三センチどころか、背中に乗ってくれる殿方すらいないのでありますぅぅッ!!」
「ま、マンミアさん……!?」
「毎年十二月二十五日の夜になると、タローマートに並ぶ半額シールの貼られた売れ残りクリスマスケーキを一人でホール食いしながら、『賞味期限切れの私そのものじゃん……』と泣いて夜を明かすのでありますぅぅッ!!」
「わかる……! わかりすぎるわマンミアさんッ!! 私も東京にいた頃、クリスマスイブの夜にコンビニのチキン買って一人で泣きながら残業してたわぁぁッ!!」
「「うわぁぁぁぁぁぁぁんッッッッ!!!!」」
初対面のはずの令嬢とケンタウロスが、広場の真ん中で抱き合い、互いの肩を叩きながら号泣した!
ガシィィィィッ! と固く交わされる女同士の熱い握手。
「ようこそポポロ村へ、エミリア殿! 貴女の身の安全は、このマンミアが命に代えても守り抜くでありますッ!!」
「マンミアさん……! 一生ついていきますぅぅッ!!」
「……やれやれ。不憫な女同士のシンパシーってのは、どんな外交条約よりも強固だな」
その光景を少し離れた場所から眺めていた赤城鷹人は、苦笑いを浮かべながら作業ジャケットの内ポケットへ手を伸ばした。
取り出したのは、少し潰れた紙巻きタバコの箱。
一本を唇にくわえ、地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製ライターを構える。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾いた。
――カチッ、シュボッ。
秋晴れの爽やかな青空の下、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。
揺れる小さな橙色の炎。
先端に火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
青空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、漂っていた緊迫感をスーッと解きほぐしていく。
続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出すと、薄皮を剥ぎ、ライターの炎を直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような暴力的なまでのスタミナのアロマ。
鷹人は火を吹き消すと、それを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「ん。胃袋に芯が入ったぜ。……おい、エミリアの嬢ちゃん」
鷹人が声をかけると、エミリアは涙を拭いながら振り返った。
「まずは泥と汗を洗い流しな。……アパートの1階に、地下帝国ドンガンの技術と地球の配管を組み合わせた、村自慢の大浴場とサウナがある。もちろん、音姫つきの最新式水洗トイレも完備だ」
「す、水洗トイレ……!? 音姫……!? お風呂にサウナまで……!?」
エミリアの瞳が、まるで聖地を見つけた巡礼者のように輝いた。
「マンミア、案内してやれ。上がったら、美味い飯を用意してやる」
「了解であります、鷹人殿ッ! エミリア殿、こちらへどうぞであります!」
三十分後――。
ポポロ・コーポ1階の共同食堂に、湯上がりでさっぱりとしたエミリアが姿を現した。
泥まみれのドレスから、タローマンで購入した清潔な綿のスウェット上下に着替え、濡れた金髪をタオルで拭いている。
その表情は、先ほどまでの絶望と狂乱が嘘のように、蕩けきった恍惚の笑みを浮かべていた。
「ふ、ふえぇぇぇ……天国……! お湯が自動で沸いて、シャワーから温かいお湯が出て、トイレの水がレバーひとつで渦を巻いて流れていくなんて……! しかもトイレットペーパーがダブルの柔らかさ……! 生きててよかったぁぁぁっ……!」
「クゥ〜ン……。エミリアたんの湯上がりシャンプーの匂い、たまらんニャン……」
コン太もすっかり綺麗に洗われ、エミリアの膝の上で丸くなっている。
「はいよ、お待ちかねの現場メシだ。胃袋が空っぽの時に小難しいこと考えてもロクなことにならねぇからな」
厨房から出てきた鷹人が、大皿と湯気を上げるどんぶりをテーブルへドン! と置いた。
テーブルの中央に鎮座したのは、炊きたてのサンライス(米麦草)の上に、分厚くスライスされたポポロ村特産の『肉椎茸』が飴色に照り輝いて敷き詰められた――名物『特製肉椎茸ステーキ重』!
甘辛い醤油ダレが焦げた香ばしさと、刻み海苔、そして添えられた本ワサビの爽やかな香気が立ち上る。
さらに、脇には大粒の青森県産ニンニクを直火で炙ってすり潰し、豚バラ肉と根菜をじっくり煮込んだ特製豚汁が、もうもうと湯気を吹き上げていた。
「う……うわぁぁぁぁ……っ!? 美味しそう……!」
「冷めねぇうちにガツガツ食いな」
エミリアは手を合わせ、「いただきます!」と叫ぶと、肉椎茸のステーキを箸で持ち上げ、ご飯と一緒に口いっぱいに頬張った!
――ハフッ、ハフッ、ジュワッッッッ!!!!
「――!!!!????!!!!」
一口噛み締めた瞬間、エミリアの背筋に電流のような衝撃が走った!
肉厚の肉椎茸から、まるで最高級の黒毛和牛のようなジューシーで濃厚な肉汁が溢れ出す。
キノコ特有の芳醇な旨味と、直火で焦がされた醤油ダレの香ばしさ、そして鼻腔をツンと抜けるワサビの清涼感。
さらに、直火炙りニンニクの効いた豚汁を一口啜れば、疲弊しきっていた五臓六腑がカッと熱くなり、全身の細胞が生き返っていく!
「う……う、美味ぁぁぁぁぁぁいッッッッ!!!! 何これぇぇぇッ!? お肉じゃないのに、お肉以上にジューシーで旨味が濃い! タレの染みたご飯が止まらないぃぃッ!!」
エミリアはなりふり構わずどんぶりをかき込み、涙をボロボロとこぼしながら豚汁を飲み干した。
その隣で、マンミアもどんぶりを抱えて「うむ! 鷹人殿の野戦メシは、いつ食べても魂が震える美味さであります!」と豪快に平らげている。
ピカピカに空になった器を前に、エミリアは大きく息を吐き、心からの安らぎに満ちた笑顔を浮かべた。
「鷹人さん……マンミアさん……本当にありがとうございます。私、こんなに美味しいご飯を食べたの、この世界に来てから初めてです……!」
「腹が膨れりゃあ、人間大抵のことは笑い飛ばせるようになるさ。……ようこそ、ポポロ村へ。ここは少々物騒だが、筋の通らない理不尽だけは絶対に許さねぇ現場だからな」
鷹人はニヤリと無精髭の口元を吊り上げ、金属製腕時計をカチリと鳴らした。
だが――その平穏な食卓の空気を切り裂くように、村の境界線の見張り台から、けたたましい非常警報の鐘の音が鳴り響いた!
カァァァァン! カァァァァン! カァァァァン!
「じ、自警団詰所より緊急入電でありますッ!」
マンミアの携帯魔導通信石から、慌てふためいた団員の叫び声が響く。
「村の北側ゲート前街道に……帝国北部方面軍の重装騎兵団が急速接近! 先頭を走るのは……単身で氷の衝撃波を撒き散らしながら爆走してくる『氷血公爵』ヴァルター閣下でありますッッ!!」
「ヒエェェェッ!? もう追いついてきたのぉぉぉッ!?」
エミリアが悲鳴を上げて頭を抱えた。
赤城鷹人は静かに立ち上がり、作業ジャケットの襟元を正した。
「しつこい客のお出ましだな。……おいマンミア、出動だ。あのソーシャルディスタンスの狂った公爵の兄ちゃんに、現場の壁の分厚さを叩き込んでやるぞ」
亡命令嬢エミリアを巡る、現場の兄ちゃん・赤城鷹人と氷血公爵ヴァルターの正面対決の幕が、ついに上がろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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